第2話 雑談
王太子は書状をリルフィナに渡した後、思い出したように父上がお前に話したいことがあるそうだというと、さっと馬車に乗り宮廷書記官長と共に王宮へ戻っていった。
リルフィナは兄である王太子を見送ると、手に持ったままの正騎士叙任の書状をレンバートの方に放り投げ、鉄炮を再び肩に担ぐ。
「もう少し試し撃ちがしたかったのだが仕方ないな。」
「殿下、馬を引いてまいります。早く王宮に戻りましょう。」
レンバートはため息をつくと、そそくさと帰り支度を始める。
「もう少しぐらい撃ちたかったな。まだ、火薬も玉も残っているのに。」
リルフィナは手元の鉄炮を眺めてごちる。
「早く戻りましょう。国王陛下のご機嫌を損ねたら王太子殿下のご苦労が台無しになるかもしれませんよ。」
「わかっている。どうせ父上からの小言だろう。」
リルフィナは鉄炮を揺らし筒の部分で自分の肩を何度かたたきながら戻る準備を始めた。
その頃、王宮への帰路につく馬車の中では、ヒューメル王太子とリハーロム宮廷書記官長が話をしていた。
「そういえば王太子殿下、先ほどリルフィナ殿下は練兵場で何をされていたのでしょうか。練兵場に到着した時、なにやら大きな音がしていましたが。」
宮廷書記官長にはリルフィナ王女に正騎士叙任の書状を渡したときに周囲に残っていた独特の匂いと到着時に聞いた音に思い当たるものがあった。
「ああ、あの音か。あれは鉄筒の発砲音だな。」
王太子はあっさりと何の音であるか答える。
「鉄筒?もしかして火薬を用いて金属の玉を飛ばす武器でしょうか?いつの間にそのようなものが開発されたのでしょうか?」
「宮廷書記官長、卿は良く名前だけで分かったな。あれは南方のクレイア帝国で発明された火薬で鉛玉を飛ばす火器だ。」
王太子は王国の重臣とはいえ文官に過ぎない宮廷書記官長が、クゼルバイクでは聞きなれない筈の鉄筒という言葉だけでそれがなんであるかを言い当てたことに内心怪訝な思いをもつ。
「クレイア帝国の武器なのですか。てっきりこの国で開発されたものかと。」
「残念だが我が国のものではないよ。しかし、何故、我が国で作ったものだと思ったのかな。」
王太子は逆に問い返す。
「この国には既に火薬があります。投擲器を用いた爆弾も戦場で用いられておりますので、鉄の筒の中で火薬を爆ぜさせ飛ばすような武器が開発されてもおかしくないかと。」
宮廷書記官長の言葉に王太子は笑いだす。
「卿はあの音と鉄筒という言葉だけで正解を導き出しただけか。流石若くしてその地位に上り詰めただけの才覚といえばいいのかな。」
「しかし、それでしたら、なぜリルフィナ殿下がそのような異国のものをお持ちなのです?」
「ああ、あれはアルゼス公が持ち込んだものだ。」
宮廷書記官長は王太子の言葉に若干驚いたような表情をする。
「まさか、アルゼス公がリルフィナ殿下に?」
「いや、違う違う。むしろそうだったら我が王家の問題が一気に二つ片付…、いや、すまない、公が交易で手に入れたものを軍に売り込んだのだよ。」
「では、何故、そのようなものが王女殿下のもとに?」
「ああ、それは鉄筒が軍に受け入れられなかったからだよ。」
王太子は首を横に振り肩をすくめる。
「何故です。王女殿下でも扱える武器なのでしょう。それに、そう、先ほどリルフィナ殿下は鉄製の胴鎧を確認されておられました。あれを撃ち抜けるのであればその威力、集団で運用すれば歩兵で騎兵突撃も防げるものなのでは。」
「やはり、卿は文官、軍事には疎いようだな。あれは軍隊で運用できるしろものではない。あれは我が妹の遊び道具がせいぜいだよ。」
宮廷書記官長の言葉に王太子は首を振る。
「宮廷書記官長、あれをアルゼス公がいくらで入手したと思う。1本なんと帝国金貨で八〇枚、一二〇ディナだぞ。1本分で強力な太矢を射ることが出来るクロスボウを一個中隊分は用意できる。」
王太子は腕を組み、ふんぞり返る。
「ひゃ、一二〇ディナ。それは何とも高価ですね。」
「そういうことだ。とても軍では導入できないとなった鉄筒が私のもとに来たのだが、いつの間にかに妹に取られてしまったのだ。まあ、愚痴になったな。あれは所詮高価な遊び道具とでも思ってくれればいいぞ。」
「そういうことでしたか王太子殿下。私といたしましても軍事に疎い文官の戯言と思っていただければ幸いです。」
王太子と宮廷書記官長は互いに笑い、別の話題に切り替えたのであった。
ディナ:クゼルバイク王国で流通する標準金貨1枚に相当
重量7g、純度80%の金貨 平均的な都市労働者が1旬で稼ぐ賃金に相当
帝国金貨:重量8g、純度90%
大陸に存在する三帝国が発行する交易金貨
金含有量はクゼルバイク金貨ディナの1.3倍程度であるが、この流通範囲の広さから1.5ディナとして扱われる




