第壱章ー肝試しー
時は流れて同日午後5時半。日向は何とか言い訳を駆使して家を抜け出し、織人の家に来ていた。
チャイムを鳴らさずとも出て来た織人と共に集合場所の公園へと足を向ける。
「おう、よく抜け出せたな?」
「あぁ、君のおかげでね」
「そう機嫌悪くするなよ。お前が他人に興味を持つなんて珍しいと思ってよ」
「はぁ……。別に彼女に何かしら思った訳ではないよ」
「とすると、例の家業の方か?」
織人の言葉に目だけで静止をかける日向。
それに少しドキッとしながらも話を止めない織人。
「あぁ、外ではご法度だったか?悪いな。だがどうしても気になってな」
「ぼくには見えなかったよ、何もね」
「そうか?なら良いんだが……」
日向が、何となく不思議な事を言ったり行ったらするのは織人としては珍しい事ではない。
何もない空間を睨みつけたり、誰もいない所で何かを呟いていたり、変な形をした、お守りというには禍々しい形をした何かを首にぶら下げていたり。
それらはすべて“家業”というものに関係するらしい。昔、嫌がる日向から少しずつ聞き出したことだ。
そこからは他愛のない話をしているうちに北区の公園へと辿り着いた。
15人ほどだろうか。いくつかのグループになり、雑談をしているようで日向たちがどうやら最後だったらしい。
「お、全員揃ったな?」
言い出しっぺなのだろう男が、指を折って数を数えている。
それを横目に日向はグルリと周囲を見渡し、彼女を視界に留める。
(あぁ、やっぱり)
彼女を、伊吹加那を見つけて内心で溜息を吐く。
(場所が場所だから?それとも夜に近付くから?それとも……)
日向には見えていた。朝には見えなかった、違和感だけだった、彼女を取り巻く影を。
別段、日向だけにしか見えない影が何か悪いとかそんなものではない。影自体は何かの怨霊だとか、呪いだとかそんな怖ろしいものではない。ちょっとした体調の変化でも憑く、人間のちょっとした闇。影だけならばこの場にいる何人かにも憑いている。
だが。
(顔の形になるか……)
加那に憑いている影は、顔の形をしていた。いや、正確には顔に見えかけていた。
それでも、そう珍しいことでもない。顔の形になるのは、“まだ”まずいことではない。
夜にだけ、顔の形になるのがまずいのだ。
朝、そして昼、下校時に見た彼女に影は見えなかった。違和感、何か普通ではないか、くらいの違和感しか感じていない、気のせいだと思えてしまうくらいの感覚でしたなかったのだが、今は鳥肌が立つほどに“見えて”しまっている。
(違和感は正しかった。そもそも見るのはあまり得意じゃないのに……)
横目で見ていると、不意に背中を叩かれる。
「おい、日向!大丈夫か?」
「げほっ!げほっ」
「あぁ、悪い悪い。でも幾ら呼んでも反応しないからさ」
涙目になりながら咳き込んでいると、織人が心配そうにこちらを見ていた。
「あ、あぁ。ごめん」
「いや、それよりどうした?大丈夫か?」
「ん、大丈夫。
ただ……」
日向はそこで言葉を飲む。言葉とは放つだけで力になる。心配で、まだ起きてもいないのに、まだそれを口にするのは得策ではない。そう判断し、日向は首を振る。
「いや、何でもない。行こうか」
「ん、……あぁ」
何も言わない日向を察してか、織人はそれ以上の詮索をやめた。
この友人が言うのをやめたのなら、それがおそらく最適解、この先も然程の問題にはならないのだろう。ならば、それに従うのが賢明だと、はやる好奇心を抑えて自分に言い聞かす。
日向と織人は先に先導するグループを追いかけるように、目的地であるトンネルを目指す。
物語の中心の地へ。彼らは足を進める。