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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第三部
145/212

第64話 兵器アビス



 兵器アビスが放った膨大な魔光線は、空を割った。

 赤い月が青白く変わり、割れた空から真っ黒な霧状のものがゆっくりと海へと落ちていく。空の暗闇が海と混ざっていく。

 だが、今はそれを気にしている者は誰もいなかった。



「仕方なかったんだ―――ジュスカール様に賛同するしか」

 グランバニクに詰め寄られ、首元に刃を付けられた状態で、ネイマールはようやく話し始めた。

「兵器アビスの原理は、魔王を生み出す原理と同じだ。

 だから、兵器アビスは魔王と親和性が高く、魔王の力を取り込むことが理論上可能だった」

「何故そのような兵器に手を出した」

「バーブラたち魔族を、この世界に蔓延る脅威を滅ぼすのには必要なことだったのだ」

「そのバーブラたちは別の手段を講じたではないか」

「ああ、女神様が術式を下さったとき、私は心の底から安心したよ。これで兵器アビスを“使わないで”済むと。ジュスカール様にこれ以上、負担をおかけしないで済むのではないか、と。

 だが、解呪は上手くいかなかった。それどころか魔族たちは暴走し、多くの民間人が犠牲になった……私は女神様を信じていいのか分からなくなってしまった」

 ネイマールは苦虫を嚙み潰したような表情になり、拳を握った。

「その後、ジュスカール様は断固として兵器アビスの完成を望まれた……女神様に裏切られ、まるで魔に蝕まれたかのように」

「バーブラの側近たちを収容所に捕えていたのは何故だ」

「兵器アビスのエネルギーとするためだ。黒曜石の原盤という魔道具があるにせよ、魔王と戦う為には、力が不十分だったのだ」

「シェールに神国民を逃がしていたのは、魔王との衝突を見越しての事か?」

「そうだ……魔王との戦いは苛烈なものとなると思ったからだ―――想像通りにな!」

 そういって、壊滅状態になった神都を指差す。怪物二体の恐るべき戦いに、逃げ遅れた人々が、瓦礫の下敷きになった人々が、どれだけいることだろう。

「だが、魔王の力を取り込むのには上手くいったらしい……それだけわかれば、もういい。あの男が兵器アビスと戦うのを止めさせないといけないことにはな」

「…………。」

 グランバニクは大きな溜息をつき、刃を退けて、ネイマールを助け起こした。

「ならば、あの戦いの中に入って止めてくるか?

 私には出来んな」




 ラタは、ゴルドーからの餞別せんべつを受け取っていた。生体になったことに加え、魔力も腕力も体力も、軒並み強靭になっていたのだ。一人で戦わなければならない、来るべき戦いに備えて―――。

「くっそ!」

 兵器アビスは魔王の力を手に入れたことで、全盛期に近い魔王と同じ力でラタに襲い掛かってきている。ちらつく邪魔な蠅を叩き潰そうとするかのように苛立ちながら、両腕を振るう。その風圧で建物が壊れていく。

 ラタにとって厄介だったのは、兵器アビスが常に張っている黒いもや、暗闇だった。その層が厚く、彼が大剣で攻撃するとき、一瞬でも視界を奪われる形となってしまうのだ。

「どうすっかな……ちくしょう」

 そう攻めあぐねていたとき、彼のポケットの中からふわりと光が放たれ

「ピィイイイー」

 ラタよりも上空から甲高い鳴き声が響き渡った。

「鷹? もしかして、ミトちゃんの?」

 青白い月に照らされた白羽の大鷹。その鷹がラタと並走するように舞い降りてくると、鷹が魔力をラタに分け与えてきた。

「うお? うおおお!? 見える!? 見えるぞ!」

 すると、ラタの目に兵器アビスの暗闇が晴れて、骨の竜の姿をした本体や、胸元に吸収された黒曜石の原盤がしっかりと見えるようになったのだ。

「黒曜石の原盤を狙え」

「わかった! サンキュー鷹!」


 暗闇のベールが剝がれればあとは予習済みだ、そう言わんばかり、ラタは飛び出した。

 黄金の雷光を纏い、魔王の腕を滑りながら胸元にある黒曜石の原盤へと接近するが、黒曜石の原盤が狙われているとわかれば、兵器アビスは胸を隠すように屈みこんだ。

 それに構わず、ラタは大剣を振り落とした。それは、空を覆い隠す曇天から強烈な雷を呼び、兵器アビスの頭蓋に直撃する。

 鼓膜を破る轟音と地響き───しかしながら、その脳天に落とされた雷を、兵器アビスは容易く受けきった。乳白色の骨にこびり付く僅かな焦げ目程度。まるで無傷だ。

 暗い眼窩に浮かぶ真っ赤に血走った四つ目が、骨の隙間を縫うよう飛び回る蠅を追う。ヒタリ、と空に留まる踏み込みの瞬間、巨大な身体に似合わぬ素早さで腕が振り払われる。その風圧に流されるラタへ兵器アビスの尾が貫かんと飛ぶが、ラタは身をよじりながらそれをかわし、大剣を兵器アビスの尾に振り落とした。

 プチッ 尾の骨から伸びる赤黒い魔力管が微かに千切れる。だが、それがダメージとして換算されていないことは、瞬く間に千切れた線維が繋がる様からして明白だ。


 魔王は、ラタが経験してきた何者よりも硬い。体力と魔力をセーブした生半可な攻撃などは、かえって大きな隙になってしまう。そのパワーを手に入れた兵器アビスは、まさに“最恐”だ。


「邪魔を―――するな!!!」

「やべっ」


 受け身を取りつつも、兵器アビスの指の1本に捉えられた小さな身体は、音速を超える勢いで大神殿の屋根を貫き、高級住宅街をぶち抜いて転がっていった。

 常人であれば肉体が原形を留めない程の威力だが、黄金の竜ゴルドーの加護―――竜鎧の雷魔術に守られたラタは、頭から垂れる血を拭う程度で、瓦礫を退けてよろよろと立ち上がる。

 青白い月をバックに兵器アビスは空が歪むほどの魔を吐きながら、爪ほどにしかない子人を凝視する。


「この私の献身を裏切った、報いを……受けさせるのだ!」


 胸を抑え、屈みこんだテスラに向けて振り上げられる巨大な足。

 ラタは深呼吸を短く吐ききり、大きく踏み込んで空へと飛び上がり、兵器アビスの攻撃からテスラと魔王の体を抱え、紙一重に避ける。

「はあ、はあ……ラタ…どうして」

「なんでだって!? 知り合いの体で勝手に死なれちゃ困るに決まってんだろうがよ!」

「……この体は、もうすぐ死ぬの……。デラ・ウェル、シェールセン、ド・パージ……」

「魔術語さっぱりわからん」

「解れクソが……、はあ……はあ、深淵を、払う力は……世界の、……うぐぅ』

「テッちゃん!」

『―――八竜の、望み通りになってしまう。それだけは避けなければ』

「じゃあどうしろってんだ」

『私の、心臓を……聖樹の苗を、破壊するの』

「そんなことしちまったら死んじまうじゃねぇかよ!」

『私は元々、死んでいるようなものよ……ラタ』


『だから、望みを叶えて……』

「…………。」


 ラタは兵器アビスから離れた場所に二人を移動させると「続きは野郎をぶちのめしてからだ」と、テスラが続きを言う前に飛び出し、兵器アビスの腕の線をなぞるように滑空。兵器アビスの首元から背後へと回り、バチンッ! 空から落ちる雷を纏い、遠心力もかけた重い一撃を───ガキィイイン!!! オリハルコンの金属塊を兵器アビスのうなじに向けて振り抜いた。

 巨大な身体が衝撃にぐわりとよろけた。分厚く硬い骨に、確実な傷を負わせた重打。兵器アビスは倒れることはなかったが、足を大きく開き───体勢を立て直しながら背後に向けて

 溜めも予備動作もなく、まるで唾を吐くかのように魔光線を口から放った───ィイイイイインンッッ!!! 空気を切り裂く高音と高熱、青白い直線的な光線。

 不意打ちに放たれたそれは、直上の曇天へと抜け、遥か上空で分厚い雲を消し飛ばす大爆発を起こした。

 神国の曇天が吹き飛び、青白い満月と割れた空が露わになった。まるで、空に何かを隠しているかのような、大きな裂け目と流れ出る暗闇。

 その余韻に浸る兵器アビスは、胸元へと潜り抜けるように回避したラタの存在に気付かず―――バキィイイン!!! ラタの振るったオリハルコンの大剣によって、黒曜石の原盤は粉々に破壊された。


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