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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第四部
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第66話① 地竜の背越え



(お前は何者なんだ?)


 ネロスは訝しげに問う。自分の中にいるもう一人の自分に。


(お前は魔王なんだろ? どうして僕らを助けるんだ?)


 魔王を倒そうと思っていた自分が、その魔王であった───その事実に絶望していたネロスだったが、その実、魔王は未だ、”魔王らしい”ことはしていなかった。

 バーブラのように国を乗っ取ったり、ゲドのように破壊の限りを尽くしたり、エバンナのようにエルフたちを虐げたりしていない。ただ、身に降り掛かってきた火の粉を払うように、その力を使っているだけだ。


(私は忘れられし者。顔も名前も、誰も知らない)

(それがなんで魔王になるんだ。お前、魔物の王様なんだろ?)

(……お前に話しても仕方ない)

(なんだよ、その言い草は。バカにしてんのか?)


 二人は意識の底で言い争いになった。まるで言った言わないの子どもの喧嘩のように。


(もういい、勝手にしろ)

 魔王は苛立った。

(お前に力を貸すのも馬鹿らしくなってきた。予知夢の力なんぞお前には勿体無い力だな)

(お前の力を借りたいと思ったことなんてないね!)

(お前の好きにすればいい、私は力を貸さない。自分の力で乗り切ってみせろ)

(待てよ、話は終わってないぞ!)

 ネロスは魔王の意識を掴もうとするが、するりと抜けた。代わりに自分の意識が奥底から突如浮上する。


『…ロス……ネロス!』

「!」


 頭の中に響く女性の声。聞き馴染んだ、大切な声がする。

 ネロスは自分の指骨に嵌った一つの指輪を見下ろした。

 仄かに光る銀色の指輪、王族の指輪。そこに、マイティアは魂を宿した。

「どうした“の”、ミト」

『どうしたもこうしたもないよ!

 ネロスがルーク様とホロンスを置いてぐんぐん先に進んじゃうから、離れ離れになっちゃったんだよ!』

 聖樹の苗となり、その生命活動を終えたマイティアの身体を、ネロスは胸に抱え運んでいた。一寸先も見えない猛吹雪の中を。

『呼びかけても応答してくれなかったし……どうしたの?』

「……少し考え事をしていたんだ」

『二人を探さなきゃ』

「“うん”……」


 ネロスたちは王国の北端パッチャ村に向かうべく、北上していた。

 だが、そこに立ちはだかったのは、自然の猛威。


 地竜の背越え。

 それは、王国南部と北部を隔てる地竜山脈を乗り越えること。

 雲を超える高さにもなる険しいこの山脈は、冬期になると尚、その厳しさを増す。


「前が見えん!」

 ビュゥゥゥウウ! 肌を突き刺す寒さに、瞼も開けない程に吹き付ける暴風雪。

「はあ……はあ……」

「大丈夫か、ホロンス」

 黒檀の角を持つ人型の魔物、バーブラ。かつては神国や王国南部を乗っ取り、自分の国を作ろうとしていた、四天王の一人だ。

 だが、彼の正体は、死んだと思われていた王国の王子、ルークであった。

 そして、彼の少し後ろを、息を荒げるスノーエルフの男、ホロンスがたどたどしく杖を突いて一歩ずつ進んでいた。

「全く、魔王め……寒さも風も効かぬ奴と同じペースで歩ける訳がなかろうに……」

「すみません……俺が、遅い、ばっかりに……」

「お前は手負いなのだ、ホロンス。無理をするでない」

 ホロンスは負傷していた。回復魔術を施してあるものの、完全には治りきってはいなかった。ひびの入った手足に鞭を打って、彼は無理矢理、地竜の背越えをしていた。

「いったん休もうか」

「俺に構うことはありません。少しでも先に進みましょう」

「いいや、ここで無理をしても致し方ない」

 そう言うと、ルークは土壁の土魔術で、吹雪から身を守れるほど分厚い雪の壁でかまくらを作り、ホロンスを中に引き込んだ。

 引き込まれたホロンスは観念したのか、疲れ切った様子で座り込んだ。


 休憩と暖を取りながら、二人はふと、昔の事を話し始める。


「ルーク様、覚えていらっしゃいますか?

 俺があなたの下に訪れた日の事を」

 息を整えながら、ホロンスはルークの顔を見た。ルークは眉間に皺を寄せたまま、頷いた。

「ああ、思い出したよ。お前の姉が女神に選ばれ、世に魔王復活の兆しあり、と、予言が下された後だったな」


 その当時、勇者の一族として魔王復活阻止を旗印にして、新生女神騎士団を再編成していたルークの下へ、ホロンスは新生女神騎士団に入る事を直談判しに来ていた。同時に、女神教団と女神騎士団に、姉を“殺された”復讐心も抱えながら。

 彼はまだ青二才であったが、ベラトゥフの偉大な陰に隠れてしまっていただけで、その実力は高等魔術師に相当するレベルだった。ルークはホロンスを利用することにし、ホロンスも喜んで王子の手足となった。

 ホロンスは、魔王復活の兆しに動揺していたグランバニクの協力をこぎつけ、大神殿からとある記録簿を見つけた。そして、魔王復活を企てているのは、大神教主ジュスカールであること。魔王の魂は信者のうち一人の赤子に宿されたことを知った。

 だが、大っぴらに大神教主を攻める事は出来なかった。新生女神騎士団の実働隊である女団員たちが、女神教団の最高位、大神教主に歯向かえるとは思えなかったからだ。

 そこで、ルークは、ホロンスの膨らみ続ける復讐心を発散させるかのよう、彼にジュスカールを闇討ちさせた。


「すみません……俺があのとき、ちゃんと奴の息の根を止めていれば……」

「思い返すたびに言うのはやめんか」

「すみません」

 襲撃は結果的には失敗したが、政界からジュスカールの存在を消し去るには十分過ぎた。

 あとは、魔王の魂を宿した子を突き止め、パフォーマンスとして魔王封印を施せば、魔王復活の兆しを消し去る事が出来ると思っていた。だが、その為に訪れたテルバンニ神殿で、事件は起きた。

 突如現れた魔の手によって、新生女神騎士団が殲滅されたのだ。


「しかし、テルバンニ神殿での襲撃が魔王によるものとは思えません。あれは当時、ネロスの中に組み込まれた状態でいた筈です。」

「魔王でないとすれば、大女神か?」

「わかりません……ですが、その可能性は大いにあるかと」

「……大女神暗殺に失敗したベラトゥフは記憶を消され、女神の仲間入りに。そして、何の因果からか、魔王の魂が込められた子供ネロスを育てることになった……か。

 まるで八竜の導きのようだ」

 いや、本当に導かれているのだろうと、ルークは思った。

 その後に、ネロスがマイティアと出会い、自分バーブラやホロンスと戦ったことも。今にして思えば、必然であったに違いない。

「では、マイティアがああなったのも、導きによるものなのでしょうか」

「…………。」

 だが、八竜の導きだとしても、八竜信者ルークにとって看過できない事があった。それが、マイティアの身に起こった不可思議な現象───聖樹の苗となってしまったことだ。

(いくら聖樹の力で命を繋ぎ止めていたにせよ、過酷な定めだ)

 ルークがマイティアの身を案ずるのには理由があった。彼女は彼の娘である可能性があるからだ。

 だが、今更その可能性を追求したところで自分の娘の体は冷たくなっていて、ちっぽけな指輪の中で、魔王の魂を握る魂だけの存在となってしまった……その変えようのない現実に、ルークは酷く打ちのめされていた。

 今、そんな彼を突き動かしているのは、マイティアがハサンの娘でない事を証明したい、その一心だった。

(ハサンがレミアに手出ししていなければ……マイティアは俺の娘ということになる。

 せめてそれが判れば……俺は……)

 ルークは悴む拳をギュッと握り締めた。





 ネロスは来た道を戻りながら、視界不良な吹雪の中でルークとホロンスの姿を探していた。


「こうなるようなら、転移術式を渡しておくべきでした」と、ネロスの服の中から顔を出す黒猫。使い魔の中に魂を宿した男、ゼスカーンだ。

「そんなことも出来るのか」

「はい。一人を座標にして全員を転移させる、集結の転移魔術です」

「便利だな」

 ネロスがそう呟くと「にゃおん」使い魔が喉を鳴らし、頬をすり寄せた。これに、ネロスは身を震わせる。

「まさかとは思うけど、意識してやっているのか?」

「いいえ、私はあくまでリリスに宿っている身。リリスの行動はリリスの意思です。悪しからず」

「……まあ、いいんだけどさ」

 少し嫌そうな言い草のネロスに

『ネロス、猫嫌いなの?』と、マイティアはからかうように尋ねた。

「嫌いというより、嫌われるんだよね、僕」

『……僕?』

「フシャァっていつも威嚇されて、引っ掻かれる」

『…………。』

「死霊であることを察しているんじゃないかってベラに言われたっけな」

 少しの沈黙の後

『ネロス、なんだか人が変わったみたいね』

 ドキッ、マイティアの鋭い指摘に、ネロスの空虚な筈の鼓動が跳ねる。

「……え、っと……、その、うーん……嫌?」

 骨しかない体なのに、ドキンドキンと脈音が太鼓のように頭に鳴り響く。ネロスは緊張した面持ちでマイティアの言葉を待っていると

『ううん、親近感湧くわ』

 歯に衣着せぬ言葉が返ってきた。

「よかった……」

『ずっと年上の人って感じだったから、驚いただけよ。

 もしかして今までずっと背伸びしてたの?』

「あー……、そう。背筋ピンピンしてた」

『無理しないでいいよ。十分頼もしいから』

「ありがとう」

 ネロスは、敢えて言うものでもないと思った。

 何故なら、もう一人の自分(魔王)がいると言って、マイティアが万が一にも魔王のときの方が良いと選ばれたとしたら、二度と立ち直れなさそうだったからだ。


(それにしても、いきなり僕に支配権を渡して何が目的なんだろう……自分のことなのに、アイツの考えていることがさっぱりわからない)


 ネロスがもう一人の自分(魔王)を意識したのは、2回目のゲドとの戦いのとき───死霊術の支配権をエバンナに盗られた瞬間だった。あの瞬間に、自分ネロスの胸の奥から”何か”が浮き上がると同時、自分ネロスが意識の奥底に沈み込んだのだ。

 それ以降は、何が起きているのか、五感を自分(魔王)と共有しているのに、分厚いガラスの向こうで隔絶されている感覚だった。

 話が出来るのは自分(魔王)とだけ。この先、ずっとこのままでいるのかと諦めていた矢先、自分(魔王)の気まぐれ?で、実に数カ月ぶりに表に出て来られた。


(力を貸さないって言われたけど、一体何様なんだ?

 もう二度と表に出さないからな、魔王め)と、ネロスは意識の底に向けて唾を吐いた。



 数時間後、白い世界にぽっこりと飛び出したかまくらをマイティアが見つけ、ネロスはルークたちと合流した。


「ごめん、考え事してて」

「「ごめん???」」


 まさかの”魔王”の謝罪に、ルークとホロンスは揃って目を丸くした。


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