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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 腹ペコ賢者が女神になるまで
152/212



 神都の中心にある巨大な区域を大神殿と呼ぶ。

 その入り口に立って、白装束の門番に止められているのは一人の素朴な少年だった。

 何の変哲もない、どこにでもいる人間の少年。良い意味で風景に溶け込むことのできる目立たなさ。丸い頬、丸い鼻、青い目、小さな耳。何処をとっても平均な、8歳程度の少年だった。

「今の期間は立ち入り禁止なんだ、坊主。さあ、大通りに行ってりんご飴でも買ってもらいなさい」

「ぼく、図書かんで調べたいことがあるの」

「通れないものは通れないんだよ。ごめんね」

 うー、と項垂れる少年。

 その後ろからスタスタと白を基調にした金の装束を身に纏う男が現れ

「どうかされましたか」と、尋ねた。

 その男もまた平凡な体つきで、微笑みを浮かべた剃髪の信者だったが、門番たちは目の色を変えて飛び上がった。

「ジュ、ジュスカール様!?」

「あ、ああ、ジュスカール様、これはその、図書館を使用したいと申しております子供が……」

「あ、あのね、女神さまとせいじゅのお話をくわしくしりたいの。妹におしえてあげたくて」

 そう聞くと、ジュスカールは「おお」感嘆し、少年の肩に手を置く。

「なんと殊勝なことよ。熱心な信心、そして妹思いのいいお兄ちゃんだ。

 女神の選定期間中の一般公開は控えていたが、小さな勉強家さんに免じて特別に許可しようじゃないか」

「え? いいの!?」

「ただし、この神官兵が君の監視につく。勉強しに来ただけなら心配いらないよ。念のためだ。」

「ありがとうおじさん!」

「おじさん」「少年!大神教主ですぞ!」

「ははははは、構わない。確かに私ももうおじさんだ。

 君、名前は?」

「テハーズ」

「私はジュスカール。この国を守る者だ」

 ゴゴゴゴゴゴ、荘厳な門が少年テハーズの為だけに開かれる。テハーズが喜んで中に入っていく様を微笑ましく眺めながら

「クリスよ、封印術の結界を緩めず、少年をよく観察しておきなさい。

 彼は王国人だ。遣いの可能性がある」と、笑みを絶やさず神官兵へと耳打ちする。

「承知致しました」

 

(差し詰め、ルークの差し金か……まあいい、読まれて困るような代物は図書館には蔵書していない)

 ジュスカールは終始、顔に張り付いた能面のような笑みを浮かべたまま、その場を後にした。




「いやはや、驚きですな。アハハハハ」

 魔術師協会会長室。そこで高らかに笑うのは、太刀を提げ、150キロの鉄製バーベルをムキムキ持ち上げる筋肉半裸なちょんまげ頭、吊目糸目のお殿様。否、魔術師協会会長のブルーエルフ───トンプソンだ。

「魔術師協会無資格で女神の選定の難関をパーフェクトにこなしているとかなんとか。素晴らしい事じゃないかね。天晴だ!」

「全く、何が素晴らしいだ。これでは魔術師協会がある意味がない。面目丸つぶれではないか」

「そんなことないさ、ヨハネ。彼女はきっと賢者なんだよ。私と同じでね」

 ヨハネと呼ばれた老いたブルーエルフ―――ドワーフのように剛毛なブロンドの毛に顔が覆われている―――は、鋭い青い目をギロリとトンプソンに差し向けた。

「だけどそう易々とはいかんでしょ。この私の弟子だって出てるんだからね」

「レキナのことか? あの恩知らずめ、今頃途中リタイアする方法ばかり考えているだろうに」

「私の弟子に限ってそんなことはぁ〜、アハハハ」

 否定はできない。しかし、トンプソンは面白おかしく微笑みながら重いバーベルを置いた。

「きっと感化されるはずさ。若手のシャーナもベルも、ベテランのナリフもウィーズリーも出るんだよ?

 そして、ダークホースのスノーエルフ。フフフ、四次試験が楽しみで仕方ないね」

「はあ、そうおちおち楽しんでいられえる精神が考えられんよ。

 マーガレットの一件、いつまでバレずに続けられるものか」

 その言葉を聞くと、トンプソンの余裕そうな笑みが悲しみに変わり

「マーガレットの件は残念だったよ、本当に。そう心から思っている。私も不注意が過ぎた」

 そう言って、手元に置いてある黒い本を手で固く押し付ける。魔法陣の施された札で何十にも固められたその本からは時折黒い影が零れだしていて、トンプソンはそれを抑えつけているようだった。

「スイレン一族の、次の候補が決まるまでの間は続けるしかないよ。ゲルニカを相手にできる人物が現れてくれないとね。

 それに、やれる手は尽くしている。そうだろう?」

「…………。」

 溜息を吐くヨハネの肩にやるせなさが下りる。


 ナラ・ハの女帝マーガレット、彼女は“傀儡”だった。

 それは文字通りの意味で、操っているのは他でもない、トンプソンだ。


 黒の黙示録、とある化け物を封印したその宝具に、マーガレットは触れてしまった。恐らく、化け物に唆されたのだろう。封印を解くように、と。彼女はその通りにしてしまい、トンプソンが駆けつけたときには、既に化け物に人格を支配されてしまっていた。

 だから、トンプソンは殺さざるを得なかった。女帝を。自分の妻を。

「マーガレットは、仕事ばかりのお前の態度に不満を持っていたのだろうな」

「ヨハネ、それはお互い様ではないか。彼女も女帝としての役割が沢山あった。私にも、魔術師協会会長としての仕事が山ほどあったのだよ」

「どうだか。私の目には、お前は逃げているように思えたがな」

「はあ、手厳しいねぇ」

 苦言を呈されたトンプソンは筋トレで流れ出た汗を拭い、着こまれた着物を羽織った。その顔に笑みは残っていなかった。

「とにかく、私の死霊術は今のところ完璧だ、ヨハネ老。そろそろ私も待たせている客人がいるんでね、そろそろご退出いただけないだろうか?」

「……仕方のない奴だ」

 ヨハネがつかつかと会長室を出ようとすると、バタン! 息を切らしたドワーフが会長室に飛び込んできて、声を荒げた。


「ゲルニカを倒したいんだッ……! 会長!」


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