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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 思いを汲み取って
108/212


 マイティアと同じ、癖毛な長い金髪、きめの細かい白肌に赤い頬、整った顔立ち。体つきはマイティアよりも華奢きゃしゃだが、背中からではどちらか判らない程に二人は似ている。


 そんな彼女は、透けていた。


 足も地面についていないし、彼女の声はネロスの他には聴こえていない。


 “霊”という奴だろう。

 つまり、魂だけの存在だ。


 ネロスは時折、見ることがあった。この世にどうしてか留まっている魂。死者の世界への導きを失った迷子だ。


『霊を見たら……無視しなさい』と、ベラトゥフはネロスに教えていた。

 神聖術が使えないネロスには、霊を黄泉よみ送り(死者の世界への導き)出来ないから。そして、ネロスの特徴的体質と同様に、魂単体も、“魔を引き寄せやすい”。戦闘時でもないのに必要以上に魔を取り込めば、ネロスは好戦的になってしまう。予期せぬ事態を回避するためにも必要な事だった。


 ネロスは今回も口をつぐむつもりだった……のだが

(むぐぐ……うっ)

 目と鼻の先。声を放つ呼吸の、微かな抑揚や湿った温度さえ触れる位置。

 そんな距離に、マイティアとだって近づけやしないのに───同じ容姿の霊が馴れ馴れしく近づいて来たのだ。押し退けようにも、霊には触れられないし。


『私の名はシルディア・マック・フォールガス

 マイティアは、私の双子の妹なの』


 ちょうどやましいことを学んだその日だけに、ネロスの顔はでタコのように真っ赤に腫れ上がってしまった。

 その様を感じ取ったか

『やーだもーっ! こんなことでのぼせちゃダメじゃなーい!

 妹の彼氏浮気の危険ありってミトに警告しちゃうわよ』と、冷やかされてしまった。

「そっそそそそそそそんなこと」思わず声が漏れるネロス。

「んー? どしたー?」

 当然、その情けない声に傍で眠っていた王都騎士たちが眠気眼を擦り始める。

「え、あ、ううん、何でもない」

 ネロスは慌てて何でもないふりをして、変な夢を見てしまったのだと言い訳をした……きっと不埒ふらちな夢だと思われたに違いない。

 王都騎士たちのいびきが再開してから

『ふーむ、このままだと私一人でずーっと喋ることになっちゃうわね。忍びないわ。

 よし。それじゃあ、お姉ちゃんが秘密パワーを発揮しちゃいますよ』と言うと

 シルディアは『まず眠ってください』と、ネロスに指示を出した。

「なん───」

 何でそんなことをしなくちゃいけないのか、そもそもなんでお姉さんが霊なのか、あーだこーだ質問づくしにしてやりたいところだったが

(一人で話しているところを見られると面倒なんだよな……)

 聖剣に宿る女神ベラトゥフと共にタタリ山で生きてきたネロスは、マイティアとの旅路の中で、一人でいるのに誰かと話している状態───つまるところ、聖剣に宿るベラトゥフに公然と話しかける様子───というのが、他人からすると不審者に思えるということを理解していた。

 かといって、この宿舎の中で一人になれる場所があるのかもネロスにはわからない。


 結論、ネロスはシルディアの言う通りにした。

 ベッドに入り、毛布を被る。そして、眠気など全くないながらも目をつむる。


 それから間もなく

『夢の中で私と円舞曲ワルツを踊りましょう』

 シルディアの囁きが鼓膜を擦り―――すーっぅ、水の中から水面へ浮かび上がる時のような感覚が起きて


 ブハッ!

『はっ!?』

 瞼の裏いっぱいの光で意識が引き摺り出され、反射的に目を覚ますと―――

『なななななななんだ!?』

 ネロスの目に映ったのは―――目を瞑り、心地よく眠る”自分”だった。


『ふふ、これであなたも浮遊人仲間ね!』

『なんだってぇえ?! 透けてる! 声が誰にも届いてない!?』

 目に映る手が透けていて、身体はぷかぷかと浮いている。息苦しくはないが、呼吸をしている感覚はない。透けた自分に触れられはするが、眠っている自分や、サイドテーブルにある水差しや、眠りにつく王都騎士たちには触れられない。

 魂を引き抜かれたというのだろうか?! 


『私が許すまであなたはずっとこのままですのよ』

『うそだろ!?!』

『ほんとよ。私の言うこと利いて下さいね♪』

 キャピ♪ マイティアと同じ顔で、彼女がしなさそうな、砕けた笑みにしてやられ、ネロスは戸惑う様子を見せた。

『け、結構、強引だね……君』

『あら、お気づき?

 それが良さですのよ』


 お互いに話せる状況になったから改めて


『ぼ、僕はネロス。

 君は僕の事をどうして知っているの? 会うのは初めてだろう? そもそもどうして君は霊なんだ?』

『やだ、質問攻めなんて失礼ね』

『え、えあ、ごめん』

『ふふ、女性に謝ることができる男性って素敵。

 私が霊体なのは後々語るとして、そうね……初めましてね。

 だけど、私はあなたのことを知っている。ホズから聞いていたから』

『ホズから?』

『あなたがミトに会いたがっているだろうこともね』


 シルディアの言葉に食いつくネロスに『その前に』と、彼女は制した。



『あなた、”死霊”なんでしょう?』


 シルディアは目を瞑ったまま微笑みを絶やさない。


『どうして妹に優しくしてくれたの?』


 敵意に満たない緊張感。

 彼女はネロスを警戒していた。


 突然に切り出された”本性”に───ネロスは狼狽ろうばい

『それは――、』言葉を失った。


 その様子から図星をついたと確信したシルディアは

『私、盲目なのだけどね……代わりに魔力が視えるの。だから、あなたの魂に繋がった糸が視えるのよ』と、ネロスに詰め寄った。

 しかし、それでも敵意を表さない理由も明かした。

『あなたの糸はすごく美しい……絹のような手触りなの。それでいて、千切れないようにられ、完成されている……私たちよりも遥か上をいく魔術師が、あなたを支えていることがわかる。

 こういう風に繋がっている人たちってみんな、鎖や楔みたいに大きくて重いもので縛られたり、貫かれたりしていて苦しそうなのだけど……あなたはまるで違う。

 きっとあなたも、その手綱を握る方も、優しくて強い人同士なのでしょう?』そう信じたい―――と、シルディアの表情が語る。

 そうまで言われてようやくネロスの動揺は鎮まり、何処か心の底から安堵した溜息をついた。

『まだ詳しいところは、ミトにも言い出せてなかったんだけど……』

 ネロスは真っ直ぐとシルディアと向かい合い、口を開いた。


『僕が死霊術で結ばれているのは……僕が生後間もなく死にかけていたときに、女神のベラが死霊術を使って僕を生かしてくれたからなんだ。

 その副作用で魔を引き寄せやすい体質になったり、魔を取り込むと性格が好戦的になったり、身体が強化されたり、普通の人とは違う体質になってしまった。だけどそれ以外は、僕が感じている限り、他の人達と同じなんだ。

 お腹は空くし、眠くなるし。

 だから、僕が生きているのか、死んでいるのかは、魔法学的に難しい話みたいで、僕には説明できないんだ。ごめんね』


 シルディアは瞼を開き、何処にも焦点の合わない白濁した青白い目をネロスに向け

『そうだったの……ごめんなさい。あなたを死霊などと呼んでしまって』ぺこりと頭を下げて謝った。

『ううん、気にしないでよ。

 それを見抜いた君の目はすごいってことさ』と言い、ネロスは一度顔を伏せた後、もう一つの質問に答えた。


『ミトが女神の子だってことは、出会う前から知っていたよ。ベラの予言で、女神の子を呼んで、現れたのが彼女だった訳だからね。

 最初は、彼女に導かれるまま王都に真っ直ぐ向かうものだと、僕も思っていたんだ。

 ただ……ミトがタナトスって人に、早く王都に帰れとか怒られているのを聴いてしまって……、彼女が、本当は王都に帰りたくないんじゃないかって思ったんだ』


 ネロスは拳を握り

『みんなが女神に祈っている理由って、魔王がいない世界になってほしくて、その為の未来(道標)を知りたいからだろ?

 それなら別に、女神にならなくたって、ミトは僕の予知夢よりも先の未来を見据える目を持ってるし、勇者の僕が頑張って魔王を倒せばいい。


 そう思ったから……ミトに言ったんだ。僕が頑張るから、一緒に旅を続けていたいって。

 そしたら、ミトから答えを待ってほしいって言われて……僕はその答えをずっと待っていたんだ』

 そう言いながらも、ネロスはみるみる俯き始め

『けど、そうか……魔王じゃない、ゲドすら倒しきれない為体ていたらくだったからミトは……』


 ―――幻滅させてしまったのか。

 せっかく期待を抱いたのに、こんな奴に任せていられないと呆れられたのかもしれ―――。


『ねぇ、彼氏』

『ネ、ネロスって呼んでよ』

 シルディアはネロスの頬を両手で優しく包み、顔を上げさせると

『ネロス、ミトを止めてくれる?』


 シルディアは小さく微笑んだ。

 きっとミトもそんな風に目尻を下げて、口角を上げて……くしゃっと笑えるのだろう……ぼんやりとネロスはのぼせた。


『止めるって……?』

『あの子は、女神になるつもりで王都に戻ってきた。それは、自分の命を賭すだけの覚悟を持っているってこと。

 それを止めるには、あなたの言葉が必要なの。

 だけど、あの子のことを知らないと、あの子の雁字がんじがらめになった使命感を解くことはできないわ』

『ミトのことを、知る……?』

『その過程で、私が霊体である理由もわかると思うわ』



『聴いてくれる?

 マイティアの話───あの子の、失われた自由の話を』


 ネロスは躊躇ためらうことなく、頷いた。


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