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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 腹ペコ賢者が女神になるまで
161/212


 ごとごと、護送車が揺れる。


「いててて……」

 ベラトゥフは封印術の手枷を嵌められた手で、切り開かれた胸の傷を抑えた。麻酔を入れられているうちに、カタリの里に入る為に必要な魔力の証を心臓に刻まれたのだ。これで死者の世界の端っこにあるカタリの里―――聖樹の袂に入る事が出来るようになった。

 だが、大女神の殺害を企てていることが知られたせいで、魔術を唱える自由は与えてくれなかった。

(だけど、どうして私を女神にしてくれるのかしら……?)

 このまま儀式を行えば、肉体は聖樹の糧になるが、魂は聖樹の中に―――大女神たちと同じ場所に行きつくことになる。そこでドンパチ出来る可能性だってあるのに。

(大女神、他六人の女神たちを相手に……勝てる訳ないって思われているのかな)

 確かに、歴代の女神たちと、自分よりも強いと八竜ゴルドーに言われた―――大女神を相手にするとなると、あまりに分が悪い。いくら何でも多勢に無勢だろう。それは判る。

(そもそも死者の世界でどうやって魔力練るのか知らないし……ああ、なんか絶望的に思えてきたぞ)


 ごとごと、護送車が揺れる。


「……寒くなってきた」

 麻酔から目覚めたときから揺れているため、どのくらい時間が経っているのかはわからなかった。おまけに窓もなく、時間帯もわからない。

 ただ、護送車に吹き付ける風の振動と、魔力を使わずに白い息が出てきた事から、寒冷地域に向かっている事だけは察しがついた。

 王国の北端、極寒地域で過ごしてきたベラトゥフにはその寒さが心地よく……彼女はいつの間にか、疲れて転寝うたたねを始めた。


 横になって寝始めてからどのくらい経ったか、自分の空腹を知らせる腹音で目を覚ましたベラトゥフは

「あれ?」

 自分が護送車の中にいないことに気付いた。


 見渡す限りの水平線と霧。くるぶしまで浸かる白い水面。その中にそびえ立つ、光り輝く巨大な樹木。

「聖樹―――。」

 カタリの里だ。いつの間にか彼女はそこに立っていた。


「お待ちしておりました……我らが女神よ」


 そして、ベラトゥフの前に続々とフード姿の人々が迎えに来た。女神を守る為に命を捧げた者たち―――守り人たちだ。

「待ってましたか……頼んでないのに」

「いつ何時も、女神様の為に尽くすのが、我らが守り人の役目。

 さあ、こちらへ」

 守り人が聖樹へと向かう道を開ける。その道を通ろうとしたそのとき。


 静かに、ベラトゥフたちの頭上に一人の女が舞い降りる。


 ストレートな、腰まである長い金髪に、糸目。まるで子どものように小顔で、耳が中途半端に長い。ハーフエルフの耳だ。身長はベラトゥフよりも一回り小さいだろう。


 だが、肌身に感じる魔力の圧は、まるで八竜のそれだった。

 すぐにわかった。この人が大女神テスラだと。


 ガチャ、手枷が邪魔して魔術が使えない。


「彼女は私を殺しに来たのよ」


 ならば―――この身一つしかなかろう。


「守り人よ。彼女を捕えなさい」



 ベラトゥフは、困惑する守り人の一人から聖樹の剣を奪い取り、守り人を蹴飛ばしながら聖樹の袂へと駆け出した。

 守り人たちが彼女の前に立ち塞がるが、脱兎の如く走り回り、猛虎の如く聖樹の剣で振り払う。

 その様を見て目の色を変えた守り人たちが、全力でベラトゥフを追う。だが、ベラトゥフは振るわれる聖樹の鎗をすり抜け、放たれる光魔術を魔法障壁で持ち応えさせ、守り人たちの股下をくぐるような姿勢で駆け抜けた。

「ヒュー、やるじゃない」

 あっという間に聖樹の根元まで辿り着いたベラトゥフに、テスラは舌を巻いた。

「うっ!」

 しかし、その様を黙ってみているつもりはなく―――テスラは雷鎗の雷魔術で、ベラトゥフの魔法障壁を容易く切り裂き、右肩を抉った。握っていた聖樹の剣を取り落とし、血が指先から滴り落ちる。

「あなたは、万に一つに負ける危険がある、と、私に思わせただけの実力者よ」

「万に一つなのにガチンコさせて貰えないんすね……」

「誇るといいわ」

 全身が痺れ、ベラトゥフは手足の感覚を失いかけていた。それでも震える足を進ませる。

 もう目の前に聖樹の幹が見えていた。母の胎のように少し膨らんだ根元に、聖樹の心臓部(テスラの肉体)があるというのに―――なんて遠い。

 せめて魔術が使えれば……せめて、直前の、テスラの攻撃さえ当たらなければ、喉元に刃を突き付けられたのに。


「うぐっ!」

 後ろから駆けつけてきた守り人たちに両手足を抑えつけられ、万事休すとなったベラトゥフ。

「痛めつけないで。彼女はこれから私たちの一員となる者よ」

「一員……? そんなたまだと思ってるの?」

「ええ、そうならざるを得ないわ」

 テスラの指示で守り人たちはベラトゥフを抑えつけたまま移動し、魔法陣の描かれた儀式場へと連れて行った。

 その術式を目にしたベラトゥフは「!」テスラの自信の訳を知り、抵抗を始めた。

「女神は誰隔てなく平等に接する必要があるわ。あなたが人であった頃の肉親や知り合いに女神の恩恵を優先させる訳にはいかないから」

「―――っ!」

「女神に、人であった頃の“記憶は要らない”」

 地面に押し付けられ、魔法陣が光りだす。


「ああああああっっ!!」


 頭の中が、押し寄せる波に持っていかれるような感覚。抵抗しようにも封印術の手枷のせいで魔力操作が効かない。物理的に魔法陣から離れようと試みるが、複数人の守り人に取り押さえられていて身動きも取れない。

 唯一自由な頭を地面に幾度も打ち付けてみるも、魔法陣は掻き消えない。

「うあああ……ああ……、……」

 そのうち、力が抜けていき……頭突きを続けている理由がわからなくなって―――ベラトゥフは動かなくなった。





 ―――ここは何処? 私はどうして此処にいるの?


 ベラトゥフが目覚めると、そこは何もない、虚無の空間が広がっていた。


 ―――私、死んじゃったの? 

「あなたは女神になったのよ」

 ―――女神に?


 声がする方に顔を向けると、そこには7人の人影が見えていた。

 そして、その人たちを目の前にすると、ベラトゥフはぼろぼろと涙をこぼした。


「どうして涙が出るのかな……よくわからないです……」

「大丈夫、あなたは女神の一員になったのよ」

 テスラの声が、今は暖かい。それが勝利の笑みであることなど、ベラトゥフにはもう、理解することが出来なくなっていた。


「うわあああん!!」

 彼女の泣き喚く声は、虚空に吸い込まれて消えて行った。


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