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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 腹ペコ賢者が女神になるまで
158/212


 女神の選定、第四試験。この最終試験は、一般公開される。

 会場となる神都の闘技場には、世界随一の魔術師たち、否、女神となる者の戦いぶりを一目見ようと全世界から人々が殺到してきていた。


「異様な熱気ね、メメ爺」

「そりゃあそうだろうさ、イェリネ。なんたって最強魔術師決定戦みたいなもんだからな」

 イェリネと呼ばれたブロンドの巻き毛の若い女、メメ爺と呼ばれた白髪の初老の男、二人のブルーエルフは席に座り、大神教主ジュスカールによる長い開会式の挨拶を無視して会話をしていた。


「ねえねえ、誰が勝つと思う? やっぱりシャーナかな?」

「俺はレキナを推すぜ。本気を出したらアイツが勝つだろ」

「えー、本気出すかなあ? 会長に嫌々参加させられたって聞いたけど」

「あの一件で性根はひん曲がっちまったが、魔術の腕はピカイチだ」

 そう言って、メメ爺は配られたパンフレットに目を落とす。

「しかしだ、こーも見慣れた名前が連なっている中で、お初の奴がいるんだよなあ」

「ベラトゥフって人でしょ? あの銀髪で白い人。スノーエルフって言うんだっけ?」

「スノーエルフといや八竜信者じゃねぇか。なんだって女神の選定に参加してんだ?」

「さあね。ただ、ここまでの試験を通ってきたってことはまあまあ実力あるんじゃない?」

「ふむ……そのダークホースが一回戦でシャーナとぶつかる訳ね……かーっ、最初から決勝戦みたいだな」

「あ、そろそろ話が終わりそう……あっ! ルーク王子来た! やば! かっこいい!」

 イェリネは突然立ち上がり、会場に入場してくる各国の要人たちの中のルークに目を奪われた。

「全く……ナラ・ハ暗部に所属するくせ、王国の王子を一目見たいが為に二日掛けて入場券を手に入れるなんてどうかしてるぜ」と、呆れるメメ爺。

「そうして手に入れたチケットのお陰で此処に座れているんだからいいじゃない」

「まあな」

「ああ、ワンダいいなぁ……王子の隣に、どんな匂いがするんだろう……」

「最早、変態の域だぜ」



 各要人たちの挨拶も終わり、広い会場に二人が残される。


「いけ好かないあんたと初戦から張り合えるなんてラッキーだわ。

 叩きのめしてあげる」


 短い赤髪、吊り目な緋色が碧眼を睨みつける。

 天撃のシャーナ。魔術師協会最高位の七つ星が光るマントを羽織る者。


「楽しもうね」

「ほざけ」



 初撃は、シャーナの炎天の炎魔術が早かった。彼女の手から湧き上がった巨大な炎の球体が、封印術の防護膜に包まれた闘技場の空気を一瞬で焦がした。環境掌握だ。


【環境掌握:属性魔術によって空間の魔の流れを掌握すること。掌握した属性と同属性の下位魔術ならば無詠唱で唱えることが出来る。

 環境掌握する側も、された側も、魔法障壁の組成で属性魔術を相殺する―――環境適応が必要となる。】


 氷魔術を多用するベラトゥフに対する先手必勝な選択だ。

 だが「!」シャーナの足元まで地面は凍り付いていた。

 息する肺をも焼き付ける炎天の中、一滴の汗もかかず白く冷えた息を吐き、駆け出すベラトゥフ。一歩一歩迫る度に氷の勢いが増していき、シャーナの足裏が凍り付いていく。

 シャーナは飛翔の風魔術で上空に飛び上がると共に、凍土と化した地面を風魔術で抉り取り、浮遊大地の壁を作った。ベラトゥフの氷魔術と連結部が離れれば、途端に凍り付いた地面は焦土と化す。シャーナはその焼けた大地を細かく砕き、ベラトゥフの頭上へ降り注いだ。

 上位複合魔術、流星群の炎魔術の簡易版だ。

 轟音を立て、高速で降ってくる炎の弾頭を、せり上がる大地の壁で受け流したベラトゥフは、大地の壁に埋もれた炎の弾丸を氷の弾丸に変えて、シャーナに打ち返した。

 迫りくる氷と土の弾丸を幻影の幻惑術で躱し、二度目の流星群の炎魔術を唱えようとするが、その隙に、シャーナよりもベラトゥフが高く飛び上がり―――次の瞬間。

 バリィン! ベラトゥフの飛来と共に空気を焦がしていた炎天の炎魔術が“解呪”された。


「うそ!? 戦闘の最中に組成解析でもしたっていうの!?」


 目まぐるしく飛び交う弾丸の応酬、相性の悪い炎天の炎魔術の相殺にも適応しながら、魔術そのものの解呪に脳を割く余力がある―――その実力に、シャーナは驚愕した。

 初手で掌握した筈の空気が固く尖り始める。環境適応の組み上げに間に合わず、シャーナが白い息を震え吐く。


(まさか私が環境掌握で負けるなんて―――)

 だが、シャーナはここで終わる訳にはいかなかった。

 生まれが全てのナラ・ハ。しがない中流階級の一族に生まれたというだけで、どれだけ実力があろうと国の中枢に入れない。こんな時代遅れのシステムをぶち壊す為、自分よりも弱いくせに魔術師協会副会長の座を取られたワンダを見返す為にも―――シャーナは無様に負ける訳にはいかないのだ。


「我が声に応えよ 鎧王!」


 どこの馬の骨か知れない奴に手の内を曝す事もないと取っておいた―――魔法陣の描かれた小紙を袖の裏から取り出し、発動させる。

 シャーナの召喚術に応じてきたのは、ベラトゥフよりも三回りは大柄なホワイトクリスタルの鎧甲冑。その手には鋼鉄で出来た大鎗を握っている、魔兵だ。


【魔兵:魔石で出来た鎧兜に魔法陣を描き、操作する召喚術の一種。魔兵のサイズ、数によって使用魔力が増減する。鎧に描かれた魔法陣が傷つくと操作不能になる】


(金属武器―――本来は氷魔術と相性良いけど、ホワイトクリスタルで対策済みって感じね)

 熱伝導率の関係で氷魔術は金属武器に強いのが通例だが、冷気耐性の強いホワイトクリスタルの鎧兜で防護されている。これでは並大抵の氷魔術は通らない。

 更に、ベラトゥフは金属アレルギーを持っている。大鎗の一撃を食らおうものなら、いくら環境掌握していても形勢は逆転するだろう。


 ゴゴン! 地面を抉り取るオーバーな威力と図体の割に素早く動く魔兵。シャーナは魔兵の操作にかなり魔力を削いでいるようで、環境への完全適応を諦めた四肢が霜焼け始めていた。


(時間を掛ければ環境不適応で私が勝つじゃない―――自棄やけ?)

 ベラトゥフの氷世界の氷魔術は氷魔術の上位魔術だ。魔法障壁による適応を諦めれば、あっという間に氷漬けになる。

(いや、彼女はそんな低レベルじゃないわ)

 身体を蝕む魔術の相殺よりも意識を割くべき逆転の一手があるのだろう。つまり、シャーナは決着をつけに来ている。


 ヒュン、霜付いた大鎗を躱しながら、凍り付いた浮遊大地から氷の矢を作り、操作に専念しているシャーナへ放つ。

 シャーナはその矢で身を裂きながらも最小限の動きで直撃を避ける。ベラトゥフの懸念は確実に変わった。

 ベラトゥフが次なる氷矢の氷魔術を唱えていた一瞬の隙―――。

「!」

 魔兵の右手が突然開き、ドガン! 至近距離から大砲が放たれた!


 一寸先も見えぬ黒煙を下に見ながら、シャーナは会場のざわつきに悴む手を握り締め、勝利を確信した。確実にベラトゥフの虚を突いていた。放ったのは魔術ではなく、鉄製の炸裂弾だ。土魔術の壁を唱える暇さえなかった筈だ。

(魔術師らしからぬ奇襲と嘲笑されたって構わないわ―――勝たなきゃいけないのよ私は

 ―――)


 スン―――ッ。

 黒煙から突き出てきた人影へ―――シャーナは旋風の風魔術を唱えたが、バリン。


「瞬発力はあるけど、私の判断力勝ちね」

「ぐっ―――!?」

 シャーナは、背後から現れたベラトゥフに首を握られた。

「氷人形……!」

 黒煙から先に現れ、旋風の風魔術で切り刻まれたのはただの氷人形だった。そして、シャーナの意識を一瞬逸らした隙に、ベラトゥフは彼女の背後を取ったのだ。


「どうやって砲撃を」

「あら、知らないの? 環境掌握した空間で使う同属性の変わり身魔術って無詠唱で構築出来るのよ」


 まるで常識でしょ、と言わんばかりに口に出された“理論上の話”に、シャーナは開いた口が塞がらなかった。


「下位魔術の話なら分かるけど……上位魔術の無詠唱なんて、机上の空論かと思ってたわ」

「今度やってみて、自分が二人いるって考えると意外と出来るから」

「はあ……ちくしょう」


 どれだけ早く詠唱できても、首根っこを掴まれた状態の無詠唱に敵う訳がない。

 シャーナの肩から力が抜け、白い溜息が空に流れる。


「参った……あんたの方が強いわ」

「あなたも強かったよ」


 一回戦は大金星、無名のベラトゥフが本命のシャーナを下す形で終わった。



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