➀
第三部に入る前に、幕間を挟みます。
物語は第21話➀のネロス側の視点から入ります。
ネロスは眠ると、意識の底へと引っぱられる。
こっちに来い、と 執拗に呼ばれ
いいものを見せてやる、と 誘われ……そして……暗闇の底へと辿り着く。
暗くて寒くて重い場所
ネロスの足下には、透明な水面があって 彼の顔は骨として反射する。
だが、その骨は 独りでに動き
目を瞑り、死んだように眠るネロスの腕を掴んで水面の奥へと連れ込む。
そうして辿り着く意識の最深で
チラチラと木漏れ日から見えるオパールのように、瞼の裏に映りだす……。
王国の 旗 笑み 白い鷹 酒 吹雪 牢
彼女がいる 霧が立つ水面に仰向けで横たわっている
その胸には大きな穴が空いている
アイツがいる
彼女が血溜まりの中にいる 血が手にこびり付いている
彼女は泣いている 何処かの牢の中 煙が涙を啜る
アイツがいる
光の失せた目が、裂けた聖樹を虚ろに映す
聖樹はその根を起こし、彼女を喰らおうとする
アイツがいる
聖樹の腹 萎れた 魔で穢れた 人の死体
その死体に 見覚えがある
あれは誰だ? 誰だ? だれ?
知らない
知らないはずなのに────アイツがいる
ガバッ、と、ネロスは飛び起き、目眩と頭をぐにゃりと捻られるような痛みに苛まれた。
予知夢の直後の、立ち眩みや悪寒とはまた違う感覚。そう、自らの不注意で顔に傷を負うことになった……あの時と似た気持ち悪さだった。
「いっ……て……てて……」
そこに加えて、息を吸う度、顔を上げようとする度に体の節々が軋むように痛む。特に左手の感覚が薄く、ずっと痺れている。
(そうだ……僕はゲドを 倒し損ねた……?
いや、倒すどころか……僕は負けたのか?)
途中から記憶が途切れていて覚えていない。ゲドの腕を切り裂いたところまでは覚えているが、その後は…………。
「勇者目覚めたァア!!!」
「!?!」
突如、水桶とタオルを持って階段を昇ってきていた男が奇声を発して飛び上がると
「あ、ちょっ と」
ネロスが訳を聞く前に素早い動きで下層階へと降りて行ってしまった。
「此処、は……どこだ?」
ネロスは身と唇を震わせて、周囲を見渡した。
じわりと染み込む耐え難い寒さ。窓をガタガタと殴打する強い風。
見たことのない家屋の区切りのない大きな一室で、ズラリとベッドと棚が平行して置かれている……それが2列。
中央には柱が一本立っていて、その上には田の字に木柱が組まれ、その四隅からも柱が伸び、四角錐の屋根になっている。
何処かで火でも焚いているのか少し煙っぽく、木々も何となく燻された橙色。鼻をツンと刺す魔物除けに幽かに混じるのは、“汗”の臭いだ。
その他には、ネロスに被さる萎れた毛布、キンキンに冷えた水差し、その傍らには
「ベラ」
煤けた聖剣が、立てかけられていた。
『ネロス……ごめん、ごめんなさい』
木剣の柄から生えた花が、しゅん、と項垂れていた。その訳を訊こうとしたとき
ガヂャ、ガヂャ、ガヂャ、ガヂャ。
「目が覚めたようだな」
下層から、一人の屈強な男が現れた。そう、文字通り屈強な男だ。雪の被った全身甲冑、身の丈ほどもある大盾と、何故か左腕にも小さいバックラー(中央に丸い凸がある円盾)を携えている。
重そうな大盾を壁に立てかけ、幾重ものベルトを外し、フルフェイスの兜の下から現れたのは、鼻の高い北方顔だった。縮れた黒髪はもみあげまで伸び、全体的には短い。眼差しこそ垂れ目で柔らかいが、ネロスを見据える目に滲んでいるのは、疲れだ。
「あんたは」
「王城城兵戦士長、兼、王都騎士団第一部隊隊長のグレースだ。」
「……長い名前だな」
「……肩書きに興味がないのなら、グレースと呼んでくれて俺は構わない。
ただし、王城の者にその態度はやめておけ。お前の首を絞めるだけだ」
「どうして僕が僕の首を絞めるんだ? そんなことはしないよ」
「うーむ……」
グレースはもじゃもじゃ頭を掻くと
「此処は南西門、王都騎士団宿舎の中だ。
お前はゲドと戦い、負傷した。そして、その身柄を俺達が引き受けたのだ」と、状況を説明した。それでもネロスの疑念は晴れない。
「なんでだ? どうしてあんたたちが」
「マイティア様が呼ばれたからだ。迎えに来てほしいとな」
ネロスは目を丸め「そんなわけない」と口から溢しながら、確信的に首を横に振り、“嘘”をついたグレースを睨みつけた。
グレースは目を細め
「お前がマイティア様を連れ回していた事は、この王都ではよく思われていない。それは覚悟しておけ」と、釘を刺した。
だが、ネロスの表情は怯えるばかりか更に堅く眉を顰め
「ミトを連れ回したのは僕のわがままだ。僕がミトにわがままを言った。怒るんだったら僕に言えよ」と、ネロスが応えた。
すると、寧ろグレースの顔に影が落ち
「…………。」まるで申し訳ない、とでも思っているかのような情けない視線になった。そして、それを見せないよう、ネロスからあからさまに顔を逸らし、誰もいない壁に向けて、グレースは大きな溜息を吐いた。
そのため息に何の意味があるのか「それは───」尋ねようとネロスが口を開くが
「あんらやだ、まだかわいい子どもじゃない」
もう一人、下層階から上がってきた。───身長のえらく高い女性だった。
手足が長く、巨躯なグレースよりも頭半分高い、ネロスと比べれば頭二つ分は高い身長だ。その割に顔は小さく、線の細い顔をしている。薄化粧をして、肩まで伸びる髪を折り返すように軽く束ねている。
その女は「う~ん……まだときめかないわ」と、ネロスの顔をじろじろ見つめながらそう言った。
「なんだよ、ときめかないって」
「筋肉も研ぎ澄まされていないぶっきらぼうで、可愛い剣に振り回されているんじゃあ、このデリカお姉様のときめきラインに達していないってことよ」
「今の説明なのか?」
『ネロス、初対面から失礼な奴!って言ってやりなさい』
「初対面から失礼な奴だな」
「褒めてやったのに」『はあ!?』
デリカと呼ばれた女は、土偶のように寡黙になったグレースを押し退けてベッドの横に座ると
「あんたさ、マイティア様とヤったの?」
「おいデリカ」『やっだこの女!最低!』
この失礼極まりない言葉の意味を知らないネロスは
「ミトはこの国の王の娘なんだろ?」
知らないまでも、マイティアへの愚弄と解釈し、デリカを卑しく睨みつけた。
「はあ、マイティア様ねぇ……あれ、被害妄想がひどくていらっしゃるのよね」
「は?」
デリカの思いがけない返答に、ネロスは面食らった顔をした。
彼は忠誠心というものをあまりよく理解していなかったが、少なくともデリカのそれは忠誠心ではない。それだけは彼でもわかった。
「正直、何処までが正気か判らないじゃない、あのお姫様。
女神の子って重責に堪えかねて、父親である王の気を引きたくて自傷行為してたって昔から言われていたもの。爪とかべろべろ剥がして」
「おいデリカ……」
「そんな訳ないだろ!」
「何を以てそう言いきれるのよ、当時を傍で見ていた訳でもないくせに」
「彼女に会って話せばわかる! ミトはそんな人じゃない!」
「ふふふ、ああそう。だけど、私たち一般市民が箱入り娘に気軽に会って話が出来る訳ないじゃない?」
言葉をなくすネロスに、デリカは辛辣に言葉を繋げる。
「女神信仰ってのさ、つくづく私はどーでもいいのよ。女神の子がどーのこーのって嫌いなのよねぇ、胡散臭くて。
部屋に籠もって、どっかの離れ里に籠もって過ごしたとか知らないけど、安全なところで過ごしてきた訳じゃない。
日々、明日生き残れるか分からない戦いの中で生きている訳じゃない奴が、タダ飯食って生きているっていうのが私は我慢なんないのよ」
「おい、デリカ いい加減に」
『こんの女ァ……ッ!』
「姐御、勇者を虐めないでくれよ」
ネロスにしか聞こえないベラトゥフの怒りが放たれる直前で、フルフェイスの兜を付けたままの一人がまた現れた。
二人に比べれば、そして、ネロスよりも小柄な女性と思しき声の主は、階段を上がりきることなく、手すりの隙間から顔を出し
「勇者、立てるか?
出来ればお前とサシで話がしたいんだ」と、言った。
「あんたは?」
「ランディア・トルク・フォールガス。
マイティア───ミトの姉だよ……腹違いのな」
外は吹雪だった。視野は多少確保されているが、目を開けているのもやっとな程の風だ。そこに大粒の雪が加わっているのだから、初めての王都の光景などは、満足に展望できない。
ランディアと名乗った全身鎧姿の者は、南西門の櫓の上に昇り、二人きりになったところでようやく兜を外した。
「えっ」
「初対面で悪いな……どうにもまだ、泣き止めなくて」
その細く青い目は真っ赤に腫れていた。
「な、泣き止めないって、どうしたんだ? どっか痛いのか?」
「ハッ、そうじゃないさ。自分勝手が酷すぎて、ゲロ吐きそうなのを耐えて泣いてんだ。
キレイな涙じゃないよ……クソッタレなんだ、私は」と、涙を指で拭うせいで鼻背から目にかけて赤いラインが入ってしまっている。
髪は金髪のショートで、小顔な女性だ。体格は鎧に隠れているものの、全身金属鎧を着たまま何十メートルの梯子を数秒で登っていく身体能力はある。腰には聖剣と同じぐらいの鋼の剣を提げているため、剣士なのだろうか。マイティアの姉なら、同じく姫であろうに。
「ミトの姉って、本当なのか?」
「そう。ただ……その前に、腹違いって意味、わかるか?」
「……わからない」
「父親が同じで、母親が違うってことだよ」
「…………ち、母? なんで?」
「なんで???」
ネロスの、純朴な、眼差しに、偽りなし。
「……待てよ、待った。待った……待て待て待てお前」
ランディアは嫌な予感を察知し、おろおろしながら
「だ、男女の間の、その、あんなことやこんなこと……って知らない?」
『……ごめんなさい、未履修です』
「? 未履修です?」
人には聞こえないベラトゥフの言葉を復唱した……途端────。
ランディアは突然、奇声を発した。
「嫌だよ! なんで!? 私が勇者に○○○の意味教えるのやだよ!?!
ふざけんなよ!ちゃんと履修しとけよどっかでなあ!!本能的に知っとけよ!」
「??? なんで僕、怒られてるの?」
『すみません、私がちゃんと教えなきゃいけなかったんだけど……枝だからさぁぁぁぁ』
「?????」
かくかくしかじか。うんぬんかんぬん。ピーひゃらピーひゃらのぱっぱらぱー。
「───腹違いってそういうこと! 複雑なの!」
「すみません……ごめんなさい……はい、ありがとうございました」
「ああくそ! 涙が吹っ飛ぶわこんなん!
いいか勇者! これは貸しだぞ!貸し! いい意味で返せよな!?」
「はあ……改めるか。
私はランディア、王都騎士だ」
咳払いして、赤く染まった顔を鎮める。
「王都騎士……君は」
「ランディアって気軽に呼んでくれ。ランディでもいいぜ」
「ランディは、お姫様じゃないのか?」
「そういうの柄じゃなくてね、棒切れ振り回している方が昔から好きだったんだ。
それに、今時お高く飾られている姫様なんざ穀潰しって言われるからさ、他の連中と一緒に命張らなきゃ生きていけないよ」
「…………。」
「それと、姐御の事は謝るよ。
悪い人じゃないんだ。一緒に戦えばわかる……けど、あれは腹立つよな」
「あれ、怒っていいんだよね」
「怒っていい」
ランディアはそう言い切って、肩に積もる雪を払う。
「王都騎士団ってさ、ルーク王子が作った組織だから、王子派というか、鷹派なんだよ。
だから、女神派のハサンやお役人たちに刺々(とげとげ)しくって……そのついでとばかり、ミトにも……」
「……鷹派? 女神派?」
「ああ、そっから知らないのか……じゃあ、簡単にこの国の派閥を話すよ」
ランディアはネロスに自身の背を向けて、マントを見せつけた。
赤地に白い鷹を見て───予知夢を感じ―――ネロスは瞬いた。
「王国のシンボル、鷹。この鷹は、この国では八竜信仰の象徴でもあるんだ」
「八竜信仰……八匹の竜の神様だっけ」
「そう。その神様の一柱、雪白の竜ファルカムってのがこの国の守護神で、伝説だと、その容姿が大きな鷹みたいらしくてさ。」
「それで、鷹が八竜と、くっつくと」
「そういうこと」
「一方で、女神派は……流石に女神信仰は少しわかるよな?
あと、ミトが……女神の子、女神になる候補って事は知ってんだよな?」
ネロスはランディアの目を見た後に「うん」頷いた。
「私やお前が生まれるより前、この国の王族フォールガスはずーっと八竜信仰を続けていたんだけど、神王協定っていう神国との取り決めで、王族が女神信仰に切り替えたの。
その切り替えた奴らと、元々女神信仰だった人たちを女神派ってこの国では呼んでんだ」
「難しくなってきた……」
「じゃあ列挙するわ。分かりやすく、端的に言う。頭にメモしな。
王ハサン、女神派。
王ハサンの四人娘、ミト、私、他二人。建前上、女神派。
前王、ハサンの兄のセルゲン、女神派。
前王セルゲンの一人息子ルーク、鷹派。
王都騎士団、ほぼ鷹派。
で、派閥が違う同士がお互いにバチバチしてるわけ」
「……つまり、鷹派の王都騎士団は……女神派のミトやランディにバチバチしてるってこと?」
「私は木の枝を振り回しているのが好きだったガキの頃から、王都騎士団に世話になってきた。だから、今更バチバチされることは、私はない。
ただ、姐御たちは、ミトが城の中で何もせずに生きてきたと思ってるんだ……楽をして生きてきたのに使命を果たさないでいることが気に食わないんだよ。
勿論、そんなことはないんだけど……」
続く言葉を口に出せず、押し黙るランディアに
「……ランディがイイ人だってことと、色々みんな複雑なのはなんとなくわかったよ。」
「まあ、最初はみんな大雑把だよな」
「だけど、それより僕は……ミトに会いたいんだ」
待ち構えていた言葉をランディアは一度噛み締めてから
「ミトには会えない。会おうとしたらまずいことになる」と答えた。
「どうして?」当然の様に疑問がネロスの口から発せられた。
予想外な事があったとすれば、ネロスが怒り出さず
「僕はまだ、ミトの答えを聴いてないんだよ」と、悲しげに眉を顰めたことだった。
「答え?」
「ミトは迷っていたんだよ。王都に帰るべきかどうかを……彼女は、答えを待ってくれって僕に言った。だからずっと待ってたんだ。
だけど、ミトはその答えを言う前に行ってしまった。僕が眠っているうちに王都に帰ってしまったんだ……」
ランディアの脳裏に『 帰るよ 王都に 』とネロスに呟くマイティアの横顔が過った。
その目に滲み出る揺らぎを耐え、震える唇を噛む様を見れば―――彼女は答えられなかったということをランディアは察した。
女神の子である前に、マイティアだって“王の娘”なのだから。
「…………。」
しかし、そうだとしたらあまりに皮肉だ。
父は娘の献身をいつだって知ろうとさえしないのだから……。
「うーん……。」
それはそれとして。
ネロスの煮え切らない気持ちも、ランディアには同情できた。
今後、”王都騎士団とともにドップラーと戦う仲間になる”勇者が、マイティアとこのまま今生の別れになってしまえば、彼は一生の悔いを残し……きっと、剣に迷いを生むことだろう。
「……ミトの事は、私が、何かいい案がないか探ってみるよ。
言葉を交わさないままなんて……私も、嫌だからな」
「本当に!?」
「だから、お前もつっけんどんな態度はやめようぜ。私たちはお互いの背を守り合う仲になるんだし、みんなその準備をしてんだからさ」
「え?」
「え?ってなんだよ。
”歓迎パーティ”に決まってんだろ」
『勇者ァ! ウェ~ルカム!ニュゥウウホォォオム!
お前の陽気な仲間たちを紹介するぜ!!!
王都騎士団!隊長点呼!』
「第一部隊南西門所属、グレース」
『代読するぜ! 第二部隊東門所属、タイマラス!』
『第三部隊南門所属!俺様ボルコワース!よろしくゥ!』
『第四部隊南門所属、ベス』
「第五部隊南西門所属、デリカ」
『第六部隊東門所属、ギギでおじゃる』
「第七部隊、通称医療班隊長、ヴァンス」
『第八部隊、通称技術班隊長、ダッキー
焦げちまった聖剣のメンテナンスは俺に任せな』
『そして各部隊に所属する王都騎士のみんなが!
お前の王都入りを歓迎するぜェ!!勇者ァ!!』
「ネ、ネロスでいいよ」
『ネロス!!自己紹介サンクス!!』
南西門宿舎に響き渡る酔っ払いの大声。
二つの魔石から浮かび上がる電影の窓から、人間、獣人、マロ族、エルフに男も女も数多、顔を出す。多種多様の面子が小さな窓から好奇心旺盛に勇者の顔を覗き込んでいるのだ。
電影の雷魔術。遠方で同魔術を使用している者と”窓”を通して、顔を合わせて会話したり出来る、魔石専用の術式。その力で、別の場所にいる人たちを人の顔ほどの魔力の窓に映しているのだ。
「一人以外の温度差がすごいんだけど」と、困惑した顔で隣のランディアに助けを求めると
「ボルコワースは酔うとああなるんだ。普段は冷静沈着でカッコイイだけに、酔うと台無しなのが最高なんだよ」
「最高なの???」
「まあ、とにかく、今日はお前の歓迎パーティだ。
普通酔える程の濃さじゃないんだけど、酒も用意してるし……って、ネロス、酒飲める?」
「強いお酒は苦手だけど、飲めるよ」
「それなら安心だ、キンキンに冷えた水みたいな酒だからな! おかわり自由だぜ」
王都騎士たちは、せっかくの機会だから、と、ネロスに色んな事を訊いた。
予知夢ってどんな風に見えるのか。どこまで見えるのか。明日戦う魔物のことまでわかるのか?と訊き、わかると答えたときには、王都騎士たちはまるで救世主を見つけたかのように喜んだ。その他にも、今迄の戦勲を褒め称えられたり、出身地、戦い方など訊かれたりしていた。
マイティアに会いたい気持ちを悶々(もんもん)と抱えつつも、ネロスは自分を手放しで歓迎してくれる王都騎士団の歓迎パーティに参加した。別に悪い気はしなかった。ポートでの戦勝記念パーティでも同じよう、ドワーフたちから酒を浴びせかけられてきたことを考えれば理性的でさえあった。
『…………。』
ネロスが新たな仲間たちに囲まれ、暑苦しく揉まれる一方
ベラトゥフは、窓の外の王城を静かに見つめていた。
騒々しい日の夜。
王都騎士団宿舎で眠る一夜、酒が入った体にもかかわらず、しかし、ネロスはなかなか寝付けずにいた。
(ミトは城に戻った……戻りたかったのを、ずっと言い出せずにいた?
そんなはず……いや、そうなのか……。
僕はずっと、余計な事をしてきたのかな……)
思い返してみても、マイティアの思いを履き違えた自覚はなかった。いや、ないことがダメなのだろう……ネロスは自分の至らなさを反省しつつ、どうしたら良かったのだろう……と、大きなため息をついた。
ふぅ……。白い息が舞う。 そのとき。
ふ わ っ と「?」白い息が風になびくように流れて散った。
誰かが通った? 体を起こしてあたりを見渡すが、いびきをかいた騎士たちしか見当たらず、不審な気配は感じなかった。当然、外がブリザードのときに窓が開いている訳もない。
なんでもないか、と、一度は毛布を被るも
「……うっ、ぷ」
今日の目覚めに見た予知夢が不意に思い出され、胸の奥から酸っぱい物が込み上げる。
(ミト……)
ぽっかりと胸に空いた穴。血。血だまり。
予知夢に、明確なマイティアの”続き”が見えなかった……それは、彼女の未来が途絶える(死)ことを示唆している。
今、また眠りについたらより一層に詳細な未来が見えて来ることだろう。
ネロスは、それが怖かった。
時間に背を押され、耐え難い悪夢(現実)が這い寄って来る焦燥感に駆られ、震えと共に手汗が溢れ出してくる。
(ランディが何か方法を探ってくれるって言っていたんだ……先ずは、彼女を信じた方が……下手に動いたら、また、誰かを困らせてしまうかもしれないから……)
今は落ち着こうと、ネロスはサイドテーブルに置いてある水差しに手を伸ばした。
「え」
そのとき───伸ばした手の方に いた。
『こんばんは』
その声も、その姿も “彼女”と瓜二つだ が―――彼女ではないことを、ネロスは言い表せぬ些細な雰囲気で察した。
「君は……、……」
その人はしーっ、と口の前で人差し指を立てて『静かに』とジェスチャーをすると
『私のこと、あなたは見えているみたいね』と、柔らかく微笑み
『少し付き合ってくれない?
妹の、可愛い彼氏さん』
ネロスの耳元で、そう囁いた。