第50話① 大女神のお導き?
息も絶え絶えになりながら、飛翔の風魔術で数日かかる距離を半日で飛びきったラタは、未だに瓦礫の多い街、シェールのトノットへ夕刻に到着した。
「こりゃあ……なんだぁ?」
神国へ向かう船に乗るべく港方向へ向かって行っていたところ、復旧作業そっちのけで、白と黒の信者服を囲んだ集会に出くわした。
聞き耳を立ててみると
「遂に我々に大女神テスラの御言葉が下された! 我々はようやく暗黒の時代から脱出できるのです!」と、信者服の男が声を張り上げていた。
(大女神って、テッちゃんの―――)
ラタは居ても立っても居られず、血相を変えて信者服の男に詰め寄り
「お、おい、本当なのか? テッちゃ、じゃなくて、テスラのよ、予言?が下されたってのは!?」
「ええ、ええ!その通りでございます!」
「なあ、俺、テスラと話がしたいんだ! いや、話が出来る場所に行くだけだってかまわねぇ! 俺だって分かればアイツから声を掛けてくるに違いねぇんだ!」と、せがんだ。
何言ってんだコイツ、と言われんばかりの表情を神官に返されるが、負けじと「ラタって名前を出せばすぐに通じる筈だ!」声を張り上げる。
神官は更に困惑した様子で「そう仰られましても、女神様と交信出来るのは大神官以上で、一般の方は……」頭を振るばかり。
「これはこれは、どうなされたんですか?」
そうしていると、喧騒に吸い寄せられるように、物腰の柔らかな壮年の男性が雑踏を弾きながら現れた。
剃髪に司教冠を被り、金の刺繍の施された袈裟を着た男。周りに、白い外套で顔を隠す、銀の槍を携えた者たちを従えている男だ。
「ジュ、ジュスカール大神教主!」
神官がすぐさま膝をつく様を見て
「大神教主……つまり、あんたが神教のトップってことか」
ラタは、ジュスカールを睨みつけた。
彼の知る大神教主はかつて、彼にとって”巨悪”だったからだ。
「神教、ハハハ、そうですね。女神神教ではなく、神教とお呼びになられるとは、ええ、実に正しい。」
しかし、周囲の護衛が張り詰めた空気で槍を握る一方で、ジュスカールは二つ頭デカいラタからの眼をつける視線に何一つ臆することなく、薄っすらと笑みを浮かべたまま、柔らかく丁寧に言葉を返した。
「私の名はジュスカール・サンクトス。
化物を倒したその武勇伝は耳にしておりますよ、ラタ殿」
ラタはジュスカールに警戒しつつも、彼にテスラと話をする必要性を語った。
「魔王、ですか」
しかし、魔王を倒すべきなのかどうか―――その悩みをジュスカールには打ち明けず、魔王と戦う為の導きを得たいと、ラタは説明した。
ジュスカールは、国を救った救世主の唐突な話に、ひたすらに耳を傾けた。魔王と戦う実力が彼にあることを示す武勇伝が、ジュスカールに変な先入観を持たせることなくすんなりと話を聞き入れさせたのだろう。
「頼む! テスラは俺の大事な―――いや、大切な話があるんだ。
テスラがどうするつもりなのか……意見を聞きたいんだよ」
ラタの拳を握る様に、ジュスカールは小さく唸り
「ふむ……では、交換条件と致しましょう。
あなたは私に大女神との会合を約束し、私はあなたにそれ相応の任を果たしていただくと」
「任?」
「ええ。化物を倒したその力を見込んで、神国に蔓延る魔物を対峙する───レジスタンスたちの力になってほしいのです。」
ジュスカールは説明を続けた。
「神国は今、鬼将バーブラという魔物によって支配されています。
レジスタンスとは、神国の本来の民、我々が作り出した組織となります。」
「つまり、そのバーブラって魔物を倒す手助けをしてくれれば、テスラに会わせてくれるって訳か」
バーブラ、この時代に暗躍する四天王の一人として君臨する魔物の名であることだけは、ラタもマイティアから教わり知っていた。エバンナの同格として並べられるのだから、容易な敵ではない……そう理解しつつも、ラタの決断は揺るがなかった。
「わかった。神国に行きゃあいいんだな」
レキナも、魔王は神国に向かったと推測していた。マイティアと魔王を追跡する一方で、神国を支配する悪の権化を倒せばいい。
ラタの明快な返答にジュスカールは変わらず笑みを浮かべたままで
「ありがたい……! これも大女神のお導きなのやもしれません!」と、胸の前で十字を切り「女神のご加護を」両手指を組み合わせた。
「……神国に行くに船を借りてぇんだが」
「いえ、船で渡るのは大変危険です。我々も意を決し、シェールへ船を出しましたが、その道中は海竜との戦いでした。そんな危険をあなたに冒してほしくはありません。」
「いや、海竜となら俺───」
「どうかトトリを経由して南下する道中で、王国にいる私たちの同士に会っておいてほしいのです。」
ラタの言葉を食い気味に押し潰して、ジュスカールはそう言った。
「そいつはまさか、あのタタリ山を通って神国へ行けって事か?」
王国のトトリから神国へ渡る為には、このタタリ山を通るしか陸路がない。海路を使うなとなれば他に選択肢はない。
タタリ山は、その名の通りに山を越えようとする者を祟る山だ。古くから土砂崩れや荒れた天候で王国と神国の往来を阻む天然の国境要塞となっており、閻魔(触れるべきでない魔物の意)が住まう山としても恐れられている。
しかし「タタリ山を迂回するトンネルを”作った”のです」と、ジュスカールはペンと羊皮紙を懐から取り出し、すらすらと手形をこしらえた。
「詳しいことは、トトリのポルコフ大神官をお尋ねください。この印章のついた文書があれば、すぐに話を通してくれる筈です」
「…………。」
手形を受け取りつつも、浮かない表情のラタは
「お前さんはどうしてこの国に来たんだ? 神国が大変だって時に」と、問うた。
「大女神のお導きですよ」
「お導きぃ?」声が裏返るラタに「本当ですよ!」と、周りにいたシェールの民が声を上げる。
「この方々がセルジオの魔物化に逸早く対応してくれたお陰で、この国の被害は最小限に抑えられたんですから!」
「そうだそうだ!」
「セルジオ? あの獣人が、魔物化した!?」
記憶にも新しい、猿顔の獣人。他国に自国への攻撃を誘致させた、その罪の重さを考えれば処刑は止む無しであったろう。しかし、魔物化とは。
(獣人は魔物化の前段階って説があった気がするが、そうなのか……処刑台に立たされたストレスがあの獣人を魔物にしちまったのか……)
「我々には見通せぬ未来が、大女神にはお見えでいらっしゃるのです。
あなたもそれを信じているからこそ、大女神様とお話になりたいのではありませんか?」
ジュスカールの引き伸びた笑みに、ラタは嫌な既視感を覚えた。
(……なんだ、この胡散臭さは。
ただ、今じゃ何とも言えねぇか……。)
被っているのは仮面ではない。血の通った皮だ。だが、その皮は、本当にこの男の皮なのか? 彼は先程から薄っぺらい笑みしか浮かべられていない。それ以外のことが出来ない、まるで不器用な顔だった。
だが、そんな印象だけで何を疑えようか。仕方なくラタは王国のトトリを経由して南下することになった。