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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第三部
123/212

第51話② 洞窟神殿にて


 魔物は、魔の量によって強さが変わるとされている。それは、穢れた魂から常に魔を生成し、吐き出す量に相当する。


 魔王は本来───絶えない飢餓に苦しみ、魔を発生させ続ける死霊である故に、尋常ではない量の魔を常に生成し続け

 死霊である故に、その魔を蓄え続ける事が出来る特殊な存在だった。


 だが今、魔王は魔が少なかった。

「ブッコロス!!」

 マイティアが聖樹の魔力が、魔王の魔を浄化してしまい、すっかり魔王の力の基が枯渇しかけているのだ。そのため魔王は今、限りなく―――”ネロスに近い”状態でいた。


 ガキィン! ギースの爪と魔王の腕とがぶつかる。お互い生身とは思えない程、甲高い金属音を立てて取っ組み合う。

「オラァ!!」

 腕の守りを突き抜けるギースの回し蹴りが魔王の側頭部に直撃し、魔王はぐらりと確かによろけた。続け様に魔王の肋骨に掌底を、眉間に手刀を与えていくが、しかしながら骨身にヒビは入らない。

「まだまだこんなもんじゃねぇよなァ!?」

 隙が出来れば確実に、頭を狙っていく、反撃する余地を与えない素早い殴打が魔王を襲う―――

「ネロス!」

 ───だが。

「あ?」ズゴンッ「うぉぶっ」

 ギースの顔面に深くめり込む魔王の拳。

 鈍重な一撃を返され、ふらつくギースの鼻からぼたぼたと血が零れ出る。

「安心してくれ、ミト。

 相手が魔物である以上、私は負けない」

「なん、だ、と!」

 ギースは全身の毛を逆立てて、魔王に飛び掛かった。

 だが、手数だけならばギースの優勢だった「ふごっ」形勢が傾いていき「ぐふぁ」ギースの顔面がみるみる陥没し───突き放される。

「な、なん、だ―――つ、よさが、高、まって」

 魔王の身体に変化は見られないが、先程まではほとんど感じなかった魔の圧が、ギースを容易く呑み込むほど巨大になっていき、ギースの歯がガチガチと震え鳴く。



 魔王とギースの戦いをハラハラと見届けながら、マイティアは、ネロスの元死霊術者だったベラトゥフからの助言を思い出していた。


『ネロスの手綱を引くコツは……暴れそうだなって思ったら、聖樹の魔力で黙らせる……です』

 彼女は惜しげもなく、また、マイティアにもわかりやすく噛み砕いた説明をした。

『ネロス……彼の、魔術を使えなくする、無彩色の波長と、魔を引き寄せやすい体質。

 際限なく、魔を取り込める……死霊としての特徴……。

 いわば彼は、魔の吸収量に対して、排出量が少な過ぎるの……。魔が限界なく蓄積されてしまうのよ』


『例えば……魔術。

 彼は基本的にほぼ全ての魔術を相殺する無彩色の波長を持っているわ……そして、魔術は相殺されると魔に変わり……その魔がネロスに吸収される。

 次に、魔物。

 魔物は魔を、人よりも多く吐き出すから……それもネロスは引き寄せてしまう。魔物の群れの中に突っ込めば突っ込むほど……彼の強さは比例して強くなっていくわ』


『ミトちゃん……よく覚えておいて……。

 魔の吸収を止めたいときや、魔を抜いてあげたいときは、聖樹の魔力で……栓を抜いて調整するイメージよ……その絶妙なさじ加減を、覚えていくしかないわ』


 ゴスッ! 速度で上回っていた筈のギースの攻撃すら通らなくなり、魔王の重い一撃一撃がギースを痛めつける。マイティアが少し目を離していた隙に、最早ギースの牙も角も折れ、息も絶え絶え、瀕死になりかけていた。

「おいおいおい、もう終わりか」

 魔王にはギースが排出する魔が貯まっていき、最初よりも遥かに強く、好戦的になっている。

(栓を抜く……)

「!」

 マイティアは、魔王から魔を抜き始めた。これに魔王がさとく気付く。

 だが、魔王はそれを責めたりなどしない。寧ろ、クールダウンする感覚を歓迎し

「ぐ、ぐふぅ……、うっ」

 ボコボコになったギースをバサッと手放してやった。

「私の術者に牙を向けるな。次は殺すぞ」

「ふぇ、ふぇあぃ……魔王、さ ま」

 魔王はやりきった感を出しているが、親衛隊のギースをボロボロにし、初任務を失敗して、マイティアは戦々恐々としていた。


(どうしよう……本当に、このままバーブラの元へ戻ったら……ううっ、ホズ、ホズぅ……)

 記憶の刻まれた身体が拒否反応を起こし、マイティアの手足が震え出す。

 彼女自身、何故こうも恐怖を抱いているのか覚えていないのだが、当てはあった。日記に震えた字で書かれた”ハサン王”の文字。その字を見る度に五臓六腑が引っ繰り返るような苦痛を覚える―――その感覚と似ているのだ。

 実際、ホズにバーブラへの報告を任せる事は出来るかもしれないが、バーブラがホズを殺してしまう可能性が出て来てしまう。それだけは避けなければならない。王族として、鷹王は守らなければならないのだ。

 洞窟を抜けていく足取り重く、背後からホロンスがマイティアの背を追い立てる。彼自身に悪気はないだろうが、背中にナイフを突き立てられているように彼女は感じた。

(ネロス……そうだわ、ネロスには予知夢があるんだ)

「ネロス」と、彼女が呼びかけると、魔王は彼女の不安を理解しているかのように足を止め「大丈夫だ、私がいる」震えた小さな手を固く握った。これから何が起きるかを、彼はわかっているかのように。


 その言葉から間もなく、三人が洞窟の外に出た瞬間───物陰からの一閃!

「ぬ!?」

 横薙ぎに振るわれたその一撃を魔王はただ腕で防ぎ、不意の一撃を加えた者を一瞥した。

「これを防がれるとは……タダモノではないな、そのスケルトン」

 恰幅かっぷくのいい巨躯、ピッチリとオールバックに整えた黒髪と口髭と顎髭、銀色に輝く鎧甲冑に身を宿し、上背を超える大剣を構える大男───グランバニク侯爵だ。

「ホロンス! ミトちゃんを離せぃ!」

 その後ろには複数人の兵士たちと列をなす、マロ族の魔術師ヌヌもいた。


「え、え、待って、どういう」

「分からんのか?! ヌヌでおじゃる! こっちはロウ・グランバニク!

 ミトちゃんや!ヌヌらはお主の味方じゃ!今助けるぞ!」

「え、え、え?」

「親衛隊の一人が袋小路の洞窟神殿に入っていくのを見たから、と、待ち構えていたが、よもや現れたのがお主とはな……ホロンス!」

「アンタたちの出番はとうに終わってんだ、でしゃばるな老いぼれが」


 各々が戦闘態勢になる中、状況の把握に取り残されているマイティア。必死に頭の中にインプットした日記(記憶の欠片)を捲り捲り、人物の特徴を照合する。

(えっ、と、確か、グランバニク侯爵はトトリにいた領主で、元女神騎士団の団長で

 ヌヌはマロ族の召喚士で、元女神騎士団の団員で

 ホロンスも同じ女神騎士団だけど―――バーブラ側についているから……。)

 不意に、魔王の姿が目に入ったマイティアの脳裏に、ビビビと電撃が走る。

(そうか私! ホロンスと“魔物”に囲まれて連れられていると思われているんだ!)

 しかし、これはまた難儀な状況である。


「ふん!」

 グランバニクの、低姿勢から繰り出される大剣の剣劇が魔王を襲う。地面スレスレを滑り、振り上げられ、落とされる重量級の刃。直線的な刃がまるで弧を描いて撓るかのようだ。

 魔を吸収できない魔王はその一撃を喰らわないように避け続けていたが

「そこ!」

 グランバニクの体当たりで体勢を崩され、重い一撃を両腕に喰らい、弾かれた。ピキ。ギースとの戦いでは微塵も傷のつかなかった魔王の身体に、欠片ほどの欠損が表れた。

「なんと硬い奴よ……! この一撃ですらろくな傷もつけられんとは」

 グランバニクは唇を噛んだ。当然手加減などしていない。全力の一撃だ。その一撃が、骨に当たって欠片のダメージだ。

「鬱陶しいな……」

 つけられた傷を見て、魔王は苛立たしく呟いた。


「此処であったが百年目! ホロンス! これ以上の悪事は許されん!」

 ヌヌの巻物がバサリと開かれ、召喚されるは一匹の飛竜「グオオオ!!」飛竜にしては一回り小さいが、それでも人が相手をするには十分すぎる程に凶悪だ。

「行けリードゥ! 手加減など要らんわ!」

 飛竜の口から大火球が放たれるのを「面倒臭いことを!」土壁の土魔術で防ぎ、ホロンスはマイティアのいる場所まで後退った。

「あんたはどうするつもりだ」

「どうするって―――言われても」

「連中は魔王の存在を絶対に許さないぞ」

 その言葉にマイティアの表情が歪み、グランバニクと交戦する魔王の背に目をやる。


 せっかく会えたマイティアの”勇者”。しかし、世界は彼を許容しない。

「何が正しいの? 私は、どうしたら……」

 許容する事の出来ない世界の道徳を、倫理を、道理を、彼女は理解できる。

 それでも―――譲ることが出来ないのは……。


「ミトちゃんは”使命を果たさねばならん”のじゃ!」



 マイティアの時間が、ピタリ、と、止まる。

 ヌヌの言葉に惹起じゃっきされた”使命”の結果が、胸に重く圧し掛かる。

 胸に風穴を開け、記憶を失い、何も得られなかった使命。


 果たすとは何だ?

 また、同じ目に遭えということか?


「いやっ……」

「大女神がいらっしゃる今ならば! より一層力に」

「またそれか! お前らはそうやって一人一人を殺しているってことに気付かないのか!?」

「ミトちゃんの神格化は大女神の導きなのじゃぞ!

 世界がより良くなるために残した予言を遂げねばならん!これは人類の救済なのでおじゃる!」


「いやーっ!!」


 耳を塞ぎ、その場に座り込むマイティアの痛烈な悲鳴がその場を凍り付かせる。

「ミトちゃん……?」

「いやっ! やめて!

 私からもう何も奪わないで!」

 金切り声でヌヌの言葉を振り払い、うずくまる。

「助けてネロス……たすけて……」

 グランバニクを突き飛ばし「ロウ!?」マイティアの元へと戻った魔王は 

「勿論だとも―――君を二度とあんな場所には連れて行かせやしない」

 座り込んだマイティアに被さる様に優しく抱き締めた。

「だから泣かないで」

 嗚呼、あなたがいればそれでいい……そう小さく呟いた。



「こいつら殺せばいいんだね」


 ゾッ───。深海に引きずり込まれたかのような圧。


「───だ  め 待っ て」

 溢れ出した涙で喉が強張る中、なんとか絞り出した言葉で魔王の殺気を抑えようとするも、魔王の眼光はマイティアの隠しきれていない怯えを瞳の中から見つけ出してしまう。

 もう何も奪わないで、その紛れもない彼女の本音が魔王の怒りを引き起こし―――。



「よーし、そこまでだ。

 俺様のテリトリーで、勝手は許さんぞ!」

 魔王の瘴気が放たれようとしたその瞬間、親衛隊のワドが部下を引き連れて現れた。

 数の有利さを失ったグランバニクたちはすぐさま撤退に向けて後退していくが

「一体どういうことでおじゃるか……ネロス? まさか―――」

 ヌヌはマイティアと魔王を交互に凝視し、立ち竦む。それを見かねたグランバニクが彼女を小脇に抱えて逃げ出した。


「ああ……泣かないでくれ、ミト」


 その間、マイティアは、魔王が動けないようにしがみ付いていた。


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