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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 腹ペコ賢者が女神になるまで
148/212


「おじいちゃん、話って何かしら?」


 そこは王国の北端にして、八竜・銀青の竜スティールが住まう地、パッチャ村。


「ふんふん、それで、私に大女神を、と?

 ふむふむ……それはちょっと……ハード過ぎやしませんか?」


 その村に住まう者たちは皆一様に銀髪で、碧眼。雪に紛れる真っ白な肌をしているブルーエルフだ。彼らを特別に“スノーエルフ”と、他地域のエルフたちは呼称する。


「え? ハルが、村を出た?」


 声の反響する氷の洞窟の中、銀色がかった鳶色の鱗を持つ巨大な眠れる竜を前に

 老いたスノーエルフの老人と顔を見合わせる、一人のスノーエルフの女性が驚いたような声を出した。


「女神騎士団に入るって? ええ???

 私たち八竜信者なのに?!」




 姉ベラトゥフ・サガトボ・パッチャは

 弟ホロンス・シェリー・パッチャにとって、あまりに次元が違う存在だった。


「ホロンスだって優秀だとも。ベラトゥフがおかしいのだ」


 若干3歳で初歩的な魔術を感覚でマスターし、物心ついたときには新たな術式を編み出しては、パッチャ村に口伝される秘儀、魔弾術を12歳で習得し、魔術の祖である八竜から認められる魔術師を意味する───賢者の肩書きさえ手に入れたベラトゥフ。

 一方で、平均と比べて優秀だが、抜きんでた才能を持っていないホロンス。

 三つ違いの姉弟である二人の仲は、努力で補えぬ圧倒的な才能の差によって隔たれ、いつしか修復不可能な程なまでに溝が開いてしまった。

 閉鎖的な一つの村の中で、比較され、哀れみを持たれることに辟易へきえきしたホロンス───思春期真っ盛りな16歳は、いっそ、遠くへ消えてしまえば楽になるのだろう、と考え、女神騎士団という、読んで字の如く相対する宗教団体に入ることで。村と信仰を捨てることにしたのだ。


「いくら何でも就職先がおかしいでしょうよ」


 しかしながら、姉ベラトゥフはお節介な性格でもあった。

 彼女は、思い付きの拍子で飛び出してしまっただけの弟を連れ戻すつもりで、彼女は弟を追って神国へと渡った……のだが


 こんなことがまさか―――世界を揺るがすきっかけになろうとは、まだ誰も思いだにしていなかった。



   腹ペコ賢者が女神になるまで 前編



 時は女神期811年、夏季。

 それは、竜の島にとって、百年に一度の特別な年。


 女神の選定―――新たに八番目の女神を選ぶ、祝祭が四大国総出で行われるのだ。



「あらやだ、魅惑の幻惑術使いが沢山いるっ!!」


 パッチャ村という、王国の中でも辺境のド田舎育ちのベラトゥフには、刺激の強すぎる出店の数々―――冬羊のカレー、サッジュの香草焼き、コル・ロース、トリトンのムニエル、リリーと苔マッシュのリゾット、油魚丼、ニコンの照り焼き、イーグルベーグル、ジャージャー麺―――各国の有名な料理が神都の大通りにここぞとばかりに詰め込まれた様は、彼女の目には宝箱のように輝いた。神国に訪れた目的そっちのけで、痩せた財布と緊急会議をする始末である。残念なことに、食べ物に目がない彼女を止めてくれる弟はいない為だ。宿代に使う資金まで使い込んで、自我を取り戻すまで、ベラトゥフの買い食いは止まらなかった。

「はっ! しまった……またやっちゃった……」

 遠い地で一文無しになった女は

「またあの手で稼ぐか……」

 被っていた中折れ帽を地面に置き……路上でパフォーマンスを始めた。

「寄ってらっしゃい♪ 見てらっしゃい♪

 暑い日にはベラトゥフの氷のショーを見て涼もうよ♪」

 汗ばむような陽気の中で、ふぅ、と白い冷気を放ったベラトゥフは、指で作った輪っかの内を吹き、シャボン玉の如き薄い氷の玉を作った。手のひら大の氷の玉をジャグリングしながら徐々に魔力で浮遊力を与えていき、ある一定のところまで昇ると氷の玉はパチンと割れて、彩り豊かな微細な氷の破片となり、様々な模様を宙に描いた。ご要望とあらば、リンゴ。城。竜、時計塔や船も。

 繊細な魔術を使った数々の煌びやかな手品に、涼み目的の客も含め、子連れの親御さんに人気になり、中折れ帽の内側は、小銭であっという間にいっぱいになった。

「まいどどうも♪」

 夕刻、今日の収穫を確認しつつ、げっそりした財布に食事をふるまう。その最中。

 チャリン。と、金貨を1枚帽子の中に投げ入れる人影が現れた。

「あらま」

 その男は、すらりと背が高く高貴な身なりでいて、鼻高な北方顔(王国顔)。深い藍色の目をしていて、自信に満ち溢れた顔つきの割に深い眉間の皺を刻み、サイドを刈り上げサッパリとした金髪をしている。

 更に、その男の周りには何人もの強面な男たちが囲んでいて、男の厳格な雰囲気に緊張感を上乗せしていた。

(うわ〜、何か厄介事な予感)

 自由奔放なベラトゥフでも本能的に面倒事だと察する中、男は口を開いた。


「お前、祭りに興味はないか?」


 その男はルークと名乗り、自分は王国の王子であることをあっけらかんと明かした。

「王子様がどうしてこんな街中にいらっしゃるんです?」

「“目ぼしい”人物を見つけて、直接俺が口説きに来たという訳だ」

 ベラトゥフは突如現れた王国の王子に大層驚いた。口を開けばこのルークという王子は厳つい顔の割に二枚目だったのだ。

「目ぼしい、というと?」

「女神の選定。

 俺の推薦で参加してみないかね?」

 ベラトゥフは一度「うーん」考えた後で

「個人的には参加しても構わないけど、私、弟を探しにこの国に来ただけなのよね。私と同じスノーエルフで、少し不貞腐れた顔している3つ下の弟」

「ならば、その弟を探すのを手伝おう。人手は多ければ多いほどにいい筈だ」

 眉をひりあげたベラトゥフは、初対面で、しかも王子が一般人に対して懇意にしてくれるのには特別な訳があろうと、ルークに単刀直入に問いかけた。彼は得意げに笑った。

「単純明快な答えを出そう。

 王国からの参加者が誰一人としていないからだ」

 それではせっかく招待された祭りも“俺”が楽しめないではないか、と、彼は続けた。

「私、恥晒して落選する可能性大ですよ?」

「構わん。好きにすればよい。祭りなのだから。

 だが、俺は人を見る目があると自負している。各国の猛者たちがしのぎを削り、八番目の女神に相応しい魔術師を選ぶ百年に一度の祭典を、楽しめる技量がお前にあるとな」

 何処からくる自信なのか、そう言ったルークは、自身が滞在している宿泊施設の所在をベラトゥフに教えて去っていった。


(もしかして、おじいちゃんの言っていた導きってこれの事なのかしら)

 まるで運命の舵を切られたかのような出会いに、ベラトゥフは八竜の導きを感じた。


 運命とは、無数の道である。

 導きとは、道標みちしるべである。


 そう、ベラトゥフたちは教わってきた。

 中でも、八竜が運命に干渉するということは、近く、大きく世界の命運が分かれる何かが起こる予兆でもあると。


 だから、八竜信者として、スティールの導きを蔑ろにする訳にはいかなかった───。



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