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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第四部
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第67話 デリカ


「ポートか……またこの町に戻ってきたな」

 肩幅の広いガタイで、酒に酔って頬を赤らめた、お節介が顔に出ている朗らかな大男。金髪の短めな一つ結びで、眉は太く凛々しい。

 彼はラタ・ガッド・フォールガス。かつて、大女神テスラと共に魔王を封印した勇者だ。


『深淵がこの世界を覆う前に、白の箱舟を手に入れなさい』


 ラタは今、荒れ地の魔女レキナからの遺言を手に、王国南部にあるポートに到着していた。レコン川を遡上して王都に入る為だ。


「まだ彼らは生きているのですよ!」

「そのうちに処理しなければこちらが手遅れになるんだ!」

「んん?」

 

 すると、街中から悲鳴染みた喧騒が響いてきた。ラタはその声の方に吸い寄せられるように駆け足で向かった。

「おい、何しようってんだお前たち」

 そこには、ガスマスクに手袋をつけた人間たちと顔色の悪いドワーフたちが言い争いをしていた。

「何って、“感染者の連行”さ」

「これは虐殺ですわ!」

「今のうちに処理しておかなくちゃドップラーの魔物になるじゃないか!」

「ドップラーの、なんだって?」

 何も知らないラタを振り解いて、ガスマスクたちはぐいぐいと地下街へと向かっていく。

 同じく、ドン、と弾き飛ばされた顔色の悪いドワーフの老婆に「大丈夫か?」と声をかけると、彼女はしゃくりあげた声を漏らしながら、パニック状態で、首を何度も横に振った。

「ドップラーの魔物が現れてから、全て……全て、ポートはおしまいよ……直に住民すべてに毒が蔓延するわ!」

「落ち着け、どうしたらいい? 魔物なら俺が倒してやれるぞ」

「違うわ―――違うのよ! 魔物を倒しても意味がないの!」

「?」


「そう、魔物を倒しても意味がないのよ」


 状況を読み込めていないラタの下に、一人の人間の女性が音もなく現れた。

 すらりと引き締まった体形、黒髪のポニーテール、切れ長の目をした化粧要らずの美人顔。革の鎧を身に纏う背中には太刀を背負っている。

 その女性はじろじろとラタの体格、そして、背負われたオリハルコンの大剣を見ると

「あんた、強いわね」と、笑みを浮かべた。

「まあ、そうだな。

 だが、そう言うお前さんも強そうだな」

 その女性はふふん、と鼻を鳴らした。


「私はデリカ。王都騎士よ」


「王都騎士!?」

 ドワーフの老婆は突然、素っ頓狂な悲鳴を上げ「どうしたどうした」ラタの後ろに隠れてしまった。

「王都騎士よ! この町にドップラーの毒を運んできたのは王都騎士なのよ!」

「はあ、その“王都騎士を倒してあげたのも私なのに”、酷い嫌われ様ね」

「どういう訳か、聞いても構わないか?」

「ええ、話し相手になってあげる」



 ラタとデリカは場所を変え、町役場の前のロータリーにあるベンチに座った。彼女は腰を落ち着けるなり重い溜息をついた。

「数日前、王都騎士数人がこの町にやってきたの。そして、住民を殺し始めた。彼らはドップラーの魔物になり果てていたから。

 当時町長だったナリフってドワーフたちが何とか被害を食い止めようとしたけれど、王都騎士を止めきれずに彼女たちは感染してしまった。そこへちょうど私が通りかかって王都騎士たちを片付けたって訳。

 はあ、少しは感謝されてもいいのに、同じ王都騎士だと名乗った途端に邪見にされて、さっきの通りよ」

「ドップラーってのは、幻惑術か何かを使って人を操っているってことか?」

「いいえ、幻惑術というより死霊術に近いわ」

 死霊術、その言葉を聞くと、ラタは険しい顔つきになった。

「ドップラーの魔物というのは、ドップラーの毒で死んだ者のことを指すの。

 死んだ彼らは皆、ドップラーに操られ、私たちを殺そうとしてくる」

「毒にかかり、殺された連中が、ドップラーの魔物に変わるってことか……」

 ここでようやくラタは、レキナが王都騎士ランディアの血から濾し取ったものがドップラーの毒だったと思い出した。

「そう。そして、魔物化した連中は大量に毒をまき散らし始める。

 蔓延と魔物化を防止するためには、ドップラーの魔物の迅速な駆除と、感染者の火葬が大切なの。流石の毒も、燃やせば無効化されるらしいからね」

「じゃあまさかさっきの奴らは―――」

「感染者を火葬場に連れて行こうとしていたところね」

 居ても立っても居られずベンチから立ち上がったラタに「無駄よ」デリカは短くラタの思い付きを否定した。

「解毒方法がわからないから、感染したらゆっくりと死に向かって苦しみ続けるだけ。だったら、眠っている間に殺された方がマシじゃない?」

「じゃあ黙って見ていろっていうのか!?」

「そうよ」

 デリカは、瞬き一つせず、視線で射殺すように言い切った。まるでそうやって何人も“見殺し”にしてきたような目つきだった。

「あんた、名前は?」

「ラタだ」

「ラタ、どうしてこの町に来たの?」

「王都に向かう為だ」

 ラタがそう口にすると、デリカは初めて切れ長の目を丸めて「ハッ」砕けた笑みを浮かべた。

「王都はドップラーの魔物で占領されているわ。

 死にに行くつもりでないのなら、どうしてか聞かせて貰える?」

「王城アストラダムスが欲しいんだ」

「あはははは! 何よそれ、冗談のつもり?」

「いや、ほんとなのよ」

 真剣な顔つきから、嘘をついていないことを察したのか、デリカは

「まあ確かに、フォールガス王家も潮時かしらね」と、何処か王家に対して諦めているかのような溜息をついた。

「いいわ、その冗談を真に受けてあげる。

 だけど、その為には籠城状態の王城を開城しないとならないわ」

「籠城状態?」

「あんた、本当に何も知らないままで王都に行くつもりだったの?」

 ぽかんと口を開けたままのラタに、デリカは呆れの溜息をついた。


「ドップラーの魔物の封じ込めが決壊したのは、三月ほど前よ。

 宿舎に戻ってきた王都騎士の一人が、魔物化していたことに気付けなかったことから始まった」

 デリカは顔を引き攣らせながら、出来る限り冷淡に装って言葉にしているようだった。

「ドップラーは魔物化した奴の技術を受け継ぐらしくてね、王都騎士がドップラーの魔物となった途端、王都は瞬く間に死の都と化したわ。

 勿論、王城アストラダムスにもドップラーの魔物が攻め込んで来たわ。だから、王城は籠城したの。外から何者も入れないよう結界まで張ってね」

「つまり、ドップラーの問題をどうにかせにゃ、王城アストラダムスは開城しねぇってことか」

「その通り」

 ようやく合点がいったラタにホッと息をついたデリカへ、今度はラタが

「お前さんはどうしてポートに来たんだ?」と、尋ねた。

「食糧調達。

 だけど、エバンナが倒されたって風の噂で聞いてね、八竜を倒せるような奴がいるのなら手を貸して貰おうかと思って、情報収集もしていたの」

「ああ、それなら俺の事かな」

 数秒の沈黙の後。

「八竜様の導きかしらね」

 デリカはラタの言葉を鵜呑みにした。

「疑わないんだな」

「筋肉は嘘をつかない」

「そりゃそうだ」


「王都へ行く準備が整ったら、港にいる私に声をかけて。

 船を出させるから」


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