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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
106/212

第47話 四人の王の罪と罰

 巨大な木の下、荒れ地の魔女レキナが魔族たちに提供した新たな避難場所、崖下の秘境地トト・リム。


 そこは、全体的には鍾乳洞リムで、石灰成分の結晶である氷柱状の鍾乳石や、棚田状のリムストーンプールが広がっている。そこに、レンス・タリーパ(世界樹の城)が発芽した、恐らく数千年前の樹害のときに、根が鍾乳洞を貫いたのだろう―――太くデカい根がうねりうねり。そして、石灰成分と結晶樹が混ざり合いながら、白濁した結晶樹が鍾乳石の石柱たちと並んで立っている。

 その木々を潜るように掻き分けて行った先、比較的最近に起こった地殻変動(魔王による魔力砲)の影響で”地底国”の地下を埋め尽くす雨水との連絡路が地下に出来たらしく、使いきれない程の大量の水が地下に張っていた。加熱すれば飲用水にも使えるレベルだった。


 ヨハネたちは戦いを終えた、シェール軍を除く一団(魔術師協会、魔族)で、此処に戻ってきた。



「私はもう……引退ですね」


 ワンダは自分の左肘から先の虚空を見下ろし、激痛に顔をゆがませた。

 八竜エバンナとの戦い、それがどれだけ過酷な戦いになるかは覚悟出来ていた。しかし、敵は予想以上に手強かった。

 息をするいとまさえない魔術の嵐。しかも、そのどれも上位魔術以上だ。そんな爆風を味方かららす為に、えて回避に徹していたワンダだったが、彼女の魔力の容量は、その役をやり遂げるのには足りなさ過ぎて―――崩れるときは一瞬だった。


「会長の座を辞する旨を……ヨハネ老にお伝えください。

 代わりが出来るのは……あの方だけだわ」

 複数の触手で、イェリネは回復魔術を何人もの負傷者に使いながら、ワンダのらしくない弱音に耳(花弁)を傾ける。そんなときだ。 

「例え戦えぬ体であろうと会長の職は成し得るぞ、ワンダ嬢」

 そこへ、負傷者一人一人に声を掛けていた巨躯な獅子の魔族ヨハネが、少し崩した笑みを浮かべながら現れた。

「まだ、私を……働かせるのですか……」

「腹の裂けた老体に会長代理をさせるのなら、おあいこであろう?」と包帯と板で固定された身体で言われると、ワンダは小さく「はぁ」溜息をつき、満身創痍まんしんそういを理由にした職務放棄を諦めた。



「しかし……魔王とは、一体何なのでしょうか」と、ヨハネが来たタイミングで、イェリネは口火を切った。

 それは、空から見守ることしか出来なかった数分の出来事だった。

 何処からともなく”シェール軍側から現れた神官兵”のことも気がかりだったが、勇者ラタが魔王と呼んだ人骨と、それが守る傍らの女性の方が問題だった。

 彼ら二人がホロンスに連れられ転移してから、憤慨したラタは諌めるレキナに、半ば強制的に転移させられて、ワンダたちは完全に蚊帳かやの外にいたものの、その疑問が彼らの間で出るのは当然のことだった。


「“四人の王の罪と罰”

 お主らはこの話を知っておるか?」


 ヨハネは、おごそかに口を開き、二人の顔色をうかがった。

 イェリネは素直に首を横に振ったが、ワンダは滲む脂汗に目を細めつつ

「血を血で洗う……大戦時

 後に四人の王となる者が……一人の王に、全種族の矛先を向けさせることで、復讐の連鎖を断ち切らせ、大戦を終結。

 王となった四人が世界を4等分に分け合うが……一人の王を犠牲にしたその罰として、王たちは、清く正しく、国を治めることを誓うという、四大国の誕生の逸話……でしたでしょうか?」と、ワンダはおぼろげに応えた。

「ならば、その一人の王が、魔王ではないかと言われているのは、知っておるか?」

「えっ―――」と、息を呑むイェリネに対し、ワンダは小さく頷いた。

「知ってるもんなの!?」

「上流階級や王族たちの間では、比較的有名な、学説よ……その学者が、発表当日に暗殺されたのも含めて……」

「わーっ! 信憑性ある奴!」

「ただ……そのシナリオには、実際に”魔王を倒した”……勇者と女神のピースが足りないから……陰謀論に過ぎないって、言われてたのよ……」

「うむ」

「うっそぉ……マジぃ?」

 中の下な中流階級(つまり一般家庭)で育ったイェリネは

「けど、もし陰謀論通りだったら……その血みどろな逸話が歴史の”台本”になる予定だった……ってことよね?」

「そう」

「じゃあ……勇者と女神の登場こそ、イレギュラーなことだったってことにならない?」

 ヨハネは頷き、たてがみと一体となった髭を撫でた。


「我々が真に知るべきは、魔王ではない。


 自作自演の台本が残る―――四人の王。

 そして、歴史に乱入してきた勇者と女神の足跡───それが判れば自ずと、魔王の正体もわかるのだろう」



「……って言いつつ、四人の王の“血族の一人”じゃないっすか、“ファウスト一族”ぅ。

 族長でしょ〜? ヨハネ老」

 そう言われると、ヨハネは困った顔をして

「出し惜しみはしておらなんだ。私はこの程度しか知らぬ。

 それに、一族は繁栄したが、大戦時に活躍したミナ・ファウストは戦時中に死亡しているのだ」と、言い逃れをした。これにイェリネが突きまくる。


 ヨハネの話を聴いたワンダは俯き加減に

「なら、勇者は……寧ろ、全てを知っているのね……。」

 痛みに顔を歪めつつ、魔王と相対した彼の言葉を思い出していた。


『死霊術は! 人の!魂を穢す術だ! わかるよな!?

 自分たちの利権のために誰かの魂をひずませ利用する! それが罪だとわからないほど!お前さんはバカじゃねぇだろうがよッ!』


(死霊術……まさか……)

 脳裏に浮かぶ罪深き思慮。しかしそれは、痛みに溶けて頭の奥へと沈んでいく。

 少なくとも今は、あの激闘を終え、誰しもが疲弊している状態だ。傷を癒やす時だろう……。


 そんなとき。

「?」トト・リムの入り口に、人影が現れた。

 逆光を抜けて、姿を現したのは……あの”二人”だった。






 一方、数時間前のシェール・トノットにて。




「セルジオ・ゾールマンの処刑をり行う」


 シェール軍の凱旋を待たずして、トノットの広場では、外患誘致罪が確定したセルジオの処刑が執り行われようとしていた。

 つい先日に、魔族たちの首を狩ろうとしていた斬首台に今、自分が上がっていること……そして何より、彼に一切の弁解の余地が与えられなかったことに対して───セルジオは顔を鬼のように真っ赤に腫らし、暴れていた。


「この私に刃を向けるか愚か者共め!

 エルフ共を鎖から解放してやったこの私を! 貴様らは素知らぬ顔で裁くのか!?

 欲に汚れた姿だと揶揄やゆされてきた獣人共! お前らもだ! 私がいなければ今も地下街でゴミを漁っていただろう貴様らが何故私を糾弾きゅうだんできよう!?」

 かつてエルフたちから取り外した封印術の枷を掛けられ、獣人たちに両脇を抱えられる。それでも、セルジオは見苦しく暴れ、民もその様を哀れに思っていたが

「最期の時ぐらい癇癪かんしゃくなく、いさぎよく死ねぬものか」

 シェール議会は、軍の帰りを待たずに強行したいのか、民衆のどよめきや怒号が飛び交おうとも頑なに進行を止めようとしなかった。

「そうほざく貴様ら議会が一体何をしてきた!?

 お前たちはゲルニカに勝つつもりでいたというのか?! 何百倍と戦力差があるのに関わらず!戦って死ぬ事が美徳だとほざき、勝てない戦いに軍を狩り出すつもりだったのか!?

 そうして軍が幾万と死体を積み上げた後に貴様ら議会員共が雲隠れし、ゲルニカがこの国をドワーフ共にくれてやるだけの未来も見えなかったと抜かして?!

 ゲルニカが女帝トールの一族にした仕打ちを知らんのか!? 戦争犯罪の嵐だ! その嵐がこの国にやってくるとして! お前たちはそれを止めようと考える事すらしなかった───それが正しかったというのか!?

 民が! 無惨に冒され殺され晒されて! この国が冒涜されるのを見殺しにしろと!? そんなことができる訳が───」


 遂には口にまで沈黙の封印術がかかり、セルジオの言葉は封じられた。胸から沸々と湧き上がる熱がせき止められ、真っ赤な顔がさらにパンパンに破裂寸前まで膨れ上がる。


「主神ハダシュよ、女神たちよ、汝らの下へ一つの魂を送る。

 どうか、この怒れる魂を鎮ませたまえ……」

 八竜信者に、女神信仰の祈りの言葉を冷や水の如く浴びせかけ

「獣人など、魔物風情がこの国の長であったことが間違いだったのだ……!」


 新たな人間の議長が、飛び交う怒号の中、処刑人に合図を送る―――。


 ガ ッ !



 振り下ろされた斬首の斧が―――セルジオの首に、不器用に刺さった。

「なっ!?」

 処刑人は素人ではなかった。どれだけ屈強な男であろうとも、一撃でその首を斬り落とせる、経験からの自信が彼にはあった。

 加えて、斬首の斧は普通の斧ではない。一撃で終わらせる為、ギロチンの刃のように、重く、鋭く研ぎ澄まされている、専用の斧だ。

 だが、どうだ? セルジオの、屈強とは言い難い、老いた首に研ぎ澄まされた斧の刃が刺さり、ビクともせずに止まってしまった。押しても引いても動かなくなってしまったのだ。


「俺は!俺の、正義 ヲ ァアアアアアア!!」

「ななななななっ!?!」


 ずずずず……ビヂヂヂヂヂ―――民衆の目の前でセルジオはみるみると肥大化し、鎖も枷も服も骨も皮膚も引き千切り、黒く剛毛で獣人たちが子供に見える巨躯な身体、六つの腕、六つの目の―――魔物になった……セルジオは、魔物化してしまったのだ。


 ブヅッ、自分の首に刺さった斧を手に取ると、その魔物は腰を抜かした処刑人の首を刎ねた。


 阿鼻叫喚あびきょうかん、広場はあっという間に逃げ惑う人々で溢れ返り、セルジオだったものを取り押さえていた獣人たちや、議会の人間、エルフたちが血祭りにあげられた。

 しかし、魔物を止められる者(戦力)が、トノットにまだ帰ってこない。人々は絶望の淵に立たされ、必死に、奇跡を願った。


「女神様っ女神様女神様お助け下さいお助け下さい! 御慈悲ををッ!!」と、誰かが祈った……そのときだ―――!


「哀れなる魂を、神のたもとへ還しなさい」


 何処からともなく、突然、白装束の兵士たちが現れ

「グオオオオ!!!!」

 暴れ回る魔物の周囲をぐるりと囲んだ───その数はざっと30人近くだ。

 その誰もが顔を隠す覆面を被っていて、同じように白い袈裟けさを着ている。封印術の魔法陣が彫られた銀の鎗が握る構えもまた、鏡写しの如くピッタリと揃っており、動きに逸し乱れる様子はない。

 ぐおんッ! と、空気を横殴りに払う魔物の一撃。

 しかし、その一撃は白装束たちの隙間にスルリと抜ける。振るわれる拳も空を掻き、空を掻き、空を掻く音だけが響く。

 この力任せな魔物が次にどう動くかをわかっているかのよう、白装束たちは一斉に魔物の懐へと接近すると―――キィイン!

「グアアアアアアアアアア!!!」

 セルジオだった魔物の体に光を纏う銀の槍で四方八方からめった刺しにし始めた。

 邪悪を退ける、という効果を持つ銀の武器に、光魔術を込めた槍は、幾度も魔物の体を刺し貫いた。それでも魔物はしばらく暴れまわっていたが……自分の血で染め上げられていく拳は白い袈裟を汚すこともできない。

 そして、胴体を蜂の巣にされて間もなく、泉のように血を吹き出しながら、魔物は倒れて動かなくなった。


 あまりに鮮烈な光景だった。国の長だった男が処刑台に上げられ、加えて魔物化。意思決定権を持つ者たちが軒並み殺され、奇跡を願った途端に、狙いすましたかのごとくタイミングで現れた何者か。民衆たちは大きな歓声を上げることはなく、混乱と警戒心で白装束たちの言葉を待った。

 すると、白装束たちがすっ……と、ひざまずき、その後ろから

「シェールの民よ、どうか少しだけ足を止め、私の話に耳を傾けてはいただけないだろうか?」

 一人、気の良さそうな、法衣を着た人間の男が現れた。

 糸目で、柔らかな笑みを浮かべ、髪は剃り上げている。司教冠を被り、金色の刺繍ししゅうの施された白い袈裟を着ている、神職者だ。それも、高貴な。


 その男は、微かに微笑みながら、胸の前で十字を切り、小さく会釈した。


「私の名は、ジュスカール・サンクトス。

 神聖・女神教団の大神教主である」

これで第二部が終わりとなります。

次は、幕間を挟み、第三部へと参りますが

少しお時間いただきます。

よろしくお願いします。

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