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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第三部
134/212

第59話① 分岐点

「…………。」

 夜、バーブラは寝込んだままのマイティアの首に掛けられたままになっていた枷を外し、顔色をちらりと伺った後、一人でそそくさと外に出ようとして

「無謀なことを」

「!」

 魔王に声をかけられた。バーブラが何をしようとしているのかを見透かしているかのように、魔王は無謀だと言った。

「眠りもしないのに予知夢か?」

「生き残りの魔族が気になるか」

「当然だ」

「自暴自棄だな」

「なんとでも言え。俺には俺のつけるべき始末がある」

 魔王の横を素通りしようとするバーブラに、魔王はあるものを差し出した。

「なんだそれは」

 それは木彫りの人形だった。僅か黒ずんだところが残っているが、かなりの量の魔力が込められている。

「これから先は分岐点だ。あんたのではないがな。

 持っていけ」

「…………。」

 魔王の予知夢を蔑ろには出来ない。バーブラは大人しくその人形を受け取った。


「お前はマイティアをどうするつもりなのだ」

 バーブラは魔王の眼窩をしかと睨みつけた。

「どうする?」どこか明言を避ける魔王の意思を、バーブラは覗き込もうとしていた。

「魔王の運命に、余命幾ばくも無い者を巻き込んで」

「私の魂を握っているのは彼女の方だ」

 キッ、バーブラの目が鋭く光った。

「これ以上マイティアを危険な目に遭わせるな―――そう言ったら、お前は俺を笑うのか?」

「…………。」

 少しの沈黙の後、魔王は口を開いた。

「魔王(私)の死霊術師であること、それが正しくないことだと彼女もわかっているのだろう。

 しかし、正しさとはなんだ。

 彼女は道を踏み外さずに正しく生きてきた筈だった。女神の子として導かれ、正しく生きてきた。その行きついた先が、カタリの里だった」

 拳を握る、軋む音が響く。脳裏に流れるのは胸に穴を開け、霜付いた彼女の姿だ。

「私は彼女に否定して欲しいのだ。ただ一人が犠牲になり、その他を救うことが正しいとする導きを。押し付けられた運命を。

 そのために私は彼女に、“どう生きるか”選択肢を与えようと思っている。

 その結果が、私たちの運命を左右する。そして、あんたの運命もな」

「……魔王よ、お前はどこまで知っている?」

「未来を知っている訳ではない。不確定な場面を無数に見続け、常に既視感を覚えているだけだ。

 ただ、あんたの目指す世界が、多少はマシなことはわかったよ」

「……お前の中に少しは、あの小僧が残っているようだな」と、バーブラが口にすると、魔王は白骨の眉間をくにゃりと上げてみせた。





「ジュスカール、女神様はなんと?」

 モルバノ牢獄のあるモルバノ教会区域の一角、テルバンニ神殿から戻ってきたジュスカールにグランバニクはそう尋ねた。

 ジュスカールは咳払いして

「バーブラの魔術で魔族たちは改造されていたようだ」と、グランバニクに背を向けて言った。

「その結果、大女神がご用意なされた術式と嚙み合わず、あのような事態に陥ってしまったと」

「女神様の手に及ばなかったとは……バーブラはすさまじい“魔術師”だったようですな」

 グランバニクはそう口にしつつ、ジュスカールの背中を見つめていた。


 バーブラはルーク・フォールガス―――その情報を手にしたグランバニクの記憶にあるルークは、魔術の才能に特別秀でていた訳ではなかった。

 鷹派(八竜信者)で、右翼思想の危険人物。

 女神派のグランバニクにとって、新たな王になる者の評価はそれだった。

 王子ルークは王国の軍備拡張に意欲を示しており、王国を守る名目で女神信仰を広めた神国との国交を断絶する勢いすら持っていた。それは、神国に最も近く、蜜月な関係を持つ王国トトリに居を持つグランバニク家にとって、危険に等しかったのだ。

 そんなグランバニク家の懸念を汲み取ってくれていたかのように、王セルゲンは王子ルークに生前退位することはなかった。自分の目の黒いうちは勝手なことはさせないとばかりに。

 自分に王位が渡らないことに不満を持っていた王子ルークだったが、彼がスティーロ家のレミアと結婚すると一転、鷹は爪を隠す能を手に入れた。

 女神の選定後、魔王復活の予言を受けたときにはどの国の首脳よりも早く声を上げ、新生女神騎士団の長にも選ばれていた。


 そんな彼が、記憶を失い、バーブラと化していた。

 寧ろグランバニクは納得していた。魔物(魔族)が軍隊のように集団行動し、人のように社会性を持って生活する様に。支配された神国の街がまるで破壊されていなかった様に。


 だが、魔物の姿をした人―――魔族は、やはり、魔物だろう。

 もし元に戻す夢のような魔術があるのなら実践して欲しいが、今回、ジュスカールの作戦は失敗した。大女神の後ろ盾があったにもかかわらず。

(バーブラは魔術師ではない……ジュスカールは何か嘘をついている)


 ジュスカールとグランバニクは、共に女神教団と女神騎士団の長同士、親友だった。

 彼らが出会ったのは、ロウ・グランバニクの伝説的初陣である―――シェール共和国を侵略したゲルニカ率いる地底国が王国軍と衝突した“レコン川畔がわほとりの戦い”の後───獣人化しやすい家系であるゾールマンの分家、グランバニク家、その血を継いだロウ・グランバニクが、レコン川畔の戦いの後に獣人化してしまったのだ。

 代々家に伝わる獣人の姿を隠すことのできる封印術の魔導具がグランバニクの心の支えとなったが、偽りの皮膚の下に隠れる白い毛皮に、彼はずっと怯え続けていた。

 そんな時、当時、神国の女神教団本部から王国トトリに左遷されていたジュスカールが、戦いを終えて傷心しているグランバニクと意気投合し、仲良くなった。

『姿形に囚われることはない。どんな姿であろうと、お前はお前だろう』

『私には野望がある。神国を新たな、開かれた国にすることだ。

 今のあの国はひどく閉塞的で、風通りが悪い。こう口にする私をすぐ外に追い出すようにな』

『ロウ、私と共に上を目指さないかね?』

 ジュスカールは野心のある若者だった。代々大神官以上になる役職者は貴族たちばかりと決められているのに、彼は平民でありながら大神教主になることを夢見ていた。

 グランバニクは、そんな彼に友情を超えた感情を抱くこともあった。


 しかし、今のジュスカールはグランバニクの目を見ようともしない。後ろめたいものがあるのかのように。顔を合わせようとしない男との間に、グランバニクは大きな隔たりを感じざるを得なかった。


「各地の状況は?」

「魔族廃絶の横断幕を掲げ、未だ警戒中だ。主であるバーブラの死体が見つかっていないのだ。大神殿の中をくまなく探しても奴の姿が見当たらない。目撃者もいないという。

 奴を最終的に叩かなければ害虫はいくらでも湧いて出てくる。」

「……ユイフォートに、シェールの獣人たちを連れて行っていると聞いたが」

「あれは彼らが望んでそうしたのだ。封印術の込められた魔道具には、魔を遠ざける効果があるからな。魔物化したくない一心でこちら側に身を寄せてきたに過ぎない。

 お前もそれをよくわかっているのではないか?」

「…………。」

「すまない、言い過ぎたな……私も少し動揺しているのかもしれん」

「……ジュスカール、ところでだが、捕えているエルフの処遇を私に決めさせて貰」


「ジュスカール様!」

 そのとき、ドタバタと走ってきた神官兵が声を荒げた。


「捕えていたエルフが脱走しました!」

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― 新着の感想 ―
[一言] ミトちゃんへの好感の方が勝ったか、愛する人の娘という所だけを切り取って保存したか、バーブラにもミトちゃんにも優しい選択で良いですね。 予知夢に対して、ずっと既視感だけあるっていう表現も共感…
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