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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 腹ペコ賢者が女神になるまで
154/212


「魔術師協会の和平の使者が来たぞ」

 ゲルニカの鶴の一声が放たれ、興奮状態でいるシェール軍と地底国軍の連合軍。その前に現れたのは、ナラ・ハの女帝マーガレットと、もう一人のブルーエルフの女性だった。

「私は魔術師協会副会長、豪火隊隊長のワンダ・ロヴ・ポダラと申します」

 シルクのような金色の髪を三つ編みにし、長い耳に小人の頭蓋骨を模したピアスをつけており、喉仏は男性のように突き出しているが、その声は高く聡明だ。

「地帝国・シェール連合軍セルジオ大佐だ」

 一方、彼女らを出向かえたのは、猿面の獣人で、ワンダの頭一つ大きい大柄の男性だった。

「休戦の計らいに感謝致します、大佐」

「こちらこそ、“不要”な戦闘は避けたいものですからね」

 失敬、と即座に咳払いするセルジオに案内され、マーガレットたちはシェールの国会議事堂にある応接間へと通された。

 そこで待ち構えていたのは、酒を片手にソファにふんぞり返ったゲルニカだった。

「襲撃事件にお前らが一枚噛んでんのは知ってんだ」

 これにワンダが反論する。

「閣下、我々魔術師協会は誓って何も関与しておりません」

「俺様から奪った右目を返せ。それが休戦の条件だ」

 そう言って、ゲルニカは眼帯に隠された空虚な眼窩をまざまざと見せつけた。

「襲撃事件の実行役の中に魔術師協会に所属している連中が10人もいたんだぞ? ええ? どう言い訳するんだ?」

「魔術師協会の魔術師資格はそれ自体―――」

「協会の意向とは無関係だってか?」

「……どうしてもと仰るならば、魔術師協会に所属するドワーフたちの身辺検査を行いましょう。それで出てくるとは思えませんが」

「何でドワーフだけなんだよ」

「此度の襲撃はトール一族の生き残りによる復讐との話ではありませんか。実際、魔術師協会に所属していた10人は、トール女帝に近しい者たちだった筈です」

 これにゲルニカは痰を吐いた。

 三年前、彼は女帝トールを下し、その一族郎党を皆殺しにした。地底国内部で熱狂的信者の多い彼だが、一方で、彼を殺したいほど憎んでいるドワーフたちが多いことも確かだった。

 だが、ゲルニカは確信を持って首を横に振った。

「いいや、ダメだ。全員だ。あのバカ殿様も含めて全員だ」

「トンプソン会長も?」

 一瞬、ワンダの顔に陰りが出た。彼女にとってトンプソンは奇天烈なことをしでかす男だったため、魔術師協会の者たちを心から信じているワンダにとって唯一、“しでかした”可能性がある人物だったのだ。

 ゲルニカはその一瞬の変化を見逃さなかった。

「しかし何故、右目を奪われたというだけで戦を嗾けようとするのです?」

「そりゃあお前、喧嘩売られて買わねぇ男なんざいねぇだろうがよ」

 理屈ではないことを理解すると、ワンダはマーガレットと互いに見合った後

「わかりました。そのようにいたしましょう。

 その代わり、調査が終わるまでの間は、進軍しないようお願いいたします」

「調査には俺の部下も同行する。そうじゃなきゃ隠蔽されちまうからな!」





 第三試験、実技試験。

 魔法耐性を持つ魔物との実戦。

 女神騎士団が総出で捕えてきた上級の魔物に大鉄の鎧を着せたものだ。

「グオオオオオオ!!!」

 鋼鉄の鎧に包まれたグリズリーにも似た巨躯、血に飢えた一つ目がギョロリと、目の前にいる無防備な魔術師ベラトゥフを睨みつける。太い鎖に繋がれた四肢が解き放たれようものなら、人一人の肉体など容易く引き裂かれてしまうことだろう。

「始め!」

 しかし、女神騎士団員の合図と共に鎖から魔物が解き放たれ、空腹に耐えかねた猛犬の如く一目散にベラトゥフへと突進した。


 だが、その巨体は―――ズガン! 突如地面から生えてきた巨大な氷の柱に激突してふらつき、傾いた頭に―――ズガン! 鎧の隙間をすり抜けた魔術の弾丸が炸裂する。

 巨躯な魔物の頭部が兜の内側で破裂し、突撃してきた勢いそのまま、ベラトゥフの横を滑って倒れた。

 それは一瞬の出来事で、女神騎士団の面子はおろか、他の出場者たちの視線も釘付けとなり……そして、歓声が上がった。


「どーも、どーも」


(くっそ……即殺してんじゃねぇし)


 ホロンスは控室の横から、ベラトゥフの実戦―――見慣れた景色を見ていた。

 ベラトゥフはいつもそうだった。ホロンスが腰を抜かすような上級の魔物を瞬きの間に倒してしまう。

 圧倒的な才能の差もありながら、ベラトゥフは努力を惜しまない性格でもあったし、お節介なぐらい人当たりも好く、茶目っ気さえある。みんなから慕われ、愛される存在だ。ホロンスにとって、何もかも勝てる要素がまるでない別世界の住民だ。

 それなのに。

 現実逃避して女神騎士団に入ったホロンスを追ってきて、あまつさえ、女神の選定に出場するなんて―――「どうかしてる……!」

『私はただ、興味があるだけだ。

 百年に一度の女神の選定に、重い腰を上げた八竜の導きとやらに』

『お姉さんを応援すべく遠路はるばる王国の端からやってきた、その献身に』

 グランバニク団長に言われた言葉が脳裏を過り、ホロンスは拳を震わせ、舞台の歓声から耳を背けた。


(姉貴がどんな理由で此処に来たのかなんて知るか……もう俺に構うなよ。

 頼むから、俺の世界から出て行ってくれよ……!)


「ハル?」


 そんなとき、未だ歓声の鳴りやまない会場から戻ってきたベラトゥフと、ホロンスは鉢合わせになった。

 言葉を失い、立ち尽くすホロンスに対し、ベラトゥフは“いつも通り”にこやかでいた。

「も~、眉間の縦溝はね、幸せ滑り台なんだよ。幸せが逃げてっちゃうぞ」

「…………。」

「ただ、ちゃんと食べられてそうな顔しててよかったよ。

 お姉ちゃん、ちょっと心配してたんだよ? ハル、少しつっけんどんなときあるから、周りの人とうまくやれてるかなぁって」

「……うっさい」

「お友達出来た? 彼女出来たら真っ先に教えてね」

「うざい」

「上司いい人? すぐ怒鳴ってくるような人だったら我慢せずに周りに相談するのよ」

「人の人生引っ搔き回してそんなに楽しいかよ」

 ベラトゥフの笑みが僅かに綻ぶ。

「大体どうして賢者様がこんなところでお遊びしてんだよ、俺は必死こいて自分の居場所を作ろうとしてんのにいつもいつも邪魔してきやがって!」

「そんなこと」

「そうやって俺の事バカにして!

 消えてくれよ!俺の目の前から! 鬱陶しいんだよ!」

「ハル」

「大っ嫌いだ! 姉貴も!この世界も!」

 ホロンスの癇癪に笑みを消したベラトゥフは

「……はあ」

 一つの溜息だけを残して立ち去った。それ以上何を言っても無駄だと思ったのだろう。

 後に残されたホロンスは、口に出してしまった罪悪感に顔を赤く染め、両手で顔を覆いつくした。

(ちがう―――本当は俺が未熟なだけなんだ。何も認めたくなくて……姉貴の足元にも及ばないことが悔しくて溜まらなくて……)

 そう思い直し、顔を上げたときにはもう、ベラトゥフの姿は何処にも見当たらなかった。


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