第48.5話 余計なお世話
「お前はどう思うよ、あの魔王」
「他愛もない。俺たちで倒せそうだ」
赤い三日月が昇る深夜。
バーブラ親衛隊の魔族二人はコソコソと、マイティアの眠る木造の宿舎の前に現れた。無論、気に食わない新人に焼きを入れるためだ。
だが、その威張り散らした気配をすぐに察知したのだろう、宿舎の入り口の前に魔王が立ち塞がった。
「人の寝込みを襲うとは非道極まりないな」
ズボンのポケットに両手を突っ込み、やる気を見せないでいると尚、魔族二人は調子づいた。
「やい、魔王め。バーブラ様に気に入られたからといって俺たちがお前の加入を認めたことにはならないんだからな!」
「で? 何の用だ」
「あ? え、だから!」
「やる気か?」
そのとき、魔王は隠していた殺気を一瞬だけ、ゾ―――ッと覗かせた。五臓六腑をひっくり返すような魔の重圧が閃光のように魔族二人に放たれ、思考を追い越し、身体を硬直させた。
「あ、れ」
全身の毛を逆撫でた感覚も、一挙手一投足動けない状態の訳もわからないまま、魔族二人は自分たちよりも背丈の小さい骨を前に呆然と立ち尽くした。
「なんだ、その程度か」
「な、なんだと?!」
魔族二人は動こうとして懸命に手足を震わせる。
意図せず恐怖するそんな様子を魔王は鼻で笑い、尾骨を挑発的に左右に振った。
「おい、こんな時間に何をしている」
「げっ、ワド!」
すると、夜間の見回りをしていたのだろう青い炎を纏った鎧兜が喧騒に気付き、近づいてきた。
先ほど、マイティアに指切りを迫った魔族に―――魔王は気に食わなさそうに目を細めた。
「非番だからと言って何をしてもいいという訳じゃないぞ」
「お前は認めているってのか!? ヤンゴンを殺した奴らだぞ!」
「その始末はつけたはずだ。あの女は指切りを乗り越えた」
「あの程度で済む話か?!」
ワドは魔族二人をギリッ睨みつけ「仁義は通した」と凄んだ。魔族二人に有無を言わさない、魔王の放った殺気に負けず劣らない魔の圧だった。
「―――チッ、わかったよ」
これに魔族二人は渋々、そして、たどたどしい足取りでその場を後にした。
「助けたつもりか?」
「バーブラ様を悲しませないためだ。バーブラ様のお膝元で同士討ちなどさせん」
「フン、結構なことだ」
「……断っておくが、女は仁義を通したが、お前のことは許していないからな」
「好きにするがいい」
ワドは舌打ちをして魔王の胸ぐらを掴んだ。
「あまり図に乗るなよ……! 女を殺してもいいんだぞ!」
「さっきの奴らより利口だな。
私に勝てないと弁えているとは」
「お前に勝てずとも殺す方法はある。それをもう少し危惧したらどうだ?」
お互いに一歩も引かない掛け合い。深夜に漏れる抑えた殺気のぶつかり合いに宿舎の窓がガタガタと震えだす。
「トトリがどんな街だったかお前は知っているのか?」
「なんだって?」
ワドは手を離し、炎の火加減を弱めた。
「かつてのトトリは南部貴族と女神教会という金の亡者共の街だった。
人々は貴族共に金を搾り取られ続け、にっちもさっちもいかなくなり、助けを求め向かう女神教会で洗脳を受ける。
下民街があるポートの方がよっぽどマシな街だ」
「だから、魔物による支配を受けた方がマシだったと?」
「魔物ではない。魔族だ」
何も変わらないだろう、と吐き捨てる魔王に、ワドはムッとした様子で火を吹かした。
「ヤンゴンは町の清浄化を図っていた。弱き者が虐げられない社会にな。
そこにお前が現れ、ヤンゴンを殺したのだ」
「隠れて人を食い殺していたドッツェンとやらを放置していたのは、ヤンゴンの監督不行きではないかね?」
ネロスがマイティアの言いつけを守らずにナロを助けた一夜のことを、魔王は感慨深く思い出しながらそう言い返すと、ドッツェンの名前に覚えでもあるのだろうか、ワドは驚いたように顔を上げた。
「あの愚か者め……足を引っ張りおって」
はあ、と溜息をつき、肩を落とした鎧兜は「すまん、ヤンゴンとは親友だったのだ」と、聞こえにくい小声で釈明した。
「正直のところ、バーブラ様の決定に不服がない訳ではない。
だが、あの方の決定は常に正しい。それが時に身を切るような決定であってもな」
トトリとポートの戦いで勇者に殺された親衛隊のコリン、ジュベッケ。彼らの犠牲を払ってでも、あの戦いで手に入れた(誘拐してきた)人材は神国の立て直しに重要な要員となった。
「バーブラ様を失望させるなよ」
ワドはそう言い残し、大神殿の見回りへと戻っていった。