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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第三部
135/212

第59話② 分岐点


「しっかりしろホロンス」

「バーブラ様……申し訳ありません」

 モルバノ牢獄、ドタバタと神官兵たちが走り回る音が響く横で、バーブラは傷ついたホロンスを背負って逃げていた。

「魔族たちは」

「多くは殺されたと思います……ただ、一部の魔族は何処か一か所に連れていかれたとか」

「そうか……わかった。それ以上喋らんでいい」

 ホロンスの傷は深く、とても肩を貸して歩けるような状態ではなかった。手足は折られ、爪は剥がされ、焼き鏝の痕が痛々しく胴体に残っている。更に封印術の首枷が取れない限り魔術も使えないままだ。

(まずはホロンスだけでも救出せねば)と、バーブラは他の魔族がいるかどうかも目もくれず、出口に急いだ。

 

「これはこれは、バーブラ様ではありませんか」

「ベルビー……!」

 しかし、出口に差し掛かった時に、眼前を塞ぐようにして現れたのは、かつてバーブラの親衛隊にいた数少ない人間の一人、ベルビーだった。

「寝返ったか」

「寝返ってなんかないさ」と言う彼の後ろに、ずらりと並ぶ神官兵たち。

「所詮魔族は人の言葉を話す魔物でしかない。

 どれだけあんたが食人行為を禁止しようが、姿形が違うってだけでこちとら不安でしかなかったんだよ。いつ何時に襲われるかってな」

「今日は随分とよく喋るじゃないか、虎の威を借る狐だな」

「―――人と魔族の共生なんて詭弁に! 付き合わされてきた身にもなれってんだ!

 俺はもう魔物の配下なんかじゃない!」

「っ」


 バーブラは変化の変性術を解き、毒霧の毒魔術を唱えた。散布される霧状の毒を吸わないよう怯むベルビーたちの隙を突き、ホロンスを抱え、飛翔の風魔術で一気に飛んでいく。

 だが、人一人抱えた飛翔の風魔術は速度が出ず、あっという間に神官兵たちに追いつかれる。その様を見て、ホロンスが声を絞り出す。

「バーブラ様……俺のことは置いて行ってください」

「何を馬鹿なことを」

「もうこの身体ではあなた様の……お役に立てません……。」

「俺が部下を見限ると思うか」

「思っておりません……ですが、このままでは」

 神官兵の攻撃を毒魔術で流しながら距離を取る好機を探っていたバーブラだったが

「ぐっ」

 ホロンスを狙ったベルビーの投げナイフがバーブラの脇腹を貫き、じわりと血がにじみ出る。ベルビーはバーブラの手の打ちを知り尽くしているのだ。

「バーブラ様……っ」

「ただの魔物が一丁前に人の真似なんかしやがって胸糞悪いぜ。

 魔物は魔物らしくいればいいのによ!」

「―――っ」

 ホロンスは「ルーク様」口火を切った。

「あなた様はルーク・フォールガス―――セルゲン王の嫡子ちゃくし、ルーク様なのです……! どうかお逃げください」

 その言葉でようやく、バーブラは気づいた。魔力至上主義のエルフが“魔物”の配下として誰よりも忠誠心を見せていた不可解な理由に。

「そうか、ホロンス―――だからお前はずっと俺に付き従っていたのか」

「! まさか記憶が」

「僅かにだが戻った。すまない、苦労を掛けたな」



 18年近くなるだろう。

 ホロンスがバーブラ(ルーク)の配下となってから。


 ホロンスがバーブラの事を気にかけたのは、シェールの情報屋の一言だった。

『神国に、魔物を魔族と呼び群れる、王がいるらしい』

 当時、孤独に世界を漂流していたホロンスの興味を引いた情報から、彼は忌まわしい記憶しかない神国へと向かい、噂の魔物の王と対峙した。

『魔王という存在を差し置いて魔物の王とは、随分と仰々しい魔物がいたものだな』

 ホロンスは、既に何十人もの魔族の配下を持っていたその王を単身で倒すつもりでいた。例え返り討ちにされても、失うものなど何もなかった彼は一向に構わなかった。

 だが、彼らが戦うことはなかった。

『俺はまだ王ではない。王になる男だ。魔族と人が共生する国の王にな』

『共生だって? 笑わせる、たかが魔物が』

『笑うか……フ、いいだろう。

 見る限り、貴様は死に場所を探しているようじゃないか』

『だったらどうした』

『ここで孤独に死ぬぐらいなら、いっそその目に収めてはどうだ?

 この俺が王になるか、道化となるか』

 ホロンスはそのとき迷った。言葉を話す魔物、魔族のことは女神騎士団にいた頃から出会ってきた。巧みに言葉を操り、人をたぶらかし、食らう、魔物の中でも死霊に次いで厄介な魔物である魔族。しかしそれにしても、この魔族は饒舌じょうぜつ過ぎると。

 迷った末、ホロンスは様子を見ることにした。

 神国を徐々に侵攻しつつも、投降する神国民を殺さないバーブラたち。人間たちと同じ飯を食し、何より、産業に携わる者に一切手出しをしない徹底ぶり。十数人の魔族だけの配下に人間が増えていき、外から噂を聞きつけた魔族も加わって大所帯になっていくも、バーブラが定めたルールを守り、魔物の群れが崩壊しない。

『どうだ? この俺の配下になる気はないか?』

 そう誘いを受けた頃には、バーブラは神国の半分以上を支配していた。

 しかし、一度目の誘いをホロンスは蹴った。そして、バーブラたち魔族の正体に疑問を抱いた彼は神国を離れ、シェールの情報屋を通じて、荒れ地の魔女レキナの元へと辿り着き、そこで、彼女が黒紫の竜エバンナの支配下で魔族たちを作っていたことを知った。

 もしバーブラが、魔族にされた人であったのなら―――その観点に気付いてから、ホロンスはバーブラの素性に心当たりがあることに気付いた。ホロンスはかつて“彼”の部下だったからだ。

 その心当たりが確信に変わったのは、バーブラが身に着けていた指輪を見たときだった。

『これは俺の記憶がある頃から身に着けていたものだ』

 一部が割れ欠けている古めかしい指輪に刻まれた、古代文字の刻印を見せられた瞬間に、バーブラの正体がルーク・フォールガスであると彼は確信した。

 記憶を取り戻させなければ―――だが、ホロンスは同時に不安も抱いた。

 もし王子が記憶を取り戻され、自身の姿に絶望なされたとしたら―――いっそ、記憶を失くしたままの方がいいのでは?と。

 そんな彼の葛藤など知らず、バーブラは神国を支配し、王国の支配にも着手し始め


 二度目の誘いを受けたホロンスは、一つ返事で跪いた。



「なればこそ、あなた様は今ここで死ぬべき人ではない……!

 指導者なきこの時代に、唯一残された王者が―――俺なんかの為に血を流さないでください……!」


 ルークが記憶を取り戻した。これ程の朗報がこの世に残っていただろうか?

 ホロンスは声を荒げて手足も満足に動かない身をよじった。もう自分の役目は終わった。仕える王の記憶を取り戻すことに成功したのだから。王の足を引っ張るようなことはあってはならないとばかりに。

「俺が王ならば、民の為に血を流すことをいとわぬ」

 だが、ルークはホロンスを離さないまま走る。


「俺は王になる男だ。その意志は揺るがぬぞ、ホロンス……!」

「―――っ!」


 追手の神官兵たちは、ホロンスが放った衝撃的事実に驚愕していた。

「ルーク・フォールガス……だと!?」「あの鷹派の王子か!」

「それが本当なら尚のこと、ここで逃すわけにはいかないな!

 ルークは神国の敵! 悪しき八竜信者の筆頭だ!」

「ジュスカール様!」「グランバニク侯爵!」

 そこにジュスカールとグランバニクまでも現れ、一人を背負い、逃げるルークに刃を向ける――――。


 絶体絶命の中、それは突然、光りだした。


「!?」

 ルークの胸ポケットから溢れ出す魔力の光。

 独りでに動き出した木彫りの人形がルークと神官兵たちとの間に躍り出ると

 一気に人形が大人のサイズにまで膨張し、肌に、髪に化けた。


「ふぅ……、ネロスも母使いが荒くなったわね」


 細身の長身、長耳にストレートロングな銀髪、碧眼。


「何だ、お前は!」

「   」


「ええ、答えてあげるわ、こんちくしょう」



「女神界若手ホープ、ベラトゥフ・サガトボ・パッチャ様よ!

 顔と名前ぐらい覚えときなさいよ信者共!」


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