②
「ホロンス、スノーエルフのお前がなんで女神騎士団に入ったんだ?」
「現実逃避」
失笑するエルフたちの真ん中にいるのは、一際目立つ真っ白な肌。長いストレートな銀髪に碧眼、自信なさげに曲がった背中。すらりと背の高いスノーエルフの男。彼は、肩を落としながら大きな溜息をついた。
「笑っているお前らこそなんで入ったんだよ。エルフのくせに」
「金稼ぎ」「就職に有利な経歴を手に入れるため」「暇だから」「兄貴に誘われて渋々」
百年に一度の大イベントに向けて人員募集を掛けていた女神騎士団は、来るもの拒まずの精神で、日雇い団員を取っていた。数日後と迫る祭典を前に、一月間住み込みとなる宿舎の中では、日雇い団員たちが早速、グループを組んで世間話を始めていた。
「今時、八竜信者でいるエルフの方が珍しいんだぜ、ド田舎じゃあ違うかもしんねぇけど」
「エルフは、八竜が人間をモデルにして作り出した生命だろ?
その神を差し置いて女神に祈る奴の気が知れないね」
「いや、ほんとにマジなんで女神騎士団に入ったんだし、ホロンス」
「大女神様はかつて賢者だったって言うだろ? 別にそう細かく考えなくとも女神様を通じて八竜に祈っているも同然なんだから、極論、どうでもいいのさ。メリットがあるかどうかよ」
「ロロベト、お前も大概だな」
「ははは」「ははは」
「…………。」
女神信仰と八竜信仰は、お互いをよく思っていない同士だ。
女神信仰は女神経典で定めている通りに、八竜を含めた蛇を嫌い
八竜信仰は大女神の成り立ち故に女神を神とは認めていない。
遠路はるばる竜の島の端から端にまで来たというのに、ホロンスは結局のところ、八竜信仰を捨てきれずにいた。
彼にとっての神は八竜と刷り込まれているし、女神信仰の崇める先である大女神は八竜に仕えた賢者であって、彼女らは神ではない。言うなれば使者であり、女神教団が行っているような未来予知や幸運の付与など、私利私欲な頼み事をするのは気が引けたのだ。
(だけど、俺はもう帰らないぞ。じっちゃんには姉貴がいるんだ。俺なんて、あの村には必要ないんだ)
ホロンスはそう僻んで、ベッドに潜り込んだ。
夜が明けた早朝から、祭りの準備が始まる。
ホロンスたちは物資の運搬を中心に、足が棒になるまで働かされた。
「ほらそこ、サボっとらんで働くでおじゃる」
指揮を取るのは女神教団の神官と、女神騎士団の正規団員たちだ。さながら、本物の訓練の如くキツイ扱きっぷりに、ホロンスたちは早々に音を上げた。
「なあホロンス、サボろうぜ」
「サボっていいのかよ」
「バレるもんか、こんだけ人数がいりゃあよ」
日雇い団員たちだけで数百人もの人数が忙しなく往来している。そのうち二人三人が物陰で一服していてもバレやしないだろう、と、ホロンスはサボりの誘いを受けた。最初は渋々な彼だったが、彼の身体は正直に休息を求めていた。
「お、ほら、主役たちのご登場だ。
あれが女神の選定に出る面子だよ」
サボり始めてから間もなく、ホロンスたちの前に、神官たちに連れられてくる行列が現れた。審査が始まるのだ。
女神に選定されるのは、世界で最も秀でた魔術師と相場が決まっているため、一定程度の魔術師資格があることと、国の機関が出す推薦を貰うことが祭りの参加条件にされているのだ。
「すげぇ、天撃のシャーナ、本物だ……!
荒れ地の魔女レキナもいんじゃん!」
「そんなに有名なのか?」
「おいおい七つ星だぞ!? 賢者相当の魔術師なんて早々お目にかかれるもんじゃないぜ」
「へぇ……、……ん?」
魔術師協会の定める魔術師資格を持っていないホロンスには縁のない猛者たちが続々と一次審査を通っていく中
「!!?!!?!?」
ホロンスの目に映ったのは、自分とよく似た、見紛う筈もないスノーエルフの姿。
姉貴がいる―――そのことにホロンスは硬直し、仰天した。
「ルーク王子より推薦状を頂いているのは確認できたのですが、あのぅ……女神の選定に出るには、最低限、高等魔術師の資格がないと」
「高等魔術師? ああ、魔術師協会の資格かぁ……受けたことないんだよね、階級試験」
「そう言われましても」
挙げ句、魔術師協会の試験を受けたことがないからと審査員を困らせる始末で
「マジか、魔術師で階級試験受けたことない奴いんのかよ、ハハハ」
ホロンスは見ていられず耳の先端まで真っ赤にして顔を伏せた。
(なんでいんだよ!王国の端から此処まで追ってきたのか?!馬鹿なんじゃねぇの?!)
「まあまあ、資格があるかどうかは目安でおじゃる。今、適当に技術をヌヌに見せて貰えれば通しても良かろう」
「ほんと?」
「うむ」
幸運なことに、居合わせた女神騎士団員───マロ族の女性にチャンスを貰ったベラトゥフ。
しかし、マロ族の女性が魔獣を使って用意してきたのは、極厚の鉄板で
「魔力抵抗の高いこの鉄板を、属性魔術を用いて、一撃で破壊できれば、特別に参加を許可しようではないか」
一次審査を通った魔術師たちも苦笑するほどの無理難題だった。
「この鉄板は弩鉄隊の鎧にも使われておる、地底国産の純度の高い金属でおじゃる。それにこの厚みと来たら、そう易々とは―――」
ズギュン―――ゴォン!! 鼓膜を揺さぶる破裂音が鋭く鳴り、炸裂する。
ハッ、と、誰しもが気付いたときには、人の身体ほどの厚みのある鉄板に大きな穴が開き、それを貫通した先で氷の爆発を起こしていた。
「ちょっと力んじゃった……ごめんなさい」
ベラトゥフはそう口にして、指先から立ち上る白い冷気を払う。マロ族の女性は呆気に取られて
「む、無詠唱でこの威力とは……何も見えんかったぞ」と、腰を抜かした。
「え、じゃあもう一回やる?」
「いいやいやいや、もうよい。もう十分じゃ。合格でおじゃる」
「やったね!」
周囲の度肝を抜いて一次審査を通ったベラトゥフは、嬉々として参加者名簿に名を連ねた。
「はあ、すげぇ奴もいたもんだ……だけど、なんかお前に似てないか、ホロンス、……?」
一方、ホロンスは誰にも気づかれないようにその場から離れていった。