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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
16/212

第9話② 召喚士ヌヌ

 


 女神期832年 王国夏季 四月七日



 天竜山の角、ヌヌの仮住まいで居候して三日経った、夜。

「ミト! 温泉行こうよ!」

「は?」

 ヌヌにこってり魔術指導と飛竜の相手をさせられ、汗と生傷でベトベトになったネロスが、温泉に行こうと誘ってきた。

(宿屋の同室以上にセンシティブな誘いをしれっと言ってきたわね……)

 ただ、言われてみると身体がむず痒かった。雪が多いため飲料水や魔術で沸かせば湯にもなるけれど……浴槽の類は子人のヌヌサイズで、私たちにとっては足湯でしかなかった。服を着替えたり、タオルを湯に濡らして身体を拭くぐらいはしているが、やはり全身をゆっくり湯に漬けられるのならそうしたい……断りたくない誘いではあるが────懸念けねんがあった。


「……私はいい 留守番してるわ」


 今まではネロスが予知夢を見ている間、彼が絶対に起きない安心があるから身体を洗えていた。今はヌヌがいるし……意図せずとも“見てしまう”可能性がある。彼らは何も知らないだろうから……出来ればこの身体の“傷”を誰にも見られたくなかった。


「ミトちゃんよ、天竜山の温泉は特殊な自然現象じゃ

 今日を逃したら何日先になるかわからんぞ」

「え、そうなの?」

「天気がいい、飛竜たちの機嫌もいい、雪解けの量も適当……この条件がすべて揃う日は夏季のうちに一度あるかないかでおじゃる。この機は逃すべきではないぞぉ~」

 そう言われると、更に身体が痒くなってきて……堪えられなくなった。

「じゃあ……お言葉に甘えようかしら」


 着替え一式を持参して、ヌヌの仮住まいから少し氷の山道を下って十数分、氷柱の暖簾を下げた大きな洞穴が見えてきた。

「わっわっ」

 中を覗くと、岩に擬態している人間の大人サイズの溶岩竜の子供がひしめき合っていて、親と思しき赤々な血脈を浮き上がらせている巨大な岩石も奥にいた。

「大丈夫じゃ、誤って踏みつけなければ温厚な飛竜でおじゃるよ」

 皆々、お腹を隠すように丸まっていて、気持ちよさそうに眠っている。

 その竜の手前に、湯気の立つ温泉と思しき灰色のお湯が広がっていた。透明度はなく、見た目はお世辞にもキレイとは思えない泥のようだが……大丈夫だろうか?


「この温泉は言わば、大きな漏斗の頂上でおじゃる。耳を澄ませばコポコポと音が鳴っておろう? 底に小さな隙間や穴が開いていて、ああやって下へ下へと水が流れていく間に濾過され、レコン川へ合流する支流たちになっていくのじゃ。

 温泉となる条件は、雪解けがこの洞穴の一定までしかないこと、この溶岩竜たちが熱々な“石”を出し、いい具合にこの湖を温めたときのみ。言わば、これは奇跡の湯となるのじゃよ」

「へぇ……温泉と言うから、この高所で下から湧いてくるのが奇跡なのかと思ってたわ……。

 ちなみに、溶岩竜の石って?」

「溶岩竜の〇でおじゃる。溶岩成分を持つ〇でおじゃる」



「私、帰る」


「まあまあミトちゃん、気にしない「気にせざるを得なくない?!」ここの溶岩竜たちは石と魔しか食わぬ。肉を食わんから臭いなどなく、汚くもない。ただただ、体内に宿る溶岩成分が固形化した、尻から出ただけの熱々な石でおじゃるよ「いーやッ!」

 王国北部の名物料理、高級溶岩焼きは実はこの石を使っておる 食用にも使える代物じゃ、そう顔をしかめんでもよい」

 そんなこと言われても……鳥肌が立って、思わず後退る。せめてもう少しオブラートに包んで言えないものか?!

「イヤッホーイ!」「あっ」

 私が戸惑っている最中にネロスはポーンと衣服を脱ぎ捨て勢いよく飛び込んだ。跳ね飛ぶ水飛沫みずしぶきを見る限り、粘稠ねんちゅう性はなく臭いもない……。

「イヤッホーイって………、あ」


 待てネロスの野郎! 聖剣持ったまま飛び込みやがった!!


「女神を〇風呂に連れ込むって何考えてんのよバカァア!!」


 急いで救出しようにも、野郎が結構奥へ飛び込んだため、手が届きそうにない「ミト、大丈夫だって ほら、聖剣の地肌もツルツルしてきたし」

「聖剣の地肌って何?!」

「しばらくずっと戦いっぱなしだったし、今日はゆったりリフレッシュだね!」

「嗚呼……死後も人々に献身し続けた女神を地獄の〇釜へいざなうなど……この世は既に地獄と化しているというの」

「うむ、しかしちとぬるいな。

 ネロス、追い〇じゃ」

「勘弁してよもー!!」


 取り敢えずネロスから灰色に染まった聖剣を救出し、雨水貯まりで〇を洗い流すと……「ん、うーん………キレイにはなってる」木肌にこびり付いていた色々な汚れがキレイに取れて、肌触りのいい質感になって……柄から咲く花がひらひら踊りだしている……うぐ……私の感性が過敏なのか、彼らが鈍感なのか……。


「では、ヌヌも先に入るでおじゃるぞ。

 しっかしネロス、お主もう少しレディファーストを心掛けたまえ。

 ミトちゃんがいくらレコン川の如き寛容な心を持つ姫であろうと嫌われてしまうぞ」

「え、あ ごめん。気が利きませんでした。以後気を付けます」

「いや……いいの 今回ばかりは先に入ってくれた方が良かったわ……はあ……二人とも上がったら教えてくれる……?」



 ちゃぽん……。


 結論から言えば……良い湯加減だ。変な臭いもないし、見えない汚れが取れたお陰か、肌がすべすべしてる、気がする。騒いで申し訳なかった。


 ふぅ……。 全身の筋肉が程よい温度に弛緩し、思わず息が漏れる。

 しかし、汗などでベトベトしていた身体を摩る最中、指に触れる不自然な凹凸に心地良さから切ない気分へと落とされた。

 灰色の温泉の下、私の首から下の全身には、ミミズ腫れや変色した皮膚があって、背中に至っては大きく抉れて陥凹し、背骨がひどく浮き出ている様な傷がある。ギョッとするような見た目をしている。

(いっそ、ネロスのようにケロッと脱皮してキレイになってくれないものかな……。)

 この傷には記憶がこびり付いている。それを忘れる為、思い出さないようにする為、平気でいる為に、私は長い長い時間を費やした。

 今は、意図的に思い出そうとしない限りは下火になったトラウマだが、ひょんな事から爆発的に着火する恐れは、残念ながら大いにあった。

 だから私は、『その傷はどうしたの?』と訊かれるのが怖かった。


 幸いなことに、この湯が灰色に混濁しているためか、ヌヌは気にしている様子はないし、ネロスはそもそも背を向けたまま。見られないままで済みそうだ。


 それで油断していたのか……私は湯の縁から少し足を伸ばした。そのとき、私は踵でコロリと石を動かしてしまったらしい。


「ん?」


 少し寒くなってきた? と思ったときには、湯はみるみるうちに減っていた。私は自分で栓に当たる石を外してしまったようだ。

「さむっ」

 湯が無くなれば年中雪と氷に覆われている天竜山、あっという間に寒さで身が凍る。私は慌てて身を拭き、すぐさま着替えた……訳だが。


「────ふみまへん」


 鼻血を隠せていないネロスと 目が合った。


「ごべんばばい……さぶいって聞こえだがら足してあげなぎゃってお目々びらいだら……ごべんばばい」

「……はあ、正直で宜しい」


 きっと故意でないのだろう……多分。

 今回は私が不意な動きをしてしまったし────


「けど、その傷どうしたの?」


 見られた───その事実に頭が真っ白になり


 私は咄嗟とっさ


「む、昔、転んだのよ 派手に……熊に追われて山から転げ落ちて───木に刺さって死にかけたの い、痛かったわ」

「ええええええ!?!?」

「王国の木は硬くて鋭いのよ、ネロス あなたも気を付けてね……」


 と~んでもない作り話をしてしまった……。


(何よ、木に刺さって死にかけたってどんな幼少期よ……ドジっ子じゃないの……うぅ)

 ヌヌの顔には明らかな疑問符が見えるし……ネロスは何故かわなわなしてる……。

「山から転げ落ちるの、痛いよね……おまけに木に刺さるだなんて……泣きっ面に『花』だね」

「泣きっ面に『蜂』よ なんでなぐさめられてんの」

 それ以上、ネロスもヌヌも突っ込んでは来なかった。




 女神期832年 王国夏季 四月九日



 ポートへ戻るべく準備をしていると、ネロスとヌヌが飛竜たちとの特訓から帰ってきた。ネロスは朦朧もうろうとした意識で食事をかき込むと、そのまま机に突っ伏した。

 くーすかくーすかと彼の寝息が聞こえ始めてから「だらしない奴よのぅ」ヌヌは温めのお茶を啜った。彼女は猫舌なのだ。

「バーブラとの一戦を終えた後は……ミトちゃんは“カタリの里”へ行ってしまうのでおじゃるか?」

 私は数秒沈黙した後で

「本当は真っ直ぐ王都に戻って……そのまま行く筈だったけど、色々巻き込まれて」

 そう情けない言い訳をした。だが、トトリの戦いを終えた後は私の責任でもあろう。行くべきでないと、ネロスに気を遣わせた私が悪い。これに関してはタナトスの怒りもご尤もだ。

王国南部トトリやポートからバーブラを追い出して、ネロスを王都に届けたら……私はカタリの里へ向かうわ」

「……そうでおじゃるか」

 ヌヌは専門ではないが、趣味で錬金術をたしなむ。彼女は身の丈はある大きな釜に色んな素材を入れて、かき混ぜながら何かを煮詰めていた。怪しげな色の煙が立ち上り、匂いは清涼感強く……蛍光色の液体が見える度に私は身をすくめた。帰りの際に冷めた溶岩竜の石を持ち帰っていたが、まさか入れたんじゃなかろうか……。

「ネロスにはまだ何も言っておらんのじゃろ? 此奴は探りを入れても首を傾げただけでおじゃった」

「……私が言おうと思ったらその直前に、予知夢で勘付かれるでしょうけど」


 ヌヌは、なんとも哀しそうに くしゃ、と顔を歪めた。 


「……未だに信じられぬよ


 ミトちゃんが“女神”になるだなんて」


 私は横目で、寝息を立てているネロスを確認した。

 予知夢を見ている最中は、決して起きないと言っていた。恐らくは、聞こえていない…………筈だ。

「魔王が女神騎士団諸共、女神たちを殺してしまったせいで、今は女神が一人もいない。彼の聖剣に一人、女神がいるみたいだけど、女神本来の役目はほとんど果たせていない。

 結局、魔王や四天王を倒すために必須な訳ではないのでしょうけど、この世界の秩序と安寧あんねいには女神が必要で……誰かがやらなければならないのなら、そうなるために生まれてきた私がやるしかないのよ」

 と、私は吐き捨てた。


『次代の王の娘が、女神の子となる』


 先代の王がまだ存命であった頃に、女神は王国にそう予言を下した。

 だからこそ、次代の王・ハサンの、娘である私が、女神に予言された女神の子───女神になる人なのだ。


 女神は魂だけの存在で、女神教団の極一部の精鋭が聖樹を守る───カタリの里で儀式を行う。


 肉体から魂を遊離させて、聖樹を魂の宿り木に―――魔物の発生も含めた死者の魂と魔の管理、未来予知の力を用いて人社会が滅びないよう導いていくのが、女神の役割だ。

 ただ、人間だった頃の記憶はなくなるし、魂の抜けた肉体は聖樹の一部となって形を失う……。


 とどのつまり、人であった“私”は死ぬのだ。


 だからこの旅は……名誉ある、求められた死を前に許された最期の猶予であり。

 タナトスの言葉を借りれば、記念旅行なんだ。

 すべて忘れてしまうくせに。


「ヌヌは寂しいぞ。ロウも、そう思っておろう。

 きっと此奴も……」


 心の中で深い溜息をついた。


 女神になれたところで、私に抜きん出た能力などなく、魔術の適性は並、強いて言えば多少魔力量が多い程度。それでも、魔術師たちと比べれば少ない。

 本来、女神の選定は魔術にひいでた者たちが競い合い、最も強く、賢いエルフが担ってきた───女神の象徴でもある未来予知や、魂の管理などが類いまれなる特殊な魔術であるなら尚のこと……私に過去の女神たちと同じように出来るのか、不安しかなかった。


 ただ、私が女神になることが“救い”になるのだと、王は信じて疑わない……。


 人々が女神にすがるなら、女神になる私は何に縋れるというのか……。



 ふと、ヌヌの言葉から目を背けると、眠りにつくネロスの姿と、彼の横に立て掛けられている聖剣が映った。


(そうだ……ベラと、話してみたいな……)


 聖樹の枝、聖剣に宿るという女神ベラ

 彼女ならきっと、私の底知れない不安を払拭ふっしょくしてくれるかもしれない。


(バーブラの一件を片付けられたら……ネロスに、頼んでみるかな)



2022/7/18改稿しました

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