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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
1/212

第1話 勇者ネロス

シンプルに、王道な話を書いてみたくて作ってみました。長いお話ですが、お楽しみいただければ幸いです。

 勇者と旅をした 一人の女は


 自身の日記を めくり始める。




 出会った頃から―――ときおり、 はにかんで。

 




  勇者の死霊術




 戦火にいぶされた魔が空を満たし

 この世界に 魔王が現れん


 魔王に立ち向かう者 勇者と名乗り

 女神の加護をまといて 魔王を封印す…………。



 女神経典にその一節が刻まれてから、魔王を倒していないことを、誰も気に留めぬほどの時が経った。



 そして、7回目の女神の儀式が行われ……間もなく


 女神たちは、魔王の封印が解かれないように、もう一度封印を施すよう、世界に告げるも


 魔王は……よみがえった。




 女神たちは死に、魔王の目覚めを待っていたかのよう強力な魔物たちが各国を襲い始めた。


 血のように赤い月が夜空にたたずみ、世界は成す術もなく滅びの一途を、着実と……辿たどっていた――――。





『勇者を迎えに行きなさい』


 魔王が復活してから、およそ20年後のこと。


 全滅したと思われていた女神の予言が、此処、王国に下された。


『彼の者と共に歩みなさい

 魔王を 倒すのです』



 国土の大部分を魔物に奪われ、陥落の危機に瀕していた王国の王ハサンは、女神の予言にかつてないほど歓喜した。

 そして、勇者を迎えに行くため───王にとっては不本意に───『私』が派遣されることになった。


 予言で示されたのは、王国と、その南にある神国との国境───タタリ山のふもとにある小さな農村……キヌノ村。

 そこへ、私は三日掛けて訪れた。


 しかしながら、勇者は女神教団に迎えられ、既に出立したと村人から知らされた。


 女神教団という、今や名ばかりの魔物たちに。


 私はすぐさまきびすを返し、手遅れとならないよう女神教団を追った。



 女神期832年 王国夏季 三月八日  



 その夜、赤みを帯びた月明かりの下で、私は思いの外に容易く、目的の集団を見つけた。

 タタリ山から北へ数キロの森の中、全身を覆う目立った赤服たちが、何ともだらしない格好で大きな寝息を立てていたからだ。

 人とは思えない大きく無骨な四肢、容易く肉を引き裂けるだろう爪や牙。尻尾や触手までだらしなく伸ばしきっている奴もいる。いつもは人の姿に装うというのに、誰も自分たちを襲いはしないと油断しきっているのだろう。

 そんな奴らに囲まれて、大きな岩に荒縄で括り付けられている一人の青年が見えた。

 ただ……彼もまた、身ぐるみ剥がされて捕まっている現実を知らないかのように、ぐっすりと心地良さそうに眠っている……。


「見渡す限り、他にはいないようだ」


 喋る鷹、私の相棒である鷹王ようおうホズは、周囲を飛んで回り、『勇者らしい』者を探してくれたものの、やはり近くにいるめぼしい人は、彼だけのようだ。


(まさか……、…………あれが?)


 私は消音の変性術を唱え、足音や身動みじろぐ音を消した。そして、魔物たちの大きな寝息に混じり、荒縄に括り付けられている青年にこっそりと近づいた。

 彼の呑気な寝息が聞こえるぐらいの距離に来て、荒縄を切ろうとナイフに手を伸ばした―――そのときだ


「やあ、君が僕を迎えに来てくれた人だね」

「!?」


 青年は唐突に目を覚ました。ずっと眠っていたふりをしていたかのように。

 私は驚いた。彼が突然起きたことよりも、その声で魔物たちが起きてしまうのではないかと。しかし、魔物たちに起きる気配はない。

 私は安堵あんどと嫌悪感を露わにして、青年を睨みつけた。

「あんたね……今、この魔物共を起こしでもしたら、このまま置いていくわよ」

「……それは困るな」

 私のささやき声に合わせるよう、彼も囁き声で肩をすくめた。

 青年は、間延びしたアホ面をしていた。灰を被ったような短髪で、日に焼けた肌色、茶褐色の目はあどけなく、指の腹で押し潰したくなるほど鼻の輪郭は丸い。どことなく南側の顔だちで、初対面の相手に向けると思えない砕けた笑みを不気味に浮かべている。それと少し土臭い。

 筋肉はそれなりにあるようで、一般の兵士と比べれば分厚い体格をしている方だろうが……その筋肉の使い方を疑いたくなる。

 人に化けた魔物共に騙されて捕まったにせよ、せめて騙されたなりの情けない顔をするべきではないか?

 私は心の底から“勇者”に幻滅し、呆れ果てた。

「あんたが……勇者だって、未だに信じられないんだけど、証明出来るものはないの?」

 勇者? まさか人違いだよ、と言って欲しくて敢えて訊いたのだが、コイツは斜め上の返事をさも当然の如く……。

「証明って言ったって、ベラが僕を勇者と呼ぶんだ。聞いてなかったの?」

「誰よベラって」

「女神だよ」

 私の頭がつねられ、こめかみに金槌がめり込み、頬が引きり、目眩めまいにふらつく。

「女神の予言を聴くことが出来るのは、限られた聖職者だけ

 あんたは……、どう見ても聖職者じゃないわよね」

「僕は女神の声が聞こえるんだ。本当だよ。

 あの聖剣を通じてね」

 自称勇者は視線を横に向けた。

 そこには木製の剣があった。石に立て掛けられているそれは、木目もしっかりと視認でき、若い枝と青々しい葉っぱも生え……紫色の、ああ、 なんと愛おしい一輪の花が木剣から伸び……優雅ゆうがにそよ風に揺られて……ええ?

 私は脈打つ度に痛む頭を抱え、深い、肺が潰れる程深く溜息をついた。

「ああ、わかった……あんたは私をからかっているのね」

「まさか。あれは聖剣さ。本当だよ。

 女神の宿る剣。生まれたときから一緒で、僕を育ててくれたんだ。ベラはスゴいんだよ」

「ええ、本当に木剣が人を育てたのだとすればスゴい話ね……ただ、私はあんたを哀れに思うわ。現実を正しく認識できない人だと」

 自称勇者は眉をひそめ、哀しげに口角を下げた。


「僕の名前はネロス。

 聖剣に宿る女神の名はベラ。

 君は王都から僕を迎えに来てくれたんだろう? 弓が得意で……あー……、弓は今、持っていないようだけど」

 私はそのとき初めて彼の言葉に目を丸めた。

 私は確かに弓を使う。だが、弓も矢も携帯していない。する必要もないからだ。

 それなのに、私が弓を使うと初対面である筈の彼は言い当てた。


「仲良くしないかい?

 君の考える以上に僕らは長い付き合いになる筈だ」


 ネロスは性懲りもなく笑みを浮かべた。

 ただ、私は彼の態度が気に食わなくて、その言葉を鼻で笑った。

「馴れ馴れしくしないで。

 例えあんたが勇者なのだとしても、私は仲良くするつもりは無いの」

 そう言葉でニッコニコした頬をひっぱたいてやると、流石に彼は笑みを引き攣らせた。

「え、あー、……、ハハ、そう……なの。

 ……、と、取り敢えず、僕を縛ってる縄を外して貰えたり……は、しませんか?」

(はあ……何が何だか)

 私が一向に縄を切ってくれないことに心配になってきたのか、ネロスは助けを乞うように私へ視線を送り、冷や汗を浮かべ始めた。

 流石に良心が痛み始め、私は仕方なく岩から彼を解き放ってやった。

「ありがとう。

 君が……その、僕と仲良くする気がないのは、とても、とても残念なのだけど…………名前だけ、聞いてもいいかな?

 どう呼べばいいか分からないし」

 私は顔をしかめた。

 私はあくまで勇者を迎えに来てやっただけで、コイツと仲良くする気なんてさらさらなかった。そもそもコイツが勇者であるとも思えていないし。

 ただ、女神の予言を鵜呑うのみにするだろう王の下へ自称勇者を送り届けてやれば、アイツは満足するだろうし、私はそれで”終わり”だ―――例え彼が本物だろうと偽物だろうと、私個人にとって何の意味も為さない。

 しかし、まあ……短い間にせよ、”君”と呼ばれ続けることもしゃくさわる。


「ミト」


 剥がされた安っぽい身包み───ほつれ気味の麻のシャツとダボダボなズボン、ウエストを蔦の縄で調整し、革の靴はまるで拾いもの───に袖を通し、”聖剣”を腰帯に差したネロスは、私の方を向いて


「宜しく、ミト」


 やはり、馴れ馴れしく笑った。





 私たちは王都へ向かう手前の町、キヌノ村から北へ下山していったところにある、トトリまで来た。


 トトリは、北~東~南へカーブを描くような地竜山脈に囲まれていて、地竜山脈の尾に当たるタタリ山が神国との天然の国境壁を担っている。

 その為、王国と神国の間に不可侵条約が交わされるまでは度重なる侵攻を受けており、今でも大広場にある王国一古い大教会は町のシンボルだ─────悪い意味で、だが。


 そう……今や、魔物たちの魔の手が忍び寄ることなく、町の中から堂々と目の前に現れるのだ。


「今日は~我々女神信者に剣を向けた~愚かな老人に女神の神罰を~…………」

 通り一本挟んだ先で聞こえてくる、女神に対する口先だけの定型文

 それから間もなく…

 …… … ゴコンッ

 底板が外される音が、乾燥した空気に淡々と響く。歓声やどよめきはもう聞こえない。

 大教会の前にある、市場やイベント場があり常ににぎわわっていた筈の大広場は、女神教団に歯向かった者たちの処刑場と化している。そこを埋め尽くすかのような赤服たちは毎日のように”礼拝”と称して集まっては、女神の神罰を語っては人の首を嬉々として吊っていくのだ。

 私はふと横を歩くネロスを一瞥いちべつし……小さく幻滅した。

 彼が木剣に宿ると主張する女神は、処刑台へと登らされる彼らの最期の声に応えたりはしなかったからだ。

 女神がまだ生き残っているなど……所詮、彼のれ言に過ぎないのだろう。

「あんたがだまされた女神教団という組織、そこら中を堂々と歩いている赤服の連中は、そのほとんどが人に化けた魔物よ。

 トトリを含めて王国の南西と神国を実効支配している、四天王の一人……”鬼将きしょうバーブラ”の手先なの

 そう判ってはいるけど、王国は深刻なまでの人手不足で、バーブラにまで喧嘩けんかをふっかけている余裕がない」

 王国の戦力はほぼすべて、王のいる王都を守っている。

 王都はバーブラとは別の脅威きょういに晒されているのだ。

「女神教団はあくまでも人の姿で、人の生活に紛れ込んでいる。攻め込もうにも化けた彼らを的確に見極めていくには個々に技量が要るし、その分、時間がかかる……何より、女神教団を一度は追い出せても、貴重な戦力を常駐じょうちゅうさせてまでこの町を防衛しようとする考えが、王たちにはない。

 自分のところを防衛しているだけで精一杯なの……それが王国の現状なの」

 そこまで丁寧に説明してやって……大した反応が返ってこないので振り返ると…………彼は よくもまあ理解していなさそうなとぼけ顔で見てくるもんで────私はイライラしながらその視線を打ち返した。

「例えあんたが万に一つ本物の勇者なのだとしても、この町の女神教団を壊滅させられるだけの力があっても―――あんたがこの町にずっと居座る訳ではない。

 分かる? いい? 二度は言わないから理解して。

 余計なことをしないで。

 あんたはこの町も、女神教団も、目の前の人を助けたいって衝動的な善意も全て呑み込んで、王都へ粛々(しゅくしゅく)と向かうべきなの。

 あんたが持っているだろう力を発揮すべきは、その後よ」

 ネロスはなんだか腑に落ちていないようだった。

 だが、彼に何も言わせないよう言葉を捲し立て、おまけに私は一睨みした。彼は作り笑いで頷いた。


「分かった。ありがとう、気をつけるよ」


 分かってない

 絶対コイツ分かってない 

 分かっているって顔してないもの


 元来のアホ面のせいでそう見えただけなら謝るが、恐らく、分かってない。十中八九分かってない。しかし、2度も説明などしたくなかった。


「それはそうと、ミト 今日の夜中から歩き続けて疲れてない? お腹空かない? 荷物持とうか? どこかで休まなくていいの?」

「いっちいち馴れ馴れしい……結構よ。

 あんたなんかに心配されるほど柔じゃないの」

「固いってこと?」

「もういい、黙ってて」



 


 王都に向かって夜通し歩き続けるのも危険なため、行きでも利用した北口近くの宿屋に入った。

(……バレバレじゃない)

 宿屋のフロントにあるテーブルには、”あからさまな先客”が腰掛けていた。旅商人の様な格好でわざとらしく荷物の確認をしている素振りだが、帽子の下からのぞく赤い視線は私たちにしっかりと向けられている。隠す素振りすらない。

 私は急に苛立ってきて、カウンターの裏で晩酌ばんしゃくしている宿屋の主人に2人分の宿泊代を荒めに叩きつけた。

「一緒の部屋で宜しいですか?」

 宿屋の主人は酒で赤らめた頬をにやにや引き上げる。

 私は横にいるどんくさい奴を見て───宿屋の主人が笑みを浮かべる理由がわかり───苛立ちが突沸とっぷつした。

「一緒の部屋ァ?

 コイツと!? 冗談じゃないわ!」

「ん? どうして?

 二人しかいないんだから、二人部屋でいいんじゃないの? ミト」


「 信じらんないッ!!」


 私は倍の値段を追加で叩きつけ、酔いが冷めて青ざめる主人から鍵をふんだくった。

 今日出会ったばかりのお馬鹿と一緒の空間で寝るだなんて……それも二人部屋ァ? 反吐が出る! あんたも仕事しなさいよ監視でしょうが!

 乾き気味の軽食を噛み砕いた後、日課である日記に今日の苛立ちを書き連ねる。

 明日は明朝から出発し、日が落ちる前に国道トンネルまで徒歩で向かわなければならない。今年は例年より冬季が早い予測されているため、標高の高い国道トンネルは間もなく雪と氷に覆われてしまいかねない。そうなれば、あの道は次の夏季まで使えず……私たちは魔物が巣くう山を何日何日も……夜に怯えつつ……奴と 私で 野宿 し な が ら ???

(気が滅入るわ……この崖っ縁な状態に現れた一縷いちるの望みが、どうしてあんな頼りない面なのよ……)

 せめてもう少し……大人びていて欲しかった。


「気難しい人なのかな……。

 どう思う? ベラ……僕、とてつもなく嫌われている気がするよ」

 早めにベッドに入ってうとうと眠気を誘っていると、壁からぼそぼそと独り言が響いてきた。この宿屋の壁は酷く薄いらしい。

「なんだって? 女心? 素直じゃない??

 うーん……本当に? それだけ?

 僕はずっとこう、熊の類に睨まれているのかとばかりに鳥肌が止まらなくって背中がぞわぞわするよ」

「げほっ」

 私の蓄えていた眠気が月の裏まで吹っ飛んだ。

「ミトに直接聞いてみればいいかな……なんでプンプンしてるんですか?って 隣の部屋だし……、え? ベラ? 待って、なんでいきなり変態って デリカシーって何?」

(はあ……私がおかしくなる前にコイツを王都へ突き出さないと……)





 ――――その日の深夜



 ピィイイー! ピィー! ピィーッ!


 気絶するようにようやく眠れた私の耳横で、頼んでもいない目覚ましがけたたましく鳴る。

 私はシーツを被ってやかましい音から逃げようとしたものの、そいつは私の殻を引き剥がそうと“ついばんで”くる。

「やめて……いま何時だと思ってん……の。

 せっかく 寝られた のに……せっか く」

「起きろミト! やばいぞ……!

 馬鹿が剣持って教会に行きやがった!」

 ホズはそう古い羽根が抜けるほどばたついた。

 ただ、私は言葉の意味がわからず、寝ぼけ眼が頑なに光を拒む。

「教会に行くぐらい 勝手にやらせればいいじゃない……敬虔けいけんなことよ……そんなことで起こさないで……わたしねむぃ の……むにゃむにゃ……」

「寝ぼけてる場合か!

 此処はトトリだ! 女神教団は魔物の集団だぞ!

 奴が何か押っ始めやがったら町ごとおじゃんだ!」

 ホズの言葉の深刻さを理解できるほど目覚めた瞬間、一気に血の気が引いていくのを感じた。

「―――あッんの馬鹿ッ! 何のために説明してやったと思ってんのよ!」

 慌てて上着を羽織り、窓を開けると、隣の部屋の窓が全開のまま放置されているのが見えた。陽気なカーテンが腹立たしく夜風に揺れている。

 一瞬、フロントにいる“監視”に助けを求めるべきかと脳裏を過ったが、湧き起こる嫌悪感に押し出され───「ああッ!もう!」

 私は適当に髪を結んで、剣を掴み 窓から飛び出した。





 深夜にも関わらず、教会には明かりが灯されていた。

 私が教会を見下ろせる場所の廃墟はいきょまで辿り着いた頃には、木剣を腰に下げたネロスが既に、門番の赤服に話しかけ……そして、中へまんまと招き入れられた。

「馬鹿ッ! 一体何をしでかすつもりなのよ……!」

 ホズの誘導で来た廃墟の上からはステンドグラスしか見えず、教会内部を肉眼では伺うことが出来ないが

「ワシの“目”の使い方、お復習さらいしようか?」

「大丈夫よ、ちゃんと覚えてるわ」

 弓矢の召喚術を唱え、何もない両手に魔力で出来た弓と矢筒を生み出した。矢筒を素早く腰に引っ掛け、1本の矢をつがえ……契約しているホズの目を借りた。ただの鷹ではない、鷹王の目を。

 肉眼的には見通せない教会内部が魔力で強化された視力で鮮明に―――魔物たちが巣くっている様子が映った。

 どれだけの数が犠牲になったのだろう……山積みの骨と持ち主を失った物品が───血肉が飛び散った女神像の裏に放り投げられている。

「ホズ、中の声を拾える?」

 ネロスは教会内部へ入った。彼の目に“宴会中”の魔物たちが映っただろう。だが、彼は驚く素振りはない。ただまっすぐと前を見据えている。


「ずいぶん“勇者”だな、お前」


 彼の背後の扉が閉められると、魔物の一体はゲラゲラと汚く笑い、濡れた口元を血肉で拭う。そいつは上級に近い……人の数倍も大きい巨体で、溢れ出る禍々(まがまが)しい“魔”が遠目でも視認できた。

 例え奇襲を掛けられたとしても私に勝てる自信はないが、矢を番えたまま……ネロスの行動を待った。

「こっちに来いよ お前は女やガキより歯応えがありそうだ」

「ゲヘヘへ! 女神に祈りに来たのに可哀想にな!! ゲヘヘ」

「女神なんざもういねぇんだよ!!! みんな死んじまったからなああ!! ギャハハハハ!!!」

 彼はまだ動かない。言葉も話さない。上から見下ろしている限りでは彼の表情はよく見えない。

「どうしたどうしたチビッたか!? ゲヘヘへ! 

 だっらしねぇなあ!!」

 そう嘲笑あざわらった魔物が、赤服の子どもを頭上へとつまみ上げた。子は恐怖で声が出せないのか、酷く怯え……小刻みに息を吸うばかり。


「君」


 ようやくネロスは短く言葉を放った。魔物の手に掴まれたその子を呼ぶだけの単語。その声には抑揚などなく、淡々としていた。


「ちょっと目を閉じてな」


 恐怖で泣きじゃくっていた子はネロスの言葉に縋るよう、ぎゅーっと目を閉じて手を合わせた。

 ネロスは腰に差した聖剣の柄に手を当て────抜き放つと共に、木目模様の剣が青白い光を帯び始める。

 素早く腰を上げた魔物共が声を発する前―――聖剣を振るった一刃の衝撃波が、子を掴んでいた魔物の一体を消し飛ばした――ッ。

「コイツ」

 そのままネロスは宙に放り出された子に向けて突進し、戦闘態勢に入った魔物たちの足の間を低くすり抜けて、落ちてきた子を抱きかかえた。そしてその子を血に汚れた女神像の後ろへ下がらせる。


「此処にいるんだ。物陰に隠れたままでいい。何が起きているのか見届ける必要も君には無い。

 後は“僕ら”に任せろ」と簡潔に慰めた……その直後


「!?」


 私と目が合った。

 勘違いではない。確実に目を合わせてきた。向こうからはステンドグラスしか見えない筈だ。それも私がいるこの廃墟からは百数メートルは離れている。

「ごめんミト、説明して貰ったのに、無視して」

 おまけに自信満々に話しかけだした。聞こえていることすら確実に判っている。ホズと丸い目が合う。信じられなかった。


「僕は、予知夢を見るんだ。

 君たちがそこにいることや、此処が見えていること、僕らの声が聞こえていること……それを、僕は“知っている”」


 予知夢、未来予知の類は紛れもなく女神の力だ。そして、その能力が彼にあるとすれば、彼が私を“弓使い”と言い当てた理由も腑に落ちる。

「だから、此処がこういう状況だってことも見えてしまって

 知っていながら、無視するのが……我慢ならなかった。

 巻き込んでごめん」

 予知夢を見る、という事を知らなければ、彼の脳天を撃ち抜いてやるところだった。


(その衝動が分からないほど、冷静になれないわよ私だって……。

 だけど―――そのせいでこの町がどうなっていくか―――あんたの行動は未来に対して無責任なのよ……!)

 怒りが沸々と込み上げてきて、私は、それを矢に込めた。

「謝って済むと思ったら大間違いよ……、覚えてなさい その平らな面が凹むまでぶん殴ってやるわ」

 苦笑いしたように、奴の口角が上がった。


(腹立たしい……実に腹立たしい ――― やってはいけないと心を鬼にして我慢してきたことを、一夜も悩むことなく、清々しいほど爽快にやりやがった事を ――― それを羨ましくも思える事が何より腹立たしい!)


 私の放った矢は一直線に加速しながら、ステンドグラスを盛大に砕き、下級の魔物三体をまとめて貫いた。

 風通しの良くなった大きな窓から、魔物共が私を視認する。奴らはもう一人いたことに気を取られ、目の前にいるネロスから目を離した。

「てめぇらよくもやりやがったなッ!!!

 この町の人間共全員ぶっ殺してやる!!!覚悟しとけクソがッッ!!」

「やれるもんならやってみろ

 いくぞ、ベラ」

 女神を呼ぶ声に応じて、聖剣はその姿を変えた。

 木剣だった刀身は美しく思えるほど透き通った白銀へと変わり、生えていた紫の花はつぼみに戻るように柄に吸収される。

 刀身の青い光は赤い月明かりに照らされて、淡い紫色となり、ネロスの魔力によって輝きを増大していく。

「退け お前らじゃ相手にならん」

「ドッツェン様っ」

 魔物共の多くは聖剣の光に怯え逃げ腰になったが、図体のデカい上級の魔物は一体だけ前へ出て来た。御飾りな服をビリビリに引き裂いて────私の矢も鋼鉄の剣も容易く弾いてしまいそうな───頑強な岩の肌を露わにした。

 黒い煙状に可視化した魔が教会内部に広がり、私の視界もぼやけるものの……その中で、聖剣の光は寧ろ際立って見えた。

「ようクソガキ しけた手品を披露ひろうしに来た訳じゃないよなあ?

 北側に来てからというもの戦う雑魚すらいなくて持て余していたんだ……俺を少しは楽しませてくれよ」

「その余裕がお前にあればな」

 ドッツェンと呼ばれた魔物の顔に無数の筋が浮かび、その巨大な図体に似付かぬ素早さでネロスに飛び掛かっ たが───

「!?」

 その大木の如き片腕が 瞬く間に 高く飛び上がった。


 淡紫色の残像と 出血 

 ネロスは既にドッツェンの背後にいて

 目の色を変えて振り返り、払われる魔物の腕を潜りつつ

 その片膝を 裏から切り飛ばし 片膝着いて垂れる首へ

 身を捩る遠心力のかかった聖剣が 


 ギロチンの如く

 ズバッ!  。。 。    

       

 首を 刎ね落としたッ───!


「マジかあの野郎!やりやがった!」


 ホズは興奮して声を荒げた。かく言う私の鼓動も激しくバウンドしている。

 リーダー格が真っ先に───しかも為す術もなく瞬殺されたことに中級以下の魔物たちも唖然と立ち竦んでいる。

 上級の魔物なんて───複数の騎士が連携を取ってようやく倒せるような奴らだ

 一人で倒しきれる者なんて、今の時代には滅多に残っていない

 それも……彼は汗一つ垂らしもしていないし、まみえてから10秒もかからなかったのではないか?


 本物だ───ネロスは“勇者”なんだ


 それはまるで、帰依きえするかの様な直感だった。


 そう私が放心していた間に、中級以下の魔物たちは尻尾を巻いて教会から外へ出ようとしていた。だが、彼らは一体として外に出ることはなかった。

 ネロスは聖剣を横薙ぎに振り払った。膨れ上がった聖剣の光が、カッ、と閃光のように駆け抜け、背を向けた魔物共を上下に切り裂いたのだ。奴らは瞬く間に塵となり、開いた扉から吹き込む僅かな風によって掻き消えた。

 外面だけの教会は……魔物たちが使っていた幻惑術による化けの皮が剥がれ、血肉で汚れた内装と、鼻をつんざくような激しい死臭を露わにした。

 この臭いに魔物たちが気付き、トトリに牙を向く前にどうにか時間を稼がなければ―――――。

 私は念の為、周囲の様子をホズに確認させつつ、教会へ足早に向かうと

 申し訳なさそうでいて後悔のない面をした勇者が、私を迎えに来たかのように歩いてきた。

「あんたが勇者だって事はもう疑わないわ。

 ただ……自分が何をしたのか 分かっているんでしょうね」

「ごめん」

「謝罪を聞きたいんじゃないの。あんたがこれから何をすべきかを判っているのか、って聞いてるの。予知夢とやらで」

「ごめん」

「その謝罪は何? 何の意味?

 行き当たりばったりでした、って謝罪なら本気で殴るわよ」

「…………。」

 ネロスは少しの間を置いて、きゅーっと目を瞑った。

「ごめん」

 溜息しか出なかった。どうぞ殴ってくださいとばかりに待ち構える強張こわばった顔を前に力が抜けていく。

「うぅっ……うぅ、ぐずっ」

 その上、ネロスが寸前で助けた子が、彼の腰から怯えた顔を出し、震えたままの小さい手でネロスにしがみついている。この子を前に“放っておけば良かった”などと言える訳もなく、私は握り締めた拳を解した。

「……わかった、もういい。

 ただ、これだけは言わせて。

 飛び出す前に、せめて一声かけてほしかった。

 向こう見ずな無茶振りでも、頭ごなしに否定したりしないから。

 後のことまで考えていないのに結局付き合わされて、後手後手に振り回されるのはごめんなの。

 いいわね? ネロス」


 強張っていた顔が緩み、ネロスは笑みを浮かべて大きく頷いた。


 その笑顔があまりに腹立たしく

「ぐえっ」

 油断した奴の腹に膝頭をぶち込んだ。

「うぅぅ……不意打ちぃぃ……」

「あら、予知夢があるから避けると思ってたわ」


 膝をついてうずくまる勇者を、私は鼻で笑った。


挿絵(By みてみん)

2022/7/13改稿しました

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「出会った頃からときおり、はにかんで」という一文が素敵です。 この一言で心を鷲掴みにされました。 ୧(˃◡˂)୨ [一言] イラストもいいですね。作品の雰囲気をより印象付けていると感じ入り…
[一言] どうもはじめまして。 作品も拝見しました。 とても面白かったです。 (≧▽≦)
[良い点] ノベプラでも応援しております! おこりんぼうのミトかわいいです!
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