第49話① 擬態する毒
「あんた一体どういうつもりなんだ!!」
ラタはレキナに掴みかかる勢いで問い詰めた。
数百年の時を経た邂逅、血に塗れた過去が脳裏を蹂躙する一瞬、方々からの邪魔が入り、魔王と、その”術者”は何処かへと消えて行ってしまった。
レキナは、ラタの邪魔をしたその一人で―――怒鳴り散らす彼を連れて魔女(自分)の家へと転移してきた。
「マイティアちゃんが探している勇者が魔王であることを……あんたは俺に黙っていたってのかよ?!」
「そうよ。それの何が悪いの?」
うるさい声に長い耳をげんなりと曲げ、煙草に火を点けるレキナにまるで悪びれる様子はなかった。それどころか寧ろ”助けてやった”と言わんばかりに言葉尻が上がる。
「あれは魔王”だった”魂でしょう? それが現代のガキの中にいるってだけ。
わざわざそんなことを、八竜の隷属ってだけの胡散臭いあんたに言わなきゃいけない筋合いはなくない?」
「なにをををっ!?」
もしラタに正直に打ち明けていたとしたら、彼は当然、魔王と契約しようとするマイティアを是が非でも止めようとしただろう。女神になったところで”才能がない”以上、予言など出来やしないと女神と魔女から告白され、生きる目的を失いかけている彼女の思いよりも優先して。
そう、彼女は遂に知った。
女神になったところで意義がないことを。
二人の魔術師は生まれた意味を失った彼女に、無慈悲な選択肢を与えた。
選択を迫られた彼女が発した言葉を、レキナはふと思い出す。
『最低だ……。
自分勝手だな……嫌になる』
マイティアは過酷な道を選んだ。だから、女神と魔女は、女神の子に死霊術が何たるかを惜しげもなく教え込んだ。死霊術とは支配だと。飢えた化物に楔を打ち込んで強引に使役すること。そしてもし、魔王が暴走するようなら管理責任を果たさなければならないことも。
「それに、あの恋路を邪魔するなんて難儀じゃない」と、口にして、レキナは自分の口から出た言葉とは思えずに「ふっ」笑みをこぼした。
「それは───っ」
ラタは言葉に詰まり、オリハルコンの”斧だった”棒を握り締める。
実際、誰がどう見ても、マイティアを守る様に抱き締めたあの光景は、そうなのだろう。しかし、”許される”のだろうか?と、ラタは迷った。誰しも死霊を”どう使うか”を考えるというのに、死霊自身との愛などが許されるのか、正しいことなのかどうかと。
(いや、ダメだ……そんなことが許されちゃいけねぇよ)
死霊は苦痛に苛まれ、飢える存在だ。どれだけ相思相愛であった関係でもそれは覆らない。死霊術に囚われた魂は邪悪な魔物に変わり果て、人の世を脅かしてしまう。死霊を滅する方法以外のすべての事柄に関しては、どんな事情があろうとも許されるべきではないのだ。
「……俺は、アイツを二度と誰にも利用させないと約束したんだ」
「おっさんの昔話に付き合ってやるつもりはないのだけれど」
「だから!黒曜石の原盤を地底遺跡に持って行って、誰の手にも渡さないようにしていたんだよ!」
しかし、ラタの手の中には、黒い石盤がある。石盤の真新しさから、彼が遺跡に持って行った代物ではないようだが、その複製が作られ、突如現れた連中に使用された。
「コイツは魔王の魂を封印する為のもんだ! 同時に、封印した魂を操る為の楔にもなっちまう……!
誰かがアイツを利用しようとしているんだ……俺は何よりそれが許せねぇ!」
明確に、魔王を利用したいと思っている正体不明なヤバい連中がいる中で、今、魔王はマイティアという一人の少女と共にいる。当然、ヤバい連中はマイティアを狙うことだろう。
実際、殺害された連中からは手荷物という手荷物がなく、石盤がラタの手に渡った瞬間に、奴らは逃げる事もなくその場で、自分の頭に仕込んでいた魔術で爆発、跡形もなく自害した。服装からして神官兵ということ以外、連中が何者かを示す手がかりが何もないのだ。
「マイティアちゃんが何処に行ったか見当はつかないのか?!
一刻も早く合流して、魔王を封印しねぇとあの子が一番危険なんだぞ!」
「危険、ねぇ……大女神からつけ狙われている時点でどのみち絶望的なんだけど」
「大女神がなんだってぇ!?」
ピク、そのとき、レキナの長い耳が跳ね
「お客さんがいるようね」
彼女の感知範囲に入った何者かを「今度は何よ、全く」出迎えに扉を開けた。
扉の向こうに立っていたのは
「アンタが魔女か」緊張した面持ちのランディアと、控えめなリッキーだった。
「何用かしら、私、忙しいんだけど」
「私はランディア・フォールガス。
マイティアの姉だ。
単刀直入に言う。マイティア・フォールガスの居場所を教えてほしい」
「ん、お……お前さんは」
シェールの街トノットを共に守ってくれた女騎士、その人が魔女の家に押しかけ、妹を探していると。
「んんん!?妹!?」
「あら、何? お家に帰るよう説得しに来たの?
それとも……女神の子の使命を果たすようお迎えに来たのかしら」と、レキナが口にすると、ランディアは安堵したように
「そうだよ。わかっているなら話が……」溜息をついたが
「いないわよ」
「そうさねぇ……きっと”神国”にでも行ったんじゃないかしら?」
ギリリリ! 拳が軋み、怒号が放たれる。
「どうしてどいつもこいつも! 状況が!最悪なことを―――なんで考えもしないんだ!?
女神がいなきゃ活路を見いだせないってのに!」
「はあ」
レキナの吹く煙にぶつかったランディアが更に声を荒らげる。
「もう王都は壊滅状態なんだよ!一体誰がこの事態を収めてくれるってんだ!? 予言に頼るしかないだろうが!」
「あのねぇ、女神が現れようが何も変わらないのよ。
あれ(マイティア)には才能がないの。私でさえ構成理解に数か月を要した予言なんて、”不死”になったところで永遠にあれには出来やしない。
結論、意味がないの。あの女にとっても、あんたたちにとっても」
「なんだって」
「あれは罠なのよ。王族の身───」
「そんな訳あるか! そんな―――ことあってたまるかよ!」
焦燥感に駆られた怒号、吐き出される呼気の乱れを魔女は悟る。
「……魔力が淀んでいるわね、あんた。
何かが混ざっている―――面白いじゃない」
「何が面白いだ!」
ランディアは遂に我を忘れて携帯鎧を装着し「お、おいランディア!待てって!」鉤爪のついた左腕をレキナに突き出した。
だが「!?」鉤爪がレキナの身体に触れた途端、レキナの姿がふわりと掻き消え
「げっ!」レキナの幻影から、”幻惑術の起点”となる大量の煙が噴き出してきたのを”嗅いで”気付いたランディアが、慌てて息を止めて後方に飛び去るが
「う、うぐっ 」
目の中いっぱいに―――危険な毎日の中の僅かな団欒に、既に亡くなった筈の面子が浮かび上がり「うう、うあああっ」ランディアはその場に膝から崩れ落ち、咽び泣き始めた。
(こ、これが八竜をも惑わせた幻惑術師……対人なんて一瞬じゃねぇか)
ランディアが向かってくる数秒足らずの間に、冷静に幻惑術の術式を練り、二段階に術中へと陥れた。
少しでも計算が狂えば無防備な身体に一撃をくらうのだが、優れた幻惑術師という者たちは、そんな危険も楽しむかのよう優雅に舞い、敵を翻弄する。全く以て、この魔女が敵でなかったことに、ラタは安堵した。
ドサッ。
幻惑術の煙に覆われたランディアは遂に、動かなくなった。その気絶した身体を、ゲシッ「ひでぇ」と、一度蹴って動かない事を確かめた後で
「ハゲ、その女の形状鎧(※携帯鎧の別称)を剥がしなさい」
「え」
「早くしなさい」
リッキーはランディアのもとへ駆け寄りつつも
「あ、あのさ、ランディ、言ってたんだ。ドップラーの毒を、毒を浴びた奴の血に当たっちまったって」と、不安そうに口にした。
「へえ……ドップラー、ねぇ」
「レキナ、何とかしてやれねぇか? ドップラーのこと、レキナは何か知らないのか?」
「エバンナとゲドに囲まれて、遠く山向こうの敵まで知っていると思う?」そう言いつつも、咥えていたキセルを置き、手袋を嵌めた。
「興味があるから助けてやるけど、ちょっと手荒い治療が必要かもしれないわよ」