第壱章ー肝試しー
「ごめんね、私が気付けていれば良かったんだけど……」
「え?いやいや、伊吹さんのせいじゃないよ。ぼ、俺がもっと早く言い出せていれば……」
「うん……」
気にしていない、と言えば間違いなく嘘だという表情を浮かべて加那は俯く。
まさかここまで自分に対して思ってくれるとは思わなかった日向は多少の罪悪感を覚えながら歩みを進める。
「ん?」
お互いに無言で歩いていると、加那が何かに気付いたかのように歩みを止める。
「どうかした?」
「えっと、あれ、なに?」
加那の目線を辿り日向の目に飛び込んできたモノは、正しくバケモノであった。
体躯は人を優に超え、一本一本の脚の長さは自分程もあるだろう。唾液の滴る牙は腕ほどもあり、それに貫かれることを想像するだけで鳥肌が立つ。
異形のモノが、2人の目に確かに映っていた。
「蜘蛛っ!?」
「あ……」
日向の叫び声で、それを認識出来てしまった加那はその場にぺたりとへたり込む。
「っ!伊吹さんっ!」
日向は加那の手を掴みその場から駆け出そうとするが、すぐにそれは無駄だと思い直す。
(囲まれたっ……!)
先の魑魅魍魎の群れに囲まれていた。となると司令塔はあの巨大な蜘蛛だろう。とにかく加那だけでも何とかしようと掴んだ手に力を入れる。
「伊吹さんっ!
大丈……ぶ……」
へたりこむ加那に視線を落とすと、加那に憑いていた影に目が行く。
濃く、深く、黒くなっているのに気付く。
(やばい。やばい。やばいやばいやばい。
これは生霊なんかじゃない。呪いだ……!)
何故気付かなかったのか、気付けなかったのか。日向は己の無知を呪った。
何の因果か、何故加那にこんな呪いがかかっているのか、生霊に見える程狡猾に隠されていたのか、何にせよこの場面にこの呪いは“まずい”。
(まだ発動はしていない、のか?
いや、わからない。ぼくにはこの呪いはわからないっ……!)
或いは日向の父親ならばこの呪いに関し、何らかの知識があっただろう。いや、ともすればこの呪いに気付いていただろう。
見ることが苦手な日向には、呪いに対する知識と見聞が圧倒的に不足していた。
「っ!」
が、やるべきことは決まっている。
「大丈夫。君は必ずぼくが守る」
へたりこむ加那に目線を合わせ、日向は真直ぐにそう言い切る。
まるでそれが当たり前のように、そうなることが決まっていたかのように。
「え……」
加那が何か返事をする前に日向は立ち上がり蜘蛛を見据える。
あれは、知っている。
(土蜘蛛……。見たことはないが、知っている)
土蜘蛛、ではないだろう。伝記の土蜘蛛は既に滅せられている筈だ。だから呼称としての土蜘蛛。名をつける事に意味があるのだ。