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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第三部
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第54話 束の間

「封印術とは、制限、制約、制圧をかける無彩色の魔術であり、人間の中でも限られた人しか使えない。」

 マイティアは大神殿の前にある公園のベンチに腰掛けながら、封印術に関する魔術書を読んでいた。

「その術式の基礎はホイルマン公式を用いており……かくかくしかじか……これらの理由から、術者は、無彩色の波長を持っておきながら、魔法の知識が必要となっている。

 無彩色の魔力は神国の土地柄によるもので、神国の人間にだけ与えられるハダシュ神からのお恵みである……」

「じょーしきだよ、お姉ちゃん」

 親が用事で目を離している隙に離れて行ってしまったような人間の男の子が、読書するマイティアに声をかけてきた。

 その方へ目を向けると、男の子は目を少し小賢しく斜めり、人見知りなどしたことがないような小生意気な笑みを浮かべた。

「魔族が一緒にいるのも常識?」

「じょーしきじょーしき」

「そう」

「こわがっている人いっぱいいるけどやさしいんだよ。ほら、あそこのおさかな屋さんのおじちゃん、いつもいっぱいサービスしてくれるの。知らないの?」

「そうなんだ」

「お姉ちゃんはまぞくの人、こわい?」

 マイティアはすぐ後ろに立っているフードを被った魔王を一瞥してから「ううん、怖くないよ」と言い切った。

 すると「ジョン!」お喋りをしているうちに男の子の保護者が来て、申し訳なさそうな親の後ろを、小さなおジャマ虫はスキップしながら消えていった。



「このまま……こんな穏やかな日々が続けばいいのにな……」

 バーブラへの報告を終えて、次の任務が来るまでの束の間の休憩。神国の潮の香りが乗った湿った風に吹かれながら、穏やかな読書タイムを楽しんでいた。

 この先どうなるか不透明だが、少なくとも悪いようにはされないらしいバーブラの下、すぐそばには、日記に書いてあったよりは少し寡黙になったネロスがいる。それらが、マイティアの心の拠り所になっていた。


「元気そうで何よりだぜ」

「うん、連絡寄こせなくてごめんね、ホズ」

 ナラ・ハの森での戦闘以来、連絡が取れていなかったホズとも、変わらぬ顔ぶれで再会した。

「いいさいいさ、ラブラブだったんだろ?

 ワシにはわかるさ。これだから若いのは」

「そそそんなことしてないよ! 話すこといっぱいあり過ぎたの!」

「可愛い子ちゃんめぇ、ネロスお前、この可愛い子ちゃんを泣かせたら容赦しねぇからなァ!」

「……そもそもホズは驚かないのか? 私がこの姿なのを」

 魔王の言う通り、死霊の姿をしている彼に対して、一言目に驚きを見せないのは不可解だった。

 ホズはパチクリと瞬き「最初からそう見えてたぜ」と言ってから間もなく、ケラケラと笑った。

「冗談だよ冗談!

 驚いたさ、上からずっとその様を見ててな。

 だけどよ、細かいことをワシが突っ込んでも仕方ないだろ?」

「…………。」

「なんだなんだ無口な男になっちまって、もう少しわいわい話してみたらどうなんだい」


 ネロスとホズがわいわいと話しているのを横で聞き流しているうち、マイティアの脳裏にはとある場面が過った。

『こいつら殺せばいいんだね』

 深海に引きずり込まれたかのような圧、水圧で跡形もなく圧し潰される感覚が押し寄せた……魔王の威嚇のことだ。

 いわば彼の支配が上手くいっていないのだ。だから、おぞましい言葉が出る。

(私は……ネロスに人殺しなんてさせたくない)

 魔王にその一線を越えさせてしまっては、彼はかつての魔王と同じになってしまう。

 もっと聖樹の魔力の比率を上げた方がいいのだろうか?とマイティアは悩むが、ギースとの一戦でわかったのは、魔王は魔の量によって対数的に能力が変化すること。あまりに聖樹の魔力で置換してしまっては、いざという時に術者マイティアが死にかねない。


 魔王の操作が難しいことに肩を落としていると

『自分を責める必要はないわ、ミトちゃん』

「ベラ」

 悩んでいることを察してくれている柔らかな言葉が、マイティアの頭の中に入り込んできた。

 マイティアはウェストバッグに入った木彫りの人形を取り出した。

『ネロスも、あなたを守ろうとカッとなっちゃっただけよ』

「……そうだといいんですが」

『大丈夫、あなたの死霊術はちゃんと機能しているわ。そして、ネロスも苦しんでない。

 ウィンウィンの関係、つまり、ラブラブフォーエバー』

「どういうことですか?」

 元は黒い人形だったのだが、今は少し汚れているかなと思う程度まで黒ずみが消えている。順調にベラトゥフの傷も癒えてきているのだろう。

 それを満足げに確かめた―――そのとき。



 ファンファンファンファンファン!!!


 神都中にサイレンがけたたましく鳴り響く。


「レジスタンスがモルバノを襲撃したぞ!!

 親衛隊よ!配置につけ!」


 バーブラの横にいつも張り付いていたロロベトの伝令が神国の空に駆け巡るのも束の間、マイティアたちの頭上を親衛隊が抜けていった。

「マイティア」

「ホロンス!」

 その群れの中から、ホロンスが現れ、マイティアに「俺と一緒に来い!」と言うが

「いいや、私たちは此処にいなければならない」

 魔王はそう断った。

「それは予知夢か?」

「それ以外に何がある」

 すると、ホロンスは早くに引き下がり

「無理をするなよ、何かあればロロベトを通じて俺に連絡してくれ。力になる」

「ありがとう」

「自分の心配をしたほうがいいぞ、ホロンス」

「……嫌な響きだな、忠告には感謝する」

 ホロンスは北の方角へと飛んで行った。


「ネロス、私たちがここに残らなければならない理由って?」

「すぐにわかる……必ず私が守る。だから、私の後ろから離れないでくれ」

 その言葉の後だった。



 ひゅーーーズズンッ! 


 空から重い何かが降ってきた。

 土煙を振り払い現れたのは、見慣れた大男だった。


「ラタ……!」

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