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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第四部
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第81話① 黒い雨


「はあ……はあ……、これで、終わりだ」

『いやだ いやだいやだ パパ!パ……』

 ルークがドルバロスに命じて青いオリハルコンの首飾りを破壊すると、緑色の瘴気を放ってそれは“灰”になった。

「これがドップラーの正体だったのか……?」

 通常の魔石であれば、石と同じく粉々な破片になる筈なのに、青いオリハルコンは焼いた遺灰のようになった。青いオリハルコン自体が異質な、魔物の本体だったと考えるのが妥当なのかもしれない。

(ドップラーは何故、ハサンを父と呼称していたのだ?

 奴と依存関係だったのか? それとも……)

 ハサンの異質な愛を受けていたドップラー(ジャック)。

 実際、ドップラー自体の目的もよくわからないままだった。王都を潰したければ、奴の能力ならばもっと早くにそう出来た筈だ。

(そうする脳がなかった……とも言えるか、まるで子どもだったしな)

 そう、まるで子どもだ。すぐに癇癪を起こす子ども……。

 ルークは身震いした。魔物が人の子の真似をしていると考えただけで戦慄ものだったからだ。

(まさかハサンの気を引く為に王都の民を虐げてきたのか?

 だとしたら、おぞましい話だ……)

 十数年もの間、ドップラーの魔物によって脅かされてきた王都の民が不憫でならない。

「これからは俺が……」

 民を導かねば……そう口にしかけて、ルークは自身の姿が魔物バーブラであることを思い出し、深く肩を落とした。

(いや、例え迫害されようとも俺は俺の信念を貫くべきだ。それが罪滅ぼしというものよ)

 そう一念発起し、ルークは地上階へと急ぎ駆け上がっていった。





 それと同時期。

 

 ゴゴォオオン……! ドップラーの魔物を片付け終わったラタが、巨人兵の青いオリハルコンを破壊した。青いオリハルコンがサラサラと灰になって消え、膝から崩れ落ちる巨人兵を確認してから「これでいいんだな」と、後ろを振り返る。

「ああ、これでいい」

 そう頷いたタイマラスが、青いオリハルコンから湧き上がる緑色の霧を憎々しい眼差しで見届ける。

「ドップラーは“死の喃語なんご”だ」

「死の喃語? 地竜遺跡の奥にある瘴気のことか」

「そうだ、八竜が地竜遺跡に封印したみ子の魂だ。

 その魔が結晶化したものが、あの青いオリハルコンなのだろう。それを、馬鹿が採掘してきたのが、この騒動の原因だ」

「忌み子の魂ってなんだ?」

 少しの間をおいて。


「人類初めての“ハーフエルフ”だよ」


 タイマラスは口にするのも汚らわしいと言わんばかりの口ぶりだった。

「エルフは八竜の創造物であり、八竜の隷属れいぞくだ。それが、猿(人間)と交わるなど言語道断だった。

 だから、人類史上初めてのハーフエルフは生後間もなく封印された」

「……なんだか可哀想な話だな」

 忌み子を憐れむラタの反応にタイマラスは呆れた様子で溜息を吐く。

「ともかく、王都にある青いオリハルコンを片っ端から処理するしかない。

 普通の魔石として汎用されていたのなら、至る所に散らばっている可能性が高い」

「一つ一つ壊してったら骨が折れるな」

「あとはこれを蔓延させた本人に事情聴取するしかないな」

 タイマラスがすーっと半壊したモンジュの屋敷に降りていく。しかし。

「なに? ラッキーが消えた?」

「ええ、俺たちも探しているんですけど、何処にも見つからないんです」

 最も青いオリハルコンの所在を知っていそうな男は姿を消していた。その理由は言わずとも知れる。

「呆れた……この期に及んで責任逃れか」

 タイマラスは苛立った様子で唾を吐き「青いオリハルコンがドップラーの発生源だ。見つけたら片っ端から破壊しろ」と指示を出した。





『青いオリハルコンがドップラーの発生源だ。見つけたら片っ端から破壊しろ』

 タイマラスからの伝文の雷魔術で、頭の中に指示が飛んできたグレースたちは

「人使いが荒いもんだな……はあ」

 積み重なったドップラーの魔物たちを前に疲労で震える足を叩き起こしていた。

 グレース、デリカ、ランディア、ホロンスの4人は百体に近い魔物たちをほぼ無傷で倒していたのだ。

「青いオリハルコンって何だ?」と、剣と、鎧の上に飛び散った血を払い除けるランディアが汗を拭いながら首を傾げる。

「さあな……巨人兵の片割れに埋め込まれていた魔石のことだろうが、他にもあったのか?」

「さあ」

「そういうことは加工屋モンジュに聞きゃいい」

 そう言って、ランディアは大水殿に戻り「なんだよ」怪訝そうな顔つきのリッキーを連れて来た。

「青いオリハルコンってどこにあるか知っているか?」

「青いオリハルコン? さあ。勘当された俺にはさっぱり分からねぇけど」

「けど?」

「オリハルコンは貴重なもんだ。貴重なもんなら、限られた用途に使うだろ。

 王族に渡すとか……」

 そう聞いた時、グレースたちの顔が真っ青に血の気が引いた。

「そういえば、ハサン王の首飾り……青かったよな」

「勘弁してくれよ!」

「他に心当たりは?」

「うーん……性質がオリハルコンなら、魔力を大量に使うところか……魔砲とかどうだ?」

「魔砲に?」

 他に心当たりもなかったので、リッキーの言う通りにグレースたちは散開して魔砲がある場所へと向かった。

 すると。

「あった!」

 魔砲の要となっている動力部に青いオリハルコンが装着されていた。

 グレースたちがそれぞれで青いオリハルコンを破壊すると

「!」

 しゅわわわ……緑色の瘴気が青いオリハルコンの割れ目から立ち上り、灰になっていくのを見て、タイマラスの指示が本当のことだと確信した。

「まさかこんなところに紛れ込んでいたとは―――!」

 次々に魔砲を破壊する度、湧き上がる緑色の瘴気を眺め、グレースは“長い悪夢の終わり”に思わず涙を浮かべた。





『やだ いやだ こんなところで―――やだやだやだやだ!』

「万事休すだな」

 王城の王の間、触手の魔物となったアズをタナトスと共に倒したネロスは、徐々に薄くなっていくドップラーに迫った。

 次々に王都に散らばっていた青いオリハルコンが壊されていき、魔力が抜けていっているのだろう。自然消失も時間の問題ではあったが、このままネロスがドップラーの魔を吸い取ってしまうのも一つの手だった。

 じりじりとドップラーとの距離を詰めるネロス。

『たすけて たすけて だれか だれかたすけてよぉぉぉ』

 だが、もう魔物もいない。パパ(ハサン)もいない。ドップラーの味方は誰もいないのだ―――そう思われた、そのとき!


『来なさい』


『え』

「!?」

 何者かの声がドップラーに囁かれる。その直後―――ゾゾゾッ! 空間が歪むほどの魔の圧が王の間にかかり

『うわあああああ!!』

 突如現れた歪みが、ドップラーの緑色の瘴気を吸い取った。

「なんだ!?」

 咄嗟に剣を構えるネロスの目の前で、亀裂の入った空間から現れたのは

「テスラ―――」

 一人の若い女性だった。

 長いストレートの金髪に、切れ長な紅玉の細目。ハーフエルフに特徴的な、中途半端な長さの尖った耳。

 ネロスの脳裏に閃光のように駆ける魔王の記憶が、彼女を“テスラ”だとネロスに認識させるとともに、“危険”と身震いさせた。

 そして同時に、ネロスは飛び出した。

 鼓膜をつんざく爆音と、瞼を貫き眼球を焼く稲光が放たれ、問答無用にテスラの首を狙うネロスの剣と衝突した。衝突の余波で王の間のガラスが割れ、ゼスカーンとタナトスが吹っ飛ぶ―――。

 ネロスが持つ圧倒的な魔法障壁の厚さを僅かにぶち抜く雷撃を掠めながら、追撃を仕掛けるネロスの穿うがつ二撃目が、テスラの防護膜を貫通し手を裂く。

『おのれ傀儡かいらい如きが』

 テスラの舌打ち、確かな手応え―――ネロスはドップラーの残した残り香(魔)を吸い込み、アクセルをかける。

 操られたラタを通じて、また、招き込んだマイティアを通じてのみ対峙してきた“大女神テスラ”という悪の根源の本体と思しき身体が、突如、空間の切れ目から現れたのは何故か―――その理由を理解する間も惜しい、この機を逃しはしないと、ネロスの内側にいる魔王が彼を後押しする。

『無駄よ』

 だが、テスラの指が宙に術式を描くと、魔王はネロスに回避を指示し、ネロスは本能的にテスラの面前から離れるように横に飛んだ瞬間―――ズシュン!!!

 空間が歪む密度の熱線がテスラの指から放たれ、王城や雲を抜き、深淵が漏れ出る天を刺し貫いた。

 その途端、空がガラスのように割れ砕かれ、暗闇が大雨の如く竜の島に降り出した。

『魔に溺れてしまえばいい。それですべてが終わる……』

「待てッ!!」

 歪んでいた空間が元に戻り始め、とどめを刺さんと駆け出したネロスは―――歪んだ空間の中に飛び込んでいった。


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