第50話② 大女神のお導き?
王国南部、トトリ。
王国の中でも、神国の影響を大きく受けた家屋が立ち並ぶこの街はかつて、鬼将バーブラの手下ヤンゴンによって支配され、明日は我が身の恐怖の中で、人々は虐げられながら暮らしていた。
しかし、”勇者”の活躍もあって、バーブラの手から離れたこの街は徐々に、”日常”を取り戻していた。
「いいや! これは絶対に!
手放さないぃぃいいんだァアアア!!!」
急ごしらえで作られたプレハブ小屋の前で、分厚く短い四肢と大きな頭、赤毛のドワーフの男性は、その身の丈を遥かに超える代物を、人間の男たちから、汗だくで死守していた。
その代物は、ドワーフの二倍ほど長い、”大剣”だ。琥珀色に輝く刀身を持つ業物。それを頑なに離さず、非常な重さに手足が青白く震えようと頑なに担ぎ上げている。
「ロマンだなんだもいい加減にしなよ、グラッパ!
一体誰がこんなデクの棒を振れるってんだい!」
そんなドワーフの男性グラッパの妻が、小さな子どもの手を引きながら「年貢の納め時だよ!」と、怒鳴る。
「こいつは!女王陛下に捧げる筈だった俺の人生そのものなんだ! それをよりにもよって、種族が違うってだけで差し押さえられるなんて御免だァ!!
これを振るう奴の手に渡るまで! 俺はこいつを手放さない!」
「家族よりも大事だってんのかい!?」
「悪いナタリア……! 譲れねぇんだ……これだけは譲っちゃあいけねぇんだよ!」
「この分からず屋!」
「んー……お取込み中、申し訳ないのですが」
そんな二人の前に立塞がるは、屈強な人間の男たちを引き連れている、フォーマルな装いの男性。んー、と唸りながらこめかみを抑える。
「こちらも仕事でね……それも、んー、迅速に、終わらせないといけない仕事でして」
「断る!」
「んー、断る権利があなたにないのですよ……強制執行ですから」
「俺たちは30年も前に王国に帰化した! ポートから逃げてきた”王国民”を殺すつもりだってのか?!」
「いやだから、殺しませんて、んー……。
その大剣一つで、今回は済みそうと思ったのに……こうなれば、その他の諸々を差し押さえるしかありませんね」と、男性はグラッパの妻ナタリアの影に隠れている子どもたちを指差した。
「働き手が足りないんですよ。ドワーフのお子さんなら力持ちですし、教えれば、仕事が出来る……んー、つまり、金になる」
「ふッざけるな!まだこいつらは働ける年齢じゃない!字も算数もまだまだ下手くそなんだぞ!?」
「別にそんな”高等”な知識がなくてもいいでしょう? 寧ろない方が、都合がイイ」
「んだとォオ!?」
「おおぅい! グラッパじゃねぇか!」
そこへ、トトリの町に飛んできたラタが、聞き覚えのある声に導かれて現れた。
「おおう!なんてタイミングだ!女神のお導きかっ!」
「お前さんまで何を言ってんだい」
「ラタ!理由は要らん!問うな!感じろ!この俺の人生を賭けた逸品を!」
「お、おう……?」
グラッパはラタに、担ぎ上げていた大剣をぐいぐいと差し出した。
「こいつは……! すげぇ!作り切ったのか!オリハルコンの大剣を!」
ラタの屈強な腕にもズシンと響く重さ、白い覆いの下から覗く黄金の刀身が日の目を浴び、ギラリと光を鋭く反射する。この大剣を振るう力を持つ者なら、技量を伴わずして大岩や竜の首すら一刀両断出来よう。技量があるならば、それ以上の力を発揮してくれるだろう。
「当然だ! 女王トールに献上する筈だった俺の最高傑作を放って逃げるなんて出来やしねぇってんだ!
それをお前にくれてやる!」
「マジ!?サンキュー!」
「いやいや、そういう訳には」
役人の男性は事の次第をラタに説明し「それでオリハルコンを、と言っているのですが、この通りでして」と、ラタの同意を得ようと試みたが、相手が悪かった。
「オリハルコンが欲しけりゃ俺が立て替えてやるよ」と、ラタは自分の持っていたオリハルコンの片手斧───だった棒切れを男性に突きつけた。
「壊れてるがオリハルコンだろ? 溶かして再形成すれば魔石になれる筈だ」
「……なるほど」
男性は渋い顔つきでいたが、本物のオリハルコンの重みに「うおっ」身体を持って行かれそうになる。
すっ、と男性は背後を見て、取り立て屋の男たちの顔色を伺うも、彼らはラタよりも華奢な為か―――頭を振った。
「わかりました。これで手を引きましょう」
男性の確かな舌打ちが、ラタたちの耳に触れた。
役人たちが去ってから、グラッパはその場に腰を抜かした。
「お前さんたちを送り出してから、ポートに居られなくなってな、嫌みな追手もいたんだが、そこはランディアっていう王都騎士に助けられて、なんとかトトリにまで逃げて来ることが出来た……んだが、このトトリでこの有様さ」
「ひでぇことするもんだ!
王国ってのは何処も金を巻き上げてばっかりだな!」
「まあ、トトリなんて”最初からそういう街だった”からな、覚悟はしていたさ」
何十年も前に止めたという煙草を再度吹かし、グラッパは溜息をつく。
「神国の人間賛美の価値観が根強いトトリは、エルフを好まない。それどころか大分前から王国からの独立を取り沙汰されている、南部貴族って奴らが仕切る街だ。
南部貴族は、ここら一帯を統括するグランバニク侯爵を中心とした王国貴族たちなんだが、奴らの忠誠心はフォールガス王家に対してではなく、グランバニク侯爵に対しての忠誠心で集約されているんだ。
ただ、グランバニク侯爵がフォールガス王家に忠誠を誓っているからな。首の皮一枚で関係性が保てていた。」
「……それだけフォールガス王家への信頼がなくなっているってことか」
「”レコン川の戦い”でゲルニカの弩鉄隊を退けたときは、一時、王子ルークとの信頼関係を築いていたらしいが、魔王復活後の20年、南部に一度も救援を寄越さず、バーブラによってトトリが支配された時、グランバニク侯爵の死を決めつけた事が、南部貴族たちのトドメになった。
魔物の手から町を取り戻した今はもう、トトリという”国”……神国の属国だよ」
そう言ってから、グラッパは何かを思い出したように顔を上げ
「それはそうと、ミトはどうした? 一緒じゃないのか?」
ドキッ、ラタの心臓が弾み、肋骨が軋む。
「えっと……その、なんつーか」
「?」
「探していた”勇者”に会えて、だな……」との曖昧な回答に、グラッパの表情にパァっと光が差し込む。
「おおっ! ネロスに会えたのか!
ネロスは元気していたか!? あんの野郎今度会ったらミトを一人きりにした罰で一発ぶん殴ってやるぜ!ははは!」
ラタはグラッパに何も言えなかった。何も言うべきではないと咄嗟に思った。
「はあ……なんだかな、これで肩の荷が下りたわ……。
きっと、あの世で師匠が笑ってくれてらあ」と、緊張の解けた顔でグラッパは力なく笑みを浮かべた。
「お師匠さん、何かあったんか?」
「……師匠ガンテツは、女王トールの婿さんだったんだよ」
ピンと来ていないラタに
「ドワーフの強ぇ奴は、腕利きの鍛冶屋を娶るんだ。
それが女なら、鍛冶屋の男を、だ。」
「ほうほう」
「女王は強かったよ……そりゃあもう、あの御方の振るう大鎚は、大地を抉る雷の如き神の鉄槌だった。そこに師匠の腕が足されりゃあ怖いものなしだった。
ある日、トールはオリハルコンで出来た武器を作るようにガンテツに依頼し、師匠たちはその作製に追われていた……そのときに、あのクソ野郎が現れた」
「……まさかそいつは」
「ゲルニカ……奴は化物だった。
強さだけで言えば、勇者にも引けを取らねぇ」
グラッパは知らず知らずのうちに拳を握り締めていた。
「女王や師匠たちが殺されたのは、ドワーフの古い習わしのせいだ……それ自体に俺がとやかく言う事は出来ねぇが……琥珀金床ガンテツの技を継承したのは、王国に帰化して、難を逃れていた俺だけになった。
出来あがったところで振るってくれる奴がいるかどうかもわからなかったが、俺は、あの化物ゲルニカを討つ英雄に、俺の最高傑作を渡せれば、師匠たちが浮かばれると思ったのよ。
まあ結局、ゲルニカも魔王復活以降姿が見えねぇし、野郎はゲドに踏み潰されて死んだんだろうがよ」
「そんな大事なもんを、俺が貰っていいのか?」
「言ったろ。訳を問うなってよ。
それに、お前の腕っぷしなら振れるだろう?」
グラッパの問いかけに、ラタは「勿論だとも!」大剣を振るって応えた。
ビキッ、浮き上がる血管、ギリリ、唸るグリップ。黄金の刀身に風が宿り、振り下ろされる勢いでつむじ風が空へと舞い上がる。
「───ハッ! いいね、築き上げた力は裏切らないもんだ」
”小手先”の一振りだった。人間よりも筋肉量が多いとされるドワーフの腕でも両手で抱えるのがやっとな重量を、ラタはしっかりと手加減をして振るうことが出来た。これ以上の使い手を望めはしないだろう。
「だから、そんな悩んだ顔をすんなよ。似合わねぇな」
「そんなに顔に出てるか?」
「お前さんには力がある。あとはその使い方だ。
きっと違いはしない。なんたって大女神の予言が下されたってんだからな」
グラッパは何悪気もなく、迷うラタの背を押した。
「大丈夫さ。
大女神の導きがあれば、世界は良くなっていくに違いねぇ!」




