第80話② 王族の決闘
ルークのポケットの中で、ベラトゥフは今か今かと出番を待っていた。
だが。
「ぐふっ!」
ルークは巨人と化したハサンにタコ殴りに遭っていた。それはもう一方的に。顔の大きさほどある巨大な拳に。
(此処で私を使わないでいつ使うってのよぉおおお!!)
白兵戦が得意ではないのだろうルークは防戦一方で、既に全身痣だらけだ。
(もしかして私がいること忘れてるッ!?)
ベキッ、バキッ! 頬に右フックが入り、よろめくルークの顎に左アッパーが炸裂する。目の奥で星が舞い、意識が飛びかけるのをルークは唇を噛んで耐える。
(口先だけ達者なんだから! ほら! ここにいますよぉおお!!)
木彫りの人形を幽かにバイブレーションかけてみるが、ルークはポケットの中の振動に気付かない。
「死ね 死ね 死ね!」
ベラトゥフの主張が続く中、ハサンがルークの左腕を掴み、膝でへし折った。
(まずい―――このままじゃ王子が)
しかし、ルークは口に血がこびりついたまま、苦痛に歪んだ笑みを浮かべた。
「しつこいぞ、ベラトゥフ。
これは王族同士の、決闘なのだ……邪魔をするな」
(えっ、まさか聞こえてる!?)という言葉は無視されたが。
「俺一人では勝機がないと思ったか」
勝負を決めようと大きく拳を振りかぶるハサン、その一瞬にルークは“唱えた”。
「我が盟友よ、来たれ」
振り下ろされた拳は―――影に包まれてルークの眼前で止まり、ハサンの足元からぬるりと大きな影が出現した。
その影は湿った実体を持ち、爪や嘴、翼を持つ鷹のような様相でいた。
「息災か、ドルバロス」
「ビィィイ」
鷹王ドルバロスは、ルークに与えられた鷹王で、常にルークの影に忍び、有事の際、ルークの掛け声に合わせて出現する、彼のボディガードのような存在だ。
「魔力を練るのに時間がかかったわ……よくもまあ痛めつけてくれたものだ」
ギリギリギリ、ハサンの右腕を囲む影が軋む。
「行くぞ、ドルバロス」
バキッ! ハサンの丸太の如き右腕をへし折ったドルバロスは、続くハサンの体当たりからルークを守るように影が盾に変わった。
そのうちに詠唱を唱えたルークが毒手の毒魔術を至近距離からハサンの横腹に差し込む。だが、ドップラーの毒によってハサンの毒耐性が強くなっていたのか、ルークの手から注ぎ込んだ毒が回らなかった。
(くっ……! 毒魔術が効かないならば物理的にいくしかないか!)
ルークは召喚術で剣を呼び出し、ドルバロスの盾の隙間を縫うように剣を突いた。だが、ハサンの皮を削ぐ程度だ。
(決定打が要る……俺でも出来る決定打が!)
是が非でもベラトゥフに頼らないつもりのルークは、ハサンの蹴りを躱しながら、弱点を観察した。
丸太のように肥大化した四肢、壁の如き胴体に加え、胴体と最早一体化して見えない首───どこを探しても容易く斬れそうな部位などない。
だが、そのとき───ルークの脳裏にとある場面が過ぎった。ネロスがスノードラゴンと対峙した一戦だ。
(あれなら俺にでも……!)
ルークは大きく息を吸い、ドルバロスと目を合わせる。それだけで彼には意志が通じるのだ。
「殺すころすコロスコロス!」
徐々に崩壊していくハサンの意志。ドルバロスが折った腕もいつの間にやら復活し、攻撃も苛烈になり、ドルバロスの盾からすり抜けてくる攻撃も増えてきた。
そんな中で、ルークは敢えて隙を見せた―――ドルバロスの盾が及ばない横方向に身を捩ったのだ。それにすかさずハサンが反応する。
ギリッ! その攻撃をドルバロスが掴み、ハサンの身体に絡みつく様にハサンを取り押さえる。ルークはこの一瞬にハサンの懐に入り、剣を真上に───ハサンの僅かな首目掛けて突き立てた。
ブシャァ! ドップラーの毒に塗れた血のシャワーを頭から浴びる。そして、その剣から手を離し「我が手に剣を!」次なる剣を召喚して、再び首を刺し貫く。
「ゴロロロロロロロロロ」
『パパぁ!』
自分の血で溺れる様な音を立てながら、暴れようとするハサンをドルバロスが抑え込む。その隙に次々と召喚した剣をハサンの首へ、滅多刺しにした。3本、4本、5本……7本と。
そして────。
ルークがハサンの血で全身が真っ赤に染まった頃。
首に9本の剣を突き立てられたハサンはようやく膝をついた。
「お前は……ハァ、自国の民を、俺の娘を、妻を虐げた……ハァ」
息を荒げつつも、ルークは10本目の剣を召喚する。
「その首で購え……! 叔父上!」
『いやだっ! パパ!!!』
ズ──バ ッ !
横薙ぎに。10本目の剣がハサンの首を刎ねた。
大量の血飛沫からドルバロスがルークを守り……。
ハサンは倒れた。
『うわあああああああああ!!!!!』
ドップラーの悲鳴で、青いオリハルコンが震えた。