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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
18/212

第10話 戦闘前夜

 


 女神期832年 王国夏季 四月十日



 バーブラの言っていた満月の日が明後日に迫り、ヌヌは私たちを呼び寄せた。


「リードゥ」


 ヌヌがそう呼ぶと、天竜山の険しい岩山から、ヒョコ、飛竜らしき子供が現れ……甘えるような声を出しながら駆け寄ってきた。しかし、その子竜には翼が生えていなかった。僅かな凹凸があるだけだ。


「翼が、生えてないけど」

「リードゥは生まれつきに翼がなくての、親に捨てられていたのをヌヌが拾ったのでおじゃる」

 子供とはいえ、私たちよりも大きいその竜が「むぶ」ネロスの顔をベロベロと舐め回しまくり、挙げ句に彼の頭を甘噛みした。

「だけど、飛竜との契約は原則禁止されている筈じゃ……」

「責任はヌヌが持つわい」

 ああ、なるほど……本来は『召喚契約規定に則り特定の魔物、獣類については各国の司法所に届け出が必要であり、飛竜という上級~最上級の魔物に匹敵する力を個人で持つ事は原則禁止となっている』ものの、四大国のうち一国しか残っていない終末の世、法律を破ったところで罰する者もいないという訳か……なんてアウトローな師匠だ。

「半日もあればポートに着くと言ってたから今日までいたけど、もしかしてリードゥにソリでも引かせていくの?」

「お主は本当に頭が働かないでおじゃるな。知能を感じぬ」

「働いてるよ。そうじゃなきゃお腹は空いたって感じない」

「やかましゃぁ」

「危なっ」

 何処からともなく頭上に召喚される鉄塊を寸前で避けられるのだから、勇者の頭は動体視力の処理能力で占められているに違いない。

「外に出るぞ、今は晴れておるからの。最高なフライデイでおじゃる」

 私たちが荷物を持って外に出ると、天竜山では珍しい、晴れ渡った青い空が広がっていた。防寒具も必要ないぐらいだ。

「リードゥ、君は飛べるのかい?」

「クォン、クォー ビィギャッ ギャフキャフフ」

「……ダメだ、何言ってるのかさっぱりわかんない」

 ヌヌの声に応えて、リードゥが駆け寄る。彼女はその背に乗って、召喚術を唱え始めた。

 すると、彼女の魔力によってリードゥの体が大きくなっていき、全く生えていなかった翼がメキメキと音を立てて形作られていった。

「わわ、大人のサイズだ……」

 飛竜は大人になると、10メートル~20メートルぐらいの体格になる。翼を含めるともっと大きい。

 リードゥは恐らく、ヌヌの類い希なる召喚術の操作によって強化され、擬似的な翼を作った……のだろうが、どういう術式なのか皆目見当も付かない。


「何をぼさっとしておる。ネロスよ、さっさと登ってミトちゃんを引き上げるでおじゃる」

「え、あ、はいはい、行きます行きます」


 ネロスは……あらまあ、ご丁寧に手袋を嵌めて、ひょい、とリードゥの背の上から、器用に身を乗り出して私に手を伸ばした。

「つかまって 引き上げるから」

「ずいぶん物覚えのいいのね 見違えるぐらい」

「少しはデリカシー出来てきたと思う?」

「及第点じゃない?「やった」調子に乗らなければ」

 その手を掴み、軽々と引っ張り上げてくれたので、私はちょうど彼の後ろに着いた。

 しかし、これから飛ぶ飛竜の背に乗るのに掴むところが無いな……そんなことをのんびりと考えている間に「わ」リードゥが羽ばたき始めた。

「行くでおじゃるよ!しっかり掴まるのじゃ!!」

「ちょっと待ってヌヌ どこ掴めば―――」


 しかしながら、私の声は羽ばたきに掻き消され、そのまま助走に入り……・・・─── ぐわっ  と 浮遊感が襲い掛かる。


「ユーキャンフラァアアアイイイイ!!!!!」

「グゥオオオオンン!!!!!」


 巨大な図体が大空に舞い上がり、風に乗って天竜山から南へ、ポートに向かって飛んでいく……。

 大空から王国を見下ろす絶景が横目に見えるのだが、それよりも……。


「……ごめんなさい、掴まるところが無くて」

「い、い、いいいんですよ? 僕の問題は無いと思われたんでしょう?」

 私は思わず、掴まるところが無くて、咄嗟に前でリードゥの大木のような首に掴まっていたネロスにしがみついた。そのせいで……彼は、顔が真っ赤になって変な言葉使いになってしまった。

 わざとではない……と、言い逃れをしたのだが、陽気に飛んでいるリードゥがいつアクロバティックに旋回し始めるので、手を離すわけにもいかない。

「ぼくぁに、掴まってておくんれ ひゃぁ」

「なんて情けない声だしてんのよ」

「おっ――ー」

「なにっ」

「お胸 が 触れてしまっておりまする「馬ッ鹿っ!」痛ッ!?お腹を抓らないでいただいたりしますか!?痛い痛いイタタタタッッ!」

「いちゃいちゃしてるでおじゃるな。ほれ、リードゥ、手伝うでおじゃるよ」

「グォォン」

 リードゥはヌヌの指示の下、激しく飛びやがるせいで、私はネロスにしがみついたままでいるしか無かった。彼も彼で、片手で聖剣を握ったままだし、自分と私分の重さに堪えながら、必死に前屈みになろうとするから、変な格好だ。

 私も風景なんて楽しむ余裕はちっともなかった。緊張するとすぐに汗塗れになるネロスの高温多湿な体に抱きついている姿など誰かに見られたくなくて、私まで顔を真っ赤にして俯いていたからだ。


 結局、ポートに着く頃には、色んな意味で私はヘトヘトになっていた。



 女神期832年 王国夏季 四月十一日



 赤い月が、ほんの僅かに欠けている……明日の夜は満月だ。

 夜遅くまで続いた事前の作戦会議を終えた後、宿屋前の、鉄の防壁の築かれた公園で腰を下ろした。思わず溜息が漏れる。

 作戦会議の後に続け様、人々は揃いも揃って戦の勝利祈願のため教会に向かって移動を始めたのだ。私は理由を付けて離席し……此処にいる。

「調子悪そうだけど 大丈夫?」

 教会に行ってもやることがなく、そっ、と戻ってきたらしいネロスが公園の一角で座り込んでいる私を見つけて近付いてきた。

「グラッパの家でもそうだったけど、ミトは祈らないの?」

「……女神の席は今、空っぽなの 誰もいない場所に祈っても誰の耳にも届かないでしょ」

「じゃあ、聖剣に向けて祈っておく?」

 ネロスは腰に提げた聖剣を差し出したが、私は結局、首を横に振った。


挿絵(By みてみん)


「ベラはあんたと一緒に戦っている“一人”じゃない

 彼女に祈り縋るなんて失礼な話だわ」

「そうかなぁ……?

 もしかして、ミトは信仰心っていうのないの?」

「はっ、ずいぶんとド直球に失礼な事を言うわね「え、ごめん」女神信仰の信者であるかと訊かれれば、私は間違いなく……誰よりも敬虔けいけんな信者よ。女神教典の理念を遵守じゅんしゅすべく、私は人生を捧げている」

 女神は、カタリの里での儀式によって“人から神に昇華する”ため、人よりも上位の存在として扱わなければならない……その女神を人扱いした事が不信心なことだとわかってはいる。

 ただ……個人の事情が複雑に絡み合っていて、いちいち気にかかる。

 今更だけど、面倒臭い奴だな、私は。

 私が言葉に詰まっている事を判っているのか、ネロスはいたたまれないよう辺りを見渡し「あ、獣人?」急にそう指を差した。

「ああ、有名なぼったくり行商人よ」

 明日の為、既に住民たちは地下に作られた仮設の避難所にいる筈だったが、図太い商人は戦地で荒稼ぎしようとしているのだろう。

「………ネロス、買い物してくる?」

「え?」





「買い物なんて初めてで、なんだか緊張したよ」


 魔物退治やら錬金術に使う素材の売却で得た資金を渡し、ネロスに幾つか買う物を指定して買わせてみた。

 ヌヌの下で居候していたうちにも、彼には少し文字の練習をさせていたし、簡単な足し算は出来るようになった。一人で買いたいものを買えるようになれれば、町の便利さが判ってくることだろう。


「やたら高い値段ふっかけられなかった?

 あのクソネコ、舐められると相場の10倍ぐらい高く出してくるらしいのよ」

「凄い優しかったよ。ほら、木の実ジュースのおまけ付き。二本貰ってきた」

「はあ……絶対にこの分の値上げされてるわね。

 それで 初めてのお使い、ちゃんと出来た?」

「うん。

 回復薬の、飲めるのと、食べるの、塗り薬。止血用が、これ……、と、エーテルって、こんな小さくていいんだよね」

 ネロスは買ってきた品々と、青い小瓶を見せてきた。

「そう、合ってる。

 そのエーテルを嗅いでみて」

「開けていいの?」

 蓋を開け、鼻を近づ「くさぁあっっっ!」くしゃぁ、と顔をしかめるので、思わず笑ってしまった。

「錬金術で作られたその臭い液を飲めば、即席で魔力を回復できる。聖剣の力があれば滅多に使わないだろうけど、ヌヌが魔術を幾つか教えたって言うから」

「あ、ありがとう……けど、お腹痛くならない?」

「1日に三本以上飲んだりしなければ、少し口が臭くなるだけよ。

 ただ、魔力が有り余っている状態で飲み過ぎると一過性の魔中毒になるから気を付けてね」

「非常時しか飲まないよ、うぇぇ……鼻がぐずぐずする」

 ネロスはエーテルの蓋を厳重にしめてからポーチに入れた。明日の長期戦に備えて、即席に使える回復手段を一通り彼に持たせた。


 ヌヌから聞いたことだが、ネロスは恐らく神国側の血筋で、血統的に魔力量が低い。その分に魔術に対する防御力が高い、とのこと。

 加えて、回復系の魔術が初歩的なものですら全く使えなかったようだ。傍に治療役がついていられるわけではないのなら、非常時に自分で応急手当をする手段は持っていた方がいい。


「ネロス、そろそろ寝ないの?」

 早めに就寝して朝まで全く起きないネロスは、今日、寝る時間になっても起きていた。会議の途中で寝るんじゃないか、とさえ思っていたのだが、彼はまだ眠そうに瞬いたりしない。

「明日は夜に戦うからさ、いざっていうときに僕がうとうとしないように時間をずらそうって思って。

 それに」

「それに?」

「予知夢は近ければ近いほど、確実になってくるんだ。

 できる限り、町の被害が出ないよう……精確に見たいからね」

「寝過ごさないでよ」

「あー、その時は……いや、きっと起きる。

 起きる絶対起きる」

 揺すっても叩いても起きない奴が、開戦時まで寝過ごしていたら流石にバーブラも呆れるに違いない。

 木の実のジュースをちびちび飲みながら夜風に当たっていると、ガシャン、といきなりネロスの胴当てが足下に滑り落ちた。

「んん、また落ちたよ」

「鎧の着方、グラッパに教わらなかったの?」

 グラッパが今回の戦闘に合わせてネロスの鎧を作ったらしいのだが、私も見たことがないほど複雑な作りをしているのか、留め具を正しくつけられていなかいようだ。

「これ見れば分かる、って紙を渡されたんだけど……読めなくて」

 しかし、見せて貰った紙の文字は難しいのではなく、汚いだけだった。

 グラッパの汚い字を四苦八苦しながら私が読み解き、10分ぐらい経ってようやくちゃんとつけることが出来た。

「凄いなあ、全然音が鳴らないよ」

 見るからに金属鎧なのだが、ネロスが飛んだり跳ねたりしても鎧同士が擦れ合う音はない。そして何より、動きやすいようだ。聖剣を木のまま空気を震わせながら振るってみても、生身となんら遜色そんしょくないらしい。

「ああ、そうだ。ごめん、受け取ってたんだった、ミトの分の鎧 軽すぎて忘れてた」

「別に頼んでないけど」

「まあまあ」

 何故か私のものまで作っていたらしい。再びの汚い字の説明書までついてきている。

 試しに身に付けてみると……確かに、動きやすい。見た目よりも遙かに軽く感じる。

 ただ……、……腑に落ちない。


(なんで私のサイズ知ってんの)


 ほとんど直接話した事も無いし、当然、採寸された覚えは無い。それなのに、ほぼぴったりサイズの鎧を作るとは……。

「うん、ピッタリだね 良かった良かった」

(良かった?)

 勝手にグラッパが作るとは思えない。きっとネロスだろう。私のサイズをどう測ったのかは敢えて聞かないでおいてやる。

「この戦いが終わったら、王都に……行くんだよね」

「そうよ。今度こそね」

「ミトの故郷は王都なの?」

「そうなるわね」

「そっか……。

 ごめんね……僕が色々と首を突っ込んだせいで」

「……、……まあ、そうだけど」

「だけど……その、もしも、だけど もしもだよ


 君が いいと言ってくれるなら

 僕はまだ   君と 一緒に いたいな」


 私は彼に視線を移した。彼は真っ直ぐと私を見つめている。今にも沸騰しそうな、赤い顔だ。額に汗さえ浮かんでいる。


「ダメかな ダメか ダメかぁぁぁ ダメだよね

 はあああああああ」

「なに 何よ勝手に 一人で沸騰しないでよ」

「いいんだ。何も言わないでくれ。何も言わなくていい。タイミングがおかしいっていうのは重々僕も分かってる。分かってるから、ベラ、茶化さないで。僕は真剣なんだッ!」

「はあ」

「分かった!もう一回言う! バーブラを倒したらもう一度だけ言う! 僕はまだ王都に行きたくないと!言う!!「え」言わせてくれ!!

 四天王って奴らを全員倒してから行く!「は」そうだ!四人全員!「いや」それから魔王を倒しに向かう!「ちょ」順当に一段ずつ進もうと!言う!!「え」

 君の返事を!意見を! 明日の戦いを乗り越えられたら!聴かせてくれ!!」


 彼はそう、一方的に言いやがった。私はその勢いに流されて何も言えないまま、何か喋ろうとすると彼は「ちょっと走ってくる!」勝手にいなくなってしまった。

 結局、その返事は持ち越しにされ、私はただ呆然と夜の静けさに置いてけぼりにされた。



 女神期832年 王国夏季 四月十二日



 次の日の夕暮れ……。


 時間を合わせたように目を覚ました勇者は、こうまくし立てた。


「ほとんどの魔物はポートに来る。1時間後、奴らの先兵が様子を見に来てから、10分後には一気に数千体が四方八方から攻めてくる。最上級って雰囲気の奴ら4体もポートに来る。海からも8体、巨大な奴が現れる。東の空にも気をつけてくれ。奴らは戦い始めてから30分後ぐらいに同時にやってくる。

 トトリには最小限の数で攻めてくる。だけど、最上級の一体と、ほとんどが上級の魔物だ。攻めてくる時間はズレてる、30分ぐらいかな。」

 彼の予知夢を初めて聞く人たちが唖然とする中、ネロスはグランバニクに声をかけた。

「転移魔術が使えるんだろ? トトリに奴らが攻め込んでくるタイミングで僕をトトリに連れてってくれ。

 それまでに……できる限りポートは片付ける」

「待て待て待て!数千体なんだろ!? そんな――30分程度でどうにかなるもんじゃないだろ?!」

「やるさ。翌朝、此処にいるみんなの無事な顔を、僕は見た。

 安心してくれ、君たちは決して死にはしないし、死なせやしない。僕を信じてくれ」

 ネロスは自信満々に言い切り、近くに広げてあった二つの町の地図を持って来て、細かに予知夢を披露し始めた。

 最初は疑っていた人たちも彼のブレない予言を信じだして、配置についていく。


「献立に困らないだけの力とは言わせないよ」

「今更その力を疑っちゃいないわ」


 私たちも戦闘の最終準備を始める。

 騎士たちは鎧兜を着用し、魔術師たちは巻物を広げて手持ちの魔法陣を確認する。

 ドワーフたちが国家機密に近い鍛冶技術を惜しげもなく分け与えて作った弩砲どほうが、家屋の屋上や道路、広場に大矢を構え……魔物の抜け道になりかねない路地裏には魔法陣や爆弾の罠をふんだんに仕掛けた。

 地下の下民街や、上層街のシェルターへ避難した人々を守るべく、最悪な時代に生まれ育った若い戦士たちは、新品の鉄製武器を携え、ナリフ町長の激励に激しく昂揚していく。その熱気は鍛冶場の如く、肌に焼け付くようだ。


「私はここポートで狙撃と信号役を担うわ。あんたの予知夢に沿った時間で合図の狼煙を打ち上げる。

 ホズをトトリに行かせてあるから……向こうへ転移した後は、ホズを介して私と連絡を取り合うことになるわ。そして、ホズが持っている魔法陣を使えば、ポートへ戻れる。覚えておいてね」

「うん、ありがとう。

 だけど……みんなの役回りを聞いてた限り、ミトも色々抱えてるけど大丈夫?

 時計と地図とメモと敵と、みんなの情報収集しつつ、ホズとも連絡取る訳だろ? 混乱しないか?」

「あんたと戦い方が違うだけ。誰も彼も、楽な役回りなんてないわ。

 それに、バーブラにとってまともな戦力はあんただけだと思われているの、実のところしゃくなのよね」

 確かに私個人に上級の魔物を倒せる力はないし、ポートの人々の信頼を得ることは出来ていないまま。姫様は邪魔だから避難してろとさえ吐き捨てられた……侯爵とヌヌの後押しがあって仕事を任されたものの、ドワーフたちはまるで信用してくれていない目を向けてきた。


(王族の名に恥じない仕事を、実直にこなしてやるわ……)


「あとね、ミトには伝えておくんだけどさ」


 ネロスは私の顔を見て「あの男には気を付けて」そう言って、“あの男”に目を向けた。

 皆が戦闘準備をする最中に貧乏揺すりを続けている……マルベリー男爵だった。派手な装飾のマントを羽織り、豪華な飾りのついた鞘が本体の剣を腰に提げている。そして、指輪をつけた指で事あるごとに顔を掻きむしっている。汗っかきとはまた違う、不潔感というより顔から赤く血が滲む程の狂気的な自傷行為にも見える。

 私たちが天竜山にいたときはグランバニク侯爵の下で戦闘準備に扱き使われていたと聞いていたが……ずいぶん不満なご様子だ。


「細かいところまでは見えなかったけど、あいつ、みんなが戦っている途中でいなくなるんだ」

「いなくなる?」


 男爵の持ち場は上層街に設けた弩砲どほう隊の指揮監督。トトリ側(山側)から攻めてくる可能性は0ではない以上、後方支援だけでなく気の抜ける訳もない立ち位置の筈だが……持ち場を離れるなど、言語道断ではないか?


「戦闘が始まってから20分程したら、いなくなるのが見えた。

 恐れをなして逃げただけならいいんだけど……あいつは上層街じゃなくて下民街の方へ向かう。

 それ以降は見えない。まだ未来が確定していないからだと思うけど……君があいつは裏があるだろうと言ってたのが気になって」


 マルベリー男爵が下民街の掃討を望んでいた……まさかこのタイミングで実行するなど流石に……そう願ってはいるが、そもそも掃討案が町のためなど微塵も考えていない、利己的な目的の為に行おうとしているのであれば話は別だ。

 ただ、魔物ならともかく予知夢で見えたからという理由で人を尋問するのはいくらなんでも飛躍しすぎている……誰の目にも明らかな証拠がなければ、信用のない私が干されるだけだ。


「……わかった 注視しておくわ」

 私がそう言うと、彼は少し安心したように頬を弛めた……気がした。


「さて、行こうか ミト

 この戦いは勝てるよ 僕は知ってるんだ」


2022/7/18改稿しました

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