表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
12/212

第8話① 宣戦布告

 


 屋敷の鉄壁を抜けて大通りへ出ると、人々が騒然としながら上を仰いでいるのが見えた。その視線の先に目を向けると


「バーブラ!?」


 鬼将バーブラ 四天王の一体……トトリを支配していた女神教団、ひいては王国の南、神国を統括する最上級の魔物が、町の上空に仰仰しくたたずんでいた。

 そいつの背後には、港に停泊していた船と漁業関係者らしき人々の死体が浮かんでおり……奴は人々の視線を一瞥すると、ニヤリとほくそ笑み、賞賛する気など無い気の抜けた拍手をした───ガシャン!!!

「ああっ! 船が!!」

 大小さまざまの漁船や連絡船が宙に放り投げられ、レコン川に巨大な水柱を立てた。


「流石は勇者だな。女神教団を根絶やしにし、クロー鉄鉱山をも俺の手から解放してみせた。

 フフフ……先ずは、俺に敗北の味を知らしめてくれた事への感謝の印を受け取ってくれ給え」

「何が感謝だ! 壊してるじゃないか!」

 微かにだが、ネロスの怒鳴り声が遠くから聞こえてきた。鉄鉱山から町の方向へ走ってきているのか、バーブラの視線が何かを追っている。

「さて本題に入る前に1つ確認だ。

 先日の戦い、あの死霊による進撃にて、数百は見込めただろうトトリの人的被害が僅か10数人に抑えられた……まるで、事前に何処が壊されるかを知っていて、民を避難させていたかのようにな。

 勇者よ、お前さては未来予知の力でもあるのかね?」

「だったらなんだって言うんだ!クソ野郎!」

(なんで正直に言っちゃうのよ!)

 バーブラの鎌掛けに素直な返答。バーブラもすました顔で笑みを溢した。

「未来予知は紛れもなく女神の力……それを有しているとは

 素晴らしい! それでこそたかぶるというもの!

 女神の面子を叩き潰すこの機会、存分に味合わねばならんな」

 私たちの目にもネロスの姿が見えてきた。建物の屋根を跳び渡り、聖剣を煌々と輝かせたまま、バーブラを睨みつける。

 バーブラは、私たちに見せつけるかのように4本指のうち1本を真っ直ぐと立てた。


「者共よ、一月の猶予をくれてやる 四月の末、その満月の夜。

 この鬼将バーブラは、トトリおよびポートへ我が配下の魔物を差し向ける。

 正々堂々、戦おうではないか」


「何が正々堂々だ!ふざけるな! どうしていちいち町を巻き込むんだ!!

 僕に用があるならそいつら全員! 僕に差し向けたらどうなんだ!?」

「それでは残らず返り討ちにされるではないか。

 トトリで俺の部下を瞬殺した力を見せてくれただろう? 俺はお前を過小評価などしていない。故に、意図して雑魚を巻き込むのだ。

 それに、フッ、俺は部下を犬死にさせるのはあまり好きではない」

「そんなに部下が可愛いのなら今すぐお前が戦え!!」

「俺は好きなものを最後に食う主義でな。

 余韻よいんを楽しみたいのだよ。舌の上に残る残滓ざんしを。それに浸ること以上の愉悦が―――」

「僕は今! ご飯の話なんてしてないッ!!」


 バーブラは高らかに笑い飛ばした後、わざわざご丁寧に嫌みったらしく言い直した。


「ハッハッハ! まるで話にならん! まともな教養すらない馬鹿を勇者として送り出す親の顔でも見てみたいものだ!

 ああ、そうだな……どれ、後で見に行ってやろうか?

 タタリ山の麓、キヌノ村辺りにでもいるんだろう?

 お前の大切な、親族は」


 怒りと恐怖が同時に湧いてきて、自分の感情がぐちゃぐちゃになってくる。その言葉が自分に向けられたものでないからこそ平静でいられるだけだ。


 人間業じゃない跳躍力で屋上から上空に飛び、ネロスはバーブラに斬りかかった。

 だが、聖剣はバーブラの腕に少しだけめり込むだけで、ネロスがいくら力を込めても切り裂くことが出来ない。


「どうした? 町を壊さぬ為の出し惜しみか?」

「いくぞベラ!」


 帯電していた聖剣の刀身が白銀から青い蛍光色になっていくと、余裕を見せていたバーブラの表情が変わった。


「愚か者め―――その選択を 後悔するがいい!」


 空中で強い衝撃がぶつかり合いで建物のガラスが割れ砕け、地面が陥没する。鼓膜すら痺れる緊迫感は、最上級の魔物ヤンゴンとの戦いの比ではない。

「近くの建物から避難して! 山の方へ!」

 司法職員やマルベリー男爵の召使いを急かし、近隣の住民だけでも避難誘導する。

 その最中にも ヒュ────ッ ドゴンッ!! 視界を横切って建物に人が突っ込む。

 土煙が払われると、最早鎧の方が先にひしゃげた勇者が血塗れで立ち上がった……彼の皮膚は、バーブラの毒魔術で赤黒く焼け爛れてしまっている。


「おぎゃああっ!」

「!!」


 ネロスが落下し、天井が崩落した建物の中には、泣いている赤ん坊とその子を抱える年老いた老婆が腰を抜かしていた。避難しきれなかったのだろう


「お、お助けを……っ せめてこの子だけでも 」

「――――っ」

「どうした!? 余所見をしている場合か!?!」


 すぐさま追撃してきたバーブラの攻撃をネロスが受け止めると建物の床が数階分一気に底抜け、赤ん坊と老婆がネロスたちと共に下に落ちてしまった。

 ネロスは空中で身を捩り、バーブラを足で突き飛ばす勢いで落下する赤ん坊と老婆を抱えると、崩れ落ちる建物から離れる───が。

「ぶっ」

 しかし、ネロスの背後からバーブラの槍風そうふうの風魔術が直撃し、鎧の装甲が飛び散った。衝撃で体勢が崩れ、隣の建物の屋上に赤ん坊と老婆に被さるように転がったもの、彼はすぐに立ち上がった。

「腐敗の毒魔術は、人の身など一擦りで腐り落ちる程の上位魔術だ。それを受けて擦過さっか程度にしか削れないとは恐ろしい。

 勇者、お前は本当に人間か?」

 バーブラの口振りは余裕そうだったが、奴も微かに息を荒げているようにみえた。

 だが今、ネロスの背後には一般人がいる―――。

 それを承知で、バーブラはネロスの頭上から、わざと広範囲に及ぶ毒魔術を放った。

「おぎゃあああぁぁぁああっ!!!」

 赤ん坊の泣き声が響く中、ネロスは聖剣の力でバーブラの攻撃を防いでいたが「ゲホッ!」飛び散った毒が気化し、煙になった毒が老婆を苦しめる。

「―――っ、くそ!」

 ネロスは聖剣の力を調整し、周りの毒の煙を浄化させた。だが、その代わりに彼自身を覆う聖剣の加護が薄くなっているのか、毒液がネロスの体を焼き始める。

「弱い者を庇ったところで何にもならんぞ!!

 そいつらを捨て去り俺に向かってこいッッ!!!」

 そのとき、ようやくグラッパを筆頭にドワーフたちが応援に駆けつけてきて、バーブラの毒魔術をはね除けた。

「フン、国を見捨てた短足共め。

 お前らとたわむれる趣味など俺にはない」

 そう言いやがると、バーブラはドワーフたちの攻撃が届かない上空に飛び上がり、怪訝けげんな表情でネロスにつけられた傷を拭った。


 その直後だった。


「!?!」 

 地上から放たれた光の衝撃波がバーブラの肩を抉り、そのまま空へ、遠くの雨雲を真っ二つに裂いた。


「……くそ、すっぽ抜けた」

 ただれた皮膚と血と手汗で聖剣が見事にすっぽ抜けて滑っていった。ネロスがとぼとぼとそれを回収すると、再び聖剣に光が蓄えだす。

「もういいやめろ! そんな体でどうすんだ!」

 グラッパはネロスを羽交い締めにした。彼はもう全身血塗れで、怒りで我を忘れている。普通の人間の3倍もの筋肉を誇るドワーフの制止を易々と振り解き、今一度雲を裂いた一撃を放とうとさえしている。 

 バーブラは裂かれた肩に手を当て、こびり付く血を見て満足げな表情を浮かべた。そして、甲高く手を叩き、自分を覆っていた禍禍まがまがしい魔力を転移門に変えた。

「一月後を楽しみにしているぞ

 努々(ゆめゆめ)、王都へ逃げてくれるなよ」

 そう言い残し、バーブラは姿を消した。





「落ち着け落ち着け落ち着けってネロス!!」


 グラッパはバーブラが消えるまで、まだ聖剣を振りかぶろうとするネロスにしがみつき、彼がこれ以上攻撃しないように邪魔をしていた。

 ネロスは怒りで興奮しているようで、バーブラがいなくなったのを視認した後も息を荒げ、しがみつくグラッパを振り払おうとしていた……しかし

「おぎゃあああ!!!」

 赤ん坊の泣き声がひどく響き渡り、ネロスはようやく振り返って赤ん坊と老婆をキョトンと見つめた。老婆は自分たちを守ってくれた彼に手を合わせて感謝しており、ドワーフたちは心配そうな顔をしている。

 真っ赤になっていた顔が呼吸の落ち着きと共に冷えていくと、寧ろ血の気が引くほど青ざめていった。

「お前が……そんなに感情的だったとは、ハハ、思わなかったぜ……ぜぇぜぇ」

「ご、ごめん ごめん、ごめん だだだ大丈夫??」

「そいつは俺の台詞だ! ぜぇぜぇ……お前さん、血塗れじゃねぇかよ」

「僕? いや、これは……これぐらいすぐ治る それより」

 老婆の前に膝をつくと「大丈夫?」と声をかける。しかし、全身の皮膚が焼け爛れ、血を垂らしている奴にそんなことを言われても反応に困るのだろう。老婆は震えたまま、よっぽど重傷に見えるネロスに感謝を伝えることしか出来ない。

 それから間もなく、ネロスは不安そうな顔を右に左に「ミト、ミトはいる?」物陰に隠れていた私を探しているようなので、私は建物の裏から顔を出した。

「ミト、どうしよう……今から村に戻っても間に合わない」

「あなたの両親が村にいるの?」

「いない。村の人は僕の顔と名前を知っているだけ。

 だけど、あの人たちを巻き込みたくない……」


(顔と名前を知っているだけ……?)


 ネロスの言葉に少し疑問を感じたが「ホズ」私は上空を旋回していたホズを呼びだした。

「キヌノ村、半日ぐらいかかる?」

「奇跡的に風が向いてりゃ2時間で行けるが……行ってみなくちゃわからんな。

 向こうに着いたら繋ぐ」

「ごめん……」

「あんたはすぐにその傷を治して貰ってきて。

 話はその後にしましょう」

 ネロスは血が滲む頬を拭って、申し訳なさそうに頷いた。 



2022/7/18改稿しました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ