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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
13/212

第8話② 宣戦布告

 

「本当に綺麗さっぱり治ったのね……脱皮した?」

「ミトは僕をカエルか何かだと思ってる?」


 町議会を緊急招集し、方針の決まらない堂々巡り。トトリの代表であるグランバニク侯爵を呼んだ、2つの町の合同会議が必要である事だけが決まり……グラッパの家に一時戻った私たちは、明日の会談に向けた作戦を考えていたところだった。


 薬草師の下へ運ばれていったネロスは、包帯もガーゼもつけず、ツルツルテッカテカで戻ってきた。

 毒液で焼け爛れたネロスの皮膚は酷い痕になるだろうと思っていたのに、以前より寧ろ綺麗なようにも見える……魔物ではなく、人を殺す事に特化した毒魔術に、彼は耐性があったのだろうか?

「その回復力が羨ましい……」「へ?」「なんでもない」

 何はともあれ、大事がなくて良かった。


「さっきホズから連絡があったわ。キヌノ村は無事よ。何も変わっていなかった」

 ネロスは驚いて小さな瞳を更に小さくし、瞬いた。そして、安堵したように溜息をついた。

「バーブラは、何もしなかったんだ……よかった」

「拍子抜けしたのかもしれないわね、村のほとんどの人があんたのことを“山の子”って言うんだから」

「そっか……うん、良かった はあ……何もなくて安心したよ」

 ネロスは私の言葉にいぶかしむ様子はなかった。意味をよくわかっていないのかもしれない。

 キヌノ村へ勇者を迎えに行った私自身も当時、村人の反応など対して気にも留めていなかったが……山の子は古い方言で───“捨て子”の意味に近い。

 神国から王国が独立する女神紀の前、王国領土はまだ開拓されていなかった。その為、北の山(現在のタタリ山)に追いやられた者は、捨てられた・追放された者である……神国視点の王国蔑視、その古い言い方だった。


『女神の宿る剣。生まれたときから一緒で、僕を育ててくれたんだ。ベラはスゴいんだよ』


 出会った頃の彼の言葉が頭をよぎる。

 彼の過去に踏み込むことはやめておいた方が良いのかもしれない。



 女神期832年 王国夏季 四月二日



 日が降りる少し前、しっかりと女装したままのグランバニク侯爵と彼の取り巻き貴族たちがポートへ到着した。私と勇者に嫌みな一瞥いちべつを向けた後、ナリフ町長や、やたら縮こまっているマルベリー男爵と短く挨拶し、具体的な話に入っていった。


 話の内容はざっくりいうと


 一月後に攻めてくるバーブラの軍勢からどうやって2つの町を守るのか、だ。

 勇者を含めた2つの町の戦力だけで、神国を乗っ取ったバーブラの軍勢を相手にしなければならないのだから。

 話は案の定、難航した。

 マルベリー男爵の掃討案は有無も言わさずなかったこととして、下民街の人員は子どもと病人を除いたすべてを戦力として数えた。そんな誇張した想定ですら、バーブラの軍勢に到底勝ち目など見えてこない。

 頼みの綱である勇者も『近くならないと予知夢は効かないよ』と言う始末で、会議は勇者の無責任な発言に紛糾するが。


「私は召喚士を呼ぼう、と考えているの。

 彼女が使役する魔獣たちを戦力に加えれば、少しはマシになるはずよ」

 侯爵がそう言うと、会議室の熱気が僅かに収まった。

 自ずと、その召喚士が誰を指しているのかを、私は理解した。元女神騎士団の長でもあった彼の伝手つてとなれば、同じく元女神騎士団の団員となるだろうから。

「ただ、手紙を“送れる場所にいない”から、誰かが会いに行かないといけないわね」

「送れる場所にいない?」

「天竜山のつの、飛竜の生息域に彼女はいるのよ」

 私の横にいたホズは急に身震いして、ワシは絶対に行かねぇからな、とぼやいた。

「じゃあ僕が行くよ。飛竜なら相手したことあるし」

「ふふ、頼もしい。そう言ってくれると思ってたわ。

 だけど、飛竜は人を襲わないわよ。そう手懐けられているはずだから」

「て、手懐……あれを?」

 困惑するネロスに侯爵は何故か楽しそうに声を弾ませた。

「けど、道中危険なのは変わりないわ。

 バーブラとは違う、四天王の一体……ゲドの領域付近を通っていくことになる」

「ゲド?」


 その名前が出た途端、ドワーフたちの顔に緊張が走った。


「四天王の中で最も危険な奴……そういっても過言ではないわ。

 ただでさえバーブラの相手をしなくちゃいけないんだから、今は刺激しちゃダメよ」

 そして、侯爵は私に視線を移すと「ミトちゃんもついていってね」「え」思いも寄らぬ流れ弾に驚くと「だって、“彼女”はあなたのお師匠様じゃない」などと笑いかけてきた。

 いやいや、師匠と言ったっていつの話だ? 師匠だなんて、魔術を習い始めた頃の無邪気な子供の思い付きであって───異議を唱えようとする私に先手を打つよう、侯爵は私に耳打ちしてきた。


(何より、勇者くん一人で彼女の元に行ってもちゃんと説明出来るか不安じゃない?

 私か、あなたが行く選択肢なら、絶対にあなたが行くべきと思わない?)


 そう言われると私しか選択肢がないような気もしてくる。私はホズに視線を送るが、彼は震えて首を振りやがった。天竜山近くを飛んでいた頃に飛竜の胃袋に入ったトラウマでも思い出したのだろう。

「……はあ、分かった。私が行く」

「え、ちょっ……まさか ふ、ふ、ふ、二人で い、行くンデスか?」

 私と二人で遠出する事が決まった途端、ネロスは急にどきまぎし始めやがった。そう言えばこの前、コイツが顔を真っ赤に喚き散らしていたのを思い出した。

「グ、グラッパは行かないの?」

「悪いなネロス、お前が解放してくれた鉄鉱山を存分に使って、壁やら大砲やらを急ピッチで作らなきゃならねぇんだ」

「侯爵も??? ホズも???」

「これでも私、トトリの代表者だから」

「ワワワワシはッ! 品のないオオトカゲ共のいるところなんて行かないぞッッ!!!」

「何よ、私だけがついていくのは嫌なの?」

「とととととととととんでもござりませんございません」

「?????」

 その後も話し合いは続いたが、その内容をほとんど覚えていないぐらい、私はもやもやしたまま、話し合いは終わった。





 地底国と王国の国境線でもあった、海のように大きなレコン川。

 しかし、レコン川を渡る為の船をバーブラに破壊されてしまったため、私たちは川幅が狭まるまで川上を目指して進んでいくしかなかった。


「…………。」


 ポートから馬を一頭借りて、乗り慣れていないネロスを前に座らせ、なるだけ早く進ませる。その道すがら、ネロスはちーっとも喋らなかった。

 時折、休憩やら野宿やらで声をかけると耳だけ器用に真っ赤にするわ、単語で返答するわ、こちらに気付いてすらいない遠くの魔物を倒しに行ったりするわ、全く落ち着きがない。


 2つの巨大な山脈から流れる4つずつの川が流れ込み大きなレコン川となっていく、かつては王国の観光地だったヤマタ滝を眺められる場所。その東の崖の手前で、私たちは焚き火をつけた。

 魔物除けのお香を焚き火でいぶし、赤い月明かりの下で軽く食事を取った辺りで……私から口を開いた。


「ネロス、どうして嘘をついたの?」

「え?」

「国道トンネルが崩落したって」


 昨日の夜、ネロスが崩落したと言っていた国道トンネルの通行状況を、タナトスは確認してきたらしい。そして、勇者の真っ赤な嘘に気付くとカンカンになって、脅迫めいた口振りで私に詰め寄ってきた。ナリフ町長の予想外な反応からしても、今回は彼の言い分が正しいのだろう。

 ネロスはさっきまでのように赤面することはなかった。焚き火を見つめるように彼は俯いたまま、しばらくしてようやく口を開いた。


「怒られてた、みたいだったから……」

「……え?」

「君の影に……時々いるよね 苛立ってる男の人。

 その人がミトに王都へ行くよう急かしてて、君は何だか……すごくつらそうに聞こえて。

 理由はよくわからなかったけど……訊かれたくないこと訊かれるのは嫌だろうし……僕はまだ王都へ行かない方が良いのかなって思って……違ってたのなら謝るよ ごめんね」


 私は多分、目をまん丸と見開いて……呆然としていたのだろう。

 あの会話を聞かれていたなんて───今にして思えば、確かに……あの安宿の壁は恐ろしく薄かったかもしれない。


「そ、そう、聞いていたのね……。

 ……彼はタナトス 私の警護の為に、私の影の中にいる。

 悪い人じゃないのよ。少し……不器用なだけで」

「警護? ミトを守るってこと?」

「そう」

「トトリのときも、昨日(バーブラが現れたとき)も……今もいないけど?」

「───ああ、そう……」


 タナトスが使う影潜りの闇魔術は気配を殺すため……私は全く、タナトスがいない事に気付いていなかった。

(職務放棄してもとがめられず、今頃愛人といちゃついていらっしゃるのかしら……いいご身分ね)

 胸中で悪態をつき、溜息にならないよう深呼吸をした視線の先、薄汚れた手袋の隙間から覗く、白く引き攣った傷痕に虚しさを覚えた。

 私も彼に期待なんてしていない。ただ……頭でいくら判っていても、ポッカリと空いた心の隙間は埋まらない。 


「……ね、ねぇ ミトは知ってる?

 タカマタの枝って食べられるんだよ。

 炙ると柔らかくなってね、甘くて、香ばしいの」

 ネロスは何を思ったのか……近くに落ちていた小枝を拾うと、その先を焚き火に当てて、パキパキとあぶり始めた。

「食べてみない?」

「食べないわよ」

 炙ってへにゃりと柔らかくなった枝先を「あっちゃちゃっ」本当に食べやがった。誰かが踏んだかもしれない地面に落ちていた枝だぞ?

「んん……あれ? なんか変な匂いがする……ツン、とする」

「……魔物除けのお香」

「うわっ、ぶげぇー」

 焚き火に魔物除けのお香を投げ込んでいたことを今更思い出し

「は……あんたほんとバカね」

 気が抜けて、微かに私の頬が緩むが、それもすぐに虚しさに紛れてしまう……。


 夜はまだ明けるには長く、見張りはネロスがするという。コートを毛布代わりに纏って横になった私は段々憂鬱になってきて、タナトス(監視)がいない事をいいことに、言葉を溢した。


「女神が……元は人なの。

 知ってる?」


 私がそう訊くと、彼はあまり驚くこともなく

「うん、ベラがそう言ってた」と、答えた。


「記憶を無くしちゃってるけど、ベラはエルフだったって」

「そう、普通は魔術に抜きん出てひいでたエルフが女神に選ばれる……そして、女神個人の思想や信条に左右されたり、御世話になった人々に贔屓ひいきしたり、恨みを持っていた人を攻撃したりしないように、人との繋がりを忘れて、魂だけの存在になる。

 だから、例え生前にどんな仕打ちを受けていたとしても、女神は……その苦痛を何も覚えていないのよ」

 ネロスの反応はなかった。ただ、聖剣の花を指先でちょんと触れて

「だけど、女神になるのはすごく名誉な事なんだろう?」


 私はその言葉に、大人げなくカッとなった。


「名誉なんてないわ。そんなの周りの都合よ。女神を生み出した親一族の、見栄えのいい御飾り。

 当の本人は魂だけに成り果てて、感傷に浸る記憶すらもなく……祈り縋る人々を何の見返りも終わりもなく何年も、何百年も救い、導き、赦すだけ……利他的な自己犠牲、無償な献身に与えられる名誉は、決まり切った定型文を唱えるだけで、お世辞ですらないんだから」


 私がつっけんどんな物言いで怒気を込めて捲し立てたもので、ネロスは言葉をなくし狼狽え「あ、ああ、そ、そう……だよね、ごめん」焚き火に視線を落としてしまった。

(いけない……つい……)

 それからしばらく、私もネロスも喋らなかった。険悪な雰囲気とまではいかないが、話しかけづらい空気を作ってしまった罪悪感が私の胸をしめつける。


「……これから、会いに行く人は 召喚術の達人って有名なの

 まだ小さい頃に、色々教わってた」

 そんな空気に堪えかねて、藪から棒に、私は話題を切り出した。

「ホズとの契約も、その人に習ったの」

「喋る鷹って初めて見たんだけど、それって召喚術の効果なの?」

「そう。私は彼の感覚を共有できる事を、彼は人と話せるようになる事を条件にして、契約を結んだ……だけど、ホズは最初から一人称が“ワシ”なのよ 一応“タカ”なのに」

「やっぱり気になるよね」

「今でも気になるわよ……どうにかなんないの? って聞いても変えてくれないし」

「いいなぁ……ホズが羨ましいな」

「羨ましい? なんで?」

「だってこんなき……―――」


 かぁーっ、とみるみるネロスの顔が赤くなってきて、遂には「何!?何なの!?どういうこと!?!」鼻血を噴き出すってどういうこと???


「ごべん……ちょっと恥ずかしくて」

「な、なんなの?? あんた最近おかしくなってない?? あのドワーフ(グラッパ)に何を吹き込まれたのよ?!」

「なんでもないのごめんねごめん僕の精神力が弱いだけなんだと思われているようです」

「絶対におかしい……何? ちゃんと説明してよ」

 バーブラとの戦闘で溶けてしまってボロボロなのにまだ使っているらしい―――あげたハンカチで鼻を押さえながら、ネロスは何とも情けないトマト顔を地面に擦りつけ…………言った。


「初対面だったのに宿屋で同じ部屋でもいいとか言ってごめんなさいすみませんでした失礼いたしましたもう2度と言わないと心に誓うので願わくば嫌わないでください」


 私は一瞬、意味が分からなかった。なんで?とすら思ってしまうぐらい―――多分……私にとって彼はあくまでも“勇者”であって―――“男”と思ってなかったから。


 この時までの私の察しの悪さと言ったら―――私まで顔が真っ赤になって


「た、態度がおかしくなったのってまさか!?!」

「あああああ!!ごめんごめんごめんごめん世間知らずにも程がありましたごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!!!!」

「    」


 私は絶句して、悲鳴と懺悔ざんげの混じった奇声を上げつつ、頭を抱えて縮こまる勇者を見た。

 何の言葉も浮かばなかった。感情の整理がつかず、怒りと共に笑えてきて、変な嬉しさも込み上げてきたが……落ち着いてきた頃には、ひどく、悲しい気持ちにまとまった。


(……知ったら、なんて言ってくれるのかな)


 今、私はどんな顔をしているのだろう……ネロスは私が怒っていると思っているのか、全然顔を上げなかった。


(王都に着いたらお別れなのよ、ネロス。

 もう、2度と会えないの)


 私はただ……深い溜息をついた。

「はひぃー」

 それを勘違いしたのか、慌てて顔を上げるあたふたした彼に、私は多分、引き攣った笑みを見せたのだと思う。

 困惑した表情であたふたと手足をバタつかせる様がなんとも微笑ましくて


「ありがとう」

「??????」


 私はなんだか無性に……彼を困らせたくなってきた。



2022/7/18改稿しました

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