第53話① ワド
ワドはヤンゴンと盟友の仲だった。共にナラ・ハの森から南下して、共にバーブラのカリスマ性に惹かれ、共に切磋琢磨してきたライバルだった。
そのヤンゴンが名も知れぬ若者に負けたと聞いたとき、ワドは酷く悲しむと同時に、武者震いを起こした。ヤンゴンを倒す程の力、その力を持った奴がこの世にいる……まだ見ぬ強敵の存在に拳を震わせていたのだ。
「我が名はワド・ビスティ・ハーレイ!
貴様ァ!名を名乗れ!」
ワドの甲冑にしかとつけられた刀傷。その傷を指でなぞり、滾る興奮を焼べる。
(魔法障壁を貫通してくるこの熱さ……! 普通じゃねぇ!)
魔力の炎は魔法障壁に干渉する。
数多くの戦いを潜り抜けてきたラタの、それでも彼の肌を焦がす熱を与えてくる辺り、ワドの実力は、ラタが相対してきた敵の中でもトップクラスに匹敵した。
「俺はラタ! ラタ・ガッド・フォールガス!」
懇切丁寧にその名を返すと、ワドはその名を噛み締めた。
「ラタ……! 覚えたぞ! 俺に傷をつけた男の名を!」
グォン! ワドは炎を纏う鎗を巧みに操る。属性付与された鑓は水を得た魚のように生き生きとうねり、捻じれ、ラタの大剣を受け流した。
(ぐうぅうおおぅ!腕の筋肉持っていかれるっっ!)
オリハルコンの大剣の重さにまだ慣れず、振り回される隙にワドの鎗が脇を掠る。
「このぉ!」「!?」
しかし、ラタは脇を固めてワドの鎗を捕まえると、不意に大剣を手放し、拳でワドの兜を殴りつけた。ギラリ、兜の隙間から見える眼光は、恍惚とも取れ得る目をしていた。
「一度ならず二度までも! 最高だな!」
「何が最高だ!」
ワドが地下基地を掘る際に破壊した瓦礫によって、ポルコフ大神官たちは下敷きになっていた。加えて、ワドの部下が放った火の手まで回っている。一刻も早く助け出さなければ、そう焦るラタにワドは猶予を与えない。
「お前さんらは魔族だろ! 元は人だったんじゃないのか!? それなのにどうして」
「フハハハ!つまらないことを言う!
敵は殺す! それだけだろう!?」
「お前さんとは根本的に相容れないな……!」
「相性など要らん! ただ戦え!」
しかしそのとき―――ワドの部下の死体が彼目掛けて投げ飛ばされた。グランバニクとヌヌがワドの部下を返り討ちにしていたのだ。
「───っ」
「ほう……俺様の部下を倒すとはやるな!
あれが女の情報にあった二人で間違いなさそうだ」
「多勢に無勢ね、ワド。だけど、武人と自負する心を持っているあなたなら、逃げず勝負に挑むわよねぇ?」
「生憎だったな、安い挑発に乗る魂は持っていない!」
「ぐはっ!」「「「!!?」」」
鎗を投げる動作、誰もが自分を守るべく身構えた隙を突いて―――鑓はまっすぐとポルコフ大神官の胸を貫いた。
「やられたらやり返す。定石だな」
「てめぇよくも!」
転移石を取り出すワドの腕を掴むも
「!?」
手応えのない手甲がラタの手の中に落ちるだけで
「残念だったな、ラタ!
また会おう! 俺のライバル!」
手甲一つ残して、ワドは転移してしまった。
まっすぐと胸に突き立てられた太い鑓。誰しも、助からないことを悟る致命的な状況であった。
「ジュス、カール……様……に。
あの方なら……成し遂げられる……この国を、元に……」
血を吐きながらも、最期の最後まで命の糸を離さない執念を見せ、ポルコフ大神官は駆け寄る三人の目を凝視した。
「グランバニク侯爵……後、は…頼み、ます……。
女神の、導きが……あらんことを……」
それは苦痛に喘ぎ、救いを求めるような涙ぐむ目ではなく、憎み憎まれる連鎖の中に組み込まれた兵士の如く血走っていた。
そして、その言葉の後、間もなくして、ポルコフ大神官は息を引き取った。
結局、生き残ったレジスタンスの仲間は3人ばかり。その三人も、瓦礫で怪我を悪化させ、憔悴しきっている状態だった。
騒ぎを聞きつけて来る他の親衛隊との戦闘を避けるため、一時、南東にあるレジスタンスたちの基地、ジワキ山へと撤退したラタたちは、レジスタンスにポルコフ大神官の訃報を伝えた。
「王国の、良き理解者がまた一人……嗚呼、なんたることだ」
「ワドが撤退した今この瞬間こそモルバノを取り返すチャンスではないか!?」などとレジスタンスたちの会話が漏れ聞こえて来る中で……。
山小屋の一角で火傷の治療をしながら
「言ったところで信じちゃくれないかもしれないが……」
ラタは魔族の存在について、グランバニクとヌヌに打ち明けた。だが、返って来たのは「知っておる」だった。
「知っていてなんで!?」
「お主の言いたいことはわかる。じゃが、人間の優生思想からエルフさえ廃絶したこの国が、魔族を受け入れはせんのでおじゃる」
「…………。」
「戦わずしてこの国を取り戻せるならば、それに越したことはない。じゃが、そうはいかんでおじゃる。」
ヌヌは教鞭をとるようにとんがり帽子のつばを正した。
「お主が手を合わせたワドは親衛隊と呼ばれる、バーブラの側近たちじゃ。
恐らくはそのほぼすべてが魔族でおじゃる。バーブラも含めての。」
「バーブラもそうだっていうのか?!」
ジュスカールとの口約束で、バーブラを倒すと言ってしまった手前、なんてことを安請け合いしちまったんだ俺は……と、ぼやくラタ。
そんな彼を見て、グランバニクはヌヌと顔を合わせ、頷きあった。
「あなたには話をしてもよさそうね」
ちょび髭の毛先を指先で弾きながら、グランバニクは砕けた物言いで言った。
「魔王復活以前、私は辺境の地の侯爵として元々、神国と王国の橋渡し役をしていたの。
それもあってこの国がバーブラに支配されたままというのが、どうも気が気じゃなくてね。王国側が一先ず片がついたから、今度はこの国の助けになればと思って来たら、あら不思議。いる筈のない男が率いるレジスタンスなる組織が出来ていて、ずっと音沙汰なかった大女神の御言葉が賜っていた訳。」
「いる筈のない男?」
「ジュスカール」
彼は口元に指を立てて、しーっとラタの驚きを制した。
「私たちはここに潜入捜査をしている。
いる筈のない男の動向を探るため、大女神の動向を探るため、そして勿論、バーブラたちがこの国の人たちを虐げているのならそれを止めるのも私たちの役目。」
「しかし、今のところジュスカールの尻尾は掴めんままでおじゃる。
お主もあの男には気を付けよ。奴が本物なら、都合のいい言葉を選ぶのが上手い」
そう話をしている後ろから、するりと入り込んできた間者のような男が
「ラタ殿でいらっしゃいますか?」と、声をかけてきた。
「おう」
「ジュスカール様がお呼びです。どうぞこちらへ」
噂をすればなんとやら。ラタは二人に別れを告げ、いる筈のない男の呼び出しに応えた。