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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第四部
173/212

第73話 スノードラゴン


 ズズン! ズズン! ズズズン!!

 足の裏を打つ強い振動、その震源地へと走るネロス。

 その正体が、夜の吹雪(帳)の中から現れる。


『うそ―――飛竜ドラゴンだ!』


 雪に紛れる真っ白な鱗、人を容易く踏み潰せる四肢、吹雪を操る翼、鰐の如く突き出した口には王都騎士と思しき死体を咥えている、

「それだけじゃない、この魔力は……ドップラーの魔物と化した飛竜だ」

 ペッ、と、王都騎士を吐き捨てた飛竜は、緑色の瘴気を吐きながら血走った目でパッチャ村へと近づいてきている。


「スノードラゴンだと?!

 パッチャ氷原に降りてくることだって珍しいのに!」

 普段は北の遥か上、天竜山脈の弱肉強食の頂点にいるスノードラゴンは、狩りの途中でパッチャ氷原に降りてくる時は稀にあるが、パッチャ村がある場所に来ることはここ数百年で一度もなかった。

 それが今、全速力でパッチャ村目掛けて走ってきている。

「子供たちはスティール様のところへ!」と、急ぎテントから避難する子供たちを庇う大人たちに「ダメだ! 全員で洞窟まで逃げるんだ!」ホロンスが声を荒らげる。

 その間にもスノードラゴンがパッチャ村に照準を合わせて

「まずい―――」

 すーーーっ、と、息を吸い込み始める。

「ミト」

 マイティアが呼び出した剣(召喚武具)を握り、ネロスはスノードラゴンに向かって、凍れる大地を踏みしめ飛び出した。

 スノードラゴンはネロスを避けるようにして上半身を起こし

 ネロスは高くもたげたスノードラゴンの喉元へ目掛け一閃を放った。

 ズバッ! スノードラゴンの喉がパックリと裂け、緑色の瘴気が漏れ出した。だが、裂け目が浅かったからか、スノードラゴンはそのまま勢いをつけて貯め込んだ緑色の息を吐き出した。

 急ぎパッチャ村の魔術師たちが総出で氷壁の氷魔術を唱え、万里の氷壁で村を囲う。

 しかし、スノードラゴンの放つ緑色のブレスは分厚い氷壁を突き抜けてしまい、村中が緑色の空気に満たされてしまう。

「うっ!」呼吸しない訳にもいかず、次々に瘴気を吸い、皆が咳き込み始める。

「くっそ―――ゲホッ、こんなところで終わる訳にいかないのにッ!」

 そして、ホロンスやルークにも―――皆、ドップラーの毒を吸い込んでしまった。致命的だった。

 しかし、スノードラゴンの猛攻は止まる気配がない。

 ネロスはスノードラゴンに再び飛び込んだ。スノードラゴンの翼が作り出す暴風雪を潜り抜け、今度は長くしなる丸太の如き首に掴まり、剣を太い首に突き立てる。

 赤い血を噴き出しながらスノードラゴンは叫び、暴れだした。それでも、ネロスは振り落とされないよう首に深く突き立てた剣に掴まり、次々にマイティアが召喚する剣をスノードラゴンの首へ突き立てていく。

 太い筋繊維が引き千切れる音を立てて、スノードラゴンの首が滅多刺しにされ―――ブチン! 遂には自分の首を振るう勢いでスノードラゴンの太い首がちぎれ飛んでいった。

 ドサァ……大地に沈むスノードラゴンの身体。それが確実に動かなくなったことを確認した後、ネロスはパッチャ村へと戻った。



 村中を満たしていた緑色の空気は吹雪で消え去っていたが、村人たちの顔色はすこぶる悪い。

「気持ち悪い……なんだこの違和感」

 ホロンスが心苦しい思いで、ドップラーの毒であることを皆に伝えようとしたとき

「魔王よ」

 ヤドゥフがホロンスの口を塞ぐように声を出した。


「お前に良心が残っているのならば、皆を助けてほしい」


 ネロスは何事かと警戒したが

「何をどうすればいい」と、言い返すと、ヤドゥフは少し安堵した様子で

「皆の体内に入ってしまったドップラーの毒を吸い取ればいい」と、告げた。


「見たところ、ドップラーとやらの毒の本質は魔、瘴気で出来ている。

 そして、魔を引き寄せる性質を持つお前に、ドップラーの毒は効いていない。

 魔には魔を、ということだ」

 ピンと来ていないネロスに

「皆に触れればいい筈だ。

 それだけでお前はドップラーの毒を吸収出来るだろう」と、ヤドゥフは説明した。


 しかし、ふとネロスが周囲を見渡すも、死霊に恐怖を抱く人々でいっぱいで、誰も我先にと踏み出さず、おののくばかりだ。

「…………。」

『ネロス……』

 誰も踏み出さないまま数秒が経った後で

「なら、先ずは俺が被験者になる」と、ホロンスが前に出て、腕を差し出した。

 その腕をネロスが掴むと、目に見えて緑色の魔がネロスの方へ移動するのが見えた。しかしながら、ネロスに異常は見られない。

「……まさかドップラーの天敵がこんなところにいるとはな」

「よくわからないが、大事ないのならよかった」

 その様を見た村人たちは、一人、また一人とネロスの前に並び

「あ、ありがとう……」

 ネロスはその毒を吸い取っていった。

「だけど、どうして僕は大丈夫なんだろうか」

「恐らく、死霊が持つ底なしの魔の器がドップラーの毒をも呑み込み、自分のものにしているのだろう」

「ふぅん……」

 わかったようなわかっていないような顔でいたが、ネロスは少し朗らかな表情を浮かべた。

(もうこんな風に感謝されるなんて二度とないと思ってた……)

 洞窟に避難していた子供たちも大人たちの下へ駆け寄る事が出来る、その様を見て、ネロスは深呼吸をするように、自信を持って胸を広げた。


(そうだよ、僕は魔王である必要なんてないんだ)



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