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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
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第43話③ 今となっては遅いこと


 シェール議会は、説明責任を果たさないセルジオ最高議長を解任し、外患誘致罪(外国と通謀つうぼうし、自国への武力行使に加担した)容疑で、つい先程まで魔族を収容していた地下牢ダンジョンに容れられることになった。

 シェール軍におけるセルジオの後釜にはイーゴが入り、セルジオの身辺警護をしていたエルフや獣人たちは軒並み霧散していき、彼の財産であった別荘を含めた住宅たちは差し押さえられた。


「……これで、よかったんだよ」

 亡き母とも囲んだ食卓も、団欒だんらんしたソファも、父の書斎も、自分の学習机も、心地良い風が吹き抜ける庭も。

 自分が生まれ、育ってきた思い出の場所に、他人が踏み入れていく様子を見つめながら、ジュニアは、逆上しかける未熟さを溜息に変えるのに必死だった。

 ジュニアは自ら地位を捨てた。何も成し得ていないまま、父が得た不正の功績で着飾れた服だけを残して。

 彼はこれから、何者でもない一人の人間として―――いや、父が売国奴という汚点と―――父の背を刺した心の鎗(正義)に浴びた、拭えない返り血を背負って生きていかなければならない。それが酷く、彼の不安を脈打つ度にあおっていく。


 しかし、ジュニアは全てを失った訳ではなかった。


「ふふ、アスラン……君は本当に喋らないね。

 だけど、君は僕の傍にいてくれる……。」


 金を払わなければ当然、護衛たちは消えるものだ。だが、長くゾールマン家に尽くしてきた一族の一人であるアスランは、ジュニアの後ろで、いつも通り何一言も喋らないまま立ち構えていた。

 ジュニアが全てを失っても正気でいられているのは、彼がいる事が大きいだろう。そうでなくては、彼が背負うことになったとがに耐えられなかった筈だ。


「これが、望んだ結果ですか?」

 自宅の前で差し押さえの成り行きを見届けていたジュニアの許へ来たのは、ワンダだった。

 彼女は少し神妙な面持ちだったが、ジュニアが疲れた顔で、しかしながら、後悔のない笑みを浮かべると、彼女は少し驚いたように眉を上げた。


「魔族たちが僕らの力になれるって、思ったのは本当さ。彼らの声や目には、僕らと同じ血が通っているように思えた。

 そんな彼らを、表向きは正当性を訴えながら……本音は、口封じでしようとしていただなんて……正しいとは思えなかった」

「…………。」

「その結果、自分の首を絞めた。わかってはいたけど……失うのは、やっぱり来るものがあるね」と、言ってから、ジュニアはうつむきがてら、ワンダに向けて頭を下げた。 


「父がいつもあなたに酷く当たっていたようで……申し訳ありませんでした」

 これに、謝る必要はありません、と、ワンダは即座に鼻を鳴らし、首を横に振る。

「私はあなたの父に感謝しています。エルフ(私たち)の鎖を外してくれたのは彼でしたから。

 それが例え彼自身の目的の為であって、私たちを助けるためでなかったとしても。結果として、私たちエルフの支持を得た。

 “そういう形”でも、正義は成し得る」

 ワンダは言葉を続ける。

「あなたが選んだ正しさは尊いが、脆いものです。後先を考えず、直情的で、自分の正義のせいで自らを傷つけた。それは、ただ無謀な突撃と何も変わらない。」

「…………。」

「今、自分がした選択の結果をよく、その目に刻んでおくべきでしょう。

 次はもっと上手くやれるように。何も失わないで済むように」

「……次?」

 次などあるのか? 首を傾げるジュニアに、ワンダは確信的に頷いた。

「少なくとも、あなたには指導者リーダーの素質がありますよ、“セルジオ”」

 ですから、それを活かせるよう冷静さを磨いてくださいと、エルフらしい余計な一言を足した。

 すると、みるみるジュニアの表情に血の気が戻っていき……。


「そうだ、そうだよ、ワンダ、僕ら……いや、私たちも、あなたたちと共に戦うべきなんだ!」

「なんですって?」

 待って言わんこっちゃない、と、呆れるワンダに、”セルジオ”は力強く言い切った。

「兵士の士気、国民の感情は、魔族への処刑ではなく、敵を倒すことに見出すべきなんだ!

 これは双方にとってのとむらい合戦になる―――そうだろう? そうに違いない!」

 そして、彼はすぐさまアスランを連れて軍部へと向かっていった。

 その後ろ姿を見つめて、ワンダは呆れ果て……諦めた。


「本当にそっくり……先が思いやられるわ」







 復興資材の山で作られたトノットの門、その前で、リッキーはランディアに尋ねた。

「まだ早いんじゃないのか?」

 重傷の怪我だった筈だが、唾つけて治したと言わんばかりの、何食わぬ顔をする彼女を、彼なりに気を遣った言葉だったのだが、ランディアに構う様子は見られない。


「死なねぇ怪我で寝込んでるほどやわじゃねぇし」

「いつものお前なら、なんだかんだこの国の世話まで焼かしそうなのに」

「突然に攻め込まれて避難も出来てねぇってんなら助けるけど

 国を挙げてどっか攻め入るってのには、もう関わっちゃダメだろ、王国人なんだから」

「そういう正論を吐くところがらしくねぇってんの」

「お前に言われたかねぇし」と、つっけんどんに跳ねのけられてムスッと顔をしかめたリッキーは

「時間がねぇってばかり言うけど、お前、どうして妹に焦って会いたがってんだよ」

 同じくらい気遣いのない言葉をわざわざ選んで吐いた。

 流石に、これにはランディアの顔が歪む。


「お前は……マイティアが何者か知ってんのか?」

「……女神の子だろ?」

 ピクッと頬を引き攣り、周囲を慌てて見渡した後……ランディアは張り詰めていた糸が切れたのか、貯め込んでいた重い溜息をついた。

「それならわかんないか?

 今、女神の子が、女神がどんだけ必要な状況なのかを」

「それは……そうかもしんねぇけど」

「かも、じゃないんだよ。かもじゃ―――もう間に合ってすらいないんだよ!」

 思わず声を荒げる狼狽の理由に、リッキーは伏し目がちに「王都騎士団か?」と、尋ねた。

 すると案の定、ランディアの目が僅かに潤み、瞳が揺れ出した。

 しばらく胸につかえているものを言葉に出すか悩んでいる様子だったが

「ボルコワース……お前も会った事あるだろ」と、声に出すと、その閊えていたものが零れ出した。


「殺したんだ」



「その返り血を浴びちまったんだ」



 沈黙が続いた。

 ランディアの手も震えだしていたが、拳を握りしめて紛らわす。

 それでも、彼女の瞼の裏に、血みどろの、仲間だった“魔物”が映る――――。




 マイティアを神官兵の追手から逃がした後のことだ。


「あああッ!!」


 猛吹雪に背を押されるよう、八本の支流が集まってなだれ落ち、レコン川へと続いていくヤマタ滝のふち

 透明な冷水で顔をごしごしと洗い、じんわりと赤い水が滴る。

「はあ……、はあ……クソ、ド畜生が……ッ!」

 ランディアは一人で、此処へ来た。

 彼女の顔にこびり付いた血は返り血だった。だが、その血は”キレイ”ではなかった。


「ボルコワース……ボッコス……、ああ、ちくしょう……」


 王都騎士ボルコワースは、ランディアが王都騎士団の世話になった時からいる古株中の古株で、多くの王都騎士が尊敬する、剣術の天才だった。

 だが、彼は王都騎士団が壊滅状態に陥った事件の”被害者”の一人で――――つまり彼は既に、ドップラーに操られた魔物になってしまっていた。

 その彼が現れたのだ。

 吹雪の中で、神官兵と、サンプト自警団のブージュルード隊長とでもみくちゃになった戦闘中、突然に。


 ランディアは自身を守るので必死だった。身体強化も兼ねた鎧を着こなす”魔物”が、確固たる技術を持ったまま致死毒を振り回してくるのだから。

 不意打ちを喰らった疲弊した神官兵は一撃だった。鋼が頭蓋骨を砕き、そのまま飛ばした。

 もう一人の神官兵も吹雪で視界を奪われた瞬間に胴体がパックリ割れる程に裂かれ、あとの数人は逃げる間もなく心臓を一突きされて死んだ。

『逃げろランディア!』

 ブージュルード隊長は、ランディアの盾になった。ボルコワースへの一撃を躊躇ためらい、致命的な隙を突く魔物の刃からランディアを守るべく。

 そして……。

 咄嗟とっさにサポートに回ってくれていたサーティアも、ボルコワースの返し刃に手を切られた。手の平だった。彼女はその意味を即座に理解し、左手を親指だけ残して自ら切り落とした。

 直後、サーティアの鷹王ドロワースが戻って来てくれて、鋭利な羽根の嵐に足が止まったボルコワースの首を、ランディアが刎ねることができた。


 ボルコワースと、既に動き出そうと這い出していた神官兵とブージュルードの死体を神聖術の光で燃やして

 張り詰めた緊張が解けて腰を抜かし、失血と痛みでふらつくサーティアを天竜山近くにあるマロ族の村に連れて行った後で――――ランディアはようやく、鎧兜を外し……驚愕きょうがくした。


 ランディアは、返り血を浴びていたのだ。

 恐らく、首を刎ねたボルコワースの血だろう。

 皮膚の上からでも入り込む、ドップラーの毒を含む血を浴びた。

 兜の、視界確保の隙間から、目の近くに。


 その血を洗い、鎧兜もキレイに洗い終えた後で


「はっ、これで、死んだら―――化物のお仲間なのか? 嘘だろ?

 笑えねぇ 笑えねぇんだよ ふざけんなちくしょうッ!

 こんなクソ野郎にどうやったら勝てるってんだよッ!!」


 現状、ランディアの身体には何の違和感もない。

 最初は、少しずつ身体が怠くなる程度の症状だからだ。これに気付かない者もいるだろう。それから、数か月もかけてみるみる弱っていき、最後には毒を含む血を吐いて死に、魔物に変わり果てるのだ。

「私たちが何したってんだよ……ちくしょぅ……ずっと、身を粉にして、戦ってきたってのに―――ッ!!」

 どれだけ涙を流しても、顔を綺麗な水で拭っても、もう遅い。

 耳にこびり付く跳ね上がった自分の鼓動が、化物になる毒が身体中を巡る音に聞こえる。


 何度も何度も顔を洗い、襲い来る重圧で何度も嘔吐おうとし、石に顔面を叩きつける自傷を経て……夕刻になり、魔物除けをかなかったランディアの周りに、魔物共が餌を求めてい寄ってきた。

「……なんだよ、勧誘か? ええ?」

 真っ赤に擦り剥けた顔を鎧兜に隠し、飛び掛かる中級の魔物たちを

「お前らと一緒にすんじゃねぇええええ!!!」

 八つ当たりとばかりに切り捨てた。

 魔物の牙はランディアにまるで掠らず、魔物の血に誘われた魔物も次々に切り倒し

 現れた上級の魔物すらも、その首を引き千切った。それでも慟哭どうこくは収まらなかった。


「はあ……はあ……ぐぇ、おえぇ……」

 赤い月夜に山に積み重なった魔物の死体。その山の上に腰かけ、ランディアは息を荒げ、手足を震わせていた。

 携帯鎧は魔を引き寄せ、鎧で魔力に変換し、着用者に絶えず魔力を送り込む。その性質上、魔力を寧ろ使っていかなければ携帯鎧に引き寄せられた変換待ちの魔が集まってきてしまい、それを呼吸で取り込む着用者が魔中毒になりかねない。

 魔力の使い道は基本的に肉体強化であるため、魔力で数時間増強し続けた筋肉が、ランディアの自暴自棄に付き合いきれず、泣き出していたのだ。


(これは……私への当てつけなの?

 妹に女神になって欲しいと望んだ私への罰なのか!?)


 父であるハサン王から眼中にない扱いをされてきた四人の娘たち、縋りたい母もいない。

 サーティアは神職の修行に、シルディアは身体が弱く、マイティアは……会えるところにいなかったから、姉妹と言いつつも一緒にいられた時間はさほどない。

 だから、ランディアが真に、家族と思えていたのは王都騎士団だった。

 木製の剣を振り回す幼い頃から面倒をみてくれて、色んな出会いと、つらい別れを繰り返し、過酷な仕事をこなす背中をみて育ち、自分も彼らと同じように戦い、人々を守るんだと決意した――――その”家族”をぐちゃぐちゃに壊されて

 ランディア自身も、遂にはドップラーの毒牙にかかった。


「ああ、わかってきたよ、ベス……女神に祈る気持ちが。

 女神にすがりたい気分だ……それで助けてくれるなら、祈るよ……何でも捧げるよ」


 震えた指を互い違いに組み、握り……祈り手に額を付ける。

 魔物の血に汚れた鎧姿のまま、ランディアは、誰もいない女神の椅子に祈った。


 今まで、王都騎士団の中にいても、自分だけは女神に祈っちゃいけないのだと己に言い聞かせていた。勿論、マイティアの為だ。

 目に入れても痛くないほど可愛い妹への仕打ちがあんまりだと思ったから……しかし―――他人を思いやる余裕が、ランディアから遂に、完全に、失われた。


 そうなれば……彼女の行き着く道は、一択だった。


 ――――だって女神は、神なんだから

 ドップラーの毒の浄化方法だって、女神なら見つけ出せるかもしれないじゃないか――――っ。



「―――ごめん、サッチ、シャル

 ごめんね、みんな……。 最初から、覚悟を決めとけばよかったんだよな―――。

 ごめん、ミト……ごめんね……私はもう―――お前の味方でいられないよ」


 祈り手を解き、剣を握り、ランディアはマイティアが向かったポートへと駆け出した。


 今となっては遅いけれど

 “家族”が、一人でも残っているうちに―――。






「なあ、ランディ。

 お前についていっていいか?」


 思考が現在に戻り、ふと耳に入って来た言葉

「なんだってぇ?」ランディアの裏返った高音が響く。

「同行してやるっつってんだよ、先輩」

 ランディアの目に、ズボンに両手を突っ込んだリッキーのハゲ頭が映る。格好良く決めたつもりでいるタイプの背筋の伸ばし方だった。見てるランディアの方が恥ずかしくなる。


「なんだなんだ、真面目な不真面目ちゃんが私の置かれている状況がわかっていないのか?」

「ドップラーに操られたボッコスおじの返り血を浴びたと」

「わかってんじゃねぇかよ」

「だけど、今んところ無事そうじゃん」

「お前なぁ……」

「それに、コレットもどっか行っちまったし、一人で生きんのも面倒くせぇんだよ」

「……あのネコ、助かんなかったのか?」

「いんや、どうだろうな。ああいう全方向から逆恨みされているタイプの奴が早々にくたばるとは思えねぇから、どっかで生きてんじゃね?」

「なんだよ、なんだなんだ、急に。お前そんな柄じゃねぇだろ」と言うと、リッキーは再び伏し目がちになり

「別に……丸くなるきっかけなんて何だっていいだろ」

「元からまん丸だろ」

「頭の話はしてねぇ」

 両手に刻まれた刺魔タトゥを見つめた後で、彼は恥ずかし気に呟いた。


「そ、それに、ドップラーの毒で頭いかれちまったときは、俺がお前を殺してやんよ」



「───はっ、嘘だろ?

 お前に私が殺せるって思ってんのか?!」

「うっるせぇな! 脳味噌バカになった後の事にビビり散らかしてるお前ぐらい俺程度で倒せんだよバーカ!」

「テンメェ他人事だと思ってんだろ!チクショウ!そのときは死霊殺しを死霊にしてやんからな!」

「上等だ! テメェの脳筋戦法なんざ魔術の―――」

 うんぬんかんぬん、ぴーちくぱーちく、などと、低レベルな罵り合いが僅かにリッキーの方が口達者で終わると、ランディアは苛立った口調で、いや、しかし、少しだけ笑い、顔を腕で拭ってから声を張り上げた。


「ったく、ニタついてんじゃねえよ!

 連れてってやるから! 30秒で支度しな!!」


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