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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
103/212

第45話① 落魄(おちぶ)れた神


『一、あんたは先制攻撃を成功させること。

 それができなければ死ぬわ。あんたのせいで死ぬわ。全員死ぬ。』

『どうしてそんなにプレッシャーかけてくるんですか』


 荒れ地の魔女レキナの家。

 そこで、マイティアはレキナから最後のアドバイスを受けていた。


『二、何がなんでもあんたが成し遂げたいことをする。

 三、余計なことをしない。周囲で馬鹿共が救いを求めてぎゃあぎゃあわめいていても無視する』

『それって……』

『あんたが引き籠ってババアの説教聴いているうちに世の中は物騒な事になっていったのよ。

 これに関して質問しない。わかった?』

『この人の事も?』と、マイティアは隣を見た。

 彼女の隣には、スラーッとした中性的な顔立ちのスノーエルフが一人、素知らぬ顔で立っていた。ホロンスという名前であることだけは紹介されたものの、彼がどういう経緯で此処にいるのかは、マイティアはさっぱりわからなかった。

 というのも、ラタたちがシェールで巨大蛇と戦ったり、魔族と出会ったりしていた頃、レキナが作りだした疑似時空魔術の異空間の中で、魔術の勉学に勤しんでいたからだ。彼女としては、実に半年ぶりぐらいの感覚で外の空気に触れていた。実際のところ、一月も経っていないのだが。


『味方。用心棒。盾。

 それ以上の説明要る?』

『盾』『おい、盾はないだろ』

 レキナは面倒くさそうにため息を吐きながら『私から情報を得た対価よ。それであんたを護衛するよう、私がコイツに頼んだの』と、舌打ちした。

『まあ、その通りだ。だから、守ってやる』

『あ……ありがとうございます』と、マイティアは困惑気味だった。

 彼女は、ホロンスという名前が自身の日記に何度か登場していたのを覚えていた。

 日記の中のホロンスは、元女神騎士団の一人、そして、魔族を率いる四天王の一人、鬼将バーブラの仲間だった。

 そんな、裏切り者とも言えよう男が、味方という顔でマイティアの横にいて、レキナも彼を敵に思っていない様子だから困惑しているのだ。此処で寧ろ、根掘り葉掘り詳細を聞くのが場違いとされる空気ですらある。

 結局、マイティアは師匠に従順に、口をつぐんだ。

 その様を見て、レキナは話を戻した。


『四、エバンナに勝とうと思わない』

『勝とうとしないで取り戻せるの?』

『相手は神よ。人が勝てる相手じゃない。

 ただ、奴はだいぶ弱っている。深淵という、特殊な魔力を浴びたせいでね』

 深淵?何ですかそれ? と、顔に描く弟子の無知。

 教えていないだけの雑な師匠の溜息。

 ホロンスは静観している。

『深淵、神殺しの力。または、”海子みこの力”とも呼ばれている』

『海の、子? ……魔が水に溶けるから?』

『それもある。だけど、それだけじゃない。

 深淵は、八竜を殺したい……その殺意が魔となって増幅した、強過ぎる魔力の異名なのよ。界隈では有名なの』

『物騒な界隈だな』

『外野は黙ってて』

『誰がそんな物騒な魔力を』

『誰が、いつ、という情報は私も知らないのよ。残念な事に。

 ただ、昔から、不滅の八竜を殺すことができる……そう言われていることは確かなの』


 良くも悪くも、レキナは手加減をしない女だった。

 出し惜しみなく、魔女は女神の子マイティアに知識を与え、マイティアも、魔女が感嘆の溜息を吐くほどの知識欲を見せた。

 その結果、召喚術と死霊術、その分野に関しての知識や技術だけならば、高等魔術師にも匹敵する付け焼き刃をマイティアは手に入れた。

 エバンナを相手にするには頼りない一朝一夕いっちょういっせきであったが、これがしかと通じる事をレキナは確信している様だった。


『さて、取り戻すチャンスは今回一回きり。

 やりきりなさい。さもなきゃ、無駄になるわよ』


 そう言われて、マイティアの手が僅かに震える。

 記憶を失ってこの方、戦闘はほとんどラタに頼りっきりで、マグラに奇襲された時なんて背中を見せて逃げ出した。その程度の力しかないのに、今度の相手は”神”だという―――不安を覚えない訳がなかったからだ。

『何をうつむいてんのよ、大丈夫よ』

『えっ』

 これに対し、絶対に、師匠レキナの口から出る訳がないと思っていた激励に思わず顔を上げ───。

『だって、あんた何回死にかけてんのよ?

 いい加減に慣れたでしょ? 死に損ない』

『ひどい!』


 師匠レキナは最初から最後まで、それはまあ酷い人だった。

 ただ、時折見せる横顔には、悪者になりきれない半端者の御節介が見え隠れしていて……マイティアは、かつての自分を処刑台に押し出した魔女のことを、遂には、憎むことはできなかった。



 ✦ ✦ ✦ ✦ ✦ ✦ ✦ ✦ ✦ ✦



(この私が察知できなかったというのか?!

 神である私が!? 人如きの攻撃を?!

 何故?何故?何故───いや、そんなわけがない!)


 マグラ(エバンナ)は糸の切れた、沈黙した肉塊を見下ろし、手を震わせた。


 エバンナともあろう者が、たかが人の子の一撃を何故、避けきれなかったのか? エバンナはそれが気に食わなかった。


 察知は出来ていた。ラタたちと共に、マグラ(エバンナ)も放たれる一矢の存在を認めていた。死者の世界への転移魔術を、一矢の軌道上に放てば、先制攻撃を阻止できたはずだ。詠唱だって十分間に合う。それなのに、動けなかった。その理由がわからない。

「は、はっ……」

 マグラ(エバンナ)は息を荒げ、けたたましい鼓動を抑えようとして―――“鼓動”の存在を知った。

 今、エバンナはマグラという魔物の中にいる。八竜の本体は魂だから、表世界にいるには器となる身体が必要だった。

 今迄は死霊術を使い、死体の寄せ集めの器や、死体トンプソンに魂を宿らせていた。だから当然、鼓動なんて概念はなかった。


(なんだこの鼓動は―――焦りなのか? 

 恐怖? 何に? 何にだ?)


 女神の子が持っている聖樹の魔力は確かに強力だ。エバンナが作り出した肉塊の竜をたった一撃で倒してしかるべき潜在能力はある。

 だが、本来、聖樹の魔力は魔王に特攻した力だ。八竜に対してじゃない。八竜の本体である魂は不滅だ。聖樹の魔力で八竜は倒せない。


 では、なんだ? エバンナの魂を揺さぶる違和感は?


 八竜エバンナが潜在的に恐怖する何か。


 ま さ か



 深淵(神殺し) ───が、混 じ っ て い る ?








「ぎぃいゃあああああああああああああああああ!!!!!!」



 マグラ(エバンナ)の超高音の悲鳴が、空間を圧し、地面を波打たせ、世界樹の根を弾き、人々の脆弱な鼓膜を引きちぎる。

「くっそ」「わっ」

 ホロンスは何層もの氷の壁を作り、マイティアの鼓膜を守る。それでも狂音が体腔を貫通する。


「聖樹の餌如きがッ! 

 運命を司るこの八竜エバンナに歯向かうというのか!?

 れ者よッ! 分をわきまえよ愚か者めがッ!!」


 顔面を守る甲殻に爪を立て、ガリガリと傷つけながら奇声を上げるマグラ(エバンナ)に

「神は誠実ね」と、マイティアは眉間に皺を寄せながら煽り返した。


「私に耐えられない試練を与えず、耐えるための逃げ道を備えてくれる」

「女神とやらの戯言たわごとを私にあてがうか?!」

「故に御身は今、”神自らの魂を以て私の試練となっていただいている”のでしょう?」


 人間如きが―――を、凝縮した不敬。

 マグラ(エバンナ)の殺人的な蟲糸がマイティアに放たれる。

 世界樹の根を切り裂き、鋼鉄を抉る蟲糸が縦横無尽にくねりうねり一人の人間を追う。

「死にたいのか!? 八竜を煽る奴があるか!」と、ホロンスはすぐさまマイティアを連れて転移魔術で離れた場所へ―――そして、”樹根の竜の方へと向かって”いく。


「あんたは今、魔法障壁が”作れない”んだぞ?!

 エバンナの爆風一つ喰らってみろ、骨までめくれあがっても知らないからな!」

「ご、ごめんなさい、死にそうなときこそ煽らないと気が済まなくて」

「───本当に、変なところで似ていやがるッ!」

「え」「聞き直している場合か!」


 カヒャ───今再び、即死の転移魔術。咄嗟とっさにホロンスが転移魔術の魔法陣を使うが「くっ」転移先を読まれ、蟲糸が二人に襲い掛かり―――!

「お陰様で大分見えるようになったぜ!」

「ラタ!」

 ズバッ! ラタが現れてマグラ(エバンナ)の蟲糸を切り落とし、マイティアとホロンスの活路を確保した。

「このチャンスを逃すな! 絶対にだ!!」

 ラタの助力を契機に、突如現れた二人が意図的に樹根の竜の許へ向かっているのを見て、そして、マグラ(エバンナ)が声を荒げてマイティアを追い回している様から、何か策があるのだろうと察した魔族たちが、魔術師たちが、軍人たちが、一縷いちるの希望を消さない為に身を呈していく。


「ゴミクズ共がッ!!退けェッ!!」

 マグラ(エバンナ)は新たに積み上げていく死体から肉塊の竜の再生を試みながら、樹根の竜を操り、マイティアを殺そうと試みるが

「手繰り寄せよ傀儡糸!」

 マグラ(エバンナ)が樹根の竜を動かす同じタイミングで、マイティアは傀儡手の召喚術を唱え、指先から伸びる魔力で出来た糸で―――”樹根の竜”をまゆ状に固めた。

「!?」

 マグラ(エバンナ)は、樹根の竜を、内側に仕込んだ錬金蜘蛛を介して初めて傀儡手の召喚術を操作していた。”中身”による魔法障壁の影響を受けないようにするためにだ。逆に言えば、まどろっこしいことをしなければ、樹根の竜は意のままに動かせないのだ。


 だが、聖樹の魔力は───かつて、金の賢者テスラが勇者ラタを助ける為に生み出した、魔王を倒す為の“魔心”だ。

【魔心:心から生み出される魔、とりわけ、負の感情から生まれた魔を指す。

 魔心の中には負の感情の矛先に対して特攻能力を保有する場合が多く、一般的な魔よりも強力な魔術を発揮したりするが、魔心を生み出した本人にも悪影響を及ぼす事もある。】

 そしてそれには、魔王の魔法障壁を中和し、死霊術で囚われになった魂をも遊離させる力が込められている。

 聖樹の魔力で生成されたマイティアの魔力糸には、つまり、元来の特攻能力を存分に発揮し、”中身”の魔法障壁を中和して世界樹の根に括り付けられたのだ。

 錬金蜘蛛を仲介しなければならない術式と比べ、どちらの効果が強いかは歴然だった。


「すみません!そのまま時間ください!」

「なに!?」


 樹根の竜を動けない様に固めた後、ワンダたちが決死にこじ開けた空洞に向かってよじ登り―――マイティアは動かない樹根の竜の”内側”に潜り込んでいった。


「させるかぁああああああ!!!!」

 マグラ(エバンナ)はマイティアの狙いを理解すると、烏合の衆を無視して樹根の竜の内側に仕込んだ錬金蜘蛛の誘爆を試みるが―――。

「ヨソミ ラシクナイネ」

 突如、マグラの体を影が覆い尽くした。





 全身を硬化の変性術で固めても、世界樹の根ののこぎり状の棘がマイティアの体を切り裂く。それでも、世界樹の根の中を、時に召喚武具のナイフで切り裂きながら急ぎ進む。

 敵がマグラ(エバンナ)一体とはいえ、全軍との力量差は明らかだった。無限と思しき魔力を武器に、長期戦に持ち込まれたら消耗して劣勢になるのはラタたちの方だ。

 急がなければ間に合わない……それこそ、レキナの言う通りにみんなが死ぬ。その焦りで手が汗ばみ、手袋の中が汗で蒸れていく。


「は───。」

 間もなく、樹根の竜の中心に、根の隙間から入る光に照らされた、人骨が見えてきた。

 だが、その人骨は、人と呼ぶには異形だった。


 四肢は太く、肋骨は二対しかないが、背骨はムカデの様に幅広に連結していて、背骨から繋がる尾がある。眼窩は細くすぼみ、眉間には小さな角、顎に棘が生えていて、歯は肉を食い千切る形をしている。

 骨と骨の連結部分には、赤褐色の太い魔力管が関節の役割を担っているのだろう。


 そんな骨が何重にも世界樹の根に雁字搦がんじがらめにされていて、その身体には無数の魔法陣が刻み込まれている。


 手を差し伸べ、骨に触れる。

 骨は冷たく、屍のように、反応はなかった。


「ネロス……、私 あなたに、会いに来たよ……」


 その骨は沈黙したまま、動かない。


「……あなたが死霊だって、聞いたわ」






「魔王であるとも……知った」











「だけど―――わからないの」



「あなたは私たちを騙していたの? ずっと魔王だって隠したまま、私をもてあそんで来たの?

 いいえ、どうしても、そうは思えない。

 記憶を失ってから会った事すらなくて、言葉を交わしたこともない。それに、あなたは……。

 おかしいよね……どうしてこんなにあなたを信じたいのか、私ですらわからないの……だけど……。


 だけど、私は、あなたが勇者と信じ、記憶を書き残した……。

 私は、誰かが下す評価よりも、あなたと共にいた私自身の言葉を信じたい」


 マイティアは、”ネロス”に触れたまま、魔力を練り始めた。



「あなたが何者かは私が決める……!

 ネロス―――あなたの力を、真実を私に見せて……!!」



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