第68話 モンジュのからくり屋敷
「せやかてデリカ姉、工面できんのはこれだけなんやって」
「あんたならもう少し出来るもんだと思っていたのに」
「そんなぁ……ん?」
「よう、来たぜ」
ラタが港に顔を出すと、デリカは猫顔の獣人に声をかけていた。獣人の後ろには大量の積み重なった食糧があり、デリカはそれを値切っているところのようだった。
「ああっ! あんときの!」
「? 何処かで会ったっけ?」
猫顔の獣人は髭をピンと伸ばして、ラタのとぼけ顔を指差した。
「コレット、知り合いなの?」
「は、えっ、いや、このおっさんが有名人なんや。シェールの英雄やで」
コレットはシェールでのラタの活躍を自分の武勇伝のようにデリカへ話した。勿論、自分がラタと淑女との会話を卑猥目的(誤解)で聞き耳立てていたなどとは言えなかった。
「今度は王都を救ってくれんのか? 英雄さん」
「俺にできることがあるならやってやんよ」
「かーっ! なんて清い心や! 少しは見習え王都騎士!」
「何か言った?」
「ナンデモアリマセン」
コレットから買い叩いた食糧を船に詰め込んだ後、ラタとデリカは王都に向けて船を出した。
王国に恵みをもたらすレコン川を北に遡上して、地竜山脈の谷間を抜けると、東に雪原が広がっていく。王都南部の農場地域だ。今は冬芋の収穫時期の筈だが、広い農場には魔物───ドップラーの魔物だろう、緑色の息を漏らしている───が跋扈し、畑を踏み荒らしていた。
船はそのまま農場地域に降りることなく更に北上した。川幅が狭まり、船で上るのも険しくなっていった頃に、東側には街並みが見えてきていた。
「此処が王都……」
王城を頂点にして緩やかな坂になっている、迷路状の水路に隔たれた街。大雪に強い合掌造りの建物から、煉瓦造りの落雪様式と二重窓。雪を落とし溶かす為の大水路からは白い蒸気が湧き上がっている。
白化粧した街の中に際立って見えるのは、操舵輪と歯車の紋章を掲げたバロック様式の屋敷で───船はその建物の脇に着けられた。
「これから何処へ行くんだ?」
「モンジュの屋敷よ。そこで陣取っているの、私たち」
そう言って、デリカは食糧がパンパンに詰まった袋を背負って梯子を軽々と登っていく。
「ほら、あんたも持って」
ラタも同じく食糧の袋を背負い梯子を上がる。
登っていった先、大きな屋敷な裏手に辿り着いた。屋敷は魔法陣の描かれた高い塀で囲われていて、ありんこ一匹通る隙間も扉もない。
だが、デリカが塀の壁に手を触れると、その魔力を感知した塀が波打ち、まるで意志を持った手のように動きだして、人一人分ぐらいの隙間を作り出した。
「すっげぇ! 変性術か!」と、ラタは目を見開いた。
「これぐらいで驚いていたらこの先大変よ。なんたってこの屋敷はからくり屋敷なんだから」
「からくり屋敷?」
デリカは得意げに鼻を鳴らし、出来た入り口の中に入る。
すると、彫刻と思われていた大きな石像がデリカの侵入に応じて動き出し、ゴゴゴ、彼女を手に乗せて屋敷の二階へと連れて行ってしまった。
「おお……! この石像たち、魔力感知しているのか」
「そう。ドップラーの魔力を感知したら大暴れするように出来ているいい子たち」
そんな石像たちが塀の中に、見える限りでも50体はいて、その多くが、鎗などの武器を手に握っている。
「悪いけど、あんたは階段を上がってきてくれる?」
非常階段だろう外階段を上って2階へ来たラタを待って、デリカは屋敷の中に入った。
「一、より良い商品作りの為に!」
「一、すべてはお客様の笑顔の為に!」
「一、この身を捧げよ!」
「「「「「「「「「「へい!親方!」」」」」」」」」」
「うお、すげぇ熱気」
ラタたちが見下ろす1階部分は機械工場になっているらしく、50人規模の人間たちが一人のつる禿げ男の掛け声に合わせて気合を入れていた。
「彼らは技巧派モンジュ一派。当主のモンジュ一族は禿げ頭だからすぐに判るわ」
「禿げ頭」
「なんでも、変性術の才能の代わりに全身の毛根を神に捧げたとかなんとか」
「そいつは大変じゃねぇか」
「デリカ、その男は誰だ?」
「!」
突如、気配を消して近づいてきたのは、ラタに負けず劣らずの身長の、鎧を着た大男。その手には大盾と円盾が握られていた。
「王城が欲しいんですってよ」
「冗談か?」
短めの天然パーマの黒髪で、もみあげから髭が一体化したオールドダッチ。褐色の目が疲れと疑心に満ちた目でラタを睨みつけている。
「俺はグレース」
「ラタだ。よろしくな」と、差し出す手を、グレースは握ろうとはせず
「此処には非戦闘員を含めて59人がいる。お前で60人目になる訳だが」
そう隠す様子もなく、嫌味を言った。
「グレース、ちゃんと食糧をがっぽり持って来たんだから、そう怒んないで」
「怒っている訳じゃない」
「はあ……こりゃダメだわ。シャキッとしなさいよ。ランディアにどやされるわよ」
デリカにそう言われると、グレースは細い眉をくにゃりと曲げて何か言いたげに口を開いたが「はあ……」大きな溜息だけを吐いた。
「ともかく、ラッキーに話を通しておけ。此処は彼の屋敷だからな」
「わかってるわよ。
さあて、此処の主に御目通りしましょう。ついてきて」
デリカの案内で、更に屋敷の奥にある“親方部屋”に着くと、塀で入り口を作った時のように扉に手を当てて、魔力感知させる。すると、ガチャリと鍵が開いた。
「この屋敷の主、ラッキー・モンジュよ」
「おう、若いんだな」
ラタの想像では、壮年の太い男が主なのだろうと思っていたが、実はその逆で、若く聡明なひょろい男がその部屋の社長椅子に座っていたのだ。
そして彼は、デリカの言っていた通りに、毛根がなかった。つるっ禿げだ。髭も眉も睫毛すらもない。産毛すらあるのか疑わしい。違和感を持つほどにつるつるだった。
「デリカ、此処はこれ以上誰かを受け入れる余裕はないぞ」
「王都騎士同様に、敵をぶっ飛ばす要員が増えたって言ったらどう?」
「なんだって?」
ラッキーは徐に立ち上がり、ラタの体つきをじろじろと見始めた。
「ふむ……確かに、どう見ても腕は悪くなさそうだ」
「どうも」
すると、ラッキーは机の引き出しの中から「では、早速採寸といこう」「へ?」メジャーやら定規やらを取り出し「あわわわわわ」ラタのありとあらゆる部分のサイズを測りだした。
「何すんだ!?」
「無論、戦うというのなら、このモンジュの鎧をつけてもらわねば困る。
鎧があったから助かった、と。俺たちはそのためにある」
ラッキーは「一日もあれば作る」と、豪語した。