③
神国の首都、神都。白凪邸の応接間にて。
「スノーエルフが女神の選定に出るだ?
王国の坊主め、面白えことしやがる」
金の楔帷子を着たそのドワーフは、大きな葉巻を咥え、仰々しく声を裏返した。
「面白れぇことする奴は大ぃ好きだ。もっと踊ってみせてくれ」
「俺は芸人になった覚えはない」
「なあおい、そう固くなるな。フレンドリーに行こうぜ、フレンドリーによ」
白髪をワックスでピッチリと天へ尖らせた三角頭に、剛毛な髭、皺の深い褐色肌に、義眼の右目。ニヤリと笑みを浮かべる歯は、老齢の割にはキレイに生え揃っている。
血鎚の大帝ゲルニカ。
「誰が友好関係を失くさせてしまったかを、どうやらお忘れになったご様子で」
「なんだよ、たかが港町一つ貰っただけで大袈裟な」
「いいえ、シェールは町ではなく国です。あなたは一つの国を不当に侵略したのです」
緋色の髪を花のように広げ、枝のように長い四肢と厚い唇、コバルトブルーの瞳に、葉っぱのような耳。スイレンの花をモチーフにした刺し魔を顔に刻んだブルーエルフ。
女帝マーガレット。
「正々堂々正面切って戦って勝って得たものを不当と言われちゃあ堪ったもんじゃないな」
「全く、ドワーフは血の気が多くて困りますね」
「人種差別はしないんじゃないのか? 女神教典ではよぉ」
中肉中背の壮年の男、剃髪の人間。人当たりの好さそうな顔、厚い瞼に隠れた褐色の目がギラリとゲルニカを睨みつける。
大神教主ジュスカール。
そして、病床に伏した賢王セルゲンの代理、王子ルーク。
「ガハハ! 祭りの間だけ、“休戦協定”を結びたいってか。都合いいねぇ!」
ゲルニカが世界に向けて宣戦布告したのは、今から三年前だ。
かつての英雄ゲルニカと同じ名を持つドワーフが突如として世に現れ、当時の女帝トールを下して皇帝の座についた。そして、隣国シェールをも手に入れたゲルニカは、世界に向けて宣戦布告したのだ。
ナラ・ハに対して、また、王国南部に対して兵をけしかけていたゲルニカだったが、大神教主ジュスカールの声掛けにより実現した―――この四大国会議で話題となったのは、休戦についてだった。
「百年に一度の女神の選定を疎かにしてはなりません。これは女神の……」
「大女神とやらは人に手を合わせられるような奴じゃねぇし」
「その無礼千万な態度も、大女神様はお許しになられるでしょう。神の祭りを尊重するならば」
その言葉に、ゲルニカは退屈そうに鼻をほじくっていたが
「興ざめな儀式が沢山あるのは残念だが、世界最高峰の魔術師が一同に揃う機会は確かにないんだよな」と、ニッカリと大きく笑みを浮かべた。
「いいだろう、休戦協定とやらに合意してやろうじゃねぇか!
その代わり、俺を楽しませなかったら、出場した連中全員首切りな!」
「!?」
「それとこれとは話が違うだろう」
「なんだよ、それぐらいの刺激があった方がいいだろ? それとも、それぐらいも出来ねぇ連中が雁首揃えてえんやこらさっさと踊るつもりなのか? んな酒も不味くなるようなことされた日にゃその劇場ごと木っ端微塵に破壊すっからな」
女神の選定に参加者たちは、各国にとって大切な人材(魔術師たち)であることに変わりはない。それを人質に取られているも同然だ。
だが、それでも全世界が祭りに浮かれている最中に攻め込まれては困る。
「せっかくの祭りなんだ、楽しもうじゃねぇか、なあ?」
結局、三大国は、ゲルニカの言い分を吞むことにした。
女神の選定は、4つの審査によって決められる。
一次審査は経歴や肩書き確認
二次審査は知識をみる筆記試験
三次審査は能力をみる実技試験
四次試験は、トーナメント形式の模擬試合
「はぁ〜……久々に肩凝った」
閉鎖的な個室の中で山のような筆記試験を100分残して終えた、ベラトゥフ。彼女が筆を置いて外に出ると、既に外に出て来ていた猛者たちが一斉にスノーエルフの方を向いた。好意的な視線ではなかった。
「あなた、八竜信者でしょ?
どうして女神の選定に出ているの?」
「100年に一度のお祭りだから、楽しもうと思って」と、偽りなく言うと、赤髪のブルーエルフは苛立たしく鼻を鳴らした。
「お気楽な奴ね。
女神になる為に血と汗を流してきた私たちを前にしてよく言うわ」
「女神になる為?」
「世界で最も優秀な魔術師という永遠の名誉を手に入れる……この名誉だけが、私にとって大切なの」
「ほぇ……」
「それを、“八竜信者の王子”が、八竜信者を推薦してくるだなんて……この祭りはお遊びじゃないのよ」
そう熱く語る様に圧倒され、ベラトゥフは言葉を無くした。彼女が生きてきた世界とは、女神という存在の重みが違うようだ。
女神になるということは、いわば未来永劫のステータスを手に入れるということだ。誰からも尊ばれ、誰からも敬われ、誰からも愛される。そればかりか、世界最高の魔術師の名を手に入れることができるのだから、ベラトゥフのように、花火大会に出て浮かれているようなテンションでいられるのは、多くの者にとって気に食わなかったのだ。
そんな孤立無援のベラトゥフに同情するように
「はあ、暑苦しくて嫌になる」
セイレーン(ブラックエルフともいう)特有の漆黒な肌と髪、赤みを帯びた褐色の目、短い髪を七三に分け、後ろ髪をまとめた、ベラトゥフと同年代な若いセイレーンの女性が煙草を吹かした。灰色の薄い煙は仄かに柑橘系の香りがしていて、ベラトゥフは咄嗟に息を止める。
「暑苦しいとは何よ、レキナ。あんたこそなんで女神の選定に出場しているのよ」
「私は師匠に無理矢理参加させられただけ。適当なところでリタイアしてやるわ」
レキナがそう言うと、煙が去るのを待っていたベラトゥフが口を開き
「えー、そんなこと言わないでよ」と、嚙みついた。
これに、レキナは不服そうな顔をする。
「なんであんたに言われなきゃいけないわけ?」
「だって、この中で一番強いじゃん。私の次に」
数秒の沈黙の後。
「…………、ハッ!
シャーナ、あんた眼中にないってよ」
「――――っ!」
シャーナと呼ばれた赤髪のブルーエルフはベラトゥフとレキナを交互に睨みつけた。
「第四試験で必ず勝ち残ってきなさい……! 叩きのめしてやるから!」と、捨て台詞を吐き、その場から去っていった。
「あーあ、かったるい。
あんたのせいで暑苦しい女に目を付けられちゃったじゃないのよ。どう責任取ってくれる訳?」
「責任って言ったって、そりゃあ戦ってぶちのめしてあげれば宜しいのではなくて?」
その言葉に耐えきれなくなったレキナが「あはははは」腹を抱えて笑う。
「他の方が試験中です! お静かに願います!」と怒られても、レキナは笑いを堪えるのに必死だった。
「そんなに面白いこと言ったかしら」
「あははは……、はあ、そうね、異論はないわ。
ここまで何のしがらみもない奴って初めて会ったかも」
「しがらみ?」
「ナラ・ハは生まれがステータスなのよ。そのステータスを一変させられるとすれば、高等魔術師の資格を取って一級魔術書でも作らないと変わらない。
それでも変わらないこともあるわ。政界に進出したいのなら尚のこと」
「政界」
「今や女神信仰はナラ・ハの女帝にも浸透しているから、女神になってしまえばナラ・ハの行く末を決められる……とか思っているんじゃないかしら。あーあ、殊勝なことだわ」
レキナは煙草の火の先をくしゃくしゃと、傍にあった灰皿と思えない皿に押し付けた。
「私は荒れ地の魔女レキナ
あんたは?」
「“青の賢者”ベラトゥフ。
最後まで残って戦おうね、レキナ」
白と黒の両極端な肌を持つ二人が手を握り合う。
「専門は幻惑術? え? 錬金術なの?すごっ」
「あんたは属性魔術師なの? 今時シンプルな選択をするわね」
だが、二人の仲睦まじきこの会話が、最初で最後になろうとは、まだ誰も知る由もないのであった。