第61話③ 密入国者
セルジオたちが連れられてきたのは、レジスタンスが所有する、何の変哲もないプレハブ小屋だった。強いて言えば、赤錆に縁取られている、ボロっちい小屋だ。
そこで、ヌヌは「タナトスと話をさせてほしい」と言い、嫌がる彼を無理矢理端っこに連れ込み
「タ・ナ・ト・スゥ! マイティアを一人置いて去るなど騎士として恥ずかしいと思わなんだ?」と、セルジオたちにも聞こえる声で、タナトスを激しく問い詰めた。これにタナトスは言い訳がましくそっぽを向く。
「あいつには勇者がついていただろ。俺なんかいなくても使命を果たすだろうさ」
「愚か者め……! ミトちゃんはのう……、魔王の死霊術師になってしもうたのじゃぞ!」
「はあ!?」
ヌヌはホロンスから聞いた内容―――カタリの里で起きたことはヌヌにも分らなかったが―――少なくとも、勇者ネロスは魔王の魂を宿す死霊であり、マイティアは彼の死霊術師になってしまった……という突拍子もないことを、タナトスに打ち明けた。
彼は逆上した。
「―――んなこと俺にどうにかなる訳ないだろ!」
「マイティアを一人にさせたことを少しは反省せいと言うとるんじゃ!
お主に何もすべて責任を負わせようとまでは言ってはおらん」
「言ってる」
「お主がいれば防げたかもしれんという話をだな」
「言ってんじゃねぇか!」
タナトスの胸ぐらならぬ膝ぐらを涙目で揺さぶるヌヌに、タナトスは再び顔を背けた。
「お主は何故自分に自信を持てないでおじゃる? お主は決して弱くなんてなかったんじゃぞ! マイティアはお主を信じておったのじゃぞ!?」
二人の旅路の中で何が起きたのかなど、タナトスには想像もつかない。だが、共に旅をした者が、実は死霊で、更には魔王の魂を宿していたなどと聞いたらば、大きなショックを受けるだろうことは容易に想像できた。
だが。
「―――うるさい! 俺にはもう関係ない話だ!
マイティアが何処で何をしていようが俺には関係ない! あいつの好きにすればいいんだ!」
「一度だけでもいい! マイティアを説得してくれんか?!
ミトちゃんは……死霊術に手を出すような子ではない。正しさの分別のついた子じゃ。
お主に説得されれば、誤った道を進んでいることを思い出すかもしれん」
「…………。」
そのとき、ふっ……、と、突然タナトスから力が抜けた。
「それは違うな、誤った道なんてあいつの前にはない。あいつの通る道が正しくなるんだ」
ヌヌが呆気にとられているうちに、タナトスは力なく笑った。
「マイティアは王族だぞ。
俺たちとは正しさの秤が違うんだ」
そして、彼は俺に構うなと豪語し、プレハブ小屋から一人で出て行った。
「庇ってやった礼に、お主らの目的をヌヌに明かすでおじゃる」
残ったセルジオたちは、ヌヌにも事情(魔族に会いに来た)を話した。
「広場で多数の魔族の死体を見たのですが」
ヌヌは、広場に設置された集団火葬の焦げた山を思い出し、深く項垂れた。
「突然暴走を始めた魔族らを始末した後でおじゃる……住民を助けるためとはいえ、ほとんど皆殺しに等しい」
「ほとんど、ということは、一部の魔族はまだ」
「ユイフォートの収容所に収容されておる」
これに、ハッ、と、セルジオたちは顔を見合わせた。
「収監されている魔族たちと面会することはできないのでしょうか?」
「面会ぃ? 無理じゃろうな……収容所には何人たりとも入ってはならぬとお達しが出ているでおじゃる」
「元女神騎士団員のあなたでも?」
「ヌヌとて例外ではない。それこそ大神教主の命令でもなければ、門番はヌヌらを入れてはくれんじゃろう」
「なら、大神教主の許しを得るにはどうしたら」
「なんじゃ、やけに食いつくの。
是が非でも魔族に会いたい理由でもあるのか?」
これに、セルジオたちは、バッグの中にしまい込んでいた2本の巻物を取り出し、ヌヌに見せた。
「実は……、魔族を人に戻す術式の試作を、持っているんです……」
ヌヌは耳を疑った。
「闇市で買ってきたもんじゃあるまいな」
「作ったのは荒れ地の魔女だよ」
その名を聞くと、ヌヌは納得した顔で頷き
「なるほどなるほど……レキナの作となれば侮れん」と、巻物の一本を広げ、その術式を目でなぞっていくが
「専門分野でないからちんぷんかんぷんじゃな」と、途中で匙を投げた。
セルジオが魔女から受け取った2本の巻物(試作品)だが、ナラ・ハのヨハネたちに使うのは憚られた。失敗(死)するかもしれないからだ。その点で言えば、バーブラ(敵)の味方である魔族を実験台に使えば、あわよくば、人に戻った彼らが味方になってくれたのなら、リスクどころかメリットしかない話になると思ったからだ。
ただ、そう上手くは事が運ばない……かに見えた。
「うむぅ……やむなし、か」
ヌヌはワンダからナラ・ハの魔族事情をざっくりと聞くと
「あい、わかった。お主らに協力しよう」と、承諾したのだ。
「本当か!?」
「ヌヌにも人に戻したい魔族がおる。彼奴の消息は未だに不明じゃが、きっとまだ何処かに潜伏している筈でおじゃる。
じゃが、収容所の警備は厚いぞ。いくらお主らが手練れであろうが、魔術を使う者なら警戒しなければならん」
「封印術……」ワンダは苦い過去を思い出し、顔をしかめた。
「封印術の間合いに入れば魔術の発動そのものが阻害されてしまう。
だからの、何も、無理に通ることを考えるでない」
「というと?」
「偽造の命令書を作るのでおじゃる」と、ヌヌは頷いた。
「命令書とヌヌがいれば警備は突破できよう。お主らはヌヌの部下ということにする」
「そんな偽造書、どうやって……」
「ふっふっふ、奴に頼むでおじゃるよ。時にはヒヤリと肝の冷える仕事もしてもらわねばな」
ヌヌはにやりと笑みを浮かべ、早速、伝文の神聖術を使った。