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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第三部
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第61話② 密入国者


「逃がしただと?」

「も、もうひわけありまひぇん―――ひ」

 太った神官兵の首を握り締め、拳を振るう―――ぐるりと巻いた角、モザイクに剃った白と黒の体色紋様、筋骨隆々の黒い羊面の獣人。

「必ず探し出せ」

「はっ」

 失神した太った神官兵を放り捨てた獣人は、大きな舌打ちを打った。

「ゾールマンめ……根絶やしにしてくれる」




 タナトスは、マイティア・レコン・フォールガスの結婚相手(夫)だった。

 だが、そこに恋愛感情は介在しておらず、あるのは、書面上の関係。女神の子の夫という箔が欲しい父親(宰相)の思惑だけ。

 宰相アズに甘やかされ、近衛兵長という地位を不相応に持っていた彼自身も、実力の無さを誰より理解しておきながら、人以上の努力はできず、魔物と戦う訳ではない、王と為政者たちの機嫌を伺う職に落ち着いた。


 そんな日々が一変したのは、マイティアが王都に帰ってきたときだ。

 勇者を迎えに行くというマイティアの護衛をしろとハサン王から仰せつかったのだ。

 いくら暗部が旅に同行していくとはいえ、女神の子の護衛という大役にタナトスは力不足だ。それにもかかわらず、ハサン王はタナトスに命じた。

 その重荷に耐えかねて、旅の中では彼女とほぼ一方的に喧嘩してきた。挙げ句、いもしないのに肉体関係のある女性が出来たなどと法螺ほらを吹いた。彼女はひどく傷ついただろうが、彼は彼のことでいっぱいいっぱいだったのだ。


 そして、タナトスの悪い予想通り、トトリとポートの戦いで片足を失った。言わんこっちゃない。こうなるからやめておけばよかったんだ。

 そう言い訳で自分を慰めようとする自分が惨めで、雑魚で、どうしようもない人間だと絶望した彼は、マイティアの元から去り、レコン滝へと身投げした。

 だが、運悪く生き残ってしまっていた。

 ニーノ港の漁業者たちに拾われてから、必要とされる感覚を彼は手に入れた。ずっと除け者にされてきた疎外感、実力も何もないのに近衛兵長へとお飾りに晒し上げられた苦痛から解放された彼は、ニーノ港に永住するつもりで働き始めたのだ。

 今はもう王国のことなどどうでもいいし、マイティアのことなどどうでもよかった。自分の事を考えていいのだと、彼は思っていた―――。



「僕はセルジオ」

 神国側の顔立ちに鋭い目、背丈は高く、筋肉質な体格。赤みの強いブロンドの髪をかき上げた人間の若い男セルジオ。

「彼はアスランで、彼女はワンダ」

 筋骨隆々な虎顔の獣人アスランと

 腰まである金色の髪を三つ編みにした色白のブルーエルフのワンダは、左肘から先がない。

「……俺は、タナトス」

 路地裏に入り、タナトス用の信者服(フード付き)を買い与え、爽やかな密入国者たちはその目的を口にした。


「僕らは魔族に会いに来たんだ。

 だけど、広場で魔族が皆殺しにされていて」

「ああ……数日前、魔族が突然人を襲い始め、そこにちょうど現れた神官兵レジスタンスの連中が魔族を殺しに来てくれたんだよ」

「……バーブラの指示?」

「さあな、俺も此処に来てそう長い訳じゃない。

 ただ、おやじさんたちは、バーブラのことを悪く言ってはいなかった。民の声を聴く支配者だと。不思議な話だがな」

 ワンダたちはしかめ面を見合わせた。

「ますます神国の事情が分からないわね……セルジオを殺害し、シェールを統治しに来たタイミングも出来過ぎている」

「セルジオ? ……セルジオ、そうか、聞いたことがある。シェールの耳狩りゾールマン家。

 あんたはジュニアだったってことか」

 セルジオは頷き、溜息を吐いた。

 エバンナとの一戦後、魔王と勇者の邂逅をその目で見た後のこと、シェールに帰る居場所を失くしたセルジオはアスランを連れてワンダたちのいる秘境地トト・リムを訪れていた。そしてそこで、父の魔物化と神国による統治の一報を聞くことになった。

 シェールの為になる何かをしたい、その一心でいたセルジオは困惑した。そこに目を付けたのは、魔女レキナだった―――。


「探せ! 密入国者は何処かにいる筈だ!」

「げげっ」


 神官兵たちの捜索の手がすぐ近くまで来ていた。セルジオたちはすぐさま移動しようと路地裏から出ようとした、そのときだ。

「そこで何をこそこそしているでおじゃる」

「げっ!」

 路地裏でたむろしている怪しげな四人組を見つけて声をかけたのは、巡回中の亜人族だった。

「魔力の質で分かる。お主ら、この国の者ではないな?」

 三角帽子にマント、白い毛並み、大人の腰ぐらいまでしかない身長、竜の島で唯一人と暮らせる言語能力を獲得している亜人マロ族の女性。

「あなたは確か……女神騎士団の」

 ワンダはその声に記憶があった。

「ほう、知っておるでおじゃるか。左様、ヌヌでおじゃる」

「豪火隊のワンダよ」

「ほう! ワンダとな! 豪火隊の!

 知っておるぞ、お会いできて幸栄でおじゃる」と、ヌヌの小さな手をワンダが握手すると、「それはそうと……」キッ、とタナトスへと視線を変えた。

 タナトスはその視線を逸らすが、ヌヌの視線は鋭い。

「ヌヌが問い詰めたいのはお主らよりも、そこの片足の坊主じゃ。

 タナトス、貴様……! ミトちゃんを一人残して一体どういうつもりなのでおじゃるか! このあんぽんたん!」

「それは」

「いかがなさいましたか?ヌヌ様」

 ヌヌの大声に気が付いた神官兵がセルジオたちを見て武器を構えるが

「大丈夫じゃ、彼らはヌヌの知り合いでおじゃる」と、ヌヌは神官兵を下がらせる。

「え、しかし」

「大丈夫じゃ。何かあればヌヌが対応するでおじゃるよ」

 しばらく膠着状態が続いたが、神官兵はヌヌを信用してか、その場から立ち去って行った。





「ジュスカール様、忠実なる神国民の“避難”はまだ完了しておりません。

 もうしばらくの辛抱を」

 大神殿の書斎から、“ネイマール”は伝文の神聖術を用いて声を届けていた。

「セルジオたち解放派を処理できたお陰で、シェールの統治は滞りなく進んでおります。非難先の生活も確保できています。」と、言いつつも、ネイマールの声は暗い。 

「懸念があるとすれば、消息を絶ったシェールの英雄と、セルジオジュニア。

 奴らがジュスカール様の計画の邪魔になる可能性が……」

 そのとき、伝文の神聖術から掠れた声が響いた。

「勇者ラタは計画の邪魔にはならない。それが大女神の予言だ」

「も、申し訳ありません」

「セルジオジュニアもただの子供だ、好きに泳がせておけばいい」

「はっ……仰せのままに、ジュスカール様」

「問題は魔王とバーブラの所在だ。一刻も早く奴らの所在を私に教えること。

 そして、収容所に邪魔者を入れないことだ。いいな」

「はっ……仰せのままに……」


 ブチッ、伝文の神聖術が途切れると、ネイマールは大きな溜息をついた。

 既に魔王と共にバーブラの所在を神国中、山々も含めてくまなく探しているが、見つからない。しかも、捜索に多くの神官兵を割いているため、警備や住民の避難に人を割けないのが現状だ。

 頭を悩ませるのはそれだけではない。シェールとの往復船の貨物の中に密入国者がいたと報告を受けたのだ。それも密入国者から堂々と『セルジオ』と名乗ったという。

 セルジオが何の目的で神国へ来たのかはわからないが、彼が神国を堂々と練り歩くのを良しとするのは、ネイマールには許しがたかった。

「イーゴめ……逃がしたら承知しないぞ……」



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