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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 腹ペコ賢者が女神になるまで
151/212



「はてさて、サボったちゃんはココかしら」

「ギクッ」

 ホロンスは女神騎士団から呼び出しをくらっていた。女神騎士団宿舎の荘厳な応接室、周りを騎士団員が囲い、誰かを待っていた。ガチャリ。その誰かがやってくると、場の空気がピリリと張り詰め、騎士団員たちは一糸乱れぬ動きで、その人物に敬礼した。

「な、なんで女神騎士団の団長が?!」

 ホロンスは思わず腰を抜かした。

 彼の前に現れたのは、他でもない。服が伸びる程に恰幅のいい身体、立派に整えられた髭と、オールバックの黒髪。遠くからでもハッキリと目立つ下睫毛、皺も増え始めている中年の人間の男。女神騎士団の団長、そして、王国南部を統括する侯爵でもある―――ロウ・グランバニクだった。当然の如く、百年に一度の祭に際し、寝る暇もない程、多忙を極めている筈の人物だ。その人物が何故か、ただの日雇い団員アルバイトであるホロンスを拘束して、会いに来たという。

「スノーエルフとは珍しいな」

 その言葉を聞きホロンスは「も、元八竜信者がダメだなんて聞いてないぞ」と、息巻いた。

 これをいなすグランバニクの返事は穏やかだった。

「そんなつもりで言ってはいないよ。それに、改宗は大歓迎だとも」

「じゃあなんで、俺なんかを此処に呼んで……」

「私はただ、興味があるだけだ。

 百年に一度の女神の選定に、重い腰を上げた八竜の導きとやらに」

 ハッと顔を上げたホロンスの表情を、グランバニクは穏やかに見つめる。だが、にっこりと瞑る瞼の奥は笑ってなどいなかった。

「―――まさか俺があいつを勝たす為に裏方からの支援を企んでいやしまいかと目を付けているんじゃないだろうな? じょ、冗談じゃない!」

「あら、あいつ、だなんて、やっぱり知り合いなのね。

 顔も似ているから、もしかしてお姉さんだったり?」

「――――」

 図星を突かれ、押し黙るホロンス。その顔はトマトのように真っ赤に染まってしまった。

「まあまあ落ち着き給え。私はね、君の選択に感動しているのだよ。

 お姉さんを応援すべく遠路はるばる王国の端からやってきた、その献身に」

「だから違うって」

「だからこうしよう。我々は君を止めない。

 いや、勿論、祭を邪魔するような行動の場合は止めさせてもらうが、そうでない接触に関しては大目に見よう。

 ただし、ちょっとばかり監視を付けさせていただきたい。何、軽い視線を感じる程度だ。窮屈には思わない筈だろう」

「―――もういい、勝手にしろ!」

 ホロンスは怒って立ち上がり、その場から去ろうとして、女神騎士団員に退路を塞がれていることを思い出した。

 だが、グランバニクは女神騎士団員たちに視線を送り、扉の前から離れさせ、ホロンスの帰る道を作らせた。

「次の現場ではサボらんようにな~」

「ギクゥ」

 ホロンスは逃げるようにしてその場から去っていった。





 四大国会議を終えたルークが、神都にある宿泊施設に戻ると


「怪しい者じゃないわよぉ〜」

「なんだ? 騒々しい」

 見たことがあるスノーエルフの女が護衛に塞き止められていた。

 一度はそのまま通り過ぎようとしたものの「あ!王子!」女に見つかってしまい、ルークは疲れの溜息を振りまきながら彼女の下へと向かった。

「お知り合いですか? ルーク様」

「俺が推薦した女神の子だ」

「し、失礼いたしました!」

 護衛が顔を見慣れていないのも無理もない。女神の子、いわば女神の候補たちが公衆の面前で実力を見せ合うことになるのは、第四試験だけだ。それまでは、女神教団と女神騎士団の中だけで完結する試験となっているからだ。

 宿泊施設の中、豪奢なラウンジにベラトゥフを通すと、彼女は目を輝かせて酒とそのアテに見入った。そして、待て、を覚えたての子犬のような目でルークを見る。彼は断るのも面倒で、肩を落として合図を送った。かぶりつくのに一秒とかからなかった。

「弟は見つかった?」と、ベラトゥフが頬袋を膨らませて尋ねる。

「ああ」ルークは“今”思い出したかのような声を漏らした。

「ああっ!忘れてたでしょ!」

「いいや、欠伸が出る程に早く見つかった為、俺の部下を出すほどでもなかっただけだ。

 お前の弟は女神騎士団の日雇い団員として、祭の準備に勤しんでいる」

 それを聞くと、ベラトゥフは何故か周囲の視線を気にするような素振りをした。

「……スノーエルフってそんなに目立つ?」

「極寒の凍土では、その外見は保護色だが、此処ではよく目立つ。

 そして、八竜信者としてもな」

 ルークのその言葉に、ベラトゥフは酒を入れて赤くなった顔を上げた。


「あなたも、八竜信者なの?」

 八竜信者の王子、第二試験場で聞いた話をルークに振ると、彼は何食わぬ顔で頷いた。

「そうだ。俺は八竜信者だ」

「王国は女神信仰に傾倒したって聞いてたからてっきり王子もそうなのかと」

「あれは親父の愚策だ」

 護衛とはいえ、関係者が近くにいる傍らで、王子は感情的になりながら父の政策を批判し、隠すことなく舌打ちもした。

「国防の為に神国の力を手に入れるなど、それも先祖代々守り継いできた国の守護神への信心を捨てるなど言語道断、罰当たりもいいところだ。

 俺が王に即位した暁には、即刻元に戻すつもりだとも」


 しかし、王子も30近くになろうとしているのに、父王セルゲンはまだ王位を継がせるつもりがないらしい。既に病床に伏している父王、その一人息子ルーク。跡継ぎは決まっているも同然なのに。

 そもそも今は、数百年と四大国同士で戦争を起こさなかった平和な時に、ゲルニカという巨大な火種が投下されてしまった―――戦乱の時代だ。神国との同盟で、守って貰うのではなく―――王国の力だけで戦えるという自衛の強さが最も必要なのに、父王セルゲンはそれを恐れているのだ。力を持ち過ぎた結果、ゲルニカと同じような思考に陥るのではないかと。


 そんなルークの苛立ちを感じ取ったのか、ベラトゥフはグラスにブランデーを注いでルークに差し出した。


「……それなら王子さ、私に託された八竜の導きを、笑わずに聞いてくれる?」

「八竜に託された?」

 ベラトゥフは頷いて、ハッキリとした口調で言った。



「私は大女神を殺すために女神になる」



 最初、酔った勢いの言葉だろうとルークは聞き流したが、ベラトゥフの目は真剣だった。

「それが八竜の導きだから」と、呟く声には何処か戸惑いも含んでいるかのようだった。


「お前、もしや賢者だったのか!?」

 八竜がイェスファグムという占い道具で導きを与えることはあるが、人に具体的な指示を出すことは基本的にない。あるとすれば、八竜から直接的にその指示を聞いた場合だ。だが、指示を聞く者が只者である筈がない。

「代理だけどね」

「代理だと?」

「現役の賢者が即身仏となっているから、動ける私が代理って訳ね」

「即身仏……」

 注いでもらったブランデーに口を付け、ベラトゥフと同じく顔を赤らめるルーク。

 彼を試すように、ベラトゥフは尋ねる。

「あなたはどうする? 私を止める?

 同じ八竜信者として、神の御言葉をどう捉えるかしら?」

「大女神を殺す……か。時代の変革を意味するのか……それとも」

 もう一口、酒を含み……ルークは笑みを漏らした。

「面白い……!

 八竜がこの時代に賢者を遣わし、大女神の時代を終わらせようとは!

 一、八竜信者としては僥倖ぎょうこうよ」


「だが、算段はあるのか? 大女神を殺す方法とやらに」

 これにベラトゥフは眉を顰め、正直に首を横に振った。

「女神教典によれば、大女神の身体は聖樹と一体化していて、その魂は聖樹の中に存在している。他の女神たちの肉体はこの聖樹を生かすために使用され、残された魂は寄せ合うように聖樹に宿る。

 簡単に言えば、私が女神に選ばれて、聖樹のあるカタリの里とやらに潜入したら、聖樹をけちょんけちょんにすればいいってことなんだろうけどね」

「聖樹を破壊する、か」

「聖樹は今の世界の根幹として、魔物の発生を大きく抑える効果をもたらしているわ。それまで破壊するとなれば……どうなるかは考えるまでもない。

 正直、スティールに託されたこの導きが、私は怖いわ。

 自分が世界を滅ぼすとまでは言い過ぎかもしれないけど……一つの時代を終わらせることになる。それに私自身も……流石に無事では済まないだろうし。

 だけど、賢者として、私はこの導きを遂行しなければならない……おじいちゃんの代わりに、私が……」

「…………。」

 弱音を吐きながら、むしゃむしゃ、ピスタチオを剥く手を止めない様に、労いの言葉など不要と確信したルークは

「素直に女神の選定に参加すると言ったのは、そういう魂胆か」と投げかけた。

「導きだと思ったわ」

「いや、実質そうだろう。俺があの通りを通ったのはお前が見えたからだ。

 魔術師と呼べるほどではないが、俺にもわかる。お前の高い技術力がな」

「あら、お褒め下さるの、サンキュー!」

「あまり調子に乗るなよ」

 ベラトゥフの、ピスタチオを剥く手が止まる。そして、ルークの溜息が増える。

「お前はこのまま祭りに参加しろ。

 聖樹については俺の方でも出来る限り調べておいてやる」

「ほんと!?」

「世界最高峰に至る魔術師ならば、聖樹の術式さえ見つければ意味が“解る”はずだ。そうだろう?」

 期待し過ぎか、とルークも思っていたが


「王子にそう頼まれちゃあ、この青の賢者、腕の見せ所よね!」


 ひょっとすると、ひょっとするかもしれない。

 王子は若い賢者のやる気に一つだけ、賭けてみることにした。




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