第76話 青いオリハルコン
地竜遺跡、地竜山脈の奥深くに眠る人類未踏の地。その理由は臨界(時空が歪んでいる)であることに由来する。
猫獣人コレットはとある人物から遺跡について書かれた手記を手に入れ、人が無事に戻って来られる場所まで探索に出た。
『ラッキー、これは発見やで!』
彼がそこで見つけ───その輝きに目を奪われたのは、青いオリハルコンだった。
通常琥珀色である筈のオリハルコンが藍色を示している。それだけで異質なものだった。
『それもこんなに!』
その上、魔石が貴重になった世界で、未発掘の青いオリハルコンの鉱脈を見つけたのだ。
『これをぎょーさん”王家に売れば”!
オイラたちは金持ち間違いなしや!』
ラッキーはその儲け話に乗り、当時、当主が亡くなり低迷していたモンジュの業績を上向きにさせた。
少なくともその時、彼らに、悪意はなかった。
雪がちらつく夕暮れ、モンジュの屋敷の中庭で、石像たちを使って王都騎士(ドップラーの魔物)を火葬するグレースたち。そこへ珍しくタイマラスが降りてくる。
「ラタの時間を止めたそうだな」
「それが何か?」
「いや、今はそれが最善だ」
タイマラスはふん、と鼻を鳴らした。
「これからどうする? ポートへ逃げるか?」
グレースは顔をしかめ、タイマラスの軽口に嫌悪感を示した。だが、彼は頷かざるを得なかった。
「大水殿を新たな根城にしたところで同じことだ……寧ろ、レコン川が使えないだけ追い詰められるだけだ」
「後は、あのバカを説得できるか、か……」
グレースは重い溜息をついた。
「誰の話をしている」
噂をすればなんとやら、ラッキーが上機嫌で現れる。
「ラッキー、ポートへ逃げるべきだ」
「まだそんなことを言っているのか? 俺たちはドップラーの魔物を追い払う絶大な力を手に入れたんだぞ」
何のことか、と首を傾げるグレースとタイマラスに、ラッキーは得意げに声を上げた。
「“巨人兵”の準備が整った……!」
記憶には残っていたようで、二人とも、あー、と声を漏らした。
簡単に言えば、巨人兵は魔石を核に持つ大きな土人形で、込められた術式だけをこなす石像たちよりも数段、複雑な命令系統を解する事ができる代物だ。
それが今、準備が整ったのだとラッキーは言っているのだ。
「巨人兵とやらにどれだけの力があるのかね」
「これで王都騎士100人力だ」
「大言壮語だな」
「試す前から出来ないと諦める方が馬鹿らしい」
そううずうずと待ち構えていたのを知っていたかのように
――――ファンファンファンファン! けたたましくサイレンが鳴り響く。
「今こそ巨人兵の力を見せつけてやるときだ!」
ラッキーの掛け声と共に屋敷中の従業員が慌ただしく動き出し、ゴゴゴゴゴ、屋敷が地響きを起こしながら1階部分を外に丸見えになるよう左右に開き、1階で横たわっていた20メートル級の土人形がひとりでに起き上がりだした。
極太な手足、その胸には一際大きな青いオリハルコンをつけている「ん?」巨人兵が、屋敷に接近してきたドップラーの魔物を握り潰した。
「おい、あのオリハルコン、何処で」と、タイマラスが青いオリハルコンを指差してラッキーに問いかけるが
「ハハハハハ! どうだ!ドップラーの魔物がゴミのようだ!」ラッキーは完全に調子に乗ってしまっていた。
「……不必要にデカすぎやしないか」
「巨大化はロマンだろ!」
「そんな理由でか!?」
ロマンの為に巨大化した巨人兵はずんずんと地面を揺さぶりながらドップラーの魔物を蹴散らしていっていたが
「なんだ?」
しばらくすると、その動きが緩慢になり、遂には、ピタリと止まってしまった。
「巨人兵が、誤作動を? いや、まさか、そんなこと」
『そのまさかだよ! バーカ!』
緑色の霧、ドップラーが巨人兵の上空に現れ、その邪気な笑い声を木霊させる。
『よくぞ作ってくれたよ!
ハハハハハ! やった!僕の身体だ! アハハ!』
「バ、バカな! 何がどうして―――」
「どういうことだラッキー!」
「ちっ、最低なシナリオだ」
困惑するラッキーの目の上で、ゆっくりとした動きでモンジュの屋敷を踏み潰そうと足を上げる巨人兵。
「まずい───っ! タイマラス!」
「間に合わないね」
ズズズズズン!!!
巨人兵の足がモンジュの屋敷を踏み潰し、大量の土埃と悲鳴が上がる。
「グレース!」
「俺の、心配は要らん……!」
咄嗟にグレースは携帯鎧を着用し、巨人兵の足を盾で僅かに逸らした。だが、そのあまりもの体重差で彼の左腕の骨にヒビが入る。
「ラタは……流石ね、抜け目ないわ」
デリカが上階に目を向けるが、石像のように固まったラタの身体は無事だった。身動きが取れない彼の身体をタイマラスが移動させていたようだ。
『アハハハ! 人が虫けらみたいだね!』
だが、従業員の数人が土人形の足に巻き込まれてしまったようで、1階では阿鼻叫喚が発せられる。
「おい、あの青いオリハルコンを何処から持ってきた」
「え、えっ、ど、何処って―――ち、地竜遺跡だっ」
それを聞いた時、普段、淡白な表情のタイマラスが刻銘に眉をひそめて
「アッヴァ、これはどう考えても非常事態だろう」と、怒気を込めて呟くが、光の点滅は淡々としていた。
『次はこっちだ!』
巨人兵が再びモンジュの屋敷を破壊しようと腕を振りかぶり―――誰もが死を覚悟したとき
『飛竜の次は巨人だなんて、現実離れしてるね』
「全くだ」
月夜をバックに、巨人兵の背中を取る人影。
その手に握られた剣の鋭き一閃が、巨人兵の振りかざす右腕を肩から切り離した。
『!? ちくしょうっ! お前誰だ!?』
巨人兵の左肩に乗ったそいつの、罪人が被る鉄製の仮面に雪が触れる。
「僕はネロスだ」