⑤
「ランディア……なんて言ったの?」
雪降る極寒の外。
薄着のまま息を荒げる金髪ショートの、男子に見える女の子。ランディア。
彼女に問い質そうとしているのは、縮れた黒髪、褐色肌の女の子。サーティア。
彼女らは、シルディアとマイティアの、腹違いの姉たちであった。
マイティアがハサン王に呼ばれて以降、戻らない事を、シルディアが暗部の者たちと行動を共にしている事を心配していた二人に
『お前たちも来てほしい』
マイティアの鷹王、喋る鷹ホズは事情を話した。
二人はすぐさま医療棟へと向かい、シルディアたちと入れ違いに、ボロボロになったマイティアと面会していた。
「お、お父様を信じるもん」
「!?」
しかし、マイティアのあられもない姿に耐えられなかったのか、一足早く修道院へと戻っていったランディアは、彼女を追ってきたサーティアに、震えながらそう答えた。
「だ、だって王様だよ? お父様だよ?
ミトだって嫌だったんだよ……そりゃそうだよ、私だって、嫌だもの」
自分の父親がまさか、自分の娘に拷問じみたことをする訳がない。何かきっと別の誰か悪い奴がマイティアを襲ったんだ……唇を噛み、俯き、救いのない現実から目を逸らす。
「……女神の子なんてなくなっちゃえば―――ミトは解放されるのに」
「ランディア!」
「わ、わ、わっ!」
サーティアはランディアに手を上げようとして、その手を戒めるように自らの頭に拳骨を食らわした。
「わかった……そうだよね、私、お父様に直談判する」そう覚悟を決めると、サーティアはドシドシ1歩ずつ恐怖に立ち向かって歩き出した。
自分の娘を瀕死にさせる男だ、サーティアだって下手すれば例外ではない。しかし、このまま何もせず黙っているには、マイティアやシルディアに顔向けができなかった。
「え、えっ、サッチ? サッチ!やめろよ!危ないって!サーティア!」
ランディアが必死にサーティアを止めるも、彼女は止まることはなく……ランディアは彼女を追うことは出来なかった。
記憶の抽出を可能にする術式、その完成を目指すべく、シルディアは霊体になった。
精確に言えば、霊体になる練習を始めた。
『やだ! しゅるしゅる呑み込まれる!』
術者はまず霊体になる。
そして、対象の魂に自分の魂を接続し、記憶を読み取った後に魂を分離、元の体に戻って来る……それが目標とする魔術だ。
「はあ……はあ、死んじゃう」
「だから言うたろうが。危険だと」
魂を操る術、いわば死霊術に踏み込んでいる領域だが、術者という支点を持つことが出来る死霊術とは違う為、どうしても術式が不安定になる。
肉体から一歩でも外に出ようものなら、魂は泡の如くふわりふわりと浮かび上がって、目に見えぬ死者の世界への導きに吹き流されてしまうからだ。当然、その流れに乗れば、死だ。
「でも、なんかコツを掴んできた気がする……!
絶対に許さないって恨みまくると地に足がつく気がするわ!」
「ふむ……だが、それは死霊と同じだな」
「げっ! いっけなーい!」
「魔を引き寄せ、狂わん限りにはいいのかもしれんがな。
自分の意志を見失うなよ」
しかし意外と、シルディアは上手かった。
4人の中で最も魔術の才能があっただけに、彼女はメキメキと幽体離脱を我が物としていき、5日ほどで、霊体状態で外に出る事が可能になった。
『雪だるま量産!』
更に、霊体状態で簡単な魔術を唱える事も出来るようになり、誰もいない場所に雪だるまを数百個作ることにも成功した。
次のステップに移行してもいい頃だろうと判断したとき
「レバス様!」
そんなときに、レバスたちの下に一本の連絡が飛び込んできた。
「────サーティア姉さんっ!!」
そこには、頭から血を出して蹲るサーティアと、血のついた鞘付きの剣を握るハサン王がいた。ハサンは激しく息を切らし、その髪は汗を含んで乱れていた。
「この娘が俺に刃を向けたのだ。これは正当防衛である……!」
ハサンの言う通り、サーティアの手には医療用のメスが一本握られていて、その刃先に零れた涙が赤く滲んでしまっていた。
「ハア……ハア……すべてお前のせいだぞ、マイティア……!」
「?!」
ハサンはシルディアをマイティアと見間違えているのか、シルディアの方へとにじり寄った。ろくに二人を見てこなかったハサンには、双子の違いを理解しきれていないようだった。
「お前の、お前のせいだ お前の
邪な血の呪いが あの男の血がぁあッ!!!」
「やめてッ!!」
鞘ごと剣が振り下ろされた。ガチャァン! サーティアのすぐ横の床に激しく叩きつけられ、剣が鞘の中で弾む。
「やめろハサン!これ以上馬鹿な真似をするな!」
「黙れレバス! 貴様があの男を愚図に育てたせいでな!」
血のついた鞘を振り回すハサンの乱心は止まる気配を見せない。
この状態で、ベッドとベッドの隙間でシーツに包まり、震えている本物のマイティアに牙が向いてしまったら、どんな目に遭わされるか想像に難くなかった。
シルディアは覚悟を決めた。やるなら今しかないと。
「やれるものなら、やってみなさいよ―――このクソッタレ!!」
僭越な挑発、ハサンはシルディアに向けて「───!!」最早、言葉さえなく鞘を振るった。
その瞬間、シルディアは幽体離脱を行った。
ごしゃっ!
生々しい音がしたが、シルディアは脇目も振らずマイティアの元へと向かい、震える彼女を抱き締めた。
肉体と魂は、鍵と鍵穴のように嵌まるもの。この世に生まれる最初の結合の瞬間に作り出されるその概念は、見た目そっくりな双子の場合、ほぼ同じになる性質がある。
だから、シルディアとマイティアの魂は何不自由なく接続した。
「!?」
ズォォォオオオオ。 まるで見聞きしてきた事であるかのように雪崩れこんでくる処理しきれない視覚情報と音。
今まで生きてきたお互いの記憶が同調する。お互いが知らなかった片割れの記憶の中に
『ここはカタリの里』
『汝は幼すぎる』
聞いたことのない男たちの声がマイティアを拒む。
『出直すがよい』
カタリの里の守り人という人たちだろう。マイティアを拒む聞き知らぬ声が、あった。
そして―――。ハサンの振るう鞭の音も、泣き喘ぐ声も。
(嘘じゃない!嘘なんかじゃない―――それなのに!)
(おね、ぇ、ちゃん……?)
魂を接続させたためか、マイティアはシルディアを認識した。頭の中に突然現れた姉に、マイティアは熱を求めて幻影を掠る。
(ミト……待っててね、私があなたを助けてあげるから)
(まっ て おねぇ ち ゃん……いかな い で)
(大丈夫! すぐに戻るから!)
(おねえちゃん!)
差し出される手を振り払うように、シルディアはマイティアとの接続を切った。一刻も早くクソッタレの頭の中に共有した記憶を、直接叩き込まなければならないのだから。
(取り憑いてでもやってやるわ!)
ほぼぶっつけ本番だ。記憶の叩き込み方など教わってもいないし、理論上の事も結局理解しきれていない。計算上は出来る、とだけ。だが、シルディアには、できる、それだけ分かればよかった。
(このクソ親父!!!)
息を荒げ、地面に倒れた二人の娘を血眼で見下ろすハサンに、シルディアは飛びついた。死者の世界への導きに巻き込まれないよう勢いよく。
しかし。
『邪魔するなよ、クソガキ』
『!?』
おぞましい気配が突如ハサン王を覆い、シルディアを引き剥がした。
男児のような声。姿は見えない。だが、それは異形の何かとだけ理解できた―――それが何故かハサンに取り憑いていて、今の今まで誰もそれに気付いていないのだから!
『何?! あんたは何なの!?』
そう声を荒げるも、そいつはそれ以上シルディアと話をすることはなく『”お父様ぁ”』と甘え声を出した。
「もう、いい……もういい、後片付けをしておけ」
ハサンは酷く狼狽したままその場から逃げた。
ハサンから弾かれたシルディアは
(くっ……千載一遇のチャンスだったのに……!)
仕方なく元の体に戻ろうとするも―――。
『あ……』
回復魔術師たちの悲鳴。
シルディアは、自分の体に戻る事が出来なくなってしまった。
頭部を酷く損傷した身体に戻ってしまったら―――最後、もう抜け出せなくなってしまうかもしれないから。
そして―――。
「おねぇ、ちゃん……?」
シーツに丸まり、この難を逃れたマイティアだったが……。
彼女は、二人の姉の末路を目の当たりにしてしまった。




