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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第三部
137/212

第60話 大書庫で


「追手も来る上に十分な介抱も此処では出来ない。場所を移しましょう」

 モルバノ洞窟教会に血まみれのルークとホロンスが戻ると、木彫りの人形を咥えて先回りしていた黒猫ゼスカーンが、用意周到に大型転移魔術の準備を整えていた。

「神国全土は既に奴らの支配域だ。今更何処へと行こうというのだ」

「灯台下暗しです」

 顔をしかめるルークに「今ばかりはその男を信じていい」と魔王は後押しした。予知夢の結果が見えているのだろう。

 それに、ホロンスの治療もさることながら、ルークの傷も、引いては寝込んだままのマイティアもいる状態だ。この状態で攻め込まれようものなら魔王一人いるとしてもジリ貧だ。

「わかった……地獄でも何処へでも連れていくがいい」





「ダメです、侯爵。バーブラは何処にもいません」

 血痕を頼りに追跡してきたグランバニクたちは、祭壇も何も残っていない空っぽの洞窟に行き止まり、立ち往生していた。

「この辺りまで来て転移魔術を使ったか……とにかく、至急神国全土に通達し、バーブラを探し出そう。奴がいる限り、この国の脅威はまだ残ったままだからな」

 そう指示を出した後、ジュスカールと合流したグランバニクは苦言を呈した。

「ジュスカール、先の指示は……」

「罰当たりな指示だったと?」

 ジュスカールは苦虫を嚙み潰したような顔になり、眉間の溝に指を当てた。

「あの御方が八番目の女神様であることは理解していた。しかし、お前も知っているだろう?

 八番目、ベラトゥフは八竜信者の“女神”なのだと」

「しかも賢者代理だ」

 ジュスカールの深い溜息が、曇天から雨を呼びだす。

「あれは我々女神教団の歴史史上、唯一と言っていいほど例外な存在だった。

 いくら女神の選定基準が実力至上主義とはいえ、対立宗教の、賢者が参加していたなどと思う訳もなしに」

「私たちは彼女が着々と勝ち進んでいくのを静観していた」

「立つ腹もない」

「ハハハ」

「笑い事ではないぞ、ロウ。

 バーブラがルークであったという事実もさることながら、ベラトゥフが奴の味方をしたのなら非常に厄介だ。大女神の御言葉と女神ベラトゥフの目的が合致しないとなれば、信者たる我々は路頭に迷うではないか」

 そして、ジュスカールは頭を抱えて嘆いた。

「何より……ベラトゥフは当時、紛れもなく世界最強の魔術師だった……。

 そんな奴が敵に回ったらなどと考えたくもないだろう!」






 黒猫ゼスカーンの案内で連れてこられたのは、四方八方、遥か上の天井までぎっしりと本棚に囲まれた場所だった。

 空間の中央に当たるカウンターには、ぼふん、と、太った、大柄なマロ族の男性が座って本を読んでおり、その背後には十字架に提げられた、大きな黒い球体があった。

(これは―――)

 魔王はその球体を見た途端に身震いし、球体も鈴のように震えた。まるで共鳴しているかのようだった。


「此処は神都、大神殿の地下にある大書庫だ」

「そうか……灯台下暗しとはこういうことだったか」

 ルークが大神殿を根城にしていた頃、唯一中に入ることができない場所があった。図面上では存在しているはずの空間に入る扉がどこにもなかったのだ。

「転移魔術でのみ移動できる空間だ。その転移魔術を知っているのは、大神教主の血筋である私と、大神教主となる者だけ。早々見つかることはないだろう」

 そう言って、カウンターの上にひょいと登った黒猫ゼスカーンは、隣に座るマロ族の方を見上げた。


「紹介しよう。彼は司書のポポだ。この大書庫の管理をかれこれ300年ほど担っている。」

「ポポでおじゃる」

 ポポと呼ばれた人並みに大きいマロ族は読んでいた本をそっと閉じて立ち上がると、血塗れの魔族とエルフ、そして、ぐったりとして動かない人間の女を抱える死霊とを順々に睨みつけ、黒猫ゼスカーンに説明を求めた。

 簡潔に説明が終わると、ポポは何処か諦めたかのように

「ここの出入りを許可されているのは、大神教主ジュスカール様とゼスカーン様だけだが……ゼスカーン様が招いたというのなら特別にみんな許すでおじゃる。

 しかし、“ルーク様”までもがそのようなお姿になられるとは……ああ、ゼスカーン様ももう魔物に近しい存在。ポポはもう驚くのをやめたでおじゃる。何はともあれ、先に治療が先でおじゃるな」

 ポポはルークたちに回復魔術をかけつつ、ホロンスの怪我の処置までテキパキとこなした。その処置の迅速さを見て、訓練を受けた身ではないかと疑ったルークが

「俺のことを知っているのか?」と、尋ねた。

「ポポは新生女神騎士団員だったでおじゃる。魔王封印の為にテルバンニ神殿までお供したのですが、とてつもない魔の衝撃に、ポポは即座に転移魔術を使ったでおじゃる。だからこそ生きているのでおじゃる」

「敵前逃亡」

「戦略的撤退でおじゃる」

「……魔王復活、か」

 ズキン、と痛む脇腹を抑えつつ、ルークは黒猫の目を見る。全てを見透かしているかのような透き通ったオッドアイ。訊けば返って来るような確信のない信頼がその目に宿っていた。

「魔王はそんな大々的に復活などしていなかった。

 ならばあれはなんだったのだ?

 何より、ゼスカーン、お前が俺のことをルークであると知っていた理由も気になる」

 黒猫はしばらくしてからこくりと頷くと、その疑問に答えようと言いながら、カウンターの裏にある十字架に提げられた球体をひょいと見上げた。

「当時のことは、この“モーヌ・ゴーンの右目”を用いて覗いた」

「モーヌ・ゴーン……八竜の目だと?」

「モーヌ・ゴーンは唯一死した八竜と呼ばれているでおじゃる。

 この大陸が竜の島として“空に浮かんでいた頃”、深淵に飲まれてしまった八竜で、その目の一つが、神国の宝具となっているのでおじゃる」

「物騒な宝だな」

「モーヌ・ゴーンの左目は未来を、右目は過去を見通すと呼ばれている。

 この目は右目、つまり、過去を見通す力を持っている」

「この目を使う権利があるのは、大神教主様とゼスカーン様だけでおじゃる」

「その目を使い、私は王子、いや、バーブラの過去を見た。

 そして、見えてきたのは、魔王封印の為に女神の下へ招集された女神騎士団が、突如現れた魔の手によって全滅し、何故か一人生き残った王子が、ジュスカールの影武者に襲撃され、山から転げ落ちた場面だった、ということだ。

 あなたが魔物の姿となった理由はわからないが、記憶を失っていたのは、襲撃時の外傷性ショックだろう」

「……そうか。結局、神の力を用いて見た過去でも、魔の衝撃波が何者の仕業なのかまではわからないという訳か」

「そうなるな」

 ルークは苦い顔をして、マイティアの方に目をやる。

 マイティアのすぐ隣には魔王がいて、彼は常に彼女に寄り添いながら声をかけ続けている。その様はまるで凶悪な死霊とは思えないが、恐らく死霊術師にるのだろう。


「魔王を生み出したのは何故だ、ゼスカーン。

 お前が自分の部下の胎児に魔王の魂を移植したことは記録簿を読んで知っている」

「…………。」

 ゼスカーンは、今更言い逃れなどしないと言い「それに至る、少し前から話そう」カウンターの上で身を丸め、淡々と話し始めた。






 ゼスカーンは、代々大神教主となる家系の嫡男として生まれた。

 しかし、彼の顔は生まれながらにしてひどく爛れており、掠れ声を出すのが精一杯だった。人々を導く役目を負うには致命的欠陥を持って生まれてしまった彼の代わりに大神教主の座を手に入れたのは、野心ある若者、ジュスカールだった。

 ジュスカールの部下となったゼスカーンに魔王の魂の話が舞い込んできたのは、七回目の女神の選定の真っ只中だった。


 七回目の女神の選定、八番目の女神を選ぶ、百年に一度の祝祭。


 王国、神国、地底国、ナラ・ハの4大国から選ばれた数百人の魔術師は、女神教団が統括する数多くの選定を経て絞られていき、最後には僅か2人になる。

 そのうちの一人が、ベラトゥフ。

 もう一人が、レキナであった。

 どちらが最強の魔術師の称号を、そして、女神に選ばれるか、二人は様々な分野において比較され、甲乙つけがたい戦いを見せた。


 そんな熱戦の裏で、四大国の政治は目まぐるしく動き続けていた。

 勇者と女神の登場する時代に活躍した英雄ゲルニカと同じ名を名乗る地底国の皇帝ゲルニカがシェール共和国を侵略し、全世界に向けて宣戦布告したのだ。

 各国がゲルニカへの対応に追われる中、四大国の首脳たちが注視したのは、ゲルニカが持ち込んだ黒曜石の原盤―――『魔王の魂』の行方だった。


「当時、ゲルニカの猛威はすさまじいものだった。いつ攻め込まれてもおかしくない戦況であり、同時に、奴は獣人化を促す魔術を戦場で使っていた。人間社会にとっては致命的な魔術だ。

 我々には兵器が必要だった。ゲルニカ率いるドワーフの軍勢を圧倒する兵器が」

「兵器……」

「兵器アビス。そう呼ばれる、魔を用いた古代の生体兵器がある。

 ジュスカールはそれを作るために、魔王の力を欲した。魔王は理論上、魔を無限大に溜め込める性質がある。兵器アビスの核として用いれば、燃料切れに陥ることがなくなる。

 だが、魔王の魂だけがあっても肉体がなければ成立しない。

 故に、私たちは初めから作ることにした」 

 そう言って、ゼスカーンは魔王の方に目をやる。

「ニーラス・ディーク。そう名付けられた胎児は、摘出後、人体人形の材料となり魔王の肉体となる手筈だった。

 だが、彼の母はそれを拒み、タタリ山へと逃げ出し、行方を眩ませたのだ」

 その話を聞いているだろう魔王は、何の反応も見せなかった。悲しんでいるのか、呆れ果てているのかも、誰にも分らない。ただ、その背中は言葉を発さず、終始無言のままでいた。

「私はもう、ジュスカールを止めることが出来なかった。大神教主の家系として生まれた私を踏み越え、その座を手に入れたジュスカールは、当時、絶大な権力を保持していた。彼の決定は絶対だった。

 故に、ジュスカールを殺すという選択肢がルーク王子から出たとき、私は賛同し、彼が襲撃地へと確実に向かうように仕向けた」

 しかし、と、黒猫は目を細める。

「ジュスカール暗殺は上手くいかなかった。

 ジュスカールは死ななかったのだ。あの男の執念が、この世に命を繋ぎ止めた。

 ただ、奴は顔を失い、声を失い、誰も奴をジュスカールと認めることが出来なくなった。ただ一人、忠実な影武者を除いて」

「影武者、そうか、レジスタンスを率いていたのは偽物のジュスカールだったのか」

「影武者の名はネイマール。ジュスカールの腹心だ。

 奴だけが今、本物のジュスカールとコンタクトを取っているのだろう」

 そこまで言って、ゼスカーンは再び魔王の方を向いた。

「私に怒りがあろう、魔王よ。煮るなり焼くなり好きにするといい。

 差し出せるものなど、この魂しかないが」

「……勝手なことを」

 魔王は舌打ちをするような物言いで

「二人きりにさせてくれ。

 話したいことがあるんだ」と、言った。



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