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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第四部
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第71話 昔話


 ラタがドップラーの毒に感染した。その衝撃に屋敷中が動揺した。

 すぐさまラタと感染した従業員に刃を向けようとするデリカたちに

「待てよ、デリカ。少なくとも2月の猶予がある」

「……それは」

「失うには大きすぎる」と、タイマラスはラタを庇い、デリカは鈍く「そうね……」と返し、太刀をおもむろに鞘に納めた。

「2月で毒が回るってことか?」と、ラタが尋ねると、タイマラスは早口に答えた。

「ドップラーの毒は感染者の魔力波長を模倣しながら魔力生成臓器を冒し、挿げ替えていく。エンチャント現象とも呼ぶべきか」

「???」

「早期段階ならば濾過除去も理論上可能だが、それに必要な錬金素材を王国では集められない」

「えーっと」

「ドップラーの毒は、①循環、②汚染、③蹂躙の三段階を辿る。

 循環は魔力波長の疑似。汚染は魔力生成臓器の汚染、蹂躙は多臓器不全だ。その一途を辿るのに、早くて2月かかる。魔力量が多い者、魔力生成臓器の抵抗力がある者なら3,4月ほど生きられる可能性はあるが」

「よくわからんが、2月は生きられる訳だ。

 その間にドップラーをぶっ飛ばせばいいってことだろ?」

 ラタがそう頷くと、タイマラスはフン、と鼻を鳴らした。

 ふぅ、と一息つき、ラタは身体の緊張をほぐしたところで

「さて、昔話ってなんだ?

 残り2月しかない俺は時間に忙しいぜ?」



 タイマラスとラタは場所を変え、屋敷の上層にある彼の私室に改造されている所へやってきた。

 その部屋には天井から壁、足の踏み場にまでびっしりと魔術の術式が書き込まれており、タイマラスはその術式のマットを器用に避けながらベッドへと移動し「おいおい」来客ラタを迎えておきながら優雅に横になった。

「昔から重力が苦手でね」

「そういう問題か?」

「単刀直入に聞く。

 お前はあのフォールガスなのか?」

「あの?」

 タイマラスはぐーたらと横になった、緊張感のないまま


「魔王を封印した“本物の勇者”なのかどうか」


 と、言った。


「お前さん、何者だ……?」

 ぞっ―――。ラタは頬を引き攣らせて、冷や汗を浮かばせた。

 そのことは当時の者、それも極限られた人物しか知らない情報の筈だったからだ。

 信じられないといった表情でタイマラスを見ていると、ラタの目に僅か、光の点滅が映った。

「なんだ……その光は」

 タイマラスは、やはりな、と微笑んだ。

「この光はアッヴァ。緑翠の竜アッヴァだ」


 八竜の一柱。緑翠の竜アッヴァ。その御姿。

 蝶のような七色の羽根を持ち、蟷螂のような逆関節の腕を持つ竜。

 だが、その姿は髪の毛の断面よりも小さかった。とてもじゃないが、肉眼で視認できる存在じゃなかった。


「よほど目敏い者か、八竜に所縁を持つ者にしか、アッヴァは視認できない」

「そ、その八竜がついているってことは……、いやはや、お前さん、本当に何者なんだ?」


「私は時空魔術師。時と空間を操る魔術師だ」


 ラタは目を丸め、とぎれとぎれに声を出した。

「時空、魔術……、そんな、ことが、出来るのか……?!

 時空魔術は八竜魔術だろ?」

 何せ、時空魔術はあのテスラですら“出来なかった”領域の八竜魔術だったからだ。

「そう。だから私はアッヴァに監視されているのだ。

 むやみやたらに時空魔術を使うと、御方から御叱りをいただくんでね」

 そう考えると、先程の戦闘でドップラーの魔物が動きを止めた魔術は時空魔術の一種だったのだろう。屋敷中のドップラーの魔物だけの時間を止めたのだとしたら―――さながら緑の賢者だ―――ラタは息を呑んだ。

「私の生まれはお前と同じ時期だろう。

 “黒の賢者ファウスト”、彼女と私は幼馴染でね」

「!!」

「私はこの時代に時空魔術でやってきた。

 地竜遺跡で拉げた時空を過ごしたお前と同じようにな」

「…………。

 お前さんは……何処まで知っているんだ?」

 タイマラスは目を細め、淡々と、言い放った。


「四人の若人が魔王を作り出したこと。

 その汚れた手で魔王を操っていたこと。

 戦争を止めさせた功績を持って、四人が王になったこと」


「そして、魔王を倒したのは、ハルバート・フォールガスではなく

 もう一人のフォールガスであること。

 もう一人のフォールガスが魔王の魂を黒曜石の原盤に封印して、地竜遺跡に向かったこと」


 ドクンドクンドクンドクン、ラタの鼓動が激しく脈打ち、手に汗を握る。

「お、どろいた、な……まさかそこまで知っている奴がこの時代にいやがるとは」

「こっちこそ驚いたね。まさかもう一人のフォールガスが本当に“生きて”、私の目の前に現れるとは思っていなかったものだから」

 そう言って、タイマラスは欠伸をした。

「……お前さん程の実力者がいながら、どうしてさっきの戦いに途中参加だったんだ」

「申し訳ないが、私にもドップラーを倒す術がなくてね。

 そもそも魔の塊に意志があるという概念が私にはわからない」

 初めて苦々しい表情を浮かべていたタイマラスだったが

「だが、魔王相手ならどうにかなる」と、自信を持って答えた。


「あれを時空の狭間に閉じ込めることでな」

「時空の狭間だって?」

「悠久のいとまだ。そのうち思考すら出来なくなるだろう」

 そう説明を受けた途端に「いや、ダメだ。それは許さねえ」ラタは首を横に振り、術式が書かれた地面を踏んだ。

「これ以上アイツに苦痛を負わせるのは違う。

 魔王は術者が、……術を解けばいいだけだ」

「はあ」

「魔王が悪い訳じゃない。悪いのは、アイツを操る術者の方だ」

 これにはタイマラスも呆れた様子で

「よもや勇者の口からそんな言葉が出てくるとは。

 残念だよ」と、懐から懐中時計を取り出した。

「何のつもりだ」

「ドップラーの正体の見当がつくまで、無駄に時間を過ごさせる訳にはいかない。

 お前には魔王の戦いのときに協力してもらわなければ困るからな」

 そして、詠唱を始めた。

「やめろ! アイツは何も悪くないんだ!」

「時間停止の時空魔術」

 詠唱と共に、カチッ、懐中時計のスイッチを押した途端、ラタの足元に魔法陣が現れ、ピタリとラタの動きが止まってしまった。


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