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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第三部
122/212

第51話① 洞窟神殿にて


「ここが、そうなのね」

 マイティアたちが来たのはモルバノ───神国の北、王国との国境であるタタリ山からすぐ南にある地域だ。その地域にあるジワキ山の麓に、とある洞窟があり、”三人”はその洞窟の入り口でぶら下がる蝙蝠の群れを見上げていた。

「このモルバノ洞窟の先にある神殿が、ゼスカーンが“何故か”目撃された場所になる」

「どうして何故かって言ったの?」

「そんなこと言ったか?」

「言った」

 ホロンスは口走ったのを悔いるようにすっとぼけたが、マイティアの追及の前には通じず

「……ゼスカーンは、俺が殺した筈だったんだ」と、打ち明けた。

「それって最近の話?」

「いいや、20年以上前の話だ」

「20年以上……前? ホロンス何歳なの?」

「今年で43になる」

「うわっエルフ詐欺!」「失礼な」

 ホロンスは平均的なブルーエルフよりもかなり童顔だった。髪質は滑らかで、肉付きはほどほど、ピンと張った長耳、肌にはハリつやがある。

 しかし、エルフは人間より若く見えることが多く、人間はそれをねたむが、エルフは自身が若く見られることを好ましく思っていないことがほとんどだ。


「あのとき、俺が止めを刺し損ねたと今でも思っていない。

 だが、ここ最近、死人の名を語る連中が実しやかに現れていてな。あんたの監視も兼ねているんだが、俺もゼスカーンの生存をこの目と耳で確かめてみたいんだ」

「死人?」

「ジュスカール・サンクトス大神教主」

 ホロンスはその名に唾を吐いた。

「ジュスカールもゼスカーンも、かつて俺が殺した連中だ。

 それなのに、20年経った今頃になってその名前を耳にするようになった……忌々しい限りだよ」

「どうして殺したの?」

 マイティアの疑問に対して、ホロンスの不変だった淡白な表情に、深い皺が寄った。


「奴らに、姉を殺されたからだよ」


 その怒気には、拳が震えるような憤怒と、唇を噛むような後悔が滲んでいた。




 最下級の魔物を光で遠ざけつつ、蝙蝠の群れの下を、身を屈め気味に足場の均されていない溶岩洞の中を進んでいく。

「この奥に神殿が作られているってことは……隠す必要があったってことよね?

 ここ最近に作られた神殿なの?」

「恐らくはな。俺たちがこの地域を支配するようになってから、レジスタンスが密かに神殿を作って信仰を続けていたんだろう」

「バーブラたちは、神国民の女神信仰を禁じていたの?」

「厳密に言うと、バーブラ様の方針では、民に信仰の自由を許していたんだが、この地域モルバノを統括するワドとその部下たちが女神信仰を制限したと聞いている」

 ならばいっそう、この先で罠を張っている可能性が高いではないか?

「…………」

 マイティアは魔王の左腕に自身の右腕を回し、むぎゅっとしがみつくと、その様をじとーっと見つめるホロンスが「居た堪れないのだが」と恥ずかしげにぼやいた。

「文句があるのか」

「人前でいちゃいちゃしないでほしい」

「ごめんなさい……けど、なんだかこうしていたかったから」

 すっ、と、寂しげに腕を離すと、魔王は彼女の手を取り、今度は指を組んだ。どうしても離れ難いらしい。

 ホロンスは大きな溜息をつくと共に、羞恥心しゅうちしんを忘れる様に努めた。


「ホロンスはどうして人なのに、バーブラの下についているの?」

「話していなかったか?」

「覚えがないわ」

 実際にマイティアは、日記に書いていない台詞は”覚えていない”のだから嘘でない。

「バーブラ様は魔族。御方は記憶を失っているだけだ。記憶を取り戻すことさえ出来れば人類にとってかけがえのない人材になる。だからだ」

「それは知っているわ」

「覚えているじゃないか」

「それだけじゃわからないじゃない。記憶を失っているだけの御方が何者なのか聞きたいの」

 ホロンスはマイティアの顔を見ると「……」何故か口どもった。

「どうしてそれを話してくれないの? 知らない方がいい人物なの?」

「……いや、俺の口から話していいものなのか、わからないだけだ……」

「???」


 ちりりん……。

 

 そのとき、洞窟に反響する鈴の音が耳に触れ、三人は音の方にランタンを掲げた。

「使い魔か」

 そこにいたのは二つの尾の先に鈴をつけた黒い猫だった。

 



 洞窟の奥に作られた神殿は、洞窟の壁を彫って作られた簡素なもので、今でも祭壇には真新しい蝋燭ろうそくが立てられていた。

 罠と警戒していたものの、そこにいたのは使い魔一匹のみで、その使い魔にも敵意と思しき気配は感じなかった。

【使い魔:召喚術で契約状態にした魔物のこと】


「何用ですか?」

 使い魔の黒猫は幼稚な声を出した。


(何用か?

 誰か?じゃなくて?)

 マイティアは想定していた回答を急いで書き換えた。

「私たちはゼスカーンに会いに来た。その人と仲間になりたいの」

 マイティアの回答に対して、黒猫はちりりん、と、尾の鈴を鳴らし、大きく伸びをした。

「まだそのときじゃないです」

「そのとき?」

 黒猫は青と黄のオッドアイで緊張したマイティアを凝視した後、ぺろりと手足の毛づくろいを始めた。

(私たちが誰かわかっている……? 

 やっぱりこれは罠なの? それとも、本物?)と、疑り深く黒猫を見ていると

 ちりりん……再び鈴の音が鳴り、黒猫の目の色が緑色一色に変わる。


「魔王を従えし者よ、汝は何を望む?」


 すくっ、と背を伸ばした黒猫の喉から唐突に発せられた男の濁声。

「権力か? 支配か? 金か? 名誉か?

 それとも」

「べ、別に、何もそんな……大それたことは、望んでなくて……」

 マイティアは握っていた魔王の手をギュッとしがみ付いて

「ただ、傍に……いてほしくて」

「ミト……」かぁーっと赤面しながら、マイティアはたどたどしく言葉にしたが、黒猫はその馴れ合いに鋭く切り込んだ。

「子の縋りつく感情は、愛情からではない」

「えっ」

「甘えや孤独を慰める目的で居続ければ、いずれ、魔王の運命の渦に切り裂かれるぞ」

「───、あなたは一体」

「私は罪深き者。いずれまた会うことだろう」と、ちりーん、尾の鈴を響かせて

「!」黒猫ごと、”男”はその場から一瞬で消えてしまった。




「何だったの……? 途中からゼスカーン本人だったの?」

「わからないが……奴の喋り方に似てはいた」

「そ、そう……」マイティアは、そっ……、と、魔王の手を離した。

(何も言い返せなかった……。

 そうだわ、私は……魔王を―――自分の身の振り方を、決めなくちゃいけないんだ……。)


 魔王を従えたマイティアに対して、人々は”魔王を殺せ”と当然に言うだろう。もしくは魔王ごとマイティアを殺しに行くだろう。無論、この世界を混沌に陥れた大災害の原因が、魔王にあると言われているからだ。

(ネロスの話じゃ、世界の大災害と魔王の復活は関係ないらしいけど……)

 仮に魔王の言ったことが正しかったとしても、魔王が死霊である時点で、人々は魔王に恐怖を覚え、刃を死霊術師たるマイティアに向けるだろう。敵対関係は、死霊術が禁忌であるという常識的に、変えられないのだ。

 また、魔術知識を持つ欲深い者がいれば、魔王を利用しようとするかもしれない。実際、バーブラも、襲撃してきた神官兵もそのつもりだったのだろう。偶々バーブラがマイティアを活かすつもりがあったから、そして、ホロンスがいたからこそ彼の傘下に収まったが、マイティアはバーブラの命令に背く事は出来ない状態になった。

 そう、首に掛けられた重い枷が……。

 ハッ……と、マイティアの顔が少しずつ青ざめていき「まずい……ゼスカーン逃がした!」首の重さを思い出し、落ち着かない様子で再び魔王の腕にしがみつく。

 初めての任務、堂々たる失敗、すなわち、ドカーン。

 これはもう魔王の、魔術を封じる無彩色の波長範囲でいるしかない。いや、いっそこのまま何処か、バーブラや神官兵たちの魔の手が届かぬ遠い場所へと逃げ────。


「ちょいと待ちな! ここは通さねぇぜ!」

「!!?」


 洞窟を後にしようとしたマイティアたちの前に現れたのは、親衛隊の面子の中にいた、豹面の鬼だった。

「ギース、何のつもりだ」

 乳白色の角と牙を持つ豹の顔、筋骨隆々な体躯を持つ魔族ギースが洞窟内を揺らす大声を張り上げる。

「何のつもりもクソもあるか!」

 そして、その血走った三つ目の矛先は、他人行事のように呆けている魔王と、そのすぐ横で血の気が失せているマイティアに向けられた。

「魔王が何だか知らねぇが、ヤンゴンたちを殺しておいて、バーブラ様に気に入られやがって!

 俺達がどれだけ地道に功績を積み上げて親衛隊に入ったか……!

 それをこの女は易々とぉお!」

「それを決めたのはバーブラ様だ。お前はその決定が不服だというのか」

「ああ不服だね! まるで納得いっていない!

 そもそも何が魔王だ! まるで覇気も魔も圧もねぇじゃねぇか! こんな奴が魔”王”だなんて許せねぇ!」

「はあ」

「俺がお前らをぶっ飛ばして証明してやんよ!

 魔王の名はバーブラ様にこそ相応しいんだとなァ!!」


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