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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 腹ペコ賢者が女神になるまで
155/212



 伝令の聖魔術を用いた今日の定期報告を終え、疲労の顔を見せたルークは「煩わしい」とぼやいた。

「陛下は王子の事を気になされているのです」

「ふん、子供じゃあるまいし」

「陛下にとっては、いつまでも愛おしい一人息子でございますとも」

 書類を片付けていると、護衛の一人もまた煩わしそうな顔で

「王子、またあのスノーエルフが」と言った。

「構わん、通せ」


 数分後、宿泊施設の一室に、あのスノーエルフ―――ベラトゥフが入ってきた。

「順調に第四試験まで通ったそうだな。上級の魔物を即殺した話があの場にいなくとも届いてきたぞ」と、ルークが話を回したものの、あのお調子者の陽気な返事はなく、ただ黙って、一回だけ頷いただけだった。

「随分と顔色が暗いな。何かあったか?」

 少し顔を上げれば視線の先に食べ物も置いてあるというのに、彼女の視線は床に落ちてしまったままだ。

「……まあ、簡単に言うと、いつもの……姉弟喧嘩しちゃって。

 だけど、それはそれ。これはこれよね。はい」

 自ら頬をパチン、と叩き

「聖樹について、何かわかった?」とベラトゥフはようやく顔を上げた。

 そう聞かれるだろうと、ルークは用意していた答えを口に出す。

「神都の中央図書館にある書籍を読ませたが、聖樹の術式については記載されていなかった。だが、そのうちの一つに気になる記載があった」

「気になる記載?」

「聖樹の術式完成には八竜が干渉していたという話だ」

 そう聞くと、ベラトゥフの顔に“理解”の文字が浮かぶ。

「つまり、八竜に聞けばいいってこと? なあんだ~。

 スティール様、何も言ってなかったわよ……」

「当てがない訳ではない。此処神国にも、遥か昔から八竜は住んでいる。かつての大女神に、直接的に干渉している八竜がな」

「そうか、キキ島のゴルドー様!」

 キキ島は神国の遥か南に見える孤島で、遠くからでもハッキリと認識できる巨大な塔―――八竜ゴルドーの住まう“白塔”がある場所だ。

 そうわかったにもかかわらず、ベラトゥフの顔色は再び暗くなる。

「ゴルドー様か……傲慢不遜ごうまんふそんで有名な御方だから、素直に教えてくれるかしら」

「八竜の導きに従って行動しているのだ。ゴルドーに会いに行くのも導きの中に含まれているかもしれんぞ」

 そう言われてようやく、ベラトゥフの顔色に光が差す。

「ま、らしくなく迷っていても仕方ないわよね、当たって砕けろだわ。

 祭りの日程的には、二日の猶予がある……今すぐ向かった方が良さそうね」

「二日で往復してこられるか?」

「ゴルドー様が出迎えてくれれば臨界を切り開いてくれるはずだから、大丈夫だと思う」

「いや、まさかあの距離を飛翔の風魔術で飛んでいくつもりか?」

「いけるいける。海竜だっていざとなれば倒せるから余裕」

 とんでもない魔力だとドン引きするルークの手元にある書類の山を横目で見たベラトゥフは

「そういえば、祭りの外でナラ・ハと地底国が火花を散らしそうだって聞いたけど、王国は大丈夫なの? 王様、具合悪いって聞くけど」と、首を傾げた。

 これにルークは絶対的自信を目に宿して言い放った。

「有事の際は俺が動く。王国は生き残るとも。雪白の竜ファルカムのご加護がある限りな」

「ふふ、信じてる。

 あなたの国が出来たときは、私が平和に導いてあげるわ」

「何を小癪な。女神となった貴様の導きなど要らん」

「要らないですって? よく言うわチャーシュー麺

 だってあなた、売られた喧嘩はすぐ買っちゃう人じゃないのよ」

 ルークは押し黙った。図星らしい。


「あなたも信じてみてよ、私のこと。

 役に立ってみせるから」

 まるで自分に言い聞かせるかのように、ベラトゥフはそう言った。




「今のところ、大きな動きはない」

 女神騎士団団長グランバニクは、女神教団大神教主ジュスカールにそう言った。

「彼女の弟に鎌をかけてみたが、何か知っている様子はなかった。なんてことはない姉弟喧嘩もしていたしな。少なくとも弟の方は“白”だろう」

「そうか」

 夕日沈み込む大神殿の執務室の窓から神都を眺めながら、ジュスカールは背中越しに

「また一段と太ったんじゃないかね、ロウ」と厳しく指摘する。

「いやはや、平和というものは腹に優しいもので」

 日々、女神騎士団が戦う相手、それは基本的に魔物だ。

 だが、魔物の発生を減らす聖樹の効力は絶大で、聖樹が初めて歴史上に登場する、今から八百年ほど前の神期では、約8割、魔物による被害が減少したと言われている。

「世界を守っている聖樹の魔力が、衰え始める百年目の節目。

 その聖樹の生ける糧となり、また、その魂は神に昇華する……この神聖な儀式に、八竜の使者が参加してきた。

 おまけに、その支援者があの鷹派の王子とは、きな臭くて仕方ないわ」

「女神派のセルゲン王とは真逆な政策を執る御方ですからねぇ。対地底国用の神王協定は即位後、即刻反故にされるかもしれませんな」

「全く……身の程もわきまえない思慮浅い男だよ」

 ここ数十年、大きな戦争はなかった。だがそれは、各国の首脳たちが不可侵条約を遵守じゅんしゅしていたからこそで、たった一国(地底国)の首脳が変わっただけで壊れる脆い平和だった。

 そんな見掛け倒しの平和を壊した張本人が―――。


「ゲルニカが襲撃された?」

 グランバニクと入れ替わりで入ってきたのは、一匹の黒猫を連れた覆面白装束の男。その男から情報を聞いたジュスカールは顎に手を当て、熟考に入った。

「昨日、ジャバオラン卿の邸宅へ向かう途中で待ち伏せに遭い、右目を奪われたとか」

「右目、義眼の方か……。」

 そして、熟考を終えると

「あれを使うか」と呟いた。

「まさか“モーヌ・ゴーンの右目”をお使いになられるのですか?」

 その部下はまるで信じられないとでも言うかのように尋ねた。

「これはチャンスなのだ、ゼスカーン。

 奪われたのが、眼ということがな。

 大書庫に向かうぞ」

「……御意」

 ゼスカーンと呼ばれた男は覆面越しに分かるほど渋々と返事をし、転移魔術を唱えた。



 ジュスカールとゼスカーンが転移してきた大書庫は、大神殿の内部にある、転移魔術でしか来られない場所で、神期時代の蔵書から、中央図書館にも置いておけないような禁書まで揃っている秘密の図書室だ。

 そんな空間の中央に鎮座しているのは、巨大な十字架に掛けられている人の頭よりも大きい球体。黒真珠の如き見た目のその瞳を、モーヌ・ゴーンの右目と彼らは呼んでいる。

「あらゆる者の“目”に通じ、見てきた過去を覗くことができる赤月の竜モーヌ・ゴーンの“遺物”、か。実に破格な能力だ」

「以前にも申し上げました通り、この能力では音声は聞こえません。また、覗くことができる場面も無作為です。それでもお使いになられますか? 忌まわしき竜の遺物を」

 ジュスカールは迷うことなく頷き、モーヌ・ゴーンの右目に近づいた。すると、その目はまるでジュスカールの心を読み取ったかのように震えだし、その瞳にとある光景を映し出した。

「なんだこれは……」

 映し出されたのは、言葉を失うような凄惨な光景だった。


 出入口の見当たらない部屋の、四隅に積み上げられた無数の腐乱死体。そして、その穢れた霊魂が部屋を覆いつくすかのように漂っている。

 その中心には、激しい拷問にでも遭ったかのような、捲れ上がり、爛れた皮膚がこびりつく骨が立っていた。その骨もヒビが入り、頭蓋骨には大きな亀裂が入っている。

 その骨の胸には四本の魔力の楔が深く突き刺さっており、楔には魔力の鎖が繋げられている。その鎖の端を、違う場所とを繋げる―――転移窓を通じてこの目の持ち主の手が握っている。他三つの鎖はそれぞれ、人間の男二人とエルフの女一人が握っており、彼らの口は一様に動き、何かを唱えているようだ。

「ジュスカール様、これは―――」

 そして、鎖が光りだすと、一体の骨に向かって無数の霊魂が雪崩れ込んだ。骨はそれを拒もうともがくような素振りをするが、ただ空を掻くだけに終わり、四本の楔が穿つ骨の魂に目掛けて霊魂が吸い込まれていく。

 部屋中の霊魂が消え失せると、骨はその姿を歪なものへと変えていた。

 頭部には角が生え、あばらは変形し、尾骨は尻尾のように長く伸びている。その魔力はあまりに厚く、どす黒く、上級、いや、それ以上の死霊が誕生していた。


 そこに―――すっ、と、ジュスカールとモーヌ・ゴーンの右目との間に「これ以上はなりませぬ」ゼスカーンは身を呈した。

「これが何か知っているな、ゼスカーン。

 代々大神教主を務めてきた一族の秘密に触れているという訳か、この光景は」

「お許しください、ジュスカール様。

 この真実は知られてはならぬものです」

「この私にもか」

「左様でございます」

 頑なに譲ろうとしないゼスカーンに対し、ジュスカールは

「!」

 バシン、と頬を振り叩いた。

 ゼスカーンの肩に乗っていた黒猫が地面に着地し、心配そうに主人を見上げる。

「お前が何を隠そうとしているか分からぬほど馬鹿ではないわ。

 “化け物”は作り出されていたということだろう? ゲルニカ共の手によって」

 叩かれた勢いで覆面が外れ、内側から人のものとは呼べぬ醜い顔―――何かに呪われたかのように皮膚が爛れ、浮腫した顔が露わになった。その顔を指差し、ジュスカールは言う。

「忌み子と遠ざけられてきたお前を拾い、一族消滅から救った私に一生を尽くすと誓った筈だろう、ゼスカーン」

「はい」

「この真実を公表するつもりなどない。そんなことをしても今のゲルニカに何の打撃にもならぬ」

 ジュスカールは諸手を広げて、声高らかに言い放った。

「ゼスカーンよ。

 “救ってやろうではないか、魔王の魂を”

 忌まわしき存在として呪われ、黒曜石の原盤に封印された悲しき魂に、新たな命を与えてやろうではないか。それが女神様のご慈悲と言うものだ」

 その言葉にゼスカーンは目を見開いた。

「それで呪われし子と蔑まれる結果となるならば、そのときは、この私がお前と同じように拾い上げてやろう」

「ジュスカール様……お許しください。少しでもあなた様の信心を疑ってしまったことを」

「疑うな、ゼスカーン。この私は常に正しいのだ」

 ジュスカールはゼスカーンの覆面を拾い上げ、埃を払い落してからゼスカーンに返した。その顔には微笑みが浮かんでいた。


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