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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第四部
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第79話 王ハサンの追憶



 結界が無くなった王城アストラダムスに、ヴァルキュリアは颯爽と降り立った。

「ありがとう」

「ピィイイ」

 ネロスを降ろすと、ヴァルキリアは「!」役目を終えたかのように霞となって掻き消えた。

 それと交代するように、魔物の群れを搔い潜り、擦り傷だらけのルークがネロスの横に降り立った。

「俺も向かう」

『ルーク様』

「この先、何が待ち構えているか分からないぞ」

 ネロスがそう牽制するが

「小僧、王城に入ったことあるのか?

 マイティア、王城の中の記憶があるのか?」

 ルークは淡々と返し、二人の図星を突いた。

「案内役として俺を連れていけ」

「……わかったよ」


「感傷に浸る為に来た訳じゃないよな」

「……無論だ」

 しかし、20年だ。

 ルークが王城を離れてから、それぐらいの年月が経った。王朝セルゲンの時代から、ハサンの時代へ移り変わっていった様を、ルークは知らない。


 目に映ってきたのは、惨状だった。

 勿論、ドップラーの魔物と化した城兵たちや使用人、召使たちが荒らしたせいなのだろう、壁はずたずたに引き裂かれ、死臭が漂い、絨毯は血を吸い、シャンデリアは落ち、王の描かれた肖像画が地面に落ちたまま埃塗れになっていて、雪掻きを誰もしない為、中庭の雪が王城内に雪崩れ込み、道が塞がれている。

 彼の取り戻した記憶の中の王城とは似ても似つかない様だ。常に沢山の人に囲まれ、清掃が隅々まで行き届き、中庭は雪化粧を纏いつつも整っていたというのに。

(この状態ではハサンも―――)

 死んでいるだろう……。彼だけが助かっているなんてことは普通に考えてありえない。

 ハサンには問い詰めなくてはならないことが沢山あった。その彼が死んでしまったとなればもう、ルークの知りたかった真実は闇の中だ。

 ルークは意識的に溜息を短く切った。


 途中で城内に残っていた魔物を蹴散らしながら城内を進み

「ここが王の間だ」

 王の間への重い扉を勢いよく開くと―――。

「!?!」

 そこには、近衛兵と思しき鎧を着たドップラーの魔物に囲まれた“ハサン王”が、玉座に座っていた。

 汚れていようとも荘厳さを失わない王の間に鎮座するそのこじんまりとした姿はまるで枯れ木のようで、痩せ細り、張り気もなく萎れている。その頭に不相応に大きく輝かしい王冠が乗っかり、枯れ枝のような指から擦り抜けた指輪は椅子の傍に落ちている。

「……“ジャック”を虐めているのはお前たちか」

 低く、怒りに震えた声だ。しかし、そこに生気はない。

「ハサン……ッ!」

 ハサンの首には、手のひら大の青いオリハルコンのペンダントが下げられていた。そこから緑色の瘴気が漏れ出していることなど、最早、この男の目には映らない。

「お前たちには地獄の苦しみを持って贖わせよう。

 私の“息子”の為にもな」



(ジャック? ドップラーが、息子?)

 マイティアは困惑するとともに、湧き上がってくる怒りに震えた。

 ハサンの子供たちは自分たち(マイティア、シルディア、ランディア、サーティア)四人だけだ。何故よりにもよって魔物のドップラーがハサン(父)を横取りしているのだ?

 例え愛情を与えられてもない、ろくでもない父親であっても、この世でたった一人しかいない父親なのに―――っ!

『ネロスッ!』

 マイティアは感情的に声を荒らげ、ネロスはそれに応えるように飛び出した。

 ハサンの前に整列していた魔物の群れが動き出し、直進するネロスとルークを覆うが、瞬く間にネロスが魔物たちを八つ裂きにする。

 しかし、ハサンは動揺することはなく、玉座の後ろから追加の魔物の群れが現れる。その魔物たちには千切れたメイド服や召使の服がこびりついていた。

「おのれ―――ハサン!」

「! おい!」

 我慢ならなかったのか、ネロスの制止を無視してルークは魔物の群れに突っ込み「むっ」魔物の爪に引っ掛かりながらも、ハサンの胸ぐらに掴みがかった。

「己の国が荒れ果てているというのに、貴様は玉座にふんぞり返って何をしている?!」

「黙れ! この私に触れるな魔物風情が!!」

 ハサンがルークの腕を振り払うのと同時に「うぐっ」ルークがドップラーの魔物に背中を切られ、ハサンから引き剥がされる。だが、その魔物をネロスが始末し、ルークに貯まるドップラーの毒を吸い取った。

「あまり無暗に突っ込むと死ぬぞ」

「すまん、手間を掛けたな」

 ドップラーの毒がネロスへと移り、ルークから毒が抜けていく様を見て、ハサンは初めて顔を歪めて動揺した。

「貴様、何者だ……?」

「お前に名乗ってやるつもりはない」

 瞬く間にネロスが王の間にいるドップラーの魔物たちを片付け、遂にハサンは玉座から立ち上がった。

「さて、魔物は大概いなくなったぞ。

 こいつはどうするんだ? 生かして捕まえるのか?」

「王には王のケジメのつけ方がある」

 それに、コイツには訊きたいことが山ほどあるしな、とルークは言う。

「―――下賤げせんがッ! 来いアズ!」

 だが、その掛け声と共に奥から現れたのは

「アズ!?」

 ハサンの側近、宰相さいしょうのアズだった。だが、その身体は既に何者かによって切り裂かれ、緑色の瘴気を口から放っている。それがみるみるうちにボコボコと身体が変形していき、ネロスたちの目の前で巨大な魔物と化した。

「!? 待てハサン!」

 そのアズが道を塞いでいるうちに、ハサンは王冠をかなぐり捨てて逃げ出していた。





 王の間を抜け、城内の地下へと駆けていくハサン。だが、もう齢80近くの老人に長い階段は厳しい。息が切れ、朦朧とするハサンの脳裏に、走馬灯が流れる。


 ハサンは、“不妊症”だった。

 だから、彼の正妻であるサリーとの間に子供をどうしても作る事が出来なかった。その妻サリーも早くに亡くしてしまった。


 跡継ぎを産むことが出来ない決定的な欠陥に加え、セルゲンの跡継ぎにはルークがいた。それ故、ハサンは自分が王になることはないだろうと思って過ごしてきた。

 だが、ルークがテルバンニ神殿で行方知らずとなり、セルゲンが崩御した後、ハサンは意図せず王となってしまった。魔王が復活した世に、彼に拒否権など与えられなかった。


 “次代の王の娘が女神の子となる”

 

 そして、この大女神の予言にぶち当たり、ハサンは絶望することになる。

 そこで執政官たちは、内密に“養子”を受け、その子供たちをハサンの子として育てることに決めた。敬虔けいけんな女神信者だったハサンは、女神をたばかるようなその提案を拒んでいたが、魔王復活を前にハサン王の我儘は通らなかった。


 そうして集められた子供たちは、様々な人々の思惑が滲み出ていた。

 鷹派の暗部のガドウィン家の娘、サーティア。

 王都近衛兵の筆頭、ティン家の娘、ランディア。

 そして、スティーロ家のレミアの双子の娘、シルディア、マイティア。

 ハサンは当然の如く、娘たちを愛せなかった。


 ただ唯一、ハサンはルークの妻であったレミアの気高さに惹かれた。それが悲劇を生んだ。

 ルークの帰りを信じていたレミアは、ハサンの物になることを拒み、王の自尊心を傷つけた罪を自ら罰するべく、王の目の前で服毒自殺してしまったのだ。


 魔王が復活した時代に王に即位した重圧、そして、好いた女に死なれた自分への嫌悪感で圧し潰されそうになっていた時に、王はとある捧げ物を貰った。

『こちらはモンジュから、青いオリハルコンでございます』

『ほう』

 それはそれは、藍色の、目を見張るような美しい魔石だった。

『此度、青いオリハルコンの鉱脈を見つけまして、宰相のご許可をいただき、既に“王都の要所要所に魔砲として設置しております”』

『して、この魔石には何を刻んだのかね?』

『女神様による護身の護符の印を、魔石に刻ませていただきました』

 女神信者のハサンはこれに大層喜び、それを肌身離さず身に着けるようにした。

 すると。

『おぎゃああ』

 赤子の泣き声が聞こえてくるようになった。他の者には聞こえない赤子の泣き声が。

 その声は日に日に大きくなっていったが、ハサンはその声に狂うことなく、何故か、亡き妻サリーの、流産してしまった自分の子供の声なのだと信じるようになった。

『パ、パ……パ パ 』

『おお……ジャック!』

 それからどれだけ経ったか、泣くだけだった声が徐々に意思を持ち始めた。

 赤ん坊のような喃語なんごから始まり、歯抜け声から、子供の声に。

 ハサンはその声をジャックと呼び、亡き妻との、本当の子のように思うようにした。


『パパ、あいつまたウソを言っているよ』

 ドップラーは、いや、ジャックは四人の娘たちを嫌っていた。中でも、マイティアのことを嫌っていた。ハサンがマイティアの事を考える度に、彼はマイティアに不利益になることを言った。

 すっかりと毒されていたハサンはジャックの言葉を信じ、マイティアの言葉を信じなかった。それが暴力に変わると、ジャックは一層、自分への愛が深くなったと思い込んだようだった。

 ジャックは、ドップラーの魔物による侵略で、王の責任を問われ追いつめられるハサンにひたすらに寄り添った。いや、構って貰う為に、愛して貰う為に、魔物を適度にけしかけた。

『私にはお前しかいない……ジャック』

 そうやってハサンの懐に入り、憔悴していく彼を狂わせていった。

 そして、王都騎士(ドップラーの魔物)によって城内に攻め込まれたとき、遂にハサン王は発狂した。


 ―――そうだ、私は今……ドップラーに味方している……。


 例え今更そう思い出したところでハサンの足は止まらなかった。彼にとっての味方は一人だけ―――頭の中に聞こえてくるジャックの声だけが、彼の最後の灯火なのだ。


 ゼェハァ、と、喉を擦りながら、ハサンは王城アストラダムスの地下深くにある機関室へと入り込む。

『パパ! もうあれを壊すしかないよ!』

 足の踏み場もない程の沢山の配管と魔法陣。そして、人三人分程の大きさの巨大な白い魔石のある機関室。そこで、ハサンは“鎗”を召喚した。

「これを……ゼェ、壊せば、いいんだな……ジャック……!」



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