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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
104/212

第45話② 落魄(おちぶ)れた神



 マグラは、エバンナが改造した。


 ナラ・ハの女帝マーガレット……夫トンプソンに目向きもされない孤独をエバンナに付け込まれ、黒の黙示録の封印を解いてしまった愚か者。その魂をけがし、魔物化の変性術で作り上げたエバンナ特製の魔物が、マグラ。

 故に、エバンナの魂との相性はよく、エバンナの操作性は完璧である……筈だった。



 黒い影がマグラの八本の脚を絡み取り、更に9本に紐解かれては、マグラの上肢を頑丈に縛りつける。

「影縛りの闇魔術……! ファウストか!」

 ぬるり、と、染み込む影の沼から飛び出したのは、妖狐の姿のトンプソンだった。

 その口には、反った刀身の片刃の剣がくわえられていた。アケビ色の波紋を持つ、東剣(刀)……研ぎ澄まされた妖刀の刃が、縛られたマグラ(エバンナ)に切りかかる。


(まだ未練があるのかマーガレットめ)

 トンプソンが現れた瞬間、マグラを操るエバンナの手に重さがかかった。だが、それを無視しても十分、機動力と力は確保されていた。

 影の拘束を数秒と持たずに引き千切ると、寸でのところでトンプソンの攻撃をすり抜ける。

わら蝙蝠こうもり

 すぐさま放たれるマグラ(エバンナ)の反撃(蟲糸)を、トンプソンは幻影にくらわせ、解ける幻影が超高音を放つ無数の蝙蝠に変わり、マグラの視覚と聴覚を塞ぐ。その隙、影に潜った妖刀がマグラの背中から迫る。

「邪魔をするな!!!」

 無数の魔術の嵐でトンプソンを振り払いながら、マグラ(エバンナ)は急いで樹根の竜へ向かった。そこには、神らしくない焦燥感さえ隠せないでいた。


 あのマイティアの狙いを、エバンナは当然わかっていたからだ―――あらゆる魔術を封じ、八竜を殺す”深淵”を持つ【魔王】を手に入れることで―――事実上、彼女にはそれが可能だった。

 だから、そうさせる前に―――八竜魔術さえ飲み込む魔法障壁を隠れみのにしている以上、魔術ではなく、直接叩くしかないのだ。


 マグラ(エバンナ)は蟲糸で巨躯な魔族の死体を繋ぐと、遠心力を使ってその死体を樹根の竜へ投げつけた。

 ゴッ! だが、樹根の竜自体の重量のせいか、内側にいるマイティアへの致命的な攻撃には程遠かった。

(おのれ……ッ! この私がこの低俗な魔術を使わねばならんとは―――ッ!)

 無尽蔵に涌き出る魔力(恨み)を大量消費し、空間を歪に捻じ曲げながらマグラ(エバンナ)は己の身体を”竜化”させた。


 本来は、八竜の眷属けんぞく隷属れいぞくが用いる、主君の様相を借りる魔術である”竜化”を、主君本人が唱えた。これは、八竜エバンナにとって、非常に屈辱的なことであった。


 マグラの甲殻はバラバラに剥がれ、まだ人だった頃の雰囲気を残していた体つきは筋骨隆々な竜のそれになり、手足は一対ずつに落とされ―――真っ黒な、長い絹のような髪が体を覆う。

「お、思ってたんと違う!?」と、ラタは思いがけない、エバンナの原初の姿に驚きを隠せなかった。

 その姿形は、今まで血みどろな死体をいじくり倒す様には見えず、寧ろ、上品ですらあったのだ。

 大型のトカゲに黒のたてがみを持つ馬が混ざった様な姿。蛇の要素はあまりない。黒紫色の鱗のない皮、人のような手、竜のような足。尾は胴体よりも長い。繊細な髪で見え隠れしているが、緋色ひいろな六つ目もまた美しく、朝焼けに染まるガラス玉の様だ。

 これがあの醜い……エバンナだというのか? 皆が一瞬、呆気あっけにとられる。


 シュッ「!!」その隙に、エバンナが魔術を周囲に放ち、トカゲのように身をくねらせながら、樹根の竜に向かって突進した。

 そこへラタとトンプソンが妨害に入るも、エバンナは自分の身を削らせてでも、樹根の竜の中にいるマイティアを殺そうと一直線に向かい

「ちくしょう―――やめろ!!」

 エバンナは太く長い尾を使い、自分よりも大きな樹根の竜を力技で持ち上げ、ラタたちの接近を牽制けんせいするように何度も何度も地面にたたきつけ―――そして、最後には樹根の竜をドゴンッと力強く投げ捨てた。

 勢いよく地面を転がる樹根の竜、ぐるぐる巻きになった魔力糸ごとぐちゃぐちゃに陥没し……魔力糸も間もなく掻き消えた。

 中に入っているマイティアはただの細身な人間だ。のこぎり状の棘と毒を持つ世界樹の根の中でサイコロのように振り回されれば、見るも無残に血塗れになって死ぬに違いない。


「これで私を倒せるものはなくなった―――」


 エバンナは安心した。

 深淵を扱える者がいなくなれば、エバンナは取り敢えず無敵だ。肉体を失うことはあっても、魂は完全に不滅であり、ラタやトンプソンがどんな手を使おうとも真に殺されることはない。

 封印術を使う者の存在が懸念に残るが、シェール軍は皆、火器や召喚武具を使う雑魚ばかりだ。魔術師協会の連中も疲れ果てて、猪口才ちょこざいワンダも重傷を負って静かになった。魔族たちも打つ手なしなのか、ラタとトンプソンの戦いぶりを静観しているだけだ。

 これでもう、エバンナの勝利は確実だ―――神は、そう確信した。



 だが、エバンナが顔を上げ

 その六つ目に映したのは―――。


『エバンナ……』

「ティラータ 」


 失った筈の───女性 が、霧の、中に、いる。


 その特徴的な”蛇の髪”は―――見間違い様がない。


(バカな―――幻惑術だ こんなもの)

 幻だ。すぐにエバンナは理解した。だが、憤怒に染まった理性よりも、ただただ、耐え難かった。

「こん、な…もの……が……」

 幻ですら愛おしい……抱き締めようと手が伸びる。せめて人肌に触れるだけ、せめてそれだけを……と。

 エバンナは、ティラータの色をした“煙”を掻いた。


「あははははははは!! 

 なによその面ァ!最っ高じゃない!」


 けたたましい女の笑い声───エバンナは、その声の主を、すぐに思い至った。


「アンタの吠え面を死ぬ前にお目にかかりたかったのよ! エバンナ!!」


 いつ、どのタイミングで、この煙に巻かれたセイレーンのクソ女が、スノーエルフの男と共に、エバンナの”目の前”で頬杖をついていたのか―――わからない。わからない程、熟練した幻惑術がエバンナを取り囲んでいる。

 勿論、このド畜生は人類の中では賢い方だ。

 魔王の深淵で弱り、焦りを見せるエバンナに一杯食わせるぐらい、彼女はやってのけるだろう。

 だが、それ以上に―――人如きの幻惑術に惑わされたエバンナが既に、運命を司るだけの、未来を導く能力が保てていない事が、エバンナの焦燥しょうそう感を確固たるものにしてしまった―――。


「昔の女がそんなに好きなら!

 さっさとあの世で再会したらいいじゃないクソ蛇がさあッッ!!!」

「お のれ―――レキナァアアアアア!!!」


 心というものが、神にもあるというのならば。それをもてあそばれたショックでか、エバンナは激しく激昂げきこうし、錯乱状態になった。

 だから―――。


 ズシッ ふところに忍び込まれ、妖刀を腹に刺し貫かれていたことすら、気付けなかった。


「ハッ―――無様なその顔、死ぬ前にみられて本望だわ」

「ダネ」


 トンプソンが古巣(バスティオン魔術学院地下)に取りに戻っていた妖刀・落魄らくはくは―――その刃で斬る対象の魂を傷つける、特殊な魔導具だった。

 特に魔物に対して有効な能力だが、この場合、八竜エバンナにも確かな攻撃になりえる。

 そして───。


「うおりゃああああ!!!」

 そこへ、幻惑術から回復したラタの雷撃が加わった。 ズガンッ! 腸を貫くひと振りに沿うよう伝わる八竜魔術の雷が、エバンナの魂を焼き焦がす。


「───。」


 例え不滅であろうとも、魂に傷がつけばただではすまない。

 煙を立てて沈黙し、膝を地に付け、ドロドロと溢れ落ちる血は、肉体を持つ誰しもと同じ、痛々しいものだった。


「もうやめなさいよ、エバンナ様よぅ。

 これ以上戦ったって虚しいだけじゃあないか……なあ、俺たちを殺し尽して、何が得られるってんだ」


 トドメを刺したと思った樹根の竜も、レキナの幻惑術に惑わされていたのか無事のまま……エバンナは、息も絶え絶えに腹を抑えながら、ラタの言葉に、血に汚れた歯を剥き出しにして、美しい相貌に醜態を晒した。


「奪い、奪われ……復讐の怨嗟えんさの先に、醜い最期が待ち受けていようと構わない。

 奪われた者は返ってこない……ならば、奪った者を、その血族が絶えるまでことごとく滅ぼす……私は望んで、幾度とも災厄さいやくとなるのだ」と、血痰を吐くと、エバンナは転移魔術で、人の頭大の”種”のようなものを呼び出した。


「それはまさか───ッ!

 世界樹の種か!?!」

「!?」


 知って当然とばかりに、エルフたちが戦々恐々する横で「種?」顔に疑問符を浮かべるラタへ

「爆発物です! 半径50キロメートルはやられます!」

「ごじゅっ!? はああ!?ただのデカい種じゃん!」

 エバンナは既に種の外殻を壊さんばかりに握りしめ

「我が魂は不滅だ───!

 貴様らの吹き飛ぶ血肉で再び、この地に舞い戻ろうぞ!!」

「待て待て待てタンマっ」

 ラタの勝手な焦りなどそっちのけ、ありったけの魔をエバンナは注ぎ込んだ。

 種は既に緑色の太いつたがはち切れんばかりに膨らみ始めていて―――もう、避難の時間が取れない。このままでは───この地獄を戦い抜いた数百人の武士もののふたちすら、皆、犠牲になるだろう───。


「レキナ」


 トンプソンは一瞬だけ、レキナと目を合わせ―――


「どうせすぐ会いますよ」

 幽かに笑みを浮かべあった後、トンプソンは影に潜った―――。


 トンプソンは土塊つちくれの体を地面から生み出して、エバンナの体を無理矢理包み込み

「マーガレット」

 エバンナの奥に沈み込んだままのマグラ……マーガレットに呼びかけた。


「ゴメンネ トンプソン ワルカッタ」


 トンプソンは、土塊にあらかじめ刻み込んでいた転移魔術を発動し



「君ヲ 愛せナイと

 ちゃント言わなきゃイケナかっタんだ わたしが」




「すまなかった」







「 ト、ナー……」


 シュッ───トンプソンの転移魔術が 数瞬早く




 ドッ───ン


 世界樹の種が、レンス・タリーパで発芽した。





 世界樹の種の発芽は、樹害とも呼ばれる自然災害だ。

 たった3分で、半径50キロメートル程を”根”が飲み込み、急速に取り込んだ栄養を基に巨大な木を作り上げる。

 トンプソンは、エバンナごと、レンス・タリーパへと転移させ、そして、発芽した。

 メギメギメギメギ───レンス・タリーパを粉々に破壊しながら、既存の世界樹の根を内側から食い破る様に地下へ主根が怒涛どとうに伸びた後、あらゆる生物を食らい尽くす側根がナラ・ハの森を蹂躙じゅうりんしていく。


 激しい衝撃波と地響きに、エルフたちは飛翔の風魔術を使って”上へ上へ”と逃げた。そして、彼らの多くは同時に、飛ぶ術を持たない軍人たちも空へと抱えて逃げた。

 それでも余りある者たちは、レキナがあらかじめ用意した転移の魔法陣で続々と範囲外へ逃げていくが―――。

 ゴ コ ゴ ゴゴ ゴゴ ゴゴゴ

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ ゴゴゴゴゴゴゴ

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 その音の元、根の津波は、避難開始から10秒足らずで、遠目に視認出来てしまった。

 今いる場所が呑み込まれるのに20秒とかからないだろう。そんなとき

「アンタ何してんのよ!?」と、レキナは声を荒げた。

 ラタが逃げずに、樹根の竜の中を穿ほじくりだそうとしているからだ。


「べらんめぇ! まだ中にマイティアちゃんがいるだろうが!」

「詠唱が遅いだけよ。まあなんとかなるわ」と、付き合いきれず空へ逃げるレキナ。

「んな放任すぎやしねぇか!?」

 避難しろと言ってもまるで聴かないラタに「うげ!?」「言わんこっちゃない」根の津波が真ん前に迫る。


「くっそ! アイラブマイゴッド!

 なるようになれぇぇえ!!」


 ラタが今一度、雷魔術を放つも―――やはり樹根の竜はその魔術を弾いてしまい

「!!!」

 ラタの頭上にも津波が押し寄せる。

 瞬間的に、魔術を無詠唱で放とうと試みた―――


 そのときだ―――!



 ィ イ イイイイン! 

 甲高い音を立てて、樹根の竜のまゆが割れ


 世界樹の根の津波を何かの力が弾き飛ばした!


(書物:世界樹と結晶樹の関係を参照)

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