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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第三部
144/212

第63話 黒い竜


『目覚めなさい

 魔族が解放されてしまう前に』


『魔王は大神殿にいます』


『今こそ、魔王の主導権を奪うときです』


 神託が下された。

 その男は少しずつ動き出す。ゆっくりとゆっくりと地下深くから這い上がるように。

「……仰せのままに 我が女神よ」

 掠れた濁声でその男は静かに手を伸ばした。

 魂を封じ込める術式が描かれた黒曜石の原盤。それを胸に抱え、全身に無数の魔法陣を刻み込んだその男は、黒曜石の原盤から漏れ出る暗闇にゆっくりと同化していく。

 爛れた顔も肌も、焼けた肺も、黒く浸み込み、一体化する。徐々に人でなくなっていく感覚を快感と覚えながら、闇に身を任せ、沈む、沈む。


 そして、ひたり……ひたり……と、地下深くから排水溝を這いずって、魔族たちがいる収容所へと辿り着くと、男だったそれは牙をむき始めた。

 ガシャン! と、鉄格子を破壊し、身動きの取れない魔族たちを暗闇で次々に貪り始めたのだ。貪った後には魔力と生命力を搾り取られた死体だけが残った。魔族たちは悲鳴を上げることさえ満足にできないまま、次々に暗闇に呑み込まれていった。

「何だ!? 何が起きている!?」

 まだ僅かに人の形を残していたそれにイーゴが声を荒げるが、彼はすぐにでも逃げるべきだったと後悔することになった。

 男だったそいつは、喰らう度にみるみると膨らみ、収容所から外に出てきたときには巨大な闇の竜の姿となった。長い尾、鋭い牙、たくましい手足、マントのような翼も生えている。しかし、その輪郭は、全身から吹き出す黒い靄が纏わりついていて曖昧に見える。


 黒い竜は、次なる獲物を探すように、大きな四つ目が見開いた。



「あれは―――やばい」

 鳴りやまない地響きに警戒していたヌヌたちは、収容所から突如現れた黒い竜を見た途端、生命の危機を感じて一心不乱に逃げ出した。

 余所見をしてはならない。立ち止まってはならない。走れ。走れ。と。

 奴がこちらを見ないように願え。祈れ。祈れ。と。


「フライ! リードゥ!」

 走りながらヌヌは巻物を取り出し、描かれた魔法陣から飛竜リードゥを呼び出した。魔術で構成された翼を広げ、飛び立つリードゥに皆がしがみつき、空にまでは追ってこないだろうと後ろを見ると―――黒い竜は外套がいとうのような翼を広げて飛び始めていた。

「まずいまずいまずい!」

 一人、ワンダがリードゥから離れて飛翔の風魔術を使うも、ワンダに対しても暗闇を分裂させて迫ってくる始末だ。


「滅ぼせ 炎帝!」

 ワンダが燃え盛る炎の鳥を放ち、分裂した暗闇を破壊するが、すぐさま別の暗闇が本体からぬるりと別れる。

「ダメだキリがないわ!」と、ワンダも逃げに回る。

「くそ……!」セルジオは拳を握り締めた。「このまま何もできないのか?!」

「戦おうなどと考えちゃいかん! あれはヌヌらにどうにかできる代物ではない! 災厄の類でおじゃる! あれほどの封印術がかけられていた収容所から堂々と出てきたのじゃ、封印術ですら奴の行動を制限できるか分からん!」

「そんな―――」

 そういっている間にも奴は追ってくる。リードゥもワンダもいつ体力切れ、魔力切れになるかわからない。


 一体どうしたら―――と、誰もが思ったそのときだ。


「ふんぬらああああああ!!!!」


 バチッ、眩い電光と共に雄叫びを放つ何者かが、ドゴォン! 黒い竜を地上へと叩き落したのだ!

「お主は……ラタ!」

「おうよ!」

 現れたのは、キキ島から飛翔の風魔術ですっ飛んできたラタだった……、が。

「すっぽんぽんとはどういう了見じゃ!」「最低」「品がないです!」

「あ、やべ」

 生まれ出でたそのままの姿から、羞恥心を思い出したラタは慌てて地上の呉服店から「後で絶対に払いに来る!」服を搔っ攫った。その最中にも、土煙を纏う黒い竜の様子を注視する。

 すると、突然、ぐわっ! 土煙を払って黒い竜が街中を走りだした。

「なんだ? 逃げる気か!?」

 化け物は、ラタとは反対方向、神都に繋がる北の方角へと猛スピードで向かっていった。




「……来たか」

 魔王は僅かな気配の差と予知夢とを照らし合わせ、“その時”が来たのだと悟った。

「行こう、ミト」

「……うん」

 魔王はぐったりとしているマイティアを抱きかかえ、ゆっくりと歩きだした。その足取りは重りをつけられているかのように鈍い。出来得ることなら“その時”を迎えたくないのだと言わんばかりだ。

「なんだ、何処へ連れて行くつもりだ」

 むくりと起き上がったルークは、傷病人マイティアを連れて行く魔王を責め立てるように突っかかった。

「あんたたちは此処を出るな」

「どういうことだ、これから何が起きる」

「これは私と女神との戦いだ。あんたたちの出る幕はない」

「そのような戦いに何故、マイティアを連れて行くのだ。死霊術の範囲はそれほどまでに短いとでもいうつもりか?」

「これは彼女の意志なのだ」

「なんだと」

 魔王の言葉は嘘だろう、と確認するようにマイティアの顔を伺うが、彼女の顔は雪のように白いまま、微動だにしない。

「転移魔術を唱えよう」と、ゼスカーンは魔王に近づく。

「おい、待て。まだ話が―――」

「場所を指定できるか?」

「大神殿の中なら何処へでも」



 魔王が選んだ場所は、大神殿の鐘楼しゅろうだった。

 真っ赤な満月の下、神都を一望できる絶景で、マイティアは魔王に抱えられながら立つと、胸に提げていた指輪を取り出し、それを、僅かに震える魔王の手にぎゅっと握らせた。

「ネロス、大丈夫よ……私はここにいるから」

 そして、まるで踊るようにゆっくりと縁へと移動して……。


「汝の手に 我が魂を……宿す」


 ほわぁ……、蠟燭の灯の如く柔らかな光が指輪に宿る。


 がくっ、と力が抜けるマイティアを魔王は抱え


「共に行こう……」


 共に、鐘楼しゅろうから飛び降りた。



 身を切るような激しい風の中、魔王はマイティアの身体から魔力を吸い取り、一気に解放した。

 魔王の身体はマイティアを抱え込むように急速に肥大化し、無数の赤い魔力管が筋肉のように巨大な骨を支える。ものの数秒で地面を打ち鳴らし現れたのは、熊のような骨の竜だ。かつて、ナラ・ハの森に現れた、山を越える大きさのそれよりかは一回り小さいが、依然として神都のどの建物よりも大きい。


 突如現れた化け物に、神都中は大パニックに陥るも、そこへ更に、ユイフォートの方角から現れた黒い竜までもが現れる。


 同サイズの二体の竜は向かい合うと、互いに惹かれ合うかのように向かい合い、そして―――衝突した。

 その衝撃波が神都の中心部を襲った。人はふわりと浮き上がり、あらゆる建物は外壁が削ぎ落とされていく。

 誰も止められない。止められる筈もない災厄の二つが、突然に、いや、必然に、戦い始めた。


「ジュスカール様……っ!

 “兵器アビスの起動”はまだ早いと、皆の避難が出来ていないとあれほど」

 ネイマールは窓ガラスの割れた書斎からテラスへ出て、真っ黒の竜を見る。

 闇が具現化したかのようなおぞましい姿、そして、八竜に匹敵するというその絶大な魔力。間違いない、兵器アビスだ。

(しかし何故だ、何故魔王が突然大神殿に現れた―――いや、大神殿に潜伏していたのか!?

 まさか―――大書庫に!?)

 大書庫に入れるのは、ジュスカールともう一人だけ。

「ゼスカーン……! あの裏切り者め!」

「聞いたぞ、その言葉!」

 そのとき、書斎に飛び込んできたのは剣を構えたグランバニクだ。

「おとぎ話と思っていたぞ、兵器アビス―――神を殺す兵器など、ジュスカールは何を企んでいる、ネイマール!」

「……っ! 教えるものか!」

「ならば吐かせるまでだ!」



 ガシャァン! 大神殿の外壁に魔王の背がぶつかり、揺れる。機動力のある黒い竜が魔王の攻撃をかわし、魔王の腕に絡みつく。だが、ビキビキビキと黒い竜を引き剥がし、放たれる魔王の拳―――その一撃を食らった黒い竜が遥か数百メートル先まで転がっていく。

 建物を瓦礫と化しながら転がった先で、黒い竜は身をひるがえし、再び魔王へと突進する。

 ドシャァン!! 衝撃波が街の地面を波打たせ、魔王の足が地下へと沈む。2対の竜は揉み合いになりながら徐々に戦いは熾烈を極めていき……黒い竜が纏う暗闇が魔王の顔面を覆い始める。

 すると、黒い竜の胸に取り付けられた黒曜石の原盤が光り出し、魔王の魂を吸収し始めた。

 巨大な魔王の身体はみるみる崩壊していった。黒曜石の原盤を破壊しようと拳を振るうも、機動力のある黒い竜が逃げに徹して捉えられない。


 そして――――。


 泡沫ほうまつのように掻き消えた魔王の身体から、人型の魔王の体とマイティアが零れ落ちて……。





 さっ、と、現れたラタが、二人を掬い上げた。



 ゾゾゾゾ……魔王の魂を吸収し、その力を我が物とした黒い竜が、魔王の姿を模していく。

「なあ、おい、マイティアちゃん、しっかりしろよ!」

 その最中、地面に着地し、ぐったりとして動かないマイティアにラタは呼びかける。しかし、応答はない。顔色は真っ白で、既に体温は冷たく、虫の息だ。

「こんなことってあるかよ……マイティアちゃんが何したってんだよ! おい!」

 魔王も応答がない。まるで抜け殻のようだ。

 ラタの怒鳴り声が曇天に響くと、それに応えるかのように暗雲から光が差し込んできた。その光がマイティアを包み込み、ふわりと彼女を起き上がらせ

『やっと……』

 “マイティア”は勝手に、喋り始めた。


『芽が生える前に手に入って良かったわ……聖樹の苗。苦労した甲斐があった』

「マ、マイティア、ちゃん?」


『何を言っているの、ラタ。気づかない?』


「お、お前―――テスラだっていうのか?!」


 ラタの腕の中からふわりと起き上がったテスラは、首からチェーンで通された、仄かに光る指輪を『フン、小賢しい』引き千切って投げ捨てた。だが、地面に落ちる寸前でラタがキャッチする。

「どうして人の身体に」

『私の身体は忌まわしい聖樹の糧となっているのだもの。自由に動くには他人の身体が必要なのよ。それも、神聖で、罪深い身体が』

 呆気に取られるラタを無視して、テスラは自身の心臓の音に聞き入った。

『はあ、それにしても……聖樹の苗、なんて完成された術式なのでしょう。

 八竜共が深淵を抑え込み、浄化する為に作り出したもの。

 悪しき一族の心臓に植え込むなんて、八竜も因果応報という意味をわかっているじゃない』

「…………。」

 ラタは少しずつテスラと距離を取り、ゆっくりと背負った大剣を抜く。

『どうしたのラタ? 嬉しくないの?』

「嬉しいもくそもあるか……! 後ろの化け物はなんだ!?」

『これは兵器アビス。

 この世にまだ“海と空があった頃”、フォールガス一族が“世界を手に入れる為にモーヌ・ゴーンの聖骸を深淵に浸けて作り出した神殺しの生体兵器”。その罪滅ぼしの為に、数百年とキキ島に幽閉されてきた代物。

 そして、それを基に術式を変更したのが、魔王なのよ。勉強不足ね、ラタ』

 呆気に取られるラタの顔を笑うように、テスラは兵器アビスを見上げた。


『ラタ、八竜が人類を滅ぼそうとしている今、魔王(この力)が人類には必要なのよ』


 しかし、ラタは抜いた大剣を降ろさない。

「本物のテッちゃんならな……俺に分かるような説明なんかしねぇんだよ!」

『……もしかしてゴルドーに何か唆されたのかしら? 間違っているのはゴルドーの方よ。

 正しいのは私。いつもそうだったでしょ?』

「それは―――」


 ドシュゥウン!


 それは突然だった。

 二人の話を遮るように―――黒い竜から放たれた膨大な魔光線(エネルギー波)が、“テスラ”を襲ったのだ。

 テスラは咄嗟に防御したものの、魔王の力を持った兵器アビスの力は凄まじく、テスラの魔法障壁を貫き、彼女の身体を傷つけた。

 そして、その深淵の魔が、聖樹の苗を“起こしてしまった”。

『う、うう、ぐうああああっ!!』

 マイティアの心臓に植えられた聖樹の苗が発芽し、胸を握り締められるような感覚に、テスラは脂汗をかいてその場に座り込んだ。

「テッちゃん!」

『ば、馬鹿な……ど、うして……私を―――ジュスカール?!』

「嗚呼、我が女神よ……あなたは私を見捨てたのです」

 兵器アビスから発せられる、掠れた濁声は憎悪に満ちていた。

「地位も名誉も、声も、顔も、名前さえも全てを失くし、全てを奪われた……そして、魔王の力を手に入れ、何者でもなくなった今……私の中に残されたのは―――。

 おぞましき死霊の飢餓と、全てを投げ打ち尽くしてきたあなたに裏切られた、憎しみだけだ……!」

 黒い竜は再び魔を貯めこみ始めた。明らかにテスラを狙っている。


 魔王は死霊だ。そして、死霊は永遠なる飢餓に苦しめられる存在だ。

 ジュスカールはその身に、魔王を取り込んでしまったが為に、“魔王の飢餓”に襲われ、微かにひび割れの残る信仰心をズタボロに引き裂かれてしまったのだ。

『魔王、め……予知が、狂っ……う、ぐううう』

 そして再び、魔光線が放たれる……のを、ガキィイン! ラタは黒い竜の顎を全力で叩き、空に向かって逸した。

「ラタ……、私に止めを」

「―――そこで待ってなちくしょう!

 話さなきゃならねぇことがたんまりあんだからよ!」


 黄金色の大剣を握り締め、ラタは啖呵たんかを切った。




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