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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第三部
139/212

第61話① 密入国者


 その男は、ニーノ港に流れ着いてやってきた。

 海竜にもてあそばれたのだろうか、あまりに身なりもボロボロで、尚且つ片足でいた。ニーノ港の漁業者たちが必死に介抱した甲斐もあって、彼は一命をとりとめた。


「タナトス! 網の準備は!」

「してあります」

 タナトスと呼ばれた赤髪短髪の男は無口でいたものの、仕事は甲斐甲斐しくこなしていた。

 礼拝の時間になれば逸早く席に着いて説教を聞き、好き嫌いはせず、雨の中でも風の中でも、片足と杖でしっかりと立って、黙々と仕事をする何の変哲もない男だったが―――神国の上空に魔法陣が現れてから数日後、タナトスはとある光景を見つけてしまう。


 密入国だ。


 シェールから戻ってきた船の貨物から、若い人間の男、獣人、そして、エルフの女の三人が出てきたのだ。

「げっ!まずっ」

「待て」

 しかし、タナトスは戦闘を避け、見て見ぬふりをすると言った。トラブルはごめんだ、と言わんばかりに。

 三人はこれに深く尋ねることもなく甘んじて神国に侵入し、信者服を深く被り直し、町の方へと消えていったが……これが当然、まずかった。


「タナトス、夕べ、何か見なかったか?」

「いいえ、何も」


 漁業者たちは困惑した顔になり、詰問してくる神官兵たちに、何も見ていないことを伝えるが―――バシィン!

「いいや、何か見たはずだ。貴様らの労働時間中とあの貨物が降ろされた時間とが被っている。何か見たはずだ!」

 その太った神官兵は革の鞭を地面に叩きつけた。

 神官兵たちは神国の住人たちをいつ何時も監視し、そして、必要に応じて拷問も許される存在だった。もちろん、拷問を行う神官兵は滅多にいるものではないが、今ばかりは悪い神官兵に当たってしまったらしい。

「何も見ていません」

「俺が間違っているとでも言うのか?!」

「はい」

「はいぃ!?」「おいタナトス!」

「俺は何も見ていません」

 意地の悪い神官兵を怒らせた結果「 」バシィン!

 神官兵はタナトスに向けて何の躊躇いもなく革の鞭を振るった。

「自分の立場を理解して話すんだな! さもなければ詰め所で拷問が待っているぞ!」

「……痛いものだな、こんなものでも」

 タナトスの脳裏に過ったのは、小さく幼い結婚相手。鞭を打たれたその背だった。

 一回りも年上の自分がどうして助けてやれなかったのか、守ってやれれば何か変われたかもしれないのに―――。

 そう意識を逸らしたまま、鞭を恐れる様子のない彼の態度が火に油を注ぎ

「そんなに欲しいならいくらでもくれてやるぞ!」と、神官兵が鞭を振りかぶった――――そのときだった。

 

「やめろ!」

「何っ!?」

 突如現れた信者服の男が神官兵の鞭を鞘に入れた剣で払い落とした。

 更に「本当に呆れる!」フードを被った女性と大柄な獣人とが姿を現す。

「僕らを“見逃してくれた”彼を放ってはおけない!」

「!?」

「あんだって? 誰だお前は!」


「セルジオ・ゾールマンだ!」


 高らかに名乗るセルジオの後ろで女とタナトスの溜息が同調する。

「ゾールマンだぁ? シェールの没落した大貴族様が一体何の用でこの国にいらしたんでしょうか?」

「それは言わない!」これに「よし!」女が安堵する。

「そうですかそうですか」

 神官兵は鞭を拾い上げ、魔力を通す。すると、バゴォン! 革の鞭だったものが地面を抉り取る威力を持ち始めた。まるで鋼鉄の破壊力だ。

「密入国者め……! とっ捕まえて地獄を見せてやる!」

「やれるものならやってみろ……!

 行くぞアスラン!」


 セルジオは剣を抜き放ち、隣にいた獣人アスランも拳を握り、鞭の懐へと飛び出した。しかし、神官兵は腰に下げた棍棒を振るい、セルジオたちの接近を許さない。

「飛べ、火球!」と、唱えたセルジオの剣先から火の玉が飛ぶ。しかし、それは神官兵に届く前に収縮し、しゅるしゅると揉み消されていった。

「な!?」

「この程度の魔術、構える必要もないな!」

 セルジオの足元を神官兵の鞭が抉り、セルジオは大きくふらつく。その隙を逃さぬよう次々に鞭がセルジオを狙い打つ。

「これだからガキは……神国の人間が持つ魔法障壁の厚さも知らないのね」

 そうぼやきながらも、女は手本とばかりに「吹き荒べ、風の精霊」と唱え「うおっ!?」神官兵の大きな体がぐらつくほどの突風を起こす。

 その隙に懐へと入り込んだアスランが神官兵の顎を殴り上げ、顔面が歪むほどの勢いで殴られた神官兵は、ぐしゃりとその場に白目を剥いて倒れ込んだ。

「何はともあれよし!

 大丈夫か? 片足の君」

 セルジオはタナトスを気に掛けて声をかけたが、タナトスもまた女と同様に大きな溜息をついた。

「余計なお世話だ……! これで俺も追われる身になっただろうが!」

「その通りよ、セルジオ。あなたは本当に余計なことをしたの」

「だけどワンダ、あのまま放置していたら彼は」

「自分のことは自分でどうにかする」

「だそうよ」

 しかし、起きてしまったものはどうしようもない。

「お、おい! そこで何をやっている!」

 別の神官兵が確固たる犯行現場を見つけてしまい、セルジオの余計な一言によってタナトスが密入国を許したことがバレてしまった以上、彼の日常は破壊されてしまった。


「とにかく逃げるわよ。あなたも逃げた方がいいんじゃない?」

「―――くっ」

 しかし、杖を使っても片足で逃げるのは至難だ。

「アスラン、彼を手伝ってあげて欲しい」と、セルジオが指示を出すと、アスランはタナトスをぐいと担ぎ上げて

「海沿いに逃げていこう!」

「はあ、先が思いやられるわ……」

 三人と一人はドタバタと南に向かっていった。



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