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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 腹ペコ賢者が女神になるまで
157/212


 キキ島、神国の遥か南にある孤島。

 フォールガス王家がかつて暮らしていたこの島の中心には、雲を貫くような巨大な塔が建っている。黄金の竜ゴルドーの住まう場所―――白塔だ。

(スティール様とはまた別の緊張感があるわ……)

 首を折りたたんでも天辺が見えない圧巻の迫力に気圧されて、ベラトゥフはその場に立ち竦んだ。

 黄金の竜ゴルドーは傲慢不遜、天上天下唯我独尊という印象が強い神だ。親しくもあり、厳しくもある、一族の守り神たる銀青の竜スティールと同じ構えで臨めば返り討ちに遭うことになるだろう。

(けど、此処まで来たのだもの……手ぶらで帰る訳にはいかないわ)

 ベラトゥフは海岸から丘へと登っていき、白塔の入り口まで歩いて行った。その間に呼吸を整えて。


「さあ……拝見致しますぞ、その御姿を」

 取っ手のない分厚い扉に手をかけ、押す―――と。

「軽っ、へ」

 一歩。踏み出した足がフッ、と、“空を舞う”。

「あ、ちょ、待っ―――」

 そのままベラトゥフの身体が白塔の“奈落”へとゆっくり傾いていくギリギリで、飛翔の風魔術の詠唱を咄嗟に行い、難を逃れた……かに思えた。

 ゴロゴロ……空の唸る音、ベラトゥフが見上げると、頭上に黒く分厚い雲がモクモクと湧き出てきていた。それにベラトゥフは悪寒を感じた。

 そして、彼女の予想通りに―――ピシャァァアン!! 雷が落ちてきた。


「我が眠りを妨げる不埒な来訪者め、焼き焦げるがいい!」

 白塔に轟く落雷の如き声。黒雲の中から姿を現したのは、雷だ。後光と呼ぶには眩し過ぎる雷の身体を持つ竜。黄金の竜ゴルドー。

「あっぶなぁ……死んじゃったらどうしてくれるのよ!」

 その雷を寸前のところで同じ雷魔術で相殺し、息を荒げるベラトゥフを見たゴルドーは鼻を鳴らすような音を出した。

「これはこれは何かと思えば、スティールの賢者ではないか。コバエかと思ったわ」

「ひどい!」

「して、何用だ? このゴルドーの眠りを妨げるだけの理由があろう」

 ベラトゥフは手のひらをぎゅっと握りしめた。

「私は……スティールから、大女神を殺すために女神になるよう仰せつかったの」と、言葉にした。

 だけど……迷いがあって……。

 聖樹と一体化している大女神を殺してしまうことは、聖樹を破壊することと同義だから……。

 そもそも大女神を殺していいのかとも……」

「何が聞きたい」


「聖樹の術式を教えてほしい。

 あと、もし聞き届けてくださるのなら、この導きの意義を、知りたい」


 少しの間を置いて

「うーむ、スティールめ……寡黙かもくな奴よ」

 ゴルドーは長い身をくねらせて黒雲の上に鎮座し、尾先についた扇で顔を扇いだ。

「本来ならば、我が貴様に教える事など一切合切ない。

 だが、事は非常時だ。少しだけヒントをやろう」

「非常時……?」

「“テスラが唱えた聖樹の術式”は、我々の領域の中でも簡単な部類だ。

 地下世界に生える光の樹を地上世界にある肉体に移植する。それだけだ」

「地下世界に生える? 待って。死者の世界に生えるもの持ってくるって、それってそもそも死霊術じゃん」

「そうだが?」

「禁忌……」

「貴様らの世界のことわりなど知ったことか!」

「うわあっごめんなさい!」

 ゴルドーの恫喝に悲鳴を上げるベラトゥフ。しかし、その顔には光明が差していた。

「だ、だけど、イメージはなんかついた気がします……死者の世界に行ったことないけど、光の樹って、死者の安らげる地下世界の安息所みたいなものって読んだことあるから……それを一つ引っこ抜いてくればいいのね」

「貴様の解釈に問題は多々あるが、それ以上の干渉はせぬ」

「いえいえ、ありがとうございます。ゴルドー様」

「よろしい」

 ベラトゥフはホッと安堵した。彼女の中のゴルドーは、無礼一つ働こうものなら殺されるものと覚悟しなければならない厳格な神だと思っていたからだ。だが、話してみればゴルドーは信者に優しい神ではないか。

 調子を取り戻したベラトゥフは

「非常時と仰いましたけど、やはり大女神を殺さなければならないような、のっぴきならない事態が起こっているということなのでしょうか」と、尋ねた。

 これにゴルドーは、耳を塞いでも響くような轟音の声を出した。

「そうだ! これは非常時だ!

 テスラは今、乗っ取られている! おぞましい悪霊にな!」

「悪霊……?」

「今にあれを殺さねば世は荒れ狂い、魔に覆われることになるだろう。

 それを防ぐチャンスがある者、それが貴様という事だ」

「それが、女神に選ばれ、聖樹のたもとに入る事が出来る者……つまり、女神になれってことね。

 だけど、悪霊に乗っ取られたって、それで大女神を殺すんですか? 世界に貢献してきた人を?」

 ベラトゥフは再び尋ねた。

 数百年に渡り人々の安寧を見守り続けてきた、かつてはゴルドーの賢者でもあった大女神テスラを、悪霊に乗っ取られているという“だけ”で殺すのか?と。

 この問いに、ゴルドーは、浅はかな、と言わんばかりに再び鼻を鳴らした。

「ただの死霊の話をしているのではない。このゴルドーら八竜を滅ぼさんとするおぞましき怨念の塊の話をしている。

 長きに亘り地下世界の隔絶された深淵にて封印されていたそれが、テスラを懐柔しておるのだ。

 それに、世界に貢献……か。惨たらしい話よ。貴様らがあれの寿命を無理に引き延ばしているだけに過ぎぬというのに」

「え」

「聖樹は一代で尽きるものだ。

 それを、外側から別の依り代を繋ぎ合わせて無理矢理生かしている。そのせいでテスラが“死ねない”という一面があるのを、何故理解できぬ」

 ゴルドーの話は、ベラトゥフには目から鱗だった。


「テスラの肉体は聖樹の袂にある。


 我が賢者を“解放”してみせろ、青の賢者

 断っておくが、あれはお前より強いぞ」


 その言葉を聞き、ずくん、と鼓動が高鳴った。

(私より強い……)

 ベラトゥフが最初に抱いたのは、戸惑いだった。自分よりも強い相手を殺さねばならないなど、今まで経験したことなどなかったからだ。当然、人殺しなど以ての外だし、聖樹の問題なども山積みだ。

 しかし、次に感じたのは高揚だった。自分よりも強い相手が“いる”。それは、あの女神の選定で集まった猛者たちの中でさえ味わったことのない高ぶりだった。


(大女神、金の賢者テスラ……いいな、手合わせしてみたい)


 ベラトゥフはゴルドーに礼を言い、キキ島を出た。


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